特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

もちろん、これは大人の映画:映画『逃げきれた夢』

 梅雨も明け、昨日は二十四節気の『大暑』。
 その名の通り、今日は朝6時でも炎天下、毎朝1時間半の徒歩通勤もちょっと辛くなってきました(笑)。 
 

 勤務先にいるメキシコ人やシンガポール帰りの人に聞いても『日本の方が暑い』と言います。熱波が襲っているカリフォルニアから出張している人に言わせると、日本は湿度があるぶんだけ辛いそうです。

 気候変動も経済も、今 我々が暮らしている社会は想像以上に脆いんじゃないか、と思います。
 

 ボクなんかは正直 逃げ切り狙いのところもあります。気候変動や少子高齢化、落ち目の経済、財政破綻原発再稼働(による事故)と将来の日本がどうなろうとアホな日本人の自業自得です。これからの日本は益々グローバル化を進めなければ生きていけないのに、わざわざ入管法改悪なんて時代錯誤の非人道的な政策をやってる国です。
 お先は真っ暗に決まっています。

 日本なんかどうでもいいけど、計算が狂って逃げ切れなかった場合がやばい(笑)。
 近い将来、このツケが回ってくるのでしょうか。


 と、いうことで、新宿で映画『逃げきれた夢

 高校で教頭を務めている末永周平(光石研)はそろそろ定年も近い年齢になった。ある日 元教え子の平賀南(吉本実憂)が働く定食屋で食事をし、支払いをせずに店から出てしまったことで、周平は自分の記憶が薄れてきていることに気づく。修平は冷え切った関係になった妻・彰子(坂井真紀)や自分に見向きもしない娘・由真(工藤遥)や友人(松重豊)などのことが頭によぎり、これまでの人生を恐る恐る見つめ直してみるが。

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 『バイプレイヤーズ』シリーズなど様々な作品で助演を務める光石研主演によるドラマ。少し前に取り上げた『波紋』での主人公のクソ旦那ぶりも記憶に新しい。
 今作は監督の二ノ宮隆太郎が光石に当て書きした脚本だそうです。5月から上映が続いており、カンヌ映画祭で先鋭的な作品を集めた「ACID部門」で上映されて高評価を得る等 非常に評判が高いので出かけてみました。

光石研の主演作にカンヌの女性観客たちが共鳴「父の物語であり、自分の物語」 : 読売新聞

 舞台は北九州。平凡な高校で平凡な教師を務める周平。

 学校の中間管理職である教頭として、同僚、部下、後輩、生徒、周囲のすべての人間に気を使い、嫌われないように努めている。出世の見込みもなければ、何か意義のある仕事をやっているわけでもない。そんな彼も自分の人生が後半に差し掛かったことを日々実感しています。

 認知症の父親(右、光石研の実父)は既に施設に入っています。

 家庭では妻(坂井真紀)との関係は冷え切り

 娘(工藤遥)には全く相手にされません。

 或る日 毎日のように通っている元教え子、平賀(吉本実憂)が勤める定食屋で支払いを忘れたまま出てきてしまいます。本人は全く覚えていない。医者を受診すると脳に症状が出ており、これから更に記憶が劣化していくことが判ります。

 絶望に襲われる周平。自分の人生を振り返ってみると虚しさばかりです。
 家庭ばかりか、学校では生徒に好かれていないことは判っているし、校長にもなれなかった。職場の同僚は勿論、家族にも病を打ち明けることができない。
 自分を殺して如才なく生きてきた周平は、自分の人生に改めて愕然とする。

 真面目一方だった周平は学校をズル休みして、幼馴染の友人(松重豊)を訪れます。ぶっきらぼうだが情の厚い男です。

 そんな幼馴染と酒を飲んでも、周平は病気のことも、自分の心の奥底も打ち明けることができません。

 そんな周平は定食屋勤めを辞めると言い出した平賀の相談に乗ることになります。

 とにかく光石研の演技が素晴らしいです。前半の絵にかいたような中間管理職振り、如才のなさは演技とは思えませんでした。上司、部下、生徒、誰にでも気を使い、誰からも嫌われない立派なサラリーマンです。
 彼のたった一つ自慢できることは校舎の裏に落ちている生徒の吸い殻を毎朝黙ってかたずけていたこと。これは中々できません(笑)。

 ボクもこういうことが出来たらもっと楽に生きて来れたのに、と感心しきりでした(笑)。

 オヤジが若い娘との触れ合いで自分を見つめ直す、というのは洋の東西を問わず良くあるプロットです。
 普通だったら、そういうのはいい加減 勘弁してくれよ、と思います。いい歳こいて、どうして若い娘に救いなんか求めなきゃいけないんだ、と思うからです。例えば、犬のイノセンスに救いを求めるのなら判るのですが。

 この映画も若干 鼻白むところはないわけではないのですが、光石研の終始抑制された演技と感情を垂れ流さないプロットがそれを救っています。
 言葉で語ろうとせず、ひたすら光石の表情で表現する。余韻があります。観客が入り込む余白があります。とにかく心を開かない吉本美優の演技も相まって、クライマックスに見えないクライマックスはかなり感動しました。

 良い映画です。ボクと同年代の主人公、ということもあるのですが、人間の迷いと達観を丹念に描いたこの映画、複数回見れば かなり『刺さる』と思う。認知症は誰にでも起きることですし、テーマも普遍性がある。カンヌ映画祭で上映され、評価されたというのもよく判ります。
 主人公は果たして『逃げ切れた』のでしょうか。大人の映画です。これは傑作かも。


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