特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『◯月◯日、区長になる女。』

 能登地震の対策遅れが明確になってきました。もう2週間も経っているのにまだ、孤立している地域の人がいる。
 東日本大震災では、震災当日に道路復旧計画が決まっていたそうです。

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 当時の国交大臣 大畠(現国民民主顧問)は現場を仕切る東北地方整備局長に早々に権限移譲、震災が起こった翌日には被災地に向けて11ルートの道路がすでに開かれ、復興への戦力がどんどん現場に入りつつあったそうです。

 岸田に「希望を持てるように」と言われても、被災者の人は困ったんじゃないですか。どう希望を持つんだよ。

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 政治家だけじゃない。国民の民度、無能さも似たようなものです。

 放射能デマを煽る既成左翼も同罪です。内田樹のような人もどんどんボケが進んでいるようです。

 今や石川県だけでも3万人以上が避難を余儀なくされている。能登半島の人口は16万人だそうです。

mainichi.jp

 つまり人口の2割超が避難民になっている。大勢の人が家を追われたガザと同じ風景が日本でも存在しているわけです。

 南アフリカイスラエルをジェノサイド(大量虐殺)の罪で、国際司法裁判所に告発しています。

 これを犯罪と呼ばずに、何を犯罪と呼べばよいのでしょう。

 南アはアパルトヘイト時代からの貧困、格差がまだ残っているだけでなく、政権の腐敗もあって国内政治は必ずしもうまくいっていないのが現実のようです。だけど、アパルトヘイトの痛みはまだ忘れていない。

 ネルソン・マンデラ氏の意志はまだ生きている。そう思います。マンデラ氏の意志が建国の理念そのものなのでしょう。

 もちろん、日本人にはそんな理念も意思もありません(笑)。


 と いうことで東中野で映画『◯月◯日、区長になる女。

 2022年の杉並区長選挙。道路拡張反対などの住民運動から推薦され、選挙の2か月前にヨーロッパから帰国したばかりで3期12年務めた現職区長と187票差という接戦を制して当選した岸本聡子氏と彼女を支えた住民たちの姿を追うドキュメンタリー。

giga-kutyo.amebaownd.com


 杉並区は人口57万人、有権者数47万人、石原伸晃住民運動が押し上げた立憲民主の新人候補、吉田はるみ氏が破ったことに始まり、選挙の2か月前に欧州から帰国したばかりの岸本氏の区長当選、全国で初めて議員の半数以上を女性が占めるなど 最近 非常に注目されている地域です。

 その岸本氏の帰国から選挙活動、当選後までを描いたドキュメンタリーです。杉並区在住の監督は劇作家で、ドラマシリーズ「来世ではちゃんとします」などにも携わってきたペヤンヌマキ。主題歌と音楽は上田ケンジ小泉今日子のユニット「黒猫同盟」。キョンキョン、相変わらずかっこいい。歌は下手だけど(笑)。

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 お正月から上映が始まったこの作品、1日の上映回数が少ないこともあって連日満員が続いています。ボクもなかなか券を買うことができず、1週間ずらして、漸く見に行くことができました。ボクが見た回も満員。

 杉並区は住民運動が盛んだし、全国で唯一、中核派の区議会議員もいるようなところです。だけど石原伸晃のような奴がずっと当選する地域でもありました。区長はずっと自民党、区議会も自民が多数を占めています。区長選の投票率は30%程度で結局は組織候補が勝ってしまう。

 ボクが今住んでいる世田谷区では元社民党の保坂氏が区長を務めていますけど区議会の多数は自民だし、保坂氏の前は自民党のゴミのような区長が延々と続いていました。なんだかんだ言って、東京も自民党の天下です。
 
 映画は監督の自宅でくつろぐ猫のドアップ、そして監督のモノローグから始まります。何度か、このシーンは挿入されるのですが、クールダウンとして効果的でした。怒涛のようなお話です。

 それまで政治に興味がなかった監督は、ある日 自分が20年住んでいるアパートが道路計画のため取り壊し予定、という話を聞き込みます。70年前に作られた道路計画が今になって動き始めた、というのです。道路を作るためには100戸以上の住宅を取り壊さなくてはなりません。

 バカげた話と思われるかもしれませんが、日本の行政ってそうなんです。
 昔 ボクも仕事で戦前に作られた道路計画を撤回させようとしたことがあります(笑)。道路計画が残っていると建蔽率などの制限があるからです。
 会社員のボクがぎゃーすか言う訳にはいかないので、都市計画専門のロビイストを連れてきて行政とさんざん交渉しました。戦前ならいざ知らず、今その道路を作るためには住居を100どころか1000戸の単位で取り壊さなくてはいけないので現実には絶対に無理です。
 行政もそれは判っているんですが、それでも計画は変えない、と言い張ってました。上級官庁の許可が下りないから、だそうです。呆れました。

