特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『世論調査の結果』と映画『明日へ』

めっきり寒くなりました。もう、完全に冬ですね。今年もあと1か月ですから、早いもんです。12月って面倒くさいことばかりで、とりあえずユーウツです(笑)。
                                           
六本木にアメリカン・クラブと言うところがあります。その名の通りアメリカ人を主とした会員制のクラブで、東京の超一等地に広大な敷地を占有しています。中はまるっきりアメリカで、殆どの会話が英語です。行くたびに、今でも日本はアメリカに占領されているということが思い知らされるところです。

                               
これまで出入りは比較的緩かったのですが、今はセキュリティが異常に厳しくなっています。テロ対策だそうです。日本でもそうなのかと、少し驚きました。良く考えてみれば世界中のアメリカ人関連施設は警戒態勢になっているのでしょう。ボクも含めて危機意識がゼロの呑気な日本人とは違うんでしょうが、そのコストたるや、心理的なものも含めて大変なものです。かってアパルトヘイト時代の南アの白人たちは黒人に対して怯えていたからこそ、非人間的な弾圧を行っていました。アメリカ南部の黒人差別もそうです。今もまた、アメリカ人はある意味、怯えているんじゃないかと思います。しかし恐怖は武力だけでは解決できません。怯えなければいけない原因は彼らの心中にあるからです。これから日本人もそのような怯えを持たずにすめばいいんですけど。
アメリカ人が好きそうな、でかい骨付きステーキ(笑)。


                                                                  
さて、日経の調査によると内閣支持率が安保法制前の水準に戻ったそうです。内閣支持率、「安保前」水準に回復 本社世論調査 :日本経済新聞

                                                       
ずいぶん早かったな(笑)。このざまはやはり野党の体たらくが酷いから、に尽きるからではないでしょうか。野党の支持率が全く伸びていない所がその証拠です。だけど『政策が良い』と言う支持理由が全く増えていない今回の結果でも表れているように、消去法で自民を選んでいるだけです。

                                                       
確かに政府の安保法制の酷い進め方には国民の過半数が反対しました。しかし良くも悪くも国民が求めているのは経済政策ですが、アベノミクスが失敗しても野党はその対案すら出せない。まして野党連合なんて話はどこへ行ってしまったのでしょう。野党に投票したくてもできないのが現状です(笑)。こうなってくると、リベラルな市民の意志を反映できる、そして実務能力がある政党が出てくるまで、政権交代は難しいかもしれません。今の民主と他の野党が連合したってバカばかりですから、仮に政権をとっても大したことはできないでしょう。今の自民党だって想像を絶するくらい酷いと思いますが、官僚や学者を使いこなせる人間がいるだけ野党よりマシ、だと、ボクですら思えてしまうこともあります。
                                                           
その状況に絶望するとかそんなことは全くありませんけど、安倍に反対する側だって猛省が必要だと思います。この結果は直視しなくちゃいけない。自分たちのレベルがまだまだ低いことは自覚しなくちゃいけない。この9月までは『戦争法案絶対反対』でも納得できました。ああいう事態ですから、わかりやすく、反対の声を集めなければいけない。だけど年末になっても相変わらず、9条守れ、とかそんなことだけ言ってたって説得力を感じる一般の人がどれだけいるのでしょうか。その結果がこの世論調査の数字に表れています。戦争を止めたかったら、経済を考えなくてはいけない、つまり人々の実生活を考えなくてはいけないと思います。
                                                    
今年は図らずも7月には鶴見俊輔氏、今日は水木しげる氏など、立派な人たちが亡くなりました。残念ではあるんですけど、残された者は『新しいモノを作れ』ということだとボクは勝手に思っています政治も文化も経済も、そろそろ旧来のものを乗り越えなくてはいけない、ということなんでしょう。リベラルで実務能力がある政治勢力だって、それを作っていくのは我々一人一人なんだと思います。ましてや、右左を問わず反知性主義陰謀論に現実逃避している連中にかかわっている暇はありません。


                       

今週の映画は珍しく韓国映画です。新宿で映画『明日へ愛人募集をしてデートするだけでお金くれる3人のパパを見つけました
2007年、韓国で雇用を打ち切られた契約社員たちがスーパーを長期間占拠したという事件があったそうです。その実話を元にした作品です。この映画は本国では昨年 公開週に興収2位になるヒットになりました。原題は『CART』。もちろんスーパーで使われる、あのカート、です。日経の映画評で4つ星がついていたので、とりあえず見に行ってみました。

