特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

そしてボクは途方に暮れる(ポリーニ氏の逝去)と映画『オッペンハイマー』

 週末は温かなお天気でした。夏日とか言ってましたが、いかにも春らしい麗らかな陽気でした。マンションの中庭も緑がまぶしくなってきました。


 現代最高のピアニストと言われるマウリツィオ・ポリーニ先生がこの3月に亡くなっていたそうです。この番組を見るまで知りませんでした。18年の最後の来日では『随分弱っている』とは思いましたが、ああいう芸術家は煩わしい世事に関係なく長生きすると思ってました(笑)。享年82歳。


www3.nhk.or.jp

 この番組で見た若き日のポリーニはボクが生演奏で見た60代、70代の物とは全く違い、超絶技巧に加えて激しさが感じられるものでした。40年以上前ですから映像はショボかったけど、火が出るような物凄い演奏でした。

 それが歳をとるにつれて技巧と成熟のバランスが取れ、演奏が変わってきます。2012年に見た、演奏が白熱するにつれ、まるで天空に立ち上っていくかのようだったベートーベンの23番『熱情』は忘れられません。

spyboy.hatenablog.com

 昨年のムーンライダーズ岡田徹氏の逝去もそうでしたが、今まで心の支えになってくれていた作品を生み出していた人が次々と亡くなっていくのは辛いものです。それこそ途方に暮れてしまう
 嫌な事ばかりの世の中で芸術こそが慰めでもあり、希望です。ポリーニ氏の素晴らしい演奏を聴くことが出来て、ボクは幸せでした。
 導く灯を失っても、人間は生きていかなくてはいけません。RIP

和田誠氏がポリーニ氏のイラストを描いていたとは知りませんでした。


 さて、ファストフードなんか嫌いなので殆ど入ったこともありませんが、ドトールもボイコット決定です。

 社外取締役の収入はプライム市場の企業の平均だと年1000万くらい。中には数千万なんて人もいる↓。毎月1回くらい役員会に出席するだけだから、いくつもの企業を掛け持ちできる。社外取締役こそ『日本の“最”上級国民』と言われています(笑)。ま、立派な人も多いし、大多数はちゃんと仕事をしているんでしょうし、他人の収入をどうこう言う気もありません(笑)。


diamond.jp


 女性役員を増やさなくてはいけないから、上場企業の社外取締役として女性の著名人が引く手あまたなのは判ります。だけど嘘つきジャーナリストを起用するなんて、ドトールも見識を疑います。永遠にさようなら(笑)。


 と、いうことで 六本木で映画『オッペンハイマー

 理論物理学を学ぶJ・ロバート・オッペンハイマーキリアン・マーフィ)はイギリス、ドイツへ留学、博士号を取得した。ナチス原子爆弾の開発を進めることをアインシュタイン博士が警告するなか、アメリカでも極秘プロジェクト「マンハッタン計画」が始まる。組合運動や共産党員との交友があるオッペンハイマーだったが、計画に参加し、世界初の原子爆弾の開発に成功する。しかしナチスが降伏したにも関わらず、実際に原爆が広島と長崎に投下されるとオッペンハイマーは苦悩する。冷戦時代に入り、核開発競争の加速を懸念した彼は、水素爆弾の開発に反対の姿勢を示したことから今度は米政府から追い詰められていく。

www.oppenheimermovie.jp

 今年のアカデミー賞を総なめにしたことで話題の作品です。アメリカ本国のプロモーションで原爆を揶揄した?ことが日本で炎上、配給会社の東宝東和が降りてしまったことでも話題になりました。日本公開が半年以上遅れ、この時期になったのもその影響だそうです。

 日本は唯一の被爆国ではありますが重慶などの爆撃で大勢の市民の犠牲者を出す国際法違反を犯した点ではアメリカと一緒です。ショボいとはいえ、原爆開発にも着手していた。偉そうに原爆被害を訴えるような資格はありません。映画を見てもいないのに騒いでいた連中って、どういう頭の構造をしているのでしょうか。そんなくだらないことで騒ぎになるなんて、日本人の頭脳の劣化具合、精神年齢の幼さには呆れるばかりです。

 監督はクリストファー・ノーランアイルランド独立戦争に引き裂かれた兄弟をケン・ローチ大先生が描いた『麦の穂をゆらす風』のキリアン・マーフィオッペンハイマー博士を演じる他、エミリー・ブラントマット・デイモン、アカデミー助演男優賞をとったロバート・ダウニー・Jr、今を時めく演技派、フローレンス・ピューなどのオールスター映画でもあります。


 難解、複雑、という前評判でしたが、ボクは非常にわかりやすい映画だと思いました。
 最初にいきなり『人類に火をもたらしたプロメテウスはその代償に一生拷問の責め苦を受け続けた』という一節が引用されるからです。上映時間3時間のこの映画の内容はこの一節に集約されています。