 この映画でも、杉並区議会で道路計画に反対する議員の意見陳述中に居眠りする前区長の姿が捉えられています。3期12年務める自民党の区長は反対意見を聞く気すらない。 
 監督は道路計画に反対する候補が区長戦に立候補するという話を聞いて、選挙活動に加わるようになります。
 
 その候補が岸本氏です。欧州で国際政策シンクタンクトランスナショナル研究所というNGOの研究員を務めていた人で、公共政策や民営化された水道の再公営化などを研究している人です。近年は日本で地域主権を実現したいとして、日本語の著書をいくつも出しています。

 監督は投票率を上げるために岸本氏に密着して、映像をYouTubeに上げるようになる。それがこの映画です。

 杉並区は住民運動が盛んで、一時は総裁候補にも挙げられた石原伸晃を立憲民主の新人、吉田はるみを住民たちが担いで落選させました。山本太郎が地元に何の断りもなく落下傘のように突然 野党代表として立候補しようとしたのを『候補は住民が選ぶ』として断固拒否、無名の女性候補を当選させたのです。

 それで自信をつけた住民たちは「住民思いの杉並区長をつくる会」を結成、政党ではなく、自分たち住民の手で区長を選ぼうとします。ところが候補になる人がなかなか見つからない。そこで つくる会の中心人物の一人だった内田聖子という人が旧知の岸本氏を担ぎ出した、という訳です。

●岸本氏。約20年間、ベルギーやオランダで暮らしてきました。
 

 ちなみに本業はNGOで活動しているという内田聖子はボクは大嫌いです(笑)。彼女はTPP反対の急先鋒でしたが『TPPはアメリカの陰謀』とか『TPPは国民皆保険を崩壊させる』など言ってたことは陰謀論もどきのデマばかりだった。信用が置けない。そんな人です。

●真ん中が内田聖子

 岸本氏が帰国したのは選挙の2か月前です。ヨーロッパで生活し、NGO職員として世界の自治体や公共政策を調査してきた40代後半の岸本氏は人生最後の20年は日本で活動したいと考えていたそうです。1週間悩んで立候補依頼を受けたそうですが、日本では知名度はまったくないし、杉並には縁もゆかりもない。それで3期12年務めた現職区長に勝てるのか。
 
 まずは駅前での『ご挨拶』から始まりました。地元での知名度を上げなくてはなりません。しかし、欧州での生活や政治活動に慣れた岸本氏にとって、駅前でのご挨拶なんて非合理的です。日本での選挙では当たり前のことでしょうが、彼女にしてみればバカげているとしか思えない。

 街頭での訴えかけも応援する住民運動の面々が『もっと端的に言え』とか『主張を強烈にした方が良い』だの、色々なことを言ってくる。それが本当に正鵠を得ていることなのか、甚だ疑問です。 

 岸本氏にしてみれば『討論会を開いて自分の政策を訴えたい』。しかし、必ずしも日本の選挙は政策中心で回っていない。

 政策でも、様々な運動の面々から、自分たちが要求してきたことがチラシなどであまり目立たない、などのクレームが入ります。それを一つ一つ話し合ってつぶしていく。めちゃめちゃ手間と時間がかかります。それは判るけど、選挙まで2か月を切っているのにそんなことをやっている暇があるのか。

 集会が終わったあとに長年杉並で住民運動をやってきた老婦人が『私たちの運動の政策が目立たない』と岸本氏に訴えてくるシーンがあります。

 岸本氏は『あなたが仰っていることは行政への要求であって、政策ではない』と反論します。具体的な中身は映画では触れられませんが、公共政策を研究してきた人間にとって甚だ幼稚な話なのでしょう。それを切り捨てずに受け止める岸本氏はなかなか度量があるけれど、疲労困憊します。ボクだったらこんなこと、できない。


www.kishimotosatoko.net

 夜 帰宅した岸本氏がハイボール缶を片手に『あの人たち(住民運動の人たち)は自分たちの自己実現のために私の能力を利用しているだけではないか』と愚痴るシーンが印象的でした。
 確かに市民運動にはそういう一面がある。岸本氏にとっては世の中を実際に変えることが自己実現ですが、一部の運動家の人たちは違う。自分の言いたいことを訴えることが自己実現です。長年の敗北に慣れて手段が目的化している日本の市民運動あるあるです(笑)。

bunshun.jp

 やがて選挙が告示されます。ところどころにカビが生えた築60年の集会所を格安で借りることができて、選挙事務所もやっと決まりました。ちなみに岸本氏の選挙費用は650万円。全額 カンパで賄ったそうです。
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 岸本氏の演説も当初よりはるかに滑らかになってくる。映画には出てきませんが、朝の『ご挨拶』は回数を半分に減らしたそうです(笑)。杉並の津々浦々まで本人が回るのですが、どこに行っても岸本氏が人々の話に耳を傾けようとするのが印象的でした。票にならないであろう外国人の話まで聞いている。

