特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』

あああ、楽しかった連休も終わってしまいました。ああ、むなしい(笑)。
いつもいつも、毎年毎年、長期休み(たかだか4日ですが)は終わってみると何もないんですよね(笑)。だらだらしているうちに、あっと言う間に終わってしまう。次こそは、もうちょっとまともに過ごそうと思うんですが、間違いを繰り返す。人生はそういうものなのかもしれませんが(笑)、次の連休こそはもうちょっと規則正しく暮らしたいと思います。
●人間のアホな愚痴とは関係なく、明治神宮の新緑も道端の花も美しいです。




今週8日に日中韓首脳会談が東京で開かれるそうです。それなのに、相変わらずこんなこと↓ばかりやっている。いじめられっ子が声が届かないところから、負け惜しみを言っているみたい(笑)。軍隊もなければ、経済力もない今の日本には交渉しか外交のカードはないんですよね。それを自ら放棄するバカ政府(笑)。
●圧力一辺倒の日本政府を見ていると、戦前わざわざ自分から交渉の窓口を閉ざして和平のチャンスをつぶした近衛文麿の『蒋介石を相手にせず』を思い出します。


野党が国会審議に復帰することを検討しているそうですけど、今回の審議拒否は愚かだったと思います。与党に『野党は仕事をしてない』という口実を与えてしまっただけでなく(それが事実と違っていても)、マスコミへの野党の露出を減らしてしまったことは間違いありません。次から次へと噴出する疑惑に外交の失敗、アベノミクスの失敗と追及するべきところはいくらでもあるのに、それがおざなりになってしまった。以前にも書きましたが、大事なのは、論理的に正しいかどうかだけではなく、国民にどう見えるか、ということです。野党も市民運動も人々に主張をどう伝えていくか、というところはド素人もいいところです。彼らにとっては、自分たちの主張を通す事の方が、世の中を良くする事より大事に見えます。。安倍政権を退場させることができるかどうか今が正念場なのに、相変らず野党がバカなのは残念でなりません。
●全然関係ありませんが、こう言う話はありがちだと思いません?政治家も政治家なら、国民も国民。こうやって井の中の蛙のまま、世界の孤児になっていくのが日本のパターン(笑)。




今回は 感動の一本です。新宿で映画『タクシー運転手 約束は海を越えて映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』公式サイト

舞台は1980年5月の韓国。朴大統領の暗殺後 軍事政権によるクーデターが発生、全土に戒厳令が敷かれていた。中でも光州では当初は学生と市民が激しい反政府デモに立ち上がっていた。ソウルで幼い娘を育てながらタクシー運転手をしているマンソプ(ソン・ガンホ)は戒厳令で客足が鈍り家賃にも事欠いていた。そんなある日、『光州に行ってくれたら大金を払う』というドイツ人記者の言葉を聞きつけ、英語にも判らないのにマンソプは彼を載せて光州へ向かう。検問を切り抜け光州にたどりついた2人だが、そこでは軍隊が市民を無差別に殺害する光景が広がっていた。



1980年 韓国では軍事独裁政権が成立、夜間外出もままならない戒厳令が敷かれていました。もちろん新聞やテレビは政府の意のままに操られている。20万人もの学生や市民が立ち上がった光州では軍隊により道路も鉄道も電話線も封鎖され、何が起きているかは韓国民にも外国にも全く知らされませんでした。この映画の主人公であるドイツ人記者がタクシーで潜入して虐殺を報道するまでは、200人以上の死者、3000人以上の負傷者が発生したこの光州事件は闇に隠されていました。虐殺を政府が隠したというのはアウシュビッツを思い出させます。


この映画は、そのドイツ人記者とタクシー運転手、この二人の実話を脚色したフィクションです。韓国では2017年に公開されて、観客1000万人以上を動員するNO1ヒットを記録しました。東京では単館上映で始まりましたが、連日満員が続き、上映館が追加になるヒットとなっています。
●主な登場人物が笑いながら並んでいる韓国版のポスターはこの作品の内容をよく表しています。左から光州のタクシー運転手、主人公のマンソプ、ドイツ人記者、光州の大学生。


最初はほのぼの人情喜劇のような描写が続きます。60万キロ!を走ったボロボロの車で個人タクシーを続ける主人公のマンソプは儲からないながらも、仕事を続けています。こんな感じです。

