特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『1987、ある闘いの真実』

先週報じられた『郵便配達 平日のみに』は考えさせられるニュースでした。

郵便配達 平日のみに 総務省、郵便法の改正検討 人手不足で効率化 :日本経済新聞


人手不足ということで、土日の郵便配達の中止を検討する、ということですが、それ自体は構いません。確かに家に届く郵便物は殆ど商用ばかりだし、自分では何年もはがきや手紙なんか書いたことがありません。メールの方が早くて便利ですからね。せっかちで字が汚いボクは、子供の時『綺麗な字を書けないとみっともない』と親に叱られたものですが、メールが殆どになった今は安心しています(笑)。


それ以上に、これは日本の落日を象徴するようなニュースだと思ったんです。郵便然り、鉄道然り、水道然り、医療然り、学校然り、少子高齢化の進展と共に日本が長年築き上げてきた社会インフラが劣化し、維持すらままならなくなってきつつある。これから銀行の支店だってどんどんなくなっていくし、学校や役所の統廃合も進んでいく。
それに対して、アベノミクスのような『昭和の夢よ もう一度』みたいな政策は無意味です(笑)。が、ただ反対を唱えているだけなのもバカです。技術の変化は進んでいくし、日本の財政が赤字であることも間違いない。どうしたってコストはかかる。じゃあ、どうするのか、どういう社会を目指していくのか、真剣に考えなければいけない時期に来ていると思います。


●追悼


ということで新宿で映画『1987、ある闘いの真実『1987、ある闘いの真実』2018年9月8日(土)シネマート新宿他、全国順次ロードショー!

舞台は1987年、全斗喚の軍事独裁政権下の韓国。翌年のオリンピックを控えて韓国では直接選挙による大統領選出を望む声が高まっていたが、それを避けようとする軍事独裁政権、なかでも警察の対共保安分室(南営洞)は民主化を要求する学生や市民に対して暴力や拷問で運動を弾圧していた。折しもソウル大の学生パク・ジョンチョルが取り調べ中に死亡する。警察は死体を直ちに火葬にして事態を闇に葬ろうとするが、家族に立ち会いもさせない早急なやり方に疑問を抱いたソウル地検の公安部長のチェ検事(ハ・ジョンウ)は、死因を調べるために解剖を命じる。すると治安本部から圧力がかかってくる- - -
●公安部長を演じるハ・ジョンウ


光州事件の実際の秘話を描いた大ヒット映画『タクシー運転手』映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)から7年後、韓国の軍事独裁政権を終結に導いた『6月民主抗争』を描いた群像劇です。こちらも観客動員数700万人を超える大ヒット作だそうです。

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ボクは韓国のことは文化も歴史もあまり知らないんです。好きな歌手とか映画とか料理とか、自分にとってフックになるものがないから、あまり関心が湧かない。あと人名が判りにくい(笑)。それでも『タクシー運転手』が素晴らしかったので、この映画も『拷問シーンとかは嫌だなー』と思いながらも見に行きました。初日の映画館は満員。しかも中年の女性が多い。ボクの隣の席なんか子供連れのお母さんでした。子供は嫌そうだった(笑)。こんなテーマの映画なのに??と思ったのですが、理由は後で判りました。


お話しは一部フィクションも混じっていますが、大筋は実話ベースです。100万人以上もの市民や学生たちが立ち上がり、軍事政権からとうとう、大統領の直接選挙を勝ち取った1987年の『6月民主抗争』の数か月を描いています。
●群像劇であることがよりよくわかる現地版ポスター
 


当時の韓国では、光州事件後も軍事独裁政権が続いていました。民主主義を求める人々の声は根強かったものの、軍部は徹底的に弾圧を続けました。その一翼を担ったのが警察の治安本部対共分室。反共の鬼 パク所長(キム・ユンソク)の指揮で対北朝鮮のスパイ網を摘発する組織でしたが、民主化を求める政治家や市民、学生を厳しく弾圧していました。
●反共の鬼、パク所長(キム・ヨンソク)は民主運動家を共産党の手先と信じています。


その地名から南営洞と呼ばれた治安本部分室で、ソウル大の学生、パク・ジョンチョルが尋問中に死亡します。死体には無数の傷があり、死因は水死。拷問が原因なのは明らかです。警察はそれを隠そうとします。


ソウル地検の公安部長チェは警察が要求する当日中の火葬を拒否、死因をはっきりさせるための解剖を指示します。軍、警察は彼に強烈な圧力をかけてきます。
●ソウル地検のチェ公安部長(中央)は取り調べ中の学生が心臓発作を起こしたという死因に疑問を抱きます。