 お話は3つの話が平行で進んでいきます。原爆を開発するマンハッタン計画オッペンハイマーの歩み、54年にオッペンハイマーのスパイ容疑を取り調べる査問会、59年のオッペンハイマーを追い落としたストローズ原子力委員会委員長の閣僚就任にあたっての議会公聴会

 これさえ判っていれば問題ない。安心して楽しめる映画でした。

 原爆開発は当初はナチの方が進んでいたんですね。オッペンハイマーがドイツに留学した描写がありましたが人材は豊富だったし、研究成果も蓄積されていた。ナチが先に原爆を開発していたら この世の終わりです。オッペンハイマーが原爆開発に死力を尽くしたのは当然のことです。

 伝記映画だから当然ですが、映画の中心はオッペンハイマーの描写です。
 彼はある意味 欠陥人間です。科学者としてはある意味致命的で実験は下手くそで理論、閃きだけ。

 私生活では人間には興味がないどころか、自分の子どもにすらあまり興味がない。育児放棄しても何とも思わない。精神も弱くて、イギリスへ留学すれば、ホームシックで引きこもる。男女を問わず人の気持ちには全く忖度しないから、敵が多かったのも判ります。おまけに女性関係もかなりかなり問題がある。

 

 天才描写も上手いです。幸い数式描写は少なかったですが、様々な言語をあっという間に覚える超天才ぶりなどはお見事です。

 彼が政治的にあんなにリベラルな人だとは知りませんでした。弟がアメリ共産党員だったのは知ってましたけど、婚約者(フローレンス・ピュー)や奥さん(エミリー・ブラント)が元共産党員で、本人は共産党には頑として入らなかったけど組合活動を主導していた、とまでは思いませんでした。赤狩りに引っかかるのも無理はないかも(笑)。

 オッペンハイマーが果たした役割は技術者というより、プロジェクトリーダーだったんですね。軍側の責任者、グローブス将軍(マット・デイモン)と二人三脚でナチと開発競争を続けた。

 これも意外でした。よく考えればこのような巨大計画ではプロジェクト管理は最も重要で、まさにリーダーの仕事です。しかし、それには技術、理屈が判っていなければ判断できない。オッペンハイマーは科学者の理論や技術を捨て、管理と判断に徹した。ここも勉強になった。

 

 なんといっても見事なのは演出です。
 原爆描写がないなんて文句を言ってる奴は真正のアホでしょう。原爆のテスト=トリニティ実験の恐ろしさは音も色彩も驚くような描写でした。専用のフィルムを開発したって言うんでしょ。これにはびっくりしたし、原爆の実際はこういうことなんだろうと思いました。現実を体験した人は生きていないわけですが。

 それに度々オッペンハイマーを襲った心理的な責め苦。地獄の描写と言っても過言ではない。幻想の中で焼けただれる人間を演じたのは監督の娘さんだそうです。これで文句を言ってるような奴は人間はどこまで頭が悪くなれるのかの限界に挑戦しているんでしょう(笑)。

 あと登場人物の描写もお見事です。元婚約者役のフローレンス・ピューはいつもながらに燃え滾るような演技だったし、

 妻役のエミリー・ブラントも素晴らしい。

 ロバート・ダウニーJRはアカデミーの授賞式でミソを付けましたが、この映画では見事だった。人間、これだけ陰険になれるのか(笑)。

 学者たちの立場も様々でした。ナチスが敗北した後 原爆の使用に反対し、署名を集める学者もいました。オッペンハイマーはその署名には参加しなかった。しかし戦後は水爆の開発に反対し、軍拡競争に警鐘を鳴らした。一方 ソ連の脅威に対抗するために水爆開発を推進するべきという学者や政治家もいました。アメリカが開発しなくてもソ連は水爆を開発するのは明らかだったからです。

 査問会で科学者の誰がオッペンハイマーを裏切り、誰がかばおうとしたか。ドラマとして単純に面白いです。
 あとでググってみるとノーベル賞を受賞するようなすごい科学者だらけです。ノーベル賞を取るような学者でも、いざとなると人間はどういう行動をとるか。現実の仕事などでも良くあることではありますが、考えちゃいますね。

 ちなみにナチから逃れ、アメリカに亡命していたアインシュタインはキーパースンとして出てきますが、ナチの原爆開発を警告した彼は左翼過ぎてマンハッタン計画には参加させられなかったそうです。オッペンハイマーだって、普通だったら参加させないと思います。性別、国籍、政治思想を問わず、優れた頭脳を動員、活用したアメリカにも改めて恐れいりました。

 上映時間3時間は全然長くありません。見事な演出(演技、音、映像)で、これぞ映画、という感じです。原作本は『アメリカン・プロメテウス』というノンフィクションだそうですが、神話的な色合いさえある、見事な作品でした。考えさせるし、面白い。日本人こそ見なければいけない映画じゃないですか。大画面で(笑)。


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