主人公のソニは中学へ通う息子と幼い娘を抱えた二児の母。夫は単身赴任中。生活のために彼女は大手スーパーで契約社員として働いている。残業も厭わない真面目な働きぶりが評価された彼女は会社から正社員への昇格をちらつかされている。だが、会社は費用削減の為に業務全体の外部委託(アウトソーシング)を決め、契約社員の雇用打ち切りを宣言する。契約期間が残っているのに首切りをする会社に対して、女性従業員たちは組合を作って闘うことを決める。一介の主婦だった主人公も次第にその中に巻き込まれていく。


韓国ってボクは行ったこともありませんし、知識も殆どありません。日本で流布されている韓国の情報は恣意的なものが多いので全く信用してないし、韓国映画や韓流ドラマも殆ど見たことがない。それでも韓国が受験もビジネスも日本以上に競争が厳しい社会であるのは耳にします。
今 韓国の非正規社員は全体の45%、その半分以上が女性だそうです。先日の11/14にも政府の政策に抗議する反政府デモが8万人以上も集めて開かれたと言うニュースがありました。大規模なデモは7年ぶりだそうです。韓国の社会もまた大きな矛盾を抱えているのでしょうか。

                                                                                                   
映画の舞台となった2007年は実業家出身の李明博が大統領になる1年前です。IMFの介入以来 韓国は新自由主義的な改革が行われてきたといわれています。ボクの想像ですけど、当時はそれがピークになりつつあったのではないでしょうか。映画の中でも近代的なビルと対照的な古ぼけた家屋や文字通りのバラックが登場します。しかも映画の前半部はアップで、後半部は引いたカメラで全体が映るように撮られています。何とも考えられた、うまい撮影なんですけど後半部に主人公たちの街の全貌が判るとボクは愕然としました。韓国社会の格差を思い知らされるようでした。

スーパーで働く主人公のソニは真面目な働きぶりで正社員への昇格をちらつかされていましたが、会社の突然の方針変更で全てがパーになります。会社は業務を全て外部委託することで人件費を下げようと言うのです。今まで厳しい労働条件に耐えてきた女性契約社員たちにはマトモな説明すらありません。女性たちは見よう見まねで組合を作って会社と交渉しようとしますが、会社は交渉にすら応じません。とうとう女性たちはスーパーを占拠してストライキを始めます。
●会社側の突然の契約打ち切りに従業員たちは騒然とします。胸に手を当てているのが主人公のソニ(右)

                                           
この映画は描写がひとつひとつ、とても細やかです。例えば主人公のソニの家庭。夫はずっと不在。息子の修学旅行代すらどうしようと悩むような経済事情。くだらないTVや安っぽいお菓子に浸っている子供たち。ほかの女性たちもそうです。正社員だったけど激務で体を壊して退社したシングルマザー、床掃除を20年やってきた老婦人、夫に働いて来いと強要される主婦。それだけでなく登場人物たちの住居やライフスタイルまで考えさせられるものばかりです。細かいけれど押し付けがましくないんですね。
                                                           
会社側の業務のアウトソーシングというのも良くある話です。例えば企業の情報システム部門や総務関連を外部委託してしまうなんてことは日本でも多くの企業で行われています。それ自体は働く人にとってもメリットもデメリットもあります。だけど契約が残っているのに打ち切るなんて普通は有り得ない。それを許してしまう社会風潮があります。人件費が下がれば、会社の価値も向上する、株価も上がる。会社が悪辣なだけでなく、世の中の仕組み自体がそうなっているんです。
だから映画は悪辣な会社を声高に責めたてたりはしません。女性従業員たちに冷たい態度をとる課長は妻や子供を抱えて会社の命令に逆らえない。それに対して、部下の主任はそれに対して生活を抱えているのは女性社員たちも同じ、と反発します。
                                                         
前半から中盤にかけて描かれる女性たちの占拠は楽しそうですらあります。家で料理を作らなくていい、姑に文句を言われなくていい、といった解放感があるからです。歌を歌ったり寸劇をやってみたり、自分の思いを打ち明ける。まるで修学旅行のような光景でした。監督は女性だそうですが、韓国社会に残っている女性への抑圧を映画はうまく描いていると思います。
●会社は交渉にすら応じようとしません。女性従業員たちはお揃いのシャツを着てスーパーを占拠してストライキを始めます。

後半になると、物語は暗転します。会社側は一部の女性に復職をちらつかせて女性たちを分断しようとしたり、ごろつきを使って暴力を振るったり、強硬な手段をとり続けます。マスコミは会社の言い分ばかり取り上げます。さらに収入を断たれた女性たちにも生活があります。理解してくれない家族を持つ同僚も居ます。時間が経つにつれ脱落する者も出てきます。女性たちに加わる正社員も出てきますが、人数はどんどん減ってきます。最終的に女性たちの戦いは500日以上続いたそうです。