医師も偽の発表や沈黙を強要されます。新聞社も一切の報道を禁じられます。軍から『報道指針』というものが示され、それに反するものは報道ができないのです。公安部長も医師も新聞記者も軍や警察に逆らえば、命の危険があります。そこでどうするか。
●詰めかけた新聞記者たちも警察の発表に疑問を持ちます。正面からではダメでも、一部の記者は何とか真実を探ろうとします。


この映画で感心するのはこういうテーマでありながら、ちゃんと娯楽作になっているところです。
公安部長チェ(ハ・ジョンウ)は片時も酒瓶を離さないエンタメ・キャラになってますが(脅されても『俺は雑種犬だ』とうそぶく姿がカッコいい!)、市井の人々がどうやって抵抗していったか、が非常に良く描かれています。凄惨な拷問などを予想していたのですが、それほどでもなく、むしろ笑えるシーンの方がはるかに多い。
●『雑種犬』を自称する公安部長と『反共の鬼』の対決!(笑)

 

反共の鬼、パク所長(キム・ヨンソク)も単に極悪非道なだけでなく、ちゃんと理由があって反共になっていることが描かれます。北朝鮮が成立した時に弾圧された地主の出身だったんです。当時はそういう人たちがいたんですね。演じるキム・ヨンソクという人はあちらではスターだそうですけど、演技も日本のヤクザ映画みたいで渋い。

対共班という組織はマジで怖かった。隊員の敬礼が『反共!』なんですよ(笑)。まるで●価学会か統一●会や幸●の科学みたいですが、カルトほど怖いものはない。北朝鮮大日本帝国と同類です。この調子で暴力で弾圧してくるんだから、怖いのなんのって。他にも街頭やデモに紛れ込んでくる私服警察(証拠を残さず、やりたい放題やるために敢えて私服の暴力組織)も出てきますが、これもマジで怖い〜。
●対共班の面々が私服なのは官憲が違法行為をやっている証拠を残さないためでもあります。

新聞社にも容赦ない規制が行われています。各社には『報道指針』というものが軍から示され、そこから逸脱する記事は許されない。経営陣だけでなく、現場の記者にも警察や軍は容赦ありません。この映画でも対共班に腕を折られる新聞記者が出てきます。

この映画は、人々がどうやって軍の独裁に抵抗していったかの群像劇です。お話を登場人物たちが巧みに手渡しして進んでいく様は、ボクは群像劇の名匠ロバート・アルトマンを思い出しました。

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相手は軍であり、凶暴な警察です。文字通り暴力装置です。それに対して正面から抵抗できる人なんか中々いません。でも倒れていく人の姿を見たら、黙っているわけにもいかない。人々は少しずつ、抵抗する。公安部長も新聞記者も医師も学生も看守も民主運動家も神父も坊主も、それぞれがやれることをやる。それが実際に起きたことです。


そこにあったのは超人的なヒーロー譚ではなく、少しずつの良心の積み重ねが世の中を変えていった物語です。この映画のもっとも感動的なところはここにあります。
●軍、警察の証拠隠ぺいに抵抗するチェ公安部長は職を辞しますが、最後に思わぬ手段で反撃に出ます。


権力者が自分の私利私欲を追及したり、マスコミを規制したり、今の日本の状況はかなり酷い、独裁の一歩手前に来ていると思います。韓国の警察や軍は証拠隠しや捏造を繰り返します。そして危うくなると下の方はトカゲのしっぽ切りをします。反共班もその例外じゃありません。証拠隠しや捏造、とかげのしっぽ切りって今の日本で起こっていることです。また韓国軍事政権は国民が政治に関心を持たせないように、スポーツや娯楽の話題を煽る愚民化政策(3S政策)を推進したそうですが、そこも日本と良く似ている。『1987、ある闘いの真実』は韓国だけの話ではない、今の日本に良くあてはまるから余計に感動的なんです。
●当時はもちろん、デモも集会も禁止。町を歩いているだけでも、軍に呼び止められて持ち物検査を受けることが度々です。


同時に こういう体験をした韓国の社会、民主主義は強い、と思いました。160万人の人たちが自ら立ち上がったんですから。その強靭さは日本の比ではないでしょう。



後半は民主化運動に身を投じる延世大生イ・ハンニョル(カン・ドンウォン)と女子学生(キム・テリ)が群像劇に加わってきます。『政治なんか興味ない、デモなんてくだらない、何も変わらない』と思っている女子学生がハンサムな大学生に惹かれて、変わっていく、というお話です(笑)。
●デモなんてくだらないという女子大生を演じるキム・テリ、可愛かったです。

