特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

転調する世界:映画『哀れなるものたち』

 楽しい楽しい3連休の最終日。
 マンションの中庭の緑を見ながら、のんびりとした午後を過ごしています。

 鳩も芝生で骨休めをしています。


 外国人客で賑わう北海道のニセコで『ラーメンが3800円』というニュースが流れていました。

news.yahoo.co.jp

 ニセコは外国の富裕層が別荘を購入するのが流行っているらしく、コンドミニアムが普通に億単位で売っています。新築だと二桁の億もザラと聞きました。

nisekorealestate.com

 一方 厚労省の発表によると23年の実質賃金は90年以降の最低水準、だそうです。

www.nikkei.com

 これも立派なアベノミクスの成果です(笑)。円安にして、日本そのものをたたき売ってれば、物価は上がります。安倍晋三は日本は資源や食料の輸入国って知らなかったのか(笑)。

 自業自得ではあるんですが、こうなることはアベノミクスが始まった当初から判っていたわけで、なんとも口惜しい限りです。


 と、いうことで 六本木で映画『哀れなるものたち

舞台はロンドン。妊娠した若い女性、ベラ(エマ・ストーン)は橋から飛び降り自殺をするが、天才外科医ゴッドウィン・バクスターウィレム・デフォー)によって胎児の脳を移植され、奇跡的に生き返る。大人の身体なのに幼児なみの知能だった彼女は外科医の屋敷に閉じ込められていたが、徐々に自我が目覚め「世界を自分の目で見たい」という思いに駆られるようになる。やがて彼女はプレイボーイの弁護士ダンカン(マーク・ラファロ)に誘われて大陸横断の旅に出る。

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 アカデミー受賞作の『女王陛下のお気に入り』などのギリシャ人監督、ヨルゴス・ランティモスと、同じくアカデミー受賞作『ラ・ラ・ランド』のエマ・ストーンが組んで、スコットランドの作家アラスター・グレイによる小説を映画化したもの。エマ・ストーンはプロデューサーを兼ねています。

 第80回ベネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞、先日のゴールデングローブ賞では作品賞、主演女優賞を受賞するなど評価が高い作品です。原題は『Poor Things』。

 当初の画面は白黒です。
 美しい女性、ベラは謎の外科医の巨大な屋敷で召使に囲まれて過ごしています。屋敷には異形の動物が闊歩している。学会でも尊敬を集めている外科医は天才ですが、一日中 死体の解剖をしており、あまりベラにかまっていられない。

 身体は大人でも頭脳は幼児のようなベラは、外科医から屋敷の中から出ることを禁じられています。閉じこもり生活のベラのために外科医は自分の弟子、マックスを家庭教師に雇います。
 それでもベラは次第に欲求不満が募ってきます。
ウィレム・デフォー演じる外科医(右)と婚約者のマックス(左)

 そうやって暮らしているうちにベラには自我が芽生えてきます。自分の意志を発揮するし、性の快楽にも目覚めます。
 マックスと婚約したにもかかわらず外の世界を見てみたい、という思いが強くなったベラは、屋敷を訪れた放蕩者の弁護士、ダンカンの誘いにのって大陸横断の旅に出ます。 

 ちなみに助平オヤジのダンカンを演じる、マーク・ラファロは現実では、日本でも問題になっているPFASの危険性を最初に訴えた弁護士の伝記の権利を自ら買って、映画『ダーク・ウォーターズ』を制作した人。

spyboy.hatenablog.com

 ハリウッドでイスラエルに抗議すること自体が大変だと思います。

 ここから、画面はカラーになります。独特の色合いの画面は美しいですが、グロさもある。世の中は必ずしも全てが美しくはないが、幼児の感性を持ったベラはそれをありのままに受け止めます。

 一般とは異なる感性を持ったベラや登場人物に合わせたかのように、使われる音楽も音階が微妙にずれています。まるで転調し続けているかのようです。観客は常にどこか居心地の悪さ、違和感を味合わなくてはならない。この音楽は凄い才能です。

 映像、美術も素晴らしいです。いわゆるSFのスチームパンクというのでしょうか。画面にはアールデコのインテリアが強調され、現実とも夢の中とも言えないような世界が展開されます。時には悪夢にも見える。

 幼児の心を持ったベラから見ると、世の中は矛盾だらけです。世の中はなぜ形式ばっているのか。なぜマナーやエチケットがあるのか。なぜ好きなだけセックスができないのか。男たちはなぜ威張っているのか。
 
なぜ世の中は貧しい人とお金持ちに別れているのか


 
 お話はフランケンシュタインですね。マッドサイエンティストが作り出した人造人間が自らの意志を持っていく、という。それを女性に置き換え、現代的、社会的なテーマを取り入れたお話。プロデューサーのエマ・ストーンの意向がかなり強く入っているんじゃないですか。

 とにかく、ここでは男たちが醜い教条主義的な描写ではなく、ただただ、生理的に汚い(笑)。男性を徒に敵視するだけの昔の安っぽいフェミニズム的観点とはまた違って、辛辣だけど描写が自然です。 


 
 男たちはどいつもこいつも、それまで利用していたベラに依存するようになる。カネに、権力に、女性に、何かに依存しなくては生きていけない男たちの自我の弱さが浮き彫りになります
 一方 ベラや仲間の女性たちは社会主義に目覚め、集会に参加するようになる
 原題のPOOR THINGSとは男たちのことではないか、と思いながら見ていました。

 エマ・ストーンは大熱演で、まさに感嘆に値します。誰が見ても文句のつけようがないでしょう。これは2度目のアカデミー主演女優賞行くんじゃないでしょうか。

 まさにアート映画です。それもヨーロッパ的な自己凝視やスタイリッシュなものでもないし、アメリカ的な実存でもない。音楽も衣装も映像も独特な感性で仕上がっている。ここでは世界の全体が転調している。お金もめちゃめちゃかかっているんでしょうけど、見事な完成度です。


 好き嫌いは別れると思いますが、フェミニズム的な感性を踏まえつつも、それ以上に見事な完成度のアート映画です。人間は本質的に自由であることを教えてくれる。自由は必ずしも美しいものだけではないけれど、それもまた自由です。

 個人的にはシンパシーが湧くような作品ではありませんが、見る価値は絶対にあります。アートという観点で見たら、ここ数年で最高です。
 世の中の多様性を、そして見た人の感性を文字通り押し広げるような作品でした。
 アカデミー賞は総舐めかも。それだけの価値がある作品です。


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