特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『秘密の森の、その向こう』と「Perfume 9th Tour 2022 “PLASMA”」@長野

 もう10月ですね。1年のうちで最も良い気候です。
 今朝の朝日新聞に自称『国葬』後 初めての世論調査の結果が出ていました。

 確かにオリンピックも国葬も話は同じですね。政治家は国民を舐めきっている。今はまだ国民も記憶は新しいでしょうが、またセルフ臣民の健忘症が発揮されるかどうか、見ものです。


 週末は久々に良いお天気でした。ちょっと暑かったけど、爽やかな気候で気持ち良かった。
 土曜日はまず、有楽町で映画『秘密の森の、その向こう

 8歳の女の子、ネリー(ジョゼフィーヌ・サンス)は亡くなった祖母の遺品を片付けるために、両親とともに森の中の祖母の家を訪れる。しかし母は少女時代の思い出が詰まった家にいることに息が詰まって出て行ってしまう。残されたネリーは母が昔遊んだ森を彷徨ううちに、マリオン(ガブリエル・サンス)という母と同じ名前を名乗る8歳の少女と出会うが。
gaga.ne.jp

 傑作『燃ゆる女の肖像』や『ぼくの名前はズッキーニ』(脚本)のセリーヌ・シアマ監督の新作です。

 今作は同性愛者のこの監督らしい、娘、母、祖母3代続いたシスターフッド映画というべきでしょうか。

 8歳のネリーは森の中にある、亡くなった祖母の家に両親とともにやってきます。祖母の遺品を片付けるためにです。

 ところが祖母を大好きだった母は精神が不安定になって、家を出て行ってしまいます。取り残されたネリー。

 ネリーは母が幼時遊んでいた森の中で自分と同じ年だった頃の母に出会う。まさにおとぎ話です。それがシアマ監督らしい非常に端正な画面で描かれます。だから、あまり幻想的な感じではない。

 ボクは親と仲悪かったので、親子ものの話って全然理解できないんです(笑)。
 この映画で描かれるシスターフッドも良く判らない。ブラザーフッドもそうですが、そういう同性同士の持たれあいの行きつく先が日本の『男社会』でしょ。キモい。こちらも冷血な個人主義者(笑)のボクには理解できない範疇です。

 でも絵作りの完成度は高いし、価値観を押し付けてくる閉じた感じはないから、ユニークな視点だな、と思って観ていられます。実際は姉妹という二人の少女の自然で繊細な演技も良い。これはどうやって演出したんだろう。

 70分と短い映画なのは正解です。これ以上長かったら間がもたない(笑)。

 クラシカルな画面に突然、斬新な音楽などラディカルな演出が入ってくるのは『燃ゆる女の肖像』と共通しています。同じようにそこは感動した。それに今回の主題歌はフレンチ・テクノとクラシカルな合唱が合体した、かなり感動的な音楽でした。

 ミニシアターランキングでは1位だそうですし、お客さんは結構入っているようです。非常にユニークな視点だし、完成度は高い映画です。親子ものがOKの人が見たら、気に入るのではないでしょうか。


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 と、いうことで、有楽町で映画を見た後、そのまま長野へPerfumeのコンサートを見に行ってきました。

 場所は長野ビックハット。長野オリンピックの時の会場です。4年前にもここで見たのですが、新幹線の駅から歩いていけるところが気に入っています
『Pefrume 7th Tour 2018@長野』と映画『判決、ふたつの希望』 - 特別な1日
 収容人員は1万人弱でしょうが、大きさも丁度良いし、東京よりゆったり見られます。東京のアリーナ会場、幕張とか代々木体育館の音なんかマジで酷い。ただでさえリズムが単純なPerfumeですから、バスドラが布団を叩いているみたいに聞こえるのは耐えられない。
 地方遠征は交通費や時間を考えると勿体ない気もしますが、たまには日帰りでも遠くへ出かけたくもなります。電車の中でゆっくり本も読めるし。

 新幹線で駅に着いたらまず、徒歩25分の善光寺へ。4年前に来た時も長野の街は寂れてきているなあ、と思いましたが、今回は大型店舗も含めて前回より空き店舗が増えていて、4年前より寂れていました。