 住民主体の陣営ですから、野党共闘は当たり前のようになっています。支持者の中には無党派だけでなく、立民、共産、社民、生活者ネットワーク(東京の地域政党)の他にれいわ、新社民、緑の党までいる。
 ボクだったられいわや緑の党(日本の緑の党は頭がおかしいとボクは思っています)なんかとまともな対話ができるとは思わないですが、岸本氏当選のために一丸となっている。もちろん杉並の運動が押し上げた立民の国会議員、吉田はるみはつきっきりです。
 共産党やれいわなどは往々にして、国民より自分たちの組織の利害を優先します。しかしここでは政党主体ではなく市民主体。だから野党共闘が成り立っている。それも理想的な形で。

 本人だけでなく『ひとり街宣』と称し、住民運動の人たちが一人で駅前などに立って訴えていたのは感動的でした。そういう人が何人も出てくる。一人で街頭に立つのは大変なことですが、皆 楽しそうにやっている。これは凄いと思いました。

 その中でも岸本氏は冷静でした。『住民運動の面々はいけるいけるというけれど、「普通の人たち」は厳しい選挙だと言っている。私もそう思う』。本人は『今回の選挙はいくら何でも勝てるはずがない、4年後に勝てばいい』と思っていたそうです。
 前述の政策論争もそうですが、岸本氏が絶えず冷静な目を持っていたのは勝因の一つだと思いました。ただの馬鹿ではないんですね。
 
 結果は僅か187票差での勝利。投票率は前回の選挙より5ポイント上がって30%代後半。岸本陣営は勝利を喜びながらも、民主主義は絶えず求め続けなければならないこともわかっています。当選直後から『選挙は続くよいつまでも』というコールをしていたのが印象的でした。

 当選した岸本氏はノースリーブに真っ黒なサングラス、自転車に乗って初登庁します。これ見よがしに狙ってますが(笑)、恰好良かった。
●岸本氏自身もしょっちゅう「ひとり街宣」をやっています。

 しかし議会は旧態依然としています。最大議席を持つ自民党は岸本氏の所信表明演説に対して、演説内容には触れずに『選挙前に岸本氏が参加した道路建設反対運動のデモで、前区長や議員への誹謗中傷があったのではないか』と言い出します。まともに政策を議論する気はない。
 初議会を傍聴した住民運動の面々も『愕然とした』と言ってましたが、見ていたボクも『これは酷い』しか言葉がなかった。

道路建設反対のデモに参加したこのご婦人、御年90歳

 半年後。今度は杉並区議会議員選挙に岸本氏を支えていた住民運動の面々が立候補します。それも様々な政党から。立民、共産、れいわ、緑の党生活者ネットワーク。岸本氏を孤立させないために、大勢の人が立候補したのです、これもまた感動的でした。

 結果として区議会選は投票率が前回より4ポイント上がって43.7%に、現職議員12人が落選、新人が15人当選、という異例の結果になりました。杉並区議会の過半を女性議員が占めました
 党派別にはまだ自民・公明・維新・都民ファが過半を占めており、岸本区長に対して是々非々の立場の議員も多い。それでも区長は街頭に立って投票を呼び掛け続けました。

www.nhk.or.jp

 ちなみに日本では女性ゼロ議会がまだ2割近くもあるそうです。
 映画はここで終わります。

 この日は上映後 監督と湯山玲子トークショーがありました。元杉並区住民の湯山玲子がドワーっとしゃべり倒す(笑)。杉並は湯山の親世代、90歳くらいの人たちが地方から出てきて、家父長制とは無縁な核家族を営んだので、リベラルな土壌があるのではないか、と言ってました。それでも区長選の投票率は4割以下です。

●上映後のトークショー。左が監督のペヤンヌマキ、右が湯山玲子

 ドキュメンタリーとして、かなり面白いだけでなく、感動的です。
 岸本陣営をやたらと美化もせず、岸本氏の悩みや運動のうざさもきちんと描いている。同性の監督が岸本氏のアパートにまで密着して撮っているからでしょう。自分でも言ってましたが、岸本氏は清濁併せ飲む度量と初心を貫徹する意志の強さがあります。

 住民運動の面々もユニークというか、我が強い(笑)。友達になりたいとは思わないですが、映像で見る分には個性的で実に面白い。それに『ひとり街宣』や90過ぎてデモへ出てくる老婦人の軽やかさなどはかなり感動した。尊敬に値します。ボクが様々なデモで見かけた人も何人も出てました。岸本氏も住民運動の面々も映画の登場人物としてはうってつけです。
 そういう登場人物たちが民主主義を如何に実践するか。いや、民主主義は一人一人が実践してこそ成り立つもの、ということを雄弁に語る作品でもあります。

 今は東京だけの上映ですが、これから全国で公開されます。

 この数年間でもっとも感動したドキュメンタリーでした。必見の傑作。


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