特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

日本はどうだろう?:映画『共犯者たち』

先週はとびっきり、寒い週末でした。


最近は犬用のダウンベストがあるんですね。週末散歩している犬たちはみんな、こんなのを着てました。多少の違和感はないでもないんですが、犬でも風邪を惹きますからね。笑っちゃいました。


 今年もあと2週間。毎度のことながら時間が過ぎる速さには驚くしかありません。
 でも、時間が過ぎ去るままに任せていけないこともあります。県民投票前に地元と対話をしようともせず辺野古の埋め立てを進める政府の強権的な姿勢は、抵抗しても無駄と諦めさせることを狙っているのでしょう。今 沖縄で起きていることは本土でも起きることです。


ということで、それとも関連して、東中野で映画『共犯者たち
映画『共犯者たち』『スパイネーション/自白』公式サイト
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韓国のイ・ミョンバク、パク・クネ政権下で行われたTV局に対する言論弾圧を取り上げたドキュメンタリー。解雇された記者たちが創った独立メディア「ニュース打破」のジャーナリストが、政府のメディア介入の黒幕と共犯者らを追い、その経緯を検証したもの。

 映画はイ・ミョンバク政権が成立直後からTV局の人事に介入し始めるところから始まります。
 2008年に持ち上がったアメリカ産牛肉BSE問題などでデモが起きると、このままでは国民の支持を失いかねないと、政府はKBS、MBCなどTV放送局を主なターゲットにして、あからさまにメディアに介入し始めます。
 政権に批判的な報道番組を認めていた上層部は徐々に追い出されます。社長ですらクビにされ、政権に忖度する人間が幹部になっていく。映画は社長を辞任させる理事会の場や辞任する社長の姿を見事にとらえています。文字通り迫真の場面です。
 ここでのポイントは人事は徐々に行われる、というところです。日本でもそうなのかもしれません。
●社屋に警官が導入された中で、辞任を強要された社長が社屋を去っていきます。
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●政府から送り込まれた新社長(中央)は、全く議論をしようとしません。
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 TV局では調査報道の番組が次々と打ちきりになります。代わりに大統領のコメントを垂れ流す番組や、スポーツなど娯楽番組がどんどん増えていく。セウォル号の事故でも当初は全員救助という偽報道がなされ、犠牲者がいるという取材結果が現場から来てもTV局の上層部は黙殺していたそうです。
 やがて報道番組のアナウンサーやキャスターが度々降板、報道現場の調査チームも解散を強いられて、記者やスタッフたちはスケート場など制作に関与しない部門へと異動させられる。

 それに対して、局内で二つに別れていた組合は団結してストライキを起こします。しかもMBCでストが起きたら、他のTV局でも連帯してストをやっている。韓国では組合がまともに機能しているんです。これは驚きでした。それでも多くの社員たちが解雇されました。
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組合は経営陣と本気で戦っています。日本の御用組合とは全然違う。
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若い女性社員やアナウンサーたちもストや集会に参加しています。日本とは権利に対する考え方が違うのでしょうね。
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 感動的だったのは、意見の発表を封じられたMBCの社員がスマホフェイスブックの実況中継機能を使って、『社長は辞めろ』と社屋内で意見を表明するところ。『妻からは止められているけど、自分ひとりでも黙るわけにはいかない』と言いながらスマホでネット実況するのですが、それを見ていた大勢の社員が彼に続いて、スマホで『社長は辞めろ』と意見表明を始めます。MBCのロビーで、廊下で、社屋の入り口で社員たちの『社長は辞めろ』の声が響きます。こんなシーンを良く撮ったなあ、と思いました。