 地方都市の衰退はどこも共通だと思いますが、長野はオリンピックのバブルの傷跡はまだまだ癒えてないように見える。それでも長野という街は古い建物も多くて、歩いていて楽しい。

 善光寺でお参りして、駅ビルで早めの夕飯を食べて、駅の反対側 徒歩20分のところにある長野ビックハットへ。

 今回は新譜’’PLASMA’’を引っ提げての2年半ぶり、コロナ明け初めてのツアーです。
 ライブが持ち味のPerfumeにとってコロナ禍は大変な事態でした。

●忘れもしない20年2月26日の東京ドームでのライブは開演3時間前に中止になりました。

 今でもライブはマスク着用、声出し禁止と、2年半前とはすっかり変わってしまった。

 ’’PLASMA’’はピチカート・ファイブの影響やちょっとジャズっぽさもある、良い意味で普通のポップスです。悪くはないけど、名曲と言えるような良い曲はないし、音も尖ったところはあまり感じられない。
 Perfumeは大好きですけど、この7,8年、かってのような名曲がないところは、流石にフラストレーションを感じています。だから今回は内心 冷ややかに(笑)、開演を待っていました。

 ただ、今回の席はアリーナ、前から5列目です。Perfumeをこんなに前で見たのは初めて(笑)。数十年前 U2の来日初公演を前から3列目で見たのはボクの自慢ですが、今はそんなに前で見ることに執着はない(笑)。
 近くで見る3人娘の姿は普段TVや遠くの席から見るのとは全然違っていました。ステージ用の化粧の濃さやリズムの取り方とか、ダンスの際も指の先までピシッと伸びているところとか。プロ意識を感じたと同時に、やっぱり大変だなーと思いました(笑)。 

 ショーは当然のことながら’’PLASMA’’の曲が8割がたを占めていました。これは潔くて良い。いつまでも過去の曲に頼っていても仕方がない。
 会場全体に溢れるようなレーザー光線が印象的だった前回’’FUTURE POP’’や’’P Cubed’’のツアーと違って、今回のセットはステージを覆うスクリーンを多用する程度で、地味ではあったけどボクはこれくらいの方が歌やダンスに集中できて良い、と思った。
 いつもはウザさを感じる企業とのタイアップもなかったから、今回のツアーはコロナ明けを狙って見切り発車したのかな。早くライブをやりたかったのでしょう。

 丁度先週見たムーンライダーズもパフュームもテクノ・エレクトロというほぼ同じジャンルですが、ライダーズはコンピューターを排して演奏も照明も何もかも人力、Perfumeは演奏はデジタルデータ、照明も舞台の演出もコンピューター仕掛け、何から何まで対照的です。
 だけど人間臭さが伝わってくるのは共通している。面白いものです。

 今回はいつもにも増して自分が歌ってないときに、かしゆかがやたらと客席に向かって指さしたり、手を振ったり、やたらとコミュニケーションを取ろうとしているのが目立ちました。やっぱり、いい子だなあ(笑)。こっちに向かって指をさされたときはドキッとした(笑)。Perfumeのコンサートは孫が発表会で頑張っているのを目を細めて見ているような気持にもなります(笑)。


*ステージ写真は全て公式Twitterから

 今回はアンコールもない、比較的あっさりしたショーでした。逆に冗長さもなく引き締まっていて、新譜発表のライブとしてはそれはそれで良い、と思いました。

 2時間あまりのステージの最後の曲は’’PLASMA’’のラストでもある『さよなら プラスティック・ワールド』。その前に、かしゆかとあ~ちゃんが『どんどん変化する時代に適応していくのは大変だけど、きっと明るい未来もあるよ』と話していてビックリしました。ボク自身は『明るい未来』なんて考えたこともなかったからです(笑)。