この女の子、多部未華子にそっくりなんですが、昨年の怪作『お嬢さん』に出ていた子です。可愛いんだけど、一般人ぽさが凄く良い。学生時代 同じクラスにでもいるようなリアルさです。
●ボクの好みではないけれど、キッチュさが鈴木清順みたいな、よく出来た映画でした。昨年公開。


そして彼女が恋するハンサムな大学生、イ・ハンニョルを演じるカン・ドンウォンと言う役者さんは確かにカッコいい。あちらでは結構なスターだそうで、場内の女性のお目当てはどうもこれらしい(笑)。確かに、このかわいい顔には好感が持てる(笑)。
●実在の人物、イ・ハンニョルを演じたカン・ドンウォンは非常に人気があるスターだそうです(ボクは知らん)

*引用元:「韓国のタブー」を映画化 カン・ドンウォンは自ら「出たい」~「1987、ある闘いの真実」:朝日新聞GLOBE+]


この映画の製作が始まったのは朴大統領の時代。こういう映画を作るのは憚られる雰囲気があったそうです。朴大統領は「政府の政策に協力的ではない文化人」のブラックリストを作っていたことが明らかになっています安倍晋三も作っているんじゃないですか!)。実際に『タクシー運転手』の主演、ソン・ガンホもそれに載っていた。だから、この映画も当初はお金も人も集まらなかった。そんな中 台本を読んだカン・ドンウォンは『この映画は今作られなければならないと思った』と真っ先に志願したそうです「韓国のタブー」を映画化 カン・ドンウォンは自ら「出たい」~「1987、ある闘いの真実」:朝日新聞GLOBE+。そういう話にはボクは弱い(涙)。

 
現地での舞台挨拶でも彼は『この映画の役作りをしながら、私が今、このように幸せに暮らしているのは多くの借りがあるからだと思った。その借りを少しでも返すという気持ちで映画に参加した』と語ったそうです。
●舞台挨拶で涙を流すカン・ドンウォン。マイクを持っているのは当時 民主化運動に参加していた文在寅大統領。


文在寅大統領が映画『1987』鑑賞で涙、カン・ドンウォンも涙-Chosun online 朝鮮日報



イ・ハンニョルは実在の人物で、民主化デモの最中 警察の催涙弾の水平射撃(違法です)で死亡しました。上記のソウル大生、パク・ジョンチル氏と共に、民主化の烈士として運動のシンボルになったそうです。
●当時の実際の映像。2枚目中央で倒れているのがイ・ハンニョル氏。


●上の写真を拡大したこの画像が新聞の1面に載り、民主化運動のシンボルになったそうです。



●映画の中でもこのシーンが見事に再現されています。


それに架空の女子大生を絡ませるというのは、ボクは抵抗がないわけではありません。映画『タクシー運転手』のクライマックスのカーチェイスもそうでしたが、事実とフィクションがごっちゃになりすぎると美化されてしまったり、鼻白くなったりします。いくらエンタメ狙いでも、そういうのもあまり良くない。
でも、この『1987』では、お話しとしては非常に出来が良かった。政治になんか興味ない、運動なんて他人事と思っていた人々が、どのように気持ちが変わっていくかが、一人の女子大生の姿に凝縮されているからです。変わっていくキム・テリの演技も凄くいい。最後はマジで号泣させられる。圧倒的です。


自分も民主化運動に加わっていた文在寅大統領は映画の舞台あいさつでこう語ったそうです。まさに同感だし、そのまま、今の日本にも当てはまる言葉だと思うので引用します。
『厳しかった民主化闘争の時期に民主化運動をしていた人々を最も苦しめた言葉が『だからといって世の中が変わるか』だ」
「昨年冬、ろうそく集会に参加する時も親や近い人々から『だからといって世の中が変わるか』とよく言われたはずだ。今でも政権が交代したからといって世の中が変わるのかと言う方々もおられる」
「この映画がその質問に対する答えだ。世の中を変える人は決まっていない。我々が共に力を合わせてこそ、世の中が変わるということを映画が見せてくれた」

https://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=237274&servcode=&sectcode=


エンタメとして、韓国現代史を描いた作品として、とても優れた、説得力ある作品だと思います。笑ったり、泣いたり、手に汗を握っているうちに、様々な登場人物の織り成す話がまるで糸のように紡がれて大団円に繋がっていく。一人一人の小さな良心が大きな物語を作り出す。その脚本、演出は非常に見事だし、俳優さんたちも素晴らしい。大ヒットした『タクシー運転手』より良かったかも。これはもう、名作と呼びたいような作品。勇気をくれる一本。素晴らしかったです。必見。