特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『Mommy/マミー』

大阪の住民投票の結果は冷や冷やしたが、良かった。大阪の人たちの良識が土壇場で発揮されたのか(笑)。だけど差はごくわずかで、あんまり喜んでも居られない。
投票行動の特徴で今判っているのは、『反対が多かったのは70歳代以上でそれ以下の層は賛成が多かった(調査によっては60代以上が反対というものもある)、『湾岸地区やミナミは反対が多かったが内陸部・キタは賛成が多かった』、らしい。
●各地の投票結果は拮抗している。

                                                                   
これがシルバーデモクラシーの結果なのか、与党(維新)の莫大な物量戦術を跳ね返した無党派・野党の勝利大阪の住民投票結果から見えるもの(渡辺輝人) - 個人 - Yahoo!ニュースと見るべきなのか、いろいろ観方はあるようだ。ボクには投票前に『これが変革の最後のチャンス』と感情だけに訴える橋下の物言いはファシズムにしか見えなかった。冷静に考えれば変革のチャンスなんか、いつだってあるに決まっているじゃないか(笑)。こういう『いちかばちか、改革だ』みたいな意見を聞くと、かって日米開戦が迫ったとき、戦争反対の元総理大臣・海軍大将の米内光政が天皇に上奏した『ジリ貧になるのを避けようとして、ドカ貧になるのはお避けください。』という台詞を思い浮かべてしまう。
小田嶋隆tweet


                                                         
賛否の差はごくわずかだ。おそらく大阪市の行政に問題がかなりあることも間違いはないのだろう。橋下にも功罪はあるのだと思うが、仮想敵を作ってポピュリズムを煽る橋下のやり方はロクなもんじゃない。これで政治家引退とか言ってるそうだが、それも敵か味方か、勝ったか負けたかでしか物事を判断できない橋下らしい、幼稚な辞め方だ(辞めてくれるのはありがたいが)。
                                  
地味で時間がかかるかもしれないが、大阪を何とかするには移り気な市民が政治に関心を持ち続けられるかにかかっているだろう。橋下もその亜流みたいな連中も二度と出てきて欲しくない。そもそも誰か立派な指導者が出てきて、簡単に何とかしてくれる、という発想はボクは全く信じられない。行政の形を変えたからって景気や政治が良くなるはずがない。自分の事は自分でやらなければならないのは世界の真理だと思う。だったら一人一人が自分ができることをやっていくしか、問題を解決する方法はあるわけないじゃないか。



                                                                                 
さて、出来たばかりの二子玉川シネコンで、グザヴィエ・ドラン監督の新作『Mommy/マミー
昨年のカンヌ映画祭ゴダールと一緒に審査員特別賞を取った作品。フランスではセザール賞外国語映画賞を受賞し大ヒットしたと言う。

舞台は近未来のカナダ。問題を抱える子供の親が身体的、精神的、経済的危機に陥った際は法的な手続きを経ずに養育を放棄し措置入院させて社会と隔離させることが認められていた。シングルマザーの主人公は今まで施設に預けていた息子を引き取って暮らすことを決意する。時折 病的に凶暴になる息子はADHD(多動性障害)と診断され施設に収容されていたが放火して重症者を出してしまったことで、施設にいられなくなったのだ。カネもなければ、職も失ったばかりの彼女は二人で暮らしていくことができるのだろうか。
                                                                              
まだ26歳のカナダ人、グザヴィエ・ドラン監督は天才と呼ばれているだけあって、凄い才能だと思う。斬新な色彩や映像のセンス、音楽がかっこいいだけでなく、この複雑な時代に奇妙なくらいに『愛』というものを正面から描いている。一昨年の『私はロランス知的で過激、そしてシャイ(笑):相対性理論『幾何1』と映画『私はロランス』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)では性転換した元男性と女性との15年もの恋愛、昨年は『トム・アット・ザ・ファーム『GDPの下方修正』と『原発避難者支援活動のリーフレット』、映画『トム・アット・ザ・ファーム』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)では理不尽な暴力を振るう男に惹かれていくゲイの若者(監督本人が演じた)の物語だった。自身もゲイである監督の取り上げるテーマは性転換や同性愛など云わば『異形の愛』だが、それ故に『愛』の形が純化して提示されているようにボクには思える。絶望的な孤独感とそれを受け入れる人間の強さを前衛的な美しい画像とセンスのいい曲とお洒落な感覚で描いていて、異形が普遍的なものに昇華されていたのだ。
監督はカナダのフランス語地域の出身。映画がフランス語で作られているのも相まって、デビュー以来 ずっとカンヌ映画祭に招かれ続けるなどヨーロッパでは非常に高い評価を受けている。
●パンクな母は息子を施設から自宅に連れ帰る。

