特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

10月の実質賃金と映画『リ・ライフ』&『黄金のアデーレ 名画の帰還』

今年もあと2週間となりました。
歳を取るにつれ月日が過ぎるのを早く感じるのは毎年の事ですが、定年までは早く過ぎる、その後はゆっくり時間が流れる、何とか、そういう風にいかないものでしょうか(笑)。早く定年にならないかなあ。
                                         
この週末は決まったばかりの社民党の今度の参院東京地方区の増山という候補者があまりにも酷いって言うのでネットでちょっとした騒ぎになっていました(笑)。自称映画作家だそうですが映画制作費の無断流用疑惑とか『てめえら豚はプルトニウム米でも食ってろ』という本人のツイートがネットにいっぱい出てる(くだらないのでリンクしません)。これ以外にもパンツ大臣以上の週刊誌ネタの宝庫で、この人はとても選挙まで保たないんじゃないでしょうか。昔から反原発を唱える人って玉石混淆ですが、これは山本太郎より酷い(笑)。そんな候補者しか出せないんだから、いよいよ社民党次回の選挙で政党要件消滅か(笑)。さっさと解散して普通の市民たちの運動に合流したほうがいいです。だけどあの人たちが加わっても、(誰も知らない)団体の幟を出させろとか、国会包囲とか、相変わらず認知症みたいなことに固執するだろうし難しいところです(嘆息)。

それとは対照的に今日の夕方 SEALDsや中野晃一上智大教授などが市民の政策シンクタンクリデモス』を始めるという記者会見をやってました。http://redemos.com/  高木仁三郎氏の原子力情報資料室を彷彿とさせます。ホームページを見た限りでは具体像は判らないけど、このところ何回か書いているように、市民の側はレベルアップ、知的武装が必要です。『反対』の声を挙げるのも大事だけど、もっと頭を使わなくてはなりません。だから、こういう動きはボクは歓迎します。

     

                                                                        
さて、5日に発表された10月の毎月勤労統計調査(速報値)によると、物価変動の影響を除いた実質賃金は前年同月に比べ0.4%増えました。1%にも満たない僅かなものですが増加は4か月続いています。と、言っても原因は原油の値下がりで、4月まで2%代だった物価の上昇率(黄緑の線)が最近はゼロ%台にまで落ち着いているから、で安倍晋三が言うように給料が大して上がってるわけではありません。
アベノミクスが始まってからの名目賃金・実質賃金・物価上昇率の前年同月比推移(2013年1月〜2015年10月)


増加と言っても下表でアベノミクスが始まる前(2012年を100とする)と比べてみると、名目賃金はほぼ横ばい、実質賃金は94.8と5%以上も下落した状態です。アベノミクスが始まって生活は約5%苦しくなった。傾向はずっと変わりません。これじゃ、景気が良くなるわけありませんよね。
●2012年を100としたときの名目賃金、実質賃金の推移

                       
今 軽減税率で大騒ぎしていますが、少し前に自民党税調の会長、野田毅が更迭されたのは皆さん、覚えておられますでしょうか。お金持ち優遇で中小企業にも事務負担が増える軽減税率には、さすがに税の専門家の野田も反対していました。ところが突然 秘書が麻薬で逮捕され野田も更迭されました。しかも逮捕前日に秘書が辞任、その翌日の逮捕です。現役秘書の逮捕ではなく、『元』秘書の逮捕になった。見事なタイミングです(笑)。覚醒剤で逮捕の野田毅議員「元」秘書、「逮捕前日の依願退職」という闇 | BUZZAP!(バザップ!)。もちろん、これは官邸のストーリー通り、とボクは某マスコミから聞きました。陰謀論じゃありませんよ(笑)、大抵の人はそう思ってますよね。実際に税調のドン、野田を更迭したら、誰も軽減税率に反対しなくなった。この国の為政者は国民の生活のことを考えているわけでもなければ、国の将来を考えているわけでもない。考えているのは自分の権力維持 ですよね。いったい、どういう国なんだ。


