特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『サンダーロード』と『なぜ君は総理大臣になれないのか』

 ああ、もう6月も終わり、1年も半分過ぎてしまいました。
 週末、3か月ぶりに有楽町へ行きましたが、人は多かった~。普段の8,9割くらいの水準には戻っている。そりゃあ、感染も増えるわけです。
 

 有楽町も昨年 慶楽(スープチャーハン)が閉店、今回のコロナで松本清張の作品にも出てくるレバンテ(カキフライ)が無くなり、段々行く店がなくなってきました。これらの店は創業50年以上、そう簡単に代わりがあるわけではありません。
 こういうこと↓も含めて、今 まともな文化がどんどん失われていっています。文化を大事にしない、これが日本人の民度です。

 交通会館地下の大勝軒平松洋子のエッセイなどにも出てくる家族経営の老舗揚げ物屋)は健在でほっとしました。カウンターには隣席との仕切りが出来ていて、ちょっとびっくりしましたが、それはそれでいいかな(笑)。
スコッチエッグとエビフライのセット。美味しかった~


 今回は思い入れがありまくりの映画、ぜひ応援したいと思った作品を2つご紹介します。こういう映画を紹介出来て嬉しいです。

 まず、新宿で映画『サンダーロード
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 テキサス州の警官ジム・アルノー(ジム・カミングス)は妻と別居中で仕事でも問題続きだった。親権争いで愛する一人娘とは週3回しか会うことができない。そんな彼は愛する母親の葬儀で、母が愛したブルース・スプリングスティーンの名曲『サンダーロード』を流し、踊ろうとするが……。
thunder-road.net-broadway.com


 この作品 元々12分ワンカットの短編映画として作られ、2016年のサンダンス映画祭でグランプリを獲得しています。
 それをもとに今回の長編が作られ、先進的な作品が集まることで知られているテキサスの映画祭SXSWで2018年のグランプリを獲得しました。SXSWって電通経産省を接待した前田ハウスで一躍 脚光を浴びている例のアレです(笑)。その後 この作品は既に世界のインディ映画祭で14冠を獲得しています。
 ジム・カミングスという人が監督・脚本・編集・音楽・主演の5役をこなしています。

 題名の『サンダーロード』とは1975年に発表されたブルース・スプリングスティーンの名曲のことです。
 郊外に生まれた労働者階級の若者が自分の生まれ育った町を捨てる決断をする情景を描いた、まるで映画の一場面のような歌です。シングルカットされたわけでもない6分近くの長い歌ですから、日本では一般的な知名度はいまいちかもしれません。が、ボクも含めて、この歌は多くの人に影響を与えてきました。
●名盤『明日なき暴走』の1曲目です。

明日なき暴走(REMASTER)

明日なき暴走(REMASTER)


Thunder Road (Live at the Hammersmith Odeon, London '75)


 日本でも、この曲からインスピレーションを受けて『狂い咲きサンダーロード』と言う、今やカルト化している傑作映画が作られたのは有名です(映画の内容は暴力的で、曲の内容とは全く違います)。

 ところが、この映画ではその『サンダーロード』は一切流れません。元になった10分ほどの短編では原曲が使われているので、権利の関係とも思えません。一体 どんな映画なのでしょう。

 映画は葬儀のシーンから始まります。監督自らが演じる警官、ジムは愛する母の葬儀で、弔辞の代わりに生前 母親が大好きだった『サンダーロード』を流そうとします。キティちゃんみたいなキャラクター付きのピンクのラジカセを用意し(笑)、準備万端。

 ところが曲を流そうとするとラジカセが故障して音が出て来ない。ジムは叙事詩のような『サンダーロード』の歌詞を説明しながら、一人、踊りだします。

 しかし『サンダーロード』は踊るような曲ではありません。ハーモニカとピアノで奏でられるメロディが、まるで夏の夕方のように穏やかに始まり、次第にオペラのようなドラマティックな盛り上がりを見せるミディアムテンポのナンバーです。リズムが強調される感じではない。
 当然、ジムの踊りは珍妙なものになります。しかもジムは歌詞を解説するだけで、歌うわけでもないし、曲も流れない。葬式に集まった客も当惑して、斎場は奇妙な沈黙が支配します。

 その日から、ジムの人生は激変していきます。妻と別居中だった彼は一人娘の親権争いで妻に敗れてしまう。

 そして仕事でも失敗して、上司からはクビを宣告される。不器用で時折 癇癪は起こすけれど、まじめで地道なジムの人生はこれからどうなってしまうのでしょうか。
●元々クソまじめなジムは田舎の警官仲間の間でも浮いています。

 ジム・カミングスの演技が素晴らしいです。普段は大人しいけれど時折 露わになる表情に、不自然なポーズに、不器用で空気が読めないけれど、真面目な男の感情が伝わってきます。

 田舎町でも浮いてしまうほどイタいジムの姿は見ている側も恥ずかしくなってくるほどですが、リアリティ溢れる演技は『こういうことってあるよなー』と思えてきます。

 そして脚本。大したことが起きるわけでもない田舎町での出来事が淡々と語られていくなかで、物語は徐々に臨界点に達していく。

 だけど常にオフビートなユーモアは忘れない。どこか冷めた視点が存在しています。
 なんといっても最後に、この映画がなぜ『サンダーロード』なのか。その理由がわかると涙なしで見ることができません。やられたーと思いました。