今回の作品の主人公は40代半ばのシングルマザー。からっとした性格とちょっとした美貌で厳しい世の中を生き抜いてきた。ADHDと診断されている息子は普段は母親を溺愛する優しい少年だが気に入らないことがあると病的に暴れ始め、人殺しまでやりかねない。
●母と子の関係

                                   
隣家には主婦が住んでいる。元教師だがストレスで強度の吃音症を発症し、休職中。夫と娘と同居しているが関係は冷え切り、いつも一人で過ごしている。ある日 発作を起こして暴れる息子に自分の生命の危険を感じた主人公は息子を鏡で殴り倒す。その時 息子を手当てしたのが、隣家の主婦だった。

そこから映画は3人の物語になっていく。母親も息子も互いを愛している。母子の愛情というコトバでは表現しきれないような熱烈さだ。その二人の関係に隣家の主婦が入りこむ。他人との間に壁を作っていた主婦が二人の間に入り込んでくることで関係は微妙な変化を見せる。母親も息子も主婦も次第に表情が変わっていく。特に吃音症だった主婦がADHDの息子と命がけで向き合ううちに症状が治癒していくところは感動的だ。
●隣家の主婦。おっとりとした表情の中に憂いが隠れている

                                                                
俳優さんたちが見せる表情が凄い。息子が発作を起こした時の悪鬼のような表情。そして隣家の主婦が息子に襲われて反撃するときの文字通り悪魔のような表情。どちらも本物としか思えなかった。
そんな凶暴さとは対照的に、映画の底流には甘美なエロティックさが流れている。主人公と隣家の主婦、息子と主人公、息子と主婦。彼らは自分の欠落している心の穴を埋めようかというように、誰かの肉体を希求しているように見える。性的なことは何一つ描かれないが、濃厚な香りだけが伝わる。なんという映画なんだ。
●3人の微妙な距離!

                                
この映画の画面は普通の横長の画面とは異なり1:1の正方形になっている。まるで肖像画を見ているように登場人物の表情の変化に観客は正面から向き合わされる感じだ。役者さんたちはそれだけの繊細な演技をしている。途中 一回だけ普通の映画のような横長の画面に変わるがそれは母親の夢想シーン。それは、まるで現実の厳しさを象徴しているかのようで、もの悲しい。
最後に、主人公は困難な、希望のための選択をする。抑圧されてきた主婦も自分の奥底にあった欲望と気持ちを見つけ出す。そして息子は自分の生をあくまでも求め続ける。登場人物たちは自分の感情をさらけ出し、それが観客の心に深い印象を残す。

                                            
最後に流れるのは一部で話題のラナ・デル・レイの『Born to Die』(死ぬために生きていく)。陰鬱だけど美しいメロディに載せて、滅びの美学を称えているかのような歌だ。いつもながら、この監督のエンディングは実にかっこいい。

ボーン・トゥ・ダイ ザ・パラダイス・エディション

ボーン・トゥ・ダイ ザ・パラダイス・エディション


カンヌ映画祭の審査員特別賞の受賞スピーチで監督はこう語ったそうだ。
僕は僕の世代に伝えたい。誰にでも自分が好きなことをする権利があるにも関わらず、世の中にはあなたのこと、あなたのやることを批判する人たちもいるでしょう。でも夢を持ち続けてください。そうすることで世界を変えられるのです。人を感動させ、笑わせ、涙を流すことで、誰かの考え方や、誰かの人生を、ゆっくりでも変えていくことができるのです。政治家や科学者だけでなく、アーティストだって世界を変えられるのです。すべて可能なんだ。


これはラブストーリーなんだろうか?ここにあるのは性と暴力、人間の弱さ、社会の理不尽さ、生への渇望、そして愛だ。それを見事な脚色とセンスの良い映像、音楽で包み込んでいる。前衛的だけど端正なのだ。圧倒的な完成度だけでなく、何よりも監督自身の愛情に対する切実な希求が感じられる。個人的には『トム・アット・ザ・ファーム』のようにサスペンス仕立てじゃないところも良かった(映画自体は素晴らしかったが、ボクは暴力モノは苦手)
                                                                                  
マミー/Mommy』は少々風変りだが、本当にすばらしい作品だ。見るには多少 根性が必要だけど、見る人の心に確実にひっかかるものを残す。そして勇気を湧き起こすだろう。
                                      
ここ数年、エリック・ロメールなど心の支えにしてきた映画監督やロック歌手が逝去してがっかりすることが多かった。一方 世の中はどんどん複雑になり、殺伐さを増していくように思える。だが、まだ20代のグザヴィエ・ドラン監督はこの時代の中で生きていくための心の支えになる熱量がある作品を作っていってくれるだろう。『マミー/Mommy』を見て、ボクはそう、確信した。