                                  
銀座で映画『リ・ライフ(RE:LIFE)』映画「Re:LIFE〜リライフ〜」公式サイト 原題はRewrite。人生の書き直しの物語です。

主人公(ヒュー・グラント)は映画の脚本家。過去にアカデミー脚本賞を受賞したが、今はヒット作もないままくすぶっている。妻は他の男と再婚し、息子とは妻の再婚後1年間も会っていない。彼は酒浸りで女遊びをしてばかり。電気代も払えなくなった彼はNY州郊外の地方公立大学で脚本を教えることにする。しかし、やる気がない彼は生徒をルックスで選ぶは、女子大生に手を出すは、1か月も休講にする始末。だが、シングルマザーの大学生(マリサ・トメイ)など公立大学ならでは生徒たちの真剣さに彼のちゃらんぽらんな態度も変わっていく。


ヒュー・グラントって、今やコメディスターですよね。今回は人生に疲れた、インチキオヤジの役を演じています。彼ももう、立派なおっさんです。
●ナンパに励む中年オヤジの顔には深く皺が刻まれています。

                       
一方 マリサ・トメイは数年前のミッキー・ロークの感動のカムバック作『レスラー』での場末のストリッパー役を演じてアカデミー助演女優賞にノミネートされた人です。あれは忘れがたかった。今回も昼間は大学生協、夜はウェイトレスとして働きながら、大学へ通うシングルマザーを好演しています。すさんだ役が似合う女優ってポジションも珍しい。

                                                               
まず舞台が公立大学、というところが良いです。アメリカの一流大学は学費が高騰していることで知られています。ハーバードは400万円/年だそうです。一方 公立大学は安価な学費で教育を提供しています。お話に出てくる学生たちも、そういうところへくるような子ばかりです。今回の舞台となったビンガムトン大学は公立大の中でも一流校として知られています。ググったら、かってウォーラーステインを特任教授として招いた、とあります。すげ〜。その学長役はJ・K・シモンズ。アカデミー賞を取った『セッション』で極悪非道の鬼教官を演じた人です。ここでは厳しいけれど、やたらと良く泣く、お人よしの学長を演じています。

                            
その公立大学にハリウッドからおちぶれた脚本家がやってくる。過去の栄光だけが自慢で、生徒にやたらと虚勢を張ります。今 自分が落ち目なのは強い女性がもてはやされる時代だから、と他人のせいにします。
最初は学生たちをバカにしていた彼ですが、様々な問題を抱える学生たちと触れ合っていくうちに、彼自身も変わっていきます。学生たちは男大好きだったり、オタクだったり、苛められっ子だったり、シングルマザーだったり、エリート学生はいません。ハリウッドで派手な生活をしていた主人公ですが、彼らと自分との共通点を見つけるのです。やがて彼はオタクの学生に脚本の才能があることを見つけ、ハリウッドへ紹介します。その学生の脚本が映画会社に採用され、主人公もプロデューサーとして復活の機会を掴みかけるのですが。
●ある時は生活感がさく裂、ある時は色っぽい、ある時は人生の知恵に溢れたシングルマザー役のマリサ・トメイもやるな〜と思いました。

                                             
軽いコメディではあるんですが、ヒュー・グラントマリサ・トメイもJ・K・シモンズも良かったし、後味も爽やか、面白かったです。主人公が映画の脚本家という設定だけあって、度々挿入される映画ネタも楽しかったし。作家ジェーン・オースティンのネタは判らなかったけど。ちょっと心がほっこりする、そんな映画でした。

                                      

                               
これが今日の本題です(笑)。銀座で映画『黄金のアデーレ 名画の帰還映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』公式サイト (原題 Woman In Gold)。監督はミシェル・ウィリアムズのマリリン役が鮮やかだった『マリリン 7日間の恋』のサイモン・カーティス