ところが戒厳令でタクシーの稼ぎが減り、マンソプは家賃を滞納しています。シングルファザーのマンソプは可愛い娘に運動靴を買ってやりたいと思っても、ままならない有様。


そんなこともあって、マンソプは反政府デモに批判的です。政府の支配下にあるテレビや新聞が『反政府デモは共産主義者や暴徒の陰謀』と伝えているのを信じています。何よりも彼自身のタクシーの稼ぎが減るのは許しがたい。そんなある日、タクシー運転手のたまり場で、見慣れぬドイツ人を光州へ連れて行けば高給を払ってくれるという話を聞きつけたマンソプは、ドイツ人客を横取りして光州へ向かいます。
●高速道路は軍隊に封鎖されているので間道を行くマンソプ


マンソプはとにかく、デモに参加する学生や市民には反感を持っています。そんなものですよね。日本のネトウヨやトランプを支持するラスト・ベルトの労働者が良い例で、生活に不満を持っている人ほど往々にして政府を支持する。政治には興味ないし、民主化と言っても自分の仕事が儲からなければ意味がないと考えているからです。もちろん、彼らは人身御供になるだけですが、良くも悪くも判断できるだけの教育を受けていない。マンソプもそうです。デモに参加している大学生には『勉強もしないで何をやっているんだ』と強い反感を持っている。だからビジネスマンと称している謎のドイツ人とは話が合いません。ただ彼を光州へ連れて行き金さえ儲ければ、それでいいのです。
●呑気な人情ドラマは徐々に緊張感が高まっていきます。この演出は見事です。


ところが検問を潜り抜けて光州にたどり着くと、驚くべき光景が広がっていました。丸腰の学生や市民を軍隊が殴りつけている。大けがをしている市民が大勢病院に担ぎ込まれています。ビジネスマンだと思っていたドイツ人はカメラを取り出して、その光景を記録し始めます。すると群衆が車を取り巻いて、彼らを拍手で迎える。マスコミも道路も電話線も政府に押さえられた市民たちは文字通り孤立無援だったからです。

●光州に入ると、マンソプたちはデモに参加する大学生に出会います。共産主義者でも暴徒でもありません。普通の青年たちです。


しかしマンソプは頑なです。自分はカネさえ儲ければいい。それに幼い娘もソウルで待っている。隙があれば逃げ出そうとする。しかし、道案内をしてくれた大学生、それに老人や女性もいる市民たちに軍隊が暴行し、あまつさえ発砲しているのを目の当たりにするとなかなか逃げ出すことができません。
●記者を置いて逃げ出そうとするマンソプに、光州のタクシー運転手たちは『それでもお前はタクシー運転手なのか』と詰め寄ります。


牧歌的な前半とは異なり、光州のシーンは非常にリアルです。軍隊が市民たちに対して何をしていたのかということが、執拗に描写されます。例えばデモ隊の中には私服の軍人が紛れ込んでいます。めぼしい人間を捕まえるためです。また市民への暴行も残酷です。倒れこんだ市民をさらに警棒で本気で殴りつけ、蹴りを入れる。女性や老人でも関係ありません。軍は、市民たちは国を危うくする共産主義者だから何をしても良い、と本気で信じ込んでいる。
●軍隊の足元には血を流して倒れている市民たちが転がっています。これはまだまだ序の口でした。


光州の市民たちの描写も良いです。群衆はドイツ人記者を見て歓声を上げます。ジャーナリストは希望なんです。デモに参加する女の子がマンソプたちにおにぎりをくれたり、現地のタクシー運転手は家に泊め、車も修理してくれる。デモに参加する市民たちも怪我人を運んだり、互いに助け合っている。光州人は激しやすいが優しいと言われているそうですが、それを地で行っています。韓国人記者も光州に入り込んでいたけど、政府と会社上層部の圧力で新聞が発行停止になるシーンも描かれます。昨今の日本の事情を考えるとこれも考えさせられます。