厳しいお話にも関わらず、映画は暗くありません。それは主人公たちを巡る数々のエピソードが珠玉のように美しいからです。占拠で不在がちの主人公に対して、息子(EXOとかいう韓流アイドルグループの子らしい。ファンが見に来ていました)は『母は自分たちをおざなりにしている』と反発します。その息子は主人公に黙ってコンビニでバイトを始めますが、理不尽な賃金不払いに直面します。息子の為に身体を張って抗議する母親の姿を見て、親子は和解するのです。また息子と同級生との淡い恋物語、これも実に美しかった。この同級生は憎まれ口ばかり叩いているのですが、心根が実に優しい。実は彼女は親がおらず、祖父と一緒に生活保護を受けて暮らしているのです。この子のキャラクター 最高です。好きになりました(笑)。終盤、ストから離れてしまった同僚とのエピソードもそうでしたが、この映画は弱者に対する視線が実に優しい。そして正義を押し付けたりもしない。
●お金がなくて修学旅行に行けなかった息子(EXOというアイドルグループの子だそうです)と同級生。この女の子のセリフがとても可愛い(笑)。

いくつか印象的なセリフがあります。
スーパーを占拠した女性たちは固い床の上で寝ることになります。掃除一筋20年以上というおばさんの『硬い床の上で寝たことがない人間には私たちの気持ちは判らない』。終盤に主人公が訴える『私たちはただ、話を聞いて欲しいだけなんです』。
この映画は他の誰かを声高に責めるようなことはありません。ただただ、困っている人たちのお話を丁寧に丁寧に掬い取っていくんです。
●電気も止まった暗い部屋で親子は和解します。

                                                  
ここで描かれていることは日本に住んでいる我々にも当てはまることです。日本も非正規雇用が全体の4割を占めています。派遣社員だって正社員だって楽じゃありません。正社員だっていつクビになるか判らないし、人手不足で激務だし、時には組織から理不尽な命令だって命じられます。その理不尽さは上司や会社の横暴という単純なものだけではありません。その理不尽さは個人的なものであるだけでなく、世の中の構造的な仕組みとしても存在しています。こういう話だと『私たちをモノ扱いするなという派遣社員の叫び』とか『大企業の横暴さ』みたいなことに回収してしまう人もいるけれど、それだけではないと思います。日常の生活を考えてみてください。電車で、お店で、誰かをモノ扱いしていませんか。時折、ボクはしています。余裕がない時は効率重視で動いていますもん。この映画に出てくる大企業の横暴人事部と息子がバイトするコンビニの悪徳クソオヤジは全くそっくりです。共産党とか左翼系の人は弱者の中小企業を守ろうみたいな単純なことをいう連中も言ますけど、現実には中小企業こそ、労働法規すら守らない悪徳経営者も多いものです。まして、こういう話だと何でも新自由主義のせいにする人がいますけど、世の中はそれだけで動いているほど単純なものじゃありません(笑)。多くの人が理不尽なことを自ら受け入れ、尚且つ自分では何もしない、のが現実だと思います。
                                                                                                                        
この映画の中には3種類の人間が出てきます。理不尽な命令で苦しめられる者、理不尽な命令に疑問を持つ者、理不尽な命令に疑問を持たない者。我々の日常と同じじゃないですか。誰もが自分の身は守らなければなりません。現実は白と黒で割り切れる時代劇ではありません。妥協は仕方がない。だけど理不尽な行為を組織や企業の命ずるがまま、そのまま実行するだけだったら、その人は人間じゃありません。そんな人間は存在する価値はない。個人の力では大したことはできないかもしれませんが、少しでもいいから何かをやらなくてはいけない。ボクはそう思います。つい、本気になってしまった(笑)。


殆どの労働争議の帰結と同じように、この映画にはハッピーエンディングはありません。彼女たちは勝利しますが、苦渋の結末と言っても良いでしょう。ですが、この映画はそれより大切なものを示すことに成功しているし、それは観客の心に深く刻みこまれます。だから後味は悪くありません。

 
                                                                                   
明日へ』、いや、ラストシーンで重要な役割を果たす『Cart』という題がふさわしいと思うのですが、この映画は良くできたエンターテイメントでありながら、苦しんでいる人たちの背をそっと押してくれる素晴らしい作品でした。難しい題材をテーマにして、質が高くて良心的な、こんな映画がメジャー作品として作られるような社会だったら、韓国という社会には希望があるとすら思いました。