1998年のLA。50年以上前ナチスの迫害から逃れてオーストリアからアメリカに渡ってきた老婦人マリア・アルトマン(ヘレン・ミレン)は姉の葬式で、ウィーンの自宅に飾ってあった叔母の肖像画のことを知る。著名な画家クリムトの作品で時価1億ドルはするという肖像画は、ナチスに奪われて、今はウィーンの美術館に収蔵されている。彼女は知り合いの若手弁護士シェーンベルクライアン・レイノルズ)を雇って、絵画を返還させるためにオーストリアという国家を訴えることを決意する。


実話をもとにした映画ですが、観る前は単に絵画を返還させる話だと思っていたんです。ナチスが芸術品をヨーロッパ中から泥棒て、今も行方不明になっているものが沢山あるというのは先日のジョージ・クルーニーが主演・監督した『ミケランジェロ・プロジェクト』で見たばかりです。ところが、『黄金のアデーレはもっと深いお話でした。

主人公のマリア・アルトマンはユダヤ人です。元はウィーンの超大富豪の家に生まれましたが、ナチスオーストリア併合後、家族や財産を捨てて、命からがらアメリカに逃げてきました。82歳になってもLAで小さな洋服店を営んで生計を立てています。
●主役の二人。マリア(ヘレン・ミレン)と弁護士

                           
実際の彼女も気が強い女性だったそうです。ツンデレと言えば良いのでしょうか。だけど、何となく可愛げがある。その女性像を70歳のヘレン・ミレンが演じています。ヘレン・ミレンって意地悪そうな顔であんまり好きじゃないんです。ですが気が強く、常に上から目線のマリア・アルトマン役はぴったりでした。マリアの育ちを考えたら上から目線は当然なんです。マリア・アルトマンの家は砂糖会社で財を成した超大富豪で、クリムト肖像画を描かせるような人たちです。彼女の父の趣味はチェロですが、そのチェロはストラディバリウス(笑)。金持ちにしても、完全に我々の想像を超えています。イギリス人女優のヘレン・ミレンがわざと下手な英語を使って演じる、ツンデれ超美熟女(笑) は気品と可愛さがあって、本当に素敵でした。彼女のファッションも目の保養だったんですが、70過ぎても可愛いく見えるのですから大したもんでした。

                            
最初は無謀な訴訟を引き受ける気はなかった若手弁護士のシェーンベルクは常に命令口調だけど憎めない彼女の魅力に惹かれて、訴訟を引き受けます。シェーンベルクもまたユダヤ人です。独立して弁護士事務所を開業したもののうまく行かず、子供が生まれたばかりの彼は法律事務所に再就職したばかりです。ちなみに彼はナチスから逃れてアメリカに亡命した作曲家シェーンベルクの孫!ですが、食うや食わずの彼は最初はビジネスのことしか考えていません。余談ですがオーストリアからアメリカへわたっても代々続くユダヤ人同士の人脈の強さも驚きです。

個人が国家を訴える現代の話と、国家が個人を弾圧した過去の話が交互に描かれます。幸せだったウィーンでの暮らし。音楽があふれ、美しい建築がそびえる街、家には美しい美術品が飾ってあり、父は毎週土曜日にストラディバリウスのチェロを弾く。優しい家族や親せき。ですがナチがやってくると、楽しい日々は一変します。ユダヤ人に対するヘイトスピーチや嫌がらせが始まり、家のペンキで『ユダヤ人』と書かせられたり、暴力を受けたりします。
クリムトに肖像を描かせる追憶シーン

                                                            
訴訟の為にオーストリアへ行くのをマリアは躊躇します。彼女はオーストリアに足を踏み入れたくないんです。最初、その理由がボクには判りませんでした。それは何故か。オーストリア人も自らナチに加担したからです。ナチと一緒になってユダヤ人を弾圧したからです。彼女の眼から見ると、オーストリア人もナチと同罪なんです。だからオーストリアを一生許さないつもりでした。ナチと同じように大日本帝国は中国や東南アジアで多くの人を不幸にしました。その大日本帝国を多くの日本人は支持しました。オーストリア人と同じです。マリアの気持ちを理解できたとき、ボクは思わず慄然としました。
                                                             