軍は現場で取材するドイツ人記者がいるのに目を付けます。韓国のマスコミは口を封じましたが、外国のメディアは止められない。それだったら記者を拘束するしかありません。軍はドイツ人記者とマンソプたちを標的にします。その過程で道案内をしてくれた親切な大学生は軍に捕まって殺されてしまう。彼は共産主義でもなんでもなく、歌謡祭に出たいと夢を語る平凡な学生でした。
夜中 命がけで逃げ回った後、マンソプはドイツ人記者を光州に残して、今度こそソウルへ帰ろうとします。幼い娘が家で一人、待っているからです。しかし光州の外に出ると新聞やテレビでは相変わらず、真実は全く報じられません。逆に暴徒が暴れて軍隊に犠牲が出たことになっている。道端の定食屋で彼がうどんを食べながら悩むシーンはまさに出色です。物を食べるのにこれだけ深く考えさせられるシーンはボクは見たことがありません。


彼は途中で道を引き返し、光州へ戻ります。今度はお金の問題じゃありません。何とかしてドイツ人記者を光州の外へ出して、真実を世界に知らせるために、です。
●軍は市民たちに実弾の水平射撃を始め、光州は文字通り戦場になりました。

●これは当時の報道写真。映画が如何に当時をリアルに再現しているかわかります。


出てくる役者さんたちの顔がいいです。いかにもマヌケそうな、昔風の顔(笑)の人たちばかりです。特に光州のタクシー運転手たち。かっこ悪いんだけど、超カッコいい!最高です。それに軍人の中にもわかっている人がいたのも嬉しい。クライマックスでマッドマックスみたいなカーチェイスを繰り広げるのは少しやりすぎ、とは思いましたが、娯楽作としては素晴らしい。中盤以降は感涙の嵐です。
●追ってくる軍から記者を匿うために光州のタクシー運転手(ユ・ヘジン)(2枚目左)がマンソプたちを家に泊めてくれました。この慎ましやかな食卓を見ただけで泣けてしまいます。



最後に実在のドイツ人記者が出てきます。彼はクッキーの箱にフィルムを隠して日本へ出国、光州での出来事を世界中に知らせます。国際的に抗議の声が沸き起こり、さしもの軍事政権もやりたい放題はできなくなりました。闇に葬られようとしていた光州事件も明るみになった。やがて民主化された韓国に彼は招かれ、表彰されました。しかし命がけで光州へ連れて行ってくれたタクシー運転手とは空港で別れたきり音信不通です。運転手は偽名を使って連絡先を教えなかったからです。韓国を訪れた記者は彼を懸命に探しましたが逢うことはないまま、2015年に亡くなりました。この映画が大ヒットした2017年、既に亡くなっていた運転手の子どもが父親のことを名乗りでたそうです。
光州事件戒厳令で逮捕された経歴を持つ文大統領がこの映画を見に来て、劇場に招かれていたドイツ人記者の未亡人に感謝の言葉を伝えたそうです。2枚目の写真右は主役のソン・ガンホ

文大統領のサプライズ登場でざわめく映画館?!…韓国⼤統領も虜にした映画「タクシー運転手~約束は海を越えて~」がいよいよ4/21(土)公開 - MOVIE - 韓流・韓国芸能ニュースはKstyle


2時間超とやや長めの作品ですが、人情喜劇→政治サスペンス→カーチェイスと移り変わる映画は全く退屈させません。娯楽作として、感動の秘話として、非常に良くできた作品です。中盤以降はずっと泣いてました(笑)。実際の韓国のことはボクは良くわかりませんが、困った人がいたら悪態をつきながらも助ける人々の姿は非常に人間らしい、と思いました。日本も昔はそうだったんだけどなあ。


映画自体の出来の良さは勿論ですが、光州事件のような体験をした韓国の人たちには民主主義の大切さが骨身に染みついていることが本当によくわかりました。自らの血を流して、あれだけの犠牲を払って、あれだけの辛い思いをしたのだから、彼らは権力の横暴に対して黙ることはないでしょう。だから、昨年も大統領を倒すために100万人以上も集まるデモが起こった。
映画評論家の町山智浩氏は『タクシー運転手』は今年のベスト10に必ず入る、と言っていましたが、確かに市井の人々の素晴らしさを描いた、笑って泣かせる素晴らしい作品です。できればもう一回見に行きたい。政治的なことだけじゃありません。この映画で描かれている、市井の人の人情や真実を求める気持ちこそ、まさに素晴らしいという言葉に値すると思うのです。