 解雇された記者やスタッフたちはスポンサーに頼らず、市民たちの寄付で運営するネットメディア「ニュース打破」を設立。自由な報道を求めて、タブーなしの取材を進めていきます。その成果の一つがこの映画です。
 監督はテレビ局MBCで調査報道番組を作っていた元プロデュ―サー、チェ・スンホ。韓国のTV局MBC,KBS、YTNではイ・ミョンバク、パク・クネ政権時代、政権の都合の悪いことを奉じる記者やスタッフが大勢、政府が送り込んだ経営陣にクビにされました。映画の最後に出てくる、その数は200人。彼もその一人です。
チェ・スンホ
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映画のタイトルの『共犯者たち』とは政府に迎合して、言論を弾圧したTV局の社長たちや幹部たちのことチェ・スンホはまるでマイケル・ムーアのようにアポなしで彼らに肉薄していきます。
●元社長にも、ィ・ミョンバクにもインタビューを試みます。
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 でも、彼らは一様に自分たちの責任を認めようとはしません。曖昧な言葉でお茶を濁す言論の自由を奪ったのは権力ですが、TV局の経営陣や関係者もまさに『共犯者』であることが判ります。
●それでも、韓国の『共犯者たち』はこれよりはマシでした(笑)。

政府のやっていること、そして政府の都合の悪いことを報じないマスコミに、やがて市民の怒りが巻き起こります。それが政権交代につながったのは皆さんのご存知の通りです。この映画は2017年夏に公開され、観客動員26万人とドキュメンタリーとしては異例の大ヒットを記録しました。
 パク・クネ政権の時代までを描いたこの映画では描かれませんが、政権交代後 チェ・スンホは公募によってMBCの社長に就任、解職者の復帰やかって政府によってつぶされた番組の復活など、会社の立て直しを行っています。

 今年見て、非常に感動した映画『タクシー運転手』、『1987 ある闘いの真実』で描かれた韓国の軍事政権は3S政策(スポーツ、セックス、スクリーン)を取って、国民に政治への関心を向けさせないようにしていたことは知られています。

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でも、民主化後の最近まで、韓国でこんな言論弾圧が行われていたのは、恥ずかしながら全く知りませんでした。では日本はどうなのでしょうか。

 上映後は元NHK堀潤氏、ドキュメンタリー監督の森達也氏のトークショーがありました。森達也氏が開口一番、『日本の場合は韓国以前の状況だ』と述べました。
韓国の場合は権力が調査報道の番組に介入した。日本はそれ以前に、まともな調査報道の番組はTBSの『報道特集』くらいしかなくなっている』。
 なぜそうなってしまったかと言うと、権力の介入以前に『視聴率が取れないからだ。』というのです。通常のニュースは日本にもありますけど、新たな事実を掘り起こしたり、丁寧に事情を説明するような調査報道の番組は確かにほとんどなくなってしまった。『報道特集』、それに『NHKスペシャル』を除けば、ドキュメンタリーという形で深夜にしか放送されません。日本の場合 3S政策が行われているというより、視聴者が自ら3Sを選んでいる(笑)。

 そういう意味で、『日本では視聴者も共犯者である。そこまで考えることで、この映画を日本で上映することの意味が出てくるのではないか』ということで30分ほどのトークショーは締めくくられました。
●革ジャンにブーツの元NHK堀潤氏(右)からは実際に取材したKBSのストの模様やクローズアップ現代の裏話、ドキュメンタリー監督の森達也氏(左)からは過去に安倍晋三従軍慰安婦を取り上げたNHKの番組に介入した話もありました。


 映画としては、ボクには韓国のTV局の名称や右派と左派の状況など事情が分からないので、とっつきにくかった部分はありました。また事象を『ニュース打破』の側からしか取り上げていない、という点もあったのですが、それでも当事者たちに直接迫っていく取材と貴重な記録は興味深かったです。
 『タクシー運転手』や『1987 ある闘いの真実』で取上げられたことはまだ終わっていない。というより、人々が絶えず求め続けていなければ民主主義は成立しえない、ということを実感させてくれる映画です。韓国にはメディアにも市民にも権利のために闘う人たちがいますけど、日本人の多くはもう、民主主義を欲しがっていないのかもしれません。我々の生活を相対化させる、まさに!一見の価値がある映画です。
●日本の記者クラブでの上映会のリポート
www.jnpc.or.jp


映画『共犯者たち』本予告編