 『サンダーロード』という原曲のようにドラマチックな感動作ではありません。田舎の中年男、世間一般では負け組と言われるであろう孤独な男の日常を、冷めた視線で淡々と描いています。
●原曲の中に出てきてもおかしくないような場面です。


 だけど心の奥底に残っているものがある。それは原曲に流れているのと同じ、負け犬のような人生でもいつか自分の手に取り戻すことができる、という信念でしょうか。この監督はこれから有名になると思いますが、まさに秀作でした。
www.youtube.com



 もう一つ、これも是非応援したい!と思った作品。銀座でドキュメンタリー『なぜ君は総理大臣になれないのか
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www.nazekimi.com

 2003年10月、当時32歳の小川淳也総務省を退職、衆議院議員選挙に民主党(当時)から初出馬。地盤・看板・カバンなしで選挙戦を戦ったものの落選。2005年に初当選を果たす。それ以降、民主党政権と政権の崩壊、政党の分裂の中で、あくまで理想の政治を追及しようとするも、翻弄される彼の姿を描く。
●監督インタビュー
www.msn.com


 今作の主人公は衆議院議員小川淳也(当選5期)、49歳。東大から総務省に入り退職、2005年に香川県から初当選。民主党民進党希望の党を経て無所属。2020年5月現在、立・国・社・無所属フォーラムに属し、立憲民主党代表特別補佐。2019年の国会で統計不正を質し、SNSで「統計王子」「こんな政治家がいたのか」と注目を集めたそうです。

 ボク自身、彼のことはそんなに印象はないのですが、時折 舌鋒鋭い追及をする頑張っている議員、という記憶はあります。

 彼の17年間を描いたドキュメンタリー。大島監督は大島渚の息子さん。ずっとTVでドキュメンタリーを作ってきた人。
 今回は監督の奥さんが小川議員と高校の同級生だったという縁で何となく記録しているうちに、彼の真摯な姿勢に惹かれて取材を続け、作品を世に問わなくてはならない、という気持ちになったそうです。

 こういう映画は地味なミニシアター1館での公開というのが常ですが、今作は複数の映画館でも取り上げられ、特に銀座の映画館でも6日連続満席など反響が大きく、週を経るにつれ上映回数が増えていくヒットを続けています。映画のホームページをご覧になると確認できますが、7月には全国各地で公開されることが決まってます。また昨日のTBSサンデーモーニングにも監督が出演したそうです(ボクは未見)。


 映画は小川のボヤキにも似たインタビューから始まります。

 既に5回もの当選を重ねている小川です。たとえ野党でも何らかの党の役職が回ってきても良いはずです。
 しかし、彼は小選挙区で勝ったことは1度しかなく常に比例区復活なので党内の立場が弱い。しかも政策以外の政府のスキャンダル追及などあまり興味がなく党利党益にも貢献してないのでポストが回ってこず、結果として自分の政策を実現するチャンスに恵まれない。自分は政治家に向いてないんじゃないか、と。

 実際 彼は政策には非常に熱心です。
 民進党が分裂する直前、前原が代表を務めた時代 慶応の井手英策教授をブレーンに招き『ALL FOR ALL』という言葉を旗印に経済政策をまとめ、北欧型の社会福祉の強化を訴えたことがありました『民進党の代表選』と『ユジャ・ワン ピアノ・リサイタル@サントリーホール』、それに『0909再稼働反対!首相官邸前抗議』 - 特別な1日
 貧富の差に関わらず誰もが受益者になるユニバーサリズムを前提に、経済成長を前提としない福祉の強化策、サービスの現物給付を取り入れて財政の持続可能性を考慮した政策案は、ボクも大いに納得できるものでした。というか、これしかないかも。

 ただ、それを唱えたのがタカ派の前原だったので、??と思っていたのですが、実際にまとめたのは小川議員だったそうです。この映画を見るまで知らなかったのですが、そういう人です。元官僚ですけど、そういう人はいるんです。むしろ理屈が判ってるからこそ、こういう政策を考えることができる。


 小川は32歳で総務省を辞め、郷里の高松市から立候補しています。地盤も看板もありません。ただ世の中を良くしたいという思いだけ。奥さん、親、含め家族は全員大反対、子供なんかワンワン泣いていました。

 対立候補自民党平井卓也。三世議員です。平井の一族は現地でシェア60%の四国新聞とTV局(西日本放送)を経営しています。自民党のネット工作の中心人物で、フェイクニュースやデマばかり流すネトウヨ・アカウント、DAPPIの正体では?と言われている悪名高い人物です。

 1回目の選挙では落選、3年後の選挙では比例で初当選を果たします。そして民主党政権の時代になりますが、政権はあえなく崩壊。前原の側近として前述のように政策をまとめますが、例の希望の党の騒ぎで党は瓦解。彼がまとめた政策も宙に浮いてしまいます。