 理屈で考えたら少子高齢化で国民も政治家もアホばかりの男女差別国家、日本は衰退していくだけですが、それでも、そういう見方もあるんだな、と(笑)。

●この9月、NYのタイムズスクエアPerfumeの姿が流れました。

 帰り道、暗い長野の夜道を駅まで歩いたのも、印象に残りました。人家も明かりもまばらな田舎の夜道ですが、ここでも人が暮らしているんだなあ、と思った。9時過ぎ発の新幹線に乗って、家に帰ったら12時、こんなに遅くまで外にいたのも数年ぶりでした(笑)。
 少し忙しかったけど、良いお天気も相まって楽しかったです。

『愚民は愚民?』と『麻辣鴨血』

 あっという間に9月も終わってしまいました。おせち料理の広告が目につくし、忘年会のスケジュールすら入ってきた。もう年末の足音が聞こえてきます。

 最初に良いお話から。
 今週水曜、従軍慰安婦に関する論争を取り扱った映画『主戦場』のミキ・デザキ監督が、映画に出演していたケント・ギルバートや「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝に訴えられていた件、1月の地裁判決に続いて、高裁でも勝訴、訴えは却下されました。

 簡単に解説すると、『主戦場』というドキュメンタリーは『従軍慰安婦問題はなかった』と言い張るケント・ギルバート杉田水脈など歴史修正主義者にアメリカ人監督がインタビューする作品です。連中は監督が外国人ということで気を許して調子に乗って本音でベラベラ喋ってしまい、カメラの前で化けの皮が剥がれてしまう、という素晴らしい(笑)傑作ドキュメンタリー映画、抱腹絶倒のコメディです。

spyboy.hatenablog.com

 今回の判決は、自分たちが調子に乗って本音を喋っただけですから当然の結果ですが、面白いのは笑い者になった櫻井よしこが原告に入っていないこと。同じ歴史修正主義者のバカウヨでも『アメリカの新聞に資金を提供して提灯記事を出させた』と自分で喋ってしまった櫻井は、いくら何でも訴えて勝てるわけがない、と判断するくらいの知能はあったのでしょう(笑)。


 『壺フェス』、いや、自称『国葬』は実に不愉快でしたー。

 統一教会は信者に一般献花に行くよう動員かけたらしく、教会のペンダントをつけた信者がテレビに映っていたそうです(笑)。今、これを否定するtweetが大量に湧いてますが、バカウヨのアノニマスポストなどですから、どっちかどうか判りません。しかし、アホウヨ団体は動員かけてるでしょ、フツー。

 また、反対派が500人しか集まらかったというデマも流れている。デマの発生源はDAPPIみたいなビジネス右翼か統一教会日本会議か知りませんが、意図的です。

 デマを詳細に検証してくれている人もいます。この労力は素晴らしいけど、記事を読んでいると、PC画面でバカの見本市を見ている気持ちになりました(笑)。

nou-yunyun.hatenablog.com

 アホウヨと同じように中核派も動員をかけています(笑)。

 念のため解説しておくと、この日の武道館前にいたのは中核派です。何も知らずに武道館前へ行っちゃった情弱もいるんだろうなあ(笑)。TVで映ったかどうだか知りませんが、こんな↓バカな国葬があるもんか(笑)。ある意味 安倍晋三にふさわしい(笑)

 ニュースで乱闘があったと言ってたのも中核派の方。安保法制の時の国会前と同じで、中核派はワザと暴力沙汰を起こして混乱を狙ってるんだもん。中核派統一教会もバカウヨも頭がおかしいことには変わりはない

 まともな反対集会(と、言ってもロートル『(プロ)市民運動』の’’総がかり’’)は国会前と日比谷公園です。平日昼間だし、コロナ禍なのに密集する群衆の中でシュプレヒコールやるのもまともじゃない、と思ったので、ボクは行かなかった。総がかりの爺さん連中だって取り柄は平日昼間に行動できることだけで、連中にはサイレントで抗議する知性はない(笑)。ただ、こちらには大勢の普通の市民も集まったみたいですね。

 右を見ても左を見ても気分悪くなるから、その日はTVニュースは殆ど見ませんでした。当日BS-TBS報道1930』でやってた保阪正康氏の発言はその通りだと思ったけど、判り切った話だから放送はまともに見なかった。