回想シーンで、マリアと夫が命からがらオーストリアから逃げ出すところが描かれていました。マリアと夫はマリアの両親と暮らしていましたが、ナチに財産は取り上げられ、自宅は厳重な監視下に置かれていました。父親が病気になっても医者を呼ぶことすら禁止されているんです。いずれにしてもユダヤ人は殺されます。マリアと夫は隠密裏に国外逃亡の手筈を整えます。そのためには病気で動けない両親に別れを告げなくてはなりません。すべてを承知している両親はマリアを抱きしめ出発を促します。
マリアたちはナチに追われながら、命からがら国外へ脱出します。しかし安全地帯にたどり着いた彼女の元には両親の悲報が届くのです。
●若き日のマリア夫妻の逃避行

                                   
映画の冒頭 マリアが『アップル・シュトゥルーデルを焼いて待っていたのに、あんたは10分も遅れた』とシェーンベルクを難詰するシーンがあります。オーストリアの文化が染みついているんですね。でも、マリアはオーストリアを訪れても、ドイツ語を使うことすら断固拒否します。

                                  
映画の中で『黄金の女はオーストリアにとってはモナリザなんだ』という台詞があります。確かに時価1億ドル(120億円)ですから。マリアにとっては『アデーレ叔母さんの肖像画』ですが、オーストリアは『黄金の女』という画題で展示しています彼らはマリアたちの過去を、ユダヤ人を弾圧した過去はなかったことにしているのですオーストリアは返還を拒否します。また過去の古傷を掘り返すマリアを快く思わないオーストリア人も多い。
●でも、マリアたちに協力するオーストリア人ジャーナリストもいます。

個人対政府の戦いです。政府の厚い壁にマリアは一旦 諦めかけます。二人は帰国日に立ち寄ったホロコースト記念館で犠牲者を記したモニュメントを見て、今後はシェーンベルクが変わります。そこには彼の親族の名が刻まれていた。子供が生まれたばかりのシェーンベルクは弁護士事務所の職もなげうって、再び訴訟を起こすのです。
公文書館で証拠探しをする二人

                                 
この映画は単なる名画の返還のお話ではありません。個人と国家との戦いのお話でもあり、主演のヘレン・ミレンが言っていたように82歳でも人間は変わることが出来る、というお話です。そして人はかって犯した過ちに向き合うことが出来るか、というお話でもあります。オーストリア人はユダヤ人を弾圧・迫害しました。アメリカ政府も火の無いところに煙を立てるのを好みません。しかし、オーストリアにもマリアたちを助ける反体制のジャーナリストも居ます。彼はナチ党員だった父の罪滅ぼしのために証拠探しに協力します。そして、『アデーレの肖像画の問題は絵の所有権の問題ではなく、オーストリアが過去の犯罪を認めるかどうかの問題だ』というシェーンベルクの訴えに、裁判官たちも事実に向き合うことを選ぶのです。未だに過去を直視しないばかりか、ヘイトスピーチ靖国などに関するヒステリックな言説が飛び交う日本はどうでしょうか
●返還を訴える裁判に臨む二人

                                           
エンドロールでは主人公たちのその後が描かれます。マリアは取り戻した絵を誰でも見られるように常設展示することを条件に化粧品のエステー・ローダーの社長に160億円で売却しました。マリアはそのお金は寄付してしまい、2011年に亡くなるまで小さな洋服店で働き続けました。今も、絵は『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』という本来の名前でNYのギャラリーに飾られています。ちなみにローダー社長もユダヤ人で元駐オーストリア大使、ユダヤ人損害賠償世界機構という組織に関わっているそうです。



今年の秋はナチ関連の映画がずいぶん公開されました。『黄金のアデーレ 名画の帰還』はその中でもダントツの作品です。エンターテイメントでもあるし、ボクが想像もつかないような重い過去を描いた、そして今 現在の日本につながるお話でもあります。感動しました。映画をみた後、デモへ行ったんですが、気持ちを切り替えるのに非常に苦労しました(笑)。