 映画の中で小川は自らの政治姿勢を『前原ほど右じゃないし、枝野ほど左じゃない、中道』と言ってましたが、彼が言ってることは現実的なだけで充分リベラルに見えます。
 しかし彼が弁護士の前原や高校の2年先輩で東大→官僚という同じキャリアを歩んだ玉木とつながりを持っていたのも判ります。現実的な政策を打とうと思ったら理屈が通じる相手でなければ話ができないからです。

 ただ前原の場合は、理屈は通じるかもしれないが、小池に騙されたことでも判るようにそれを上回る判断力の無さ、人間の軽さという重欠点があるから、彼と組んだのは大間違いですが、理解はできる。

 逆に元官僚など、有能な人材を引き付けられないところが日本のリベラルのダメなところです。国民民主党の玉木だって判断力とか人間的には問題大有りだけど、元財務省だけあって頭は悪くないですからね。
●同じ香川県出身、高校の2年先輩の玉木と一緒に、彼は民進党から希望の党へ移ります。後日 玉木が国民民主党を旗揚げしたときは小川は行を共にしませんでした。
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 少子高齢化で衰退が避けられない日本を何とかしたいという姿勢を貫く彼はリベラルと保守の双方の論客から期待を寄せられているそうです。小川も政策のためなら右左のこだわりはない。
安倍晋三の腰ぎんちゃくとして悪名高い田崎史郎(スシロー)(右)とも年に何回か酒席を共にします。

 2012年からの安倍政権下では我慢の日々が続き、やがて民主党民進党に改名、やがて希望の党への分裂騒ぎが巻き起こります。
 前原は全議員が新党へ移籍できるよう小池と交渉しますが、小池はあっさり約束をほごにします。そこで立憲民主のブームが起きる。
 当時 小川は前原の側近という立場でしたから立憲民主へ移るという選択肢はありません。だけど小川本人は、''本当は自分の権力のために政治をやっている小池を倒したい''、とカメラの前で語っています。希望の党へ移るべきか、無所属でいるか、小川は苦悩を抱えながら2017年の衆議院議員総選挙に挑んでいきます。
●あんなに嫌がっていた家族も選挙の応援に立ち上がります。17年間のドキュメンタリーで登場人物たちが年を取ってどんどん変化していくのが面白かったです。


 選挙初日には、わざわざ井手英策慶大教授が高松まで応援演説にやってきます。
 それだけでも驚いたのですが、映画には井手の『なぜ、世の中を良くしたいだけの小川が党利党略に振り回されて、こんな顔をして選挙をしなければならないのか』という応援演説を聞いて家族一同が涙を流す光景が収められています。ボクもこれは、涙が出た。このシーンだけでも映画を見る価値があります。

 政界では安倍晋三や麻生、平井卓也のように先祖代々のバックボーンを持っているか、小池のような権謀術策ばかりを優先する人間が力を奮っています。熱意や政策はあるけれど、バックボーンも権謀術策も持っていない小川氏のような人間はどうしたらよいのか。

 そうではないんです。まっとうな人間が出てこれないような政界にしてしまっているのは国民の責任です。知名度や地盤で投票したり、棄権するバカな国民のせいです。本当に一生懸命な小川や小川の家族の奮闘や苦悩を見ていると、我々に責任が突き付けられている気がします。

 彼は言います。
 「自分たちが選んだ政治家をバカだとか、笑ってるうちは、絶対にこの国は変わらない
 ボクも政治家のことをバカと言います。だってバカだから。これからもバカと言うと思う。でも小川議員の言ってることは間違いなく正しい。バカを政治家にしてはいけないんです。

●奥さんとの食卓。小川は今も高松市の家賃4万7千円のアパートに住んでいます。驚きでした。

 本人も家族も大変な犠牲を払いながら、議員活動を続けている。当人も周囲も政治家に向いてないことも判っている。世の中を良くしたいという志はあるけれど、権力欲は殆どないから権謀術策なんか考えたこともない。彼や家族の個人的な犠牲を見ていると、気の毒に見えてきます。
 でも本来はこういう人こそ政治家として、いや、総理としてやっていける世の中にしなくてはいけないのではないか。


 国会議員と言うと何となく遠い存在のように見えます。小川氏のようにデモや集会で見かける機会が少ない人だとなおさらです(彼は毎週末は地元に帰っている)。この映画を見ていると小川氏も我々と同じ等身大の人間として理解できる。

 真面目で融通が利かない。我々よりもうちょっと一生懸命。誰に対しても何事もきちんと説明しようとするから話も長い。地元から陳情に来ても、時には国には予算がないと言って断ってしまう。50歳という年輪を重ねてきて丸くはなってきたけれど、今も少子高齢化が進み衰退し続ける日本の現状を本気で憂い続けている。
 でも、我々と同じように自分も政治家には向いてないんじゃないか。やめてしまおうかと悩み続けている。

 これは面白かった。満席続出も頷ける、優れたドキュメンタリーです。一人の政治家と家族の興味深い17年間を描いているだけでなく、我々自身にとって政治とは、社会とは、色んなことを突き付けてくる。選挙も近いようですし、必見のドキュメンタリーです。

映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』予告編