 今回の偽国葬で明確になったのは以下のようなことです。
1.強行したことで却って、今回の国葬のバカバカしさが一層明確になった。
 これは全国でデモをやった人たちの活躍も寄与しています。エリザベス女王国葬との差だけでなく(笑)、国民の世論を押し切って大金掛けた行事をやってしまったことで、バカバカしさや問題点が世界中に広がった。

2.岸田は無能ということが全国民の間に知れ渡った。
 岸田は安倍や菅と違って漢字は読めるかもしれないが、判断力はないことも良く判りました。

3.日本は民主主義国家じゃなく、ロシアやハンガリー並みの権威主義国家ってことがはっきりした。
 世論の6割、7割が反対する行事でも内閣が国会も通さずに強行してしまう。『一億総中流』と同じように、『日本は民主主義国家』なんて最早幻想じゃないのか。


 ただし、世論が反対だから、と過度に多数決を正当化するのもどうか、と思うんです。『愚民のポピュリズム』にも繋がるからです。

 今週 辻元清美まで、統一教会と接点があったことが本人の申告で分かりました。

news.yahoo.co.jp

 最初は『ブルータスよお前もか』と思ったのですが、本人の申告を良く読んだら、これは仕方がないと思った。
 『長年親交があった社民党支持者の郷土史家が話すということで、公民館で行われる小さな勉強会に出たら、統一教会関連団体の主催だった』というのです。『春の集い 高槻物語』という勉強会名、そして『WFWP大阪10連合会』という団体名を見てもわかるはずがない。主催者の名刺には『おかあさん塾』という団体名が記してあったそうです。
 当たり障りのない名称の勉強会で親しい知人が話すというのなら、政治家なら行くでしょう。ボクが辻元でも行きます。責められるべきは辻元ではなく、統一教会が正体を隠して活動していることです。

 なのに、右左問わず騒ぐアホがいる。一般常識として(笑)自分で出来ないことを他人に要求するのは間違っています。政治家だって全知全能じゃない。この件で辻元を非難している奴にはお前だったら見抜けるのか、と言いたい。今まで統一教会のことなんか何も気にしてなかったくせに、いざ騒ぎになったらヒステリックに騒ぎ始める。そのくせ、すぐ忘れる(笑)。
 右左関係なく、こういう愚民が多いから、日本は権威主義国家のままなんです。国民の知能レベルが信用できないんだもん(笑)。

 ちなみに紀藤弁護士は、他の政治家も皆、辻元のように詳細に報告してくれれれば有効な対策を取れる、と言っています。そういうこと!


 一方 今夏当選したばかりのれいわ新選組初の沖縄の議員、宜野湾市議会議員のプリティ宮城(笑)という奴がマルチ商法に関わっていたことが明らかになりました。

 沖縄タイムスによると、元教員だった宮城は『まずは10億儲けたい』と自分の教え子!を毎週のように誘っていたそうです(笑)。無尽が普及している沖縄はマルチ商法が多い土地柄ですが、教え子を誘うなんて議員以前に人間としての資質の問題です。いかにもれいわらしい。

 それを追及もせずに、まだ持ち上げるエセ・ジャーナリストがいる。例えば、朝日新聞をリストラされて独立、著書を出したばかりの鮫島浩↓。今までも山本太郎を持ち上げるデマで商売をしていましたが、よほど飯の種を失いたくないのでしょう。勿論 鮫島や田中龍作のようなジャーナリストの皮を被ったペテン師に騙される方も騙される方です。まさに愚民(笑)。

 この1週間、もっとも強く感じたのはこの国を覆う『分断』です。国葬賛成・反対といった話だけではなく、政治家と国民、官僚と国民、そして上級国民と一般国民、右と左と無党派層、この国には様々な、しかし深刻な分断が何重にも存在している。 
 アメリカやヨーロッパで起きている『分断』はまた、日本でも起きている。小泉改革が始まった時は日本でも分断が起きるだろうとは思いましたが、ここまで酷くなるとは思わなかった。
 分断が深刻だからこそ、統一教会日本会議、維新やれいわ、参政党のようなポピュリズム政党、それに愚民の感情を煽って商売するマスコミやペテン師がつけこむ隙ができる。


 先週のムーンライダーズのコンサート、ラストは『私は愚民』という曲でした。ライダーズは『市井の愚民だからこその賢さ』を歌っています。そういうものは確かに存在するとは思います。しかし、そうでない場合もある。果たして、愚民は愚民、なんでしょうか。



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 さて、8月に新大久保のガチ中華で『酸菜魚』を食べて、あまりにも美味しかったので、また行ってきました。

 今回のお目当ては『鴨血』、アヒルの血を固めたものです。現地では火鍋などに入れて食べたりするそうですが、最近ガチ中華が増えると共に日本にも入ってきているらしい。ボク、そういう癖があるものが好きなんです(笑)。ブーダンノワールなど血を固めたソーセージもまろやかな味で好きですが、鴨血というものがあると聞いて、どうしても味見がしたくなりました。

 といっても火鍋はなかなか一人では食べられません。この店には単品料理で麻辣で煮た鴨血があるんです。

 アップではこんな感じです。

 鴨血自体は豆腐とこんにゃくの中間みたいな感じの食感。やわらかくて臭みもありません。ソースは四川お得意の麻辣ですが見かけほど辛くない。隠し味に魚醤のうまみが効いています。
 鴨血は現地では低カロリー高たんぱくの食品として女性の美容向けの食品だそうです。もうちょっと味が染みていればよかったとは思いますが、そういうものなのでしょう。
 一人で大量に食べるようなものではありませんが、たまに食べる分にはヘルシーでいいなあと思いました。

 こちらは同時に頼んだ『水煮魚』。揚げた魚を唐辛子や花椒の香りを出したスープで煮込んだもの。

 これも真っ赤な見かけほどは辛くない。同じ麻辣でも鴨血の麻辣とは味が違う。それほど辛くないけど山椒が大量に入っていて痺れる。辛いというより爽やかな感じです。個人的には前回の『酸菜魚』の複雑な味の方が好きですが、こちらも美味しかった。日本人でも全然食べられます。これもまた食べたい、と思う料理でした。

 

『ムーンライダーズ LIVE 2022』と映画『デリシュ』

 先週土曜のTBS『報道特集』、『岸・安倍3代と旧統一教会』というのは面白いトピックでした。
 特に安倍晋太郎との関係。単に信介の後を継いだからと思っていたのですが、晋太郎は選挙に1回落選してから自ら統一教会との関係を強めていった。清和会の数を増やすことにも懸命になった。
 その様子を見ていた晋太郎の妻、洋子は息子の晋三に『あまり統一教会と関係を持つな』と言っていたそうです。

 この日はレギュラーとして金平キャスター最後の出演でした。
 金平氏が『これからもより長く、より深く取材を続けていく』と挨拶したあと(筑紫哲也氏の遺品のクリップボードを使い続けているそうです)、膳場氏が『志を変えずに番組を続けていく』と言っていました。一安心と言えば一安心ですが、ここまで言うのはやはり、上層部から何らかの圧力はあったのだろう、とは思いました。

 企業だろうが役所だろうが、共産党だろうが統一教会だろうが(笑)、どんな組織でも組織の論理があります。現場には何らかの圧力はあるものです。
 そこで如何に個人が良心を発揮するかが、その人の存在価値です。TBSの執行役員にまでなった金平氏はさぞ社内の風当たりが強い筈です。自分だけでなく部下や後輩もいるから、単純に上層部と喧嘩すればよいと言うわけではない。それでも彼が志を失わず仕事をし続けているのには、同じようにサラリーマンであるボクも勇気づけられます。
 
●バッタモンの国葬の方が高いなんて、これも酷い話です。


 さて、土曜日は台風の大雨と雷の中、ムーンライダーズのコンサートへ行ってきました。

 今回は3月の45周年記念コンサートに続いて、同月に発売された11年ぶりの新譜(笑)「It's the moooonriders」の発売記念ライブです。

●この日のティーザー
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 CDが3月に発売されたのにライブが9月になったのはギターの白井良明氏が入院していたからです。キーボードの岡田徹氏は現在入院中でこの日はお休み。なんと言っても平均年齢が70歳近い日本最古のロックバンドですから、いつまでステージが見られるか判りません。

 昔は何年も活動しないことがあるのは普通だった彼らが近年活発に活動しているのは、自分たちに残された時間を意識しているに違いありません。この1,2年は年に何回もステージをやってますが、数年おきにしかやらなかった過去のことを思えば全く信じられない。ボクも見られるうちは全部見よう、と思っています。

●彼らの写真が使われているタワーレコードのポスター『老齢ロックの夜明け』(笑)

 当然のことながら、演奏は新譜が中心です。このCDは音作りなど異常に力が入った力作でしたが、圧倒的な名曲がなかったのが残念でした。しかし、実際に演奏を聴くと、『こんなに良い曲だったんだ』と思えるようなものばかりで改めて感心しました。

 2重、3重にひねくれた曲調と演奏はいつものライダーズです。普通 発売記念というとCDに忠実に演奏するものですが、既に編成自体がブラスを入れてCDとは変わっているし、アレンジも変えてくる(笑)。それが新鮮です。過去の名曲は幾らでもあるのですが、新譜中心でもまったくダレない。

 今回の新譜では『初めて政治という言葉を使った』(リーダーの鈴木慶一氏)。今までは『ずっと政治的なワードを使わずに政治を歌ってきた』バンドでしたから、驚きでした。この人たちの目から見ても今の世の中には危機感があるんだ、と思いました。

 この日やった過去の曲は亡くなった橿淵哲郎氏や療養中の岡田徹氏の曲が中心。感心するのは過去の曲をやっても、テンポを落としたりしないこと。ライダーズは日本で最初にシンセサイザーやコンピューターを演奏に使ったバンドの一つですが、今はバイオリンやギターによる人力で、機械が演奏していたフレーズを同じスピードで弾いている。
 最近はステージでコンピューターを使わないバンドなんか殆どないと思いますが、今のライダーズは逆に全く使わない。結成45周年を経ても現在進行形のバンドです。

 この日のセットリストは以下の通り。最近はネットに上げてくれる人が居るから助かります。

 休みなし、2時間20分あまりのステージは

 と歌われる『私は愚民』で終わりました。が、ステージの緞帳が降り、照明がついて、客が会場を出て行き始めても、緞帳の裏で彼らはインプロヴィゼーションの演奏を続けていました。いかにも彼ららしい捻くれようです。さすが(笑)。

 緞帳の裏の『火の用心』のポスターが可笑しい。

 中央の女性はCDにも参加していた歌手のDAOKO(全然知りませんでしたが、18年の紅白に出たそうです)。ライダースの面々との足の長さの違いに愕然とした(笑)。彼女は『父親がライダースの曲を聴いていた』と言っていました(笑)。

 日本最古のロックバンド(笑)にも拘わらず、ムーンライダーズは新しいことをやり続けている。いつも発見があります。これもまた、歳の取り方のお手本です。
 また12月にもステージがあるそうで、ぜひ行きたいです。

●帰り道の駒沢公園。台風が通り過ぎたばかりで、誰も人が居なくて美しかった。


 と、いうことで、有楽町で映画『デリシュ

舞台はフランス革命前夜のフランス。公爵の料理人を務めるマンスロン(グレゴリー・ガドゥボワ)は、公爵(バンジャマン・ラヴェルネ)主催の食事会で、当時の貴族はあまり口にしなかったジャガイモとトリュフを使った創作料理を出したことで不興を買い、解雇されてしまう。息子(ロレンツォ・ルフェーブル)を連れて実家へ戻ったマンスロンのもとに、謎の女性、ルイーズ(イザベル・カレ)という人物が料理を学びたいとやってくるが。
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 舞台はフランス革命前夜の1789年。貴族たちはお抱えの料理人が作った美食を楽しむ一方、多くの庶民は食うや食わずの時代でした。
●公爵の料理人、マンスロン(左)

 
 当時は新しい調理法などもっての外。古くから伝わる決まった料理を出すだけだったそうです。公爵の料理人だったマンスロンはそれに飽き足らず、貴族たちの宴会にジャガイモとトリュフを使った創作料理を紛れ込ませます。

●公爵(右)と聖職者

 美味しいと喜ぶ貴族たちに呼ばれたマンスロンが『ジャガイモと黒トリュフ』を使ったと説明をすると、貴族たちは激怒、マンスロンは解雇されてしまいます。
●これがその料理。『デリシュ』

 当時は鳥や木の上になる果物など、土からなるべく離れたところにある材料が高級とされていて、土の中に出来るものは高貴な貴族が食べるようなものではない、とされていたそうです(笑)。現代はトリュフが超高級食材になっているなんて、当時の人には考えられないでしょう。
 

 マンスロンは憤りと落胆を胸にしながら、故郷の村へ帰ります。そこに謎の女性、ルイーズが『料理を教えてくれ、弟子にしてくれ』と押しかけてきます。頑として断ったマンスロンでしたが文字通り、梃子でも動かないルイーズの強引さに負け、マンスロンは料理を教えることを承諾します。
●ルイーズ(左)とマンスロン

 当時は旅程の途中 馬の水や飼葉の世話をする中継所で人間向けにスープを出すような場所はあったけれど、外食を楽しむという習慣はありませんでした。庶民も貴族も同じ場所で食事をするレストランと言う概念もない。中継所を営むマンスロンの実家もスープしか出していませんでしたが、ルイーズに鼓舞されたマンスロンは紆余曲折の末、そこで料理を出すことにします。

 その評判は公爵の耳にも入ります。マンスロンがいなくなったあと、美食に飢えていた公爵はマンスロンの始めた店『デリシュ』を訪れることにします。しかし何やらルイーズにはたくらみがありそうでした。

 この映画、画面が美しい。室内の光と影、画面の構図、料理、事物も光も影も非常に美しく配置されています。印象派の絵画を見ているようです。

 お話も良く、練られている。痛快な最後のオチも含めて、誰が見ても楽しめる物語になっています。
 公爵は『料理は芸術であり、それを理解するには知性がなくてはならない。庶民には料理の味なんか判らない。』と主張します。芸術全般に当てはまる話ですが、ある意味正しい。
 だがジャガイモや黒トリュフは下劣、なんて言ってるような貴族たちの偏見もおかしい。貴族たちの狭いサークルの中で芸術がとどまっていては進化はない。

 料理人の使命は食べた人を幸せにすること。身分にかかわらず色々な人が一つの場所で一緒に料理を味わってこそ、真の美味しさが感じられるのではないか
 背景にはフランス革命があることも相まって、映画はこんな問題意識を問い続けます。


 ところどころに見られる描写、ジャガイモを食べたフランス貴族が『俺たちはドイツ人じゃねー』と激怒したり、料理を個人別に別々のお皿で出すのが当時は『ロシア風』(田舎風)だったり、相手が既婚だろうが何だろうが愛人を作り放題とか、今と全く異なる習慣、風習は面白い。

 フランスは18世紀にもなって外食の習慣がなかったというのも驚きです。水滸伝などに出てくるように中国なんか、その数百年も前から皆が飲食店で外食をしていたじゃないですか。やっぱり当時のヨーロッパの文化レベルはそんなものだった。映画は時代考証はきっちりやっているそうですが、目を丸くしました。

●公爵は愛人(既婚者)をとっかえひっかえで美食に誘っています。

 あと描かれている料理が美味しそうなこと。

 当時はオーブンなんかないけど、暖炉でパイの包み焼きなんか作っていたんですね(笑)。パンを始め、何でも完全手作り。

 

 材料のトリュフや鶏は森にとりに行けば取り放題、ワインは樽で仕入れる、というのも何と豊かなことか。

 貴族だけかもしれませんが当時の食生活はある意味、今より遥かに豊かだったかもしれない。


 『民主主義と芸術』という現代にも通じる問題意識を持ちながら、ちゃんとしたエンターテイメントに仕上がっています。評判が高いだけあって、単にグルメ映画と片付けるには勿体ない、良くできた映画でした。


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