特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

憲法を考える:映画『日本国憲法』と『リンカーン』

残念なことに俳優の夏八木勲氏が亡くなった。昨年 映画『希望の国』で大地に根が生えたような人間の生きざまを見せてもらって、こんなにすごい俳優さんがいたんだ と改めて発見をさせてもらったばかりだった。各紙の死亡記事には夏八木氏が『原発事故を描いた『希望の国』で各種映画賞を受賞した』ことが触れられていたが、読売だけはそのことは何も触れてなかった。合掌。
夏八木勲さん:園子温監督が追悼コメント 「男を演じられる日本最後の俳優」 - MANTANWEB(まんたんウェブ)

                                                                                                                                                                 
東中野でドキュメンタリー『映画 日本国憲法映画 日本国憲法

名著『敗北を抱きしめて』を書いたMITのジョン・ダワー教授を始め、チャルマーズ・ジョンソンノーム・チョムスキーベアテ・シロタ・ゴードン(男女平等をありがとうございました)、日高六郎ダグラス・ラミスら、各氏へのインタビューを構成して日本国憲法、特に9条について語ったもの。ポスターは奈良美智イラク戦争当時の2005年に作られたものだが昨今の情勢に鑑み(怒)、緊急再上映されている作品。
チョムスキー先生

●男前のダグラス・ラミス先生、日高六郎

ボクは基本的に憲法をなんで変えなきゃいけないの?と考えているので、映画を見ても考えは変わらないよな、と思いながら、半信半疑で見に行った。
だから映画の最初のほう、日本国憲法が押しつけかどうかの議論は興味が持てなかった。押しつけだろうがなんだろうが良いものは良い、のだ。ジョン・ダワー先生が指摘しているように、戦後 日本人は自ら平和憲法を『抱きしめた』のだ。有史以来 日本人による、もっとも素晴らしい選択だろう。その結果として今の豊かさがある。

だけど後半の、外国は日本に憲法9条があることをどう見ているか、という視点は勉強になった。9条をなくしたら日本はアジアの孤児になってしまうのではないか、というのだ。確かにそうだ。日本はドイツやイタリアのように戦争を正面から総括したわけでもなく、戦争犯罪人の息子や孫が恥ずかしげもなく社会の中枢に居座っている世界でも唯一の国だ。そんな国から武力行使を禁じた憲法9条がなくなったら、疑心暗鬼に駆られてアジア中で軍拡がより一層激しくなるのは間違いない。9条は『抑止力』なのだ。

ただ全編にわたって使われているソウル・フラワーユニオンの音楽は×。ボクは下手くそなメッセージソングとか昔の(日本の)フォークソングとか、だっい嫌い(笑)。幼稚で教条的な言葉だけでなく、何よりも押しつけがましさ、恥ずかしげもないところが耐えられない。その頭の悪さ、感性自体が保守反動の総本山という感じ(笑)。その点だけはこの映画、玉に疵だった。

終わったあとジャン・ユンカーマン監督のトークショー
●スクリーンの前に座り込んで話す監督
 
監督は『自民党が96条を変えて改憲の条件を緩くしようとしているのは、9条だけでなく将来に渡って憲法全体を変えていこうとしているからだ』、と指摘していた。今夏以降の選挙でも議会の3分の2を取れなくても憲法を変えられるようにすることを狙っている、ということだ。なるほど〜。それは気が付かなかった。
憲法改悪を防ぐためには地道に皆の議論を深めていくしかない、という監督の熱意溢れる物言いは本当に印象的で、この映画は見てよかったと思った。ただ問題はある。こんな映画を見に行くような人は元々ほとんどが憲法改悪に反対に決まっているそれ以外の人に対して、どういう言葉を発すれば届くことができるのか、つくづく考えさせられてしまった。

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有楽町で映画『リンカーン

時代は南北戦争末期。長く続いた南北戦争北軍の勝利で幕を閉じようとしていた。大統領リンカーン奴隷制の廃止を確実なものにするため憲法を改正して、奴隷制の廃止を明記しようとしていた。一方 議会では憲法改正より平和をもたらすことを優先する勢力も数多く、憲法改正に必要な3分の2の賛成は得られそうにもない。和平交渉のための南軍の使者は既に北部へ向かったという知らせを受けたリンカーン。それが議会に知られたら憲法改正などおぼつかなくなる。リンカーンの議会工作が始まる。
そんなお話。

こういう、いかにも大作〜という映画はめったに目にする機会がない。でも画面も配役も大作という名にふさわしい映画だった。こんな地味なテーマで大劇場で公開されるなんて、スピルバーグ印ならではだろう。
アカデミー主演男優賞を取ったダニエル・デイ・ルイスは確かにすごかった。(実際は知らないけど)リンカーン本人にそっくりなだけでなく、威厳と弱さを併せ持った人物描写は独壇場だろう。特に心労で徐々にボロボロになっていく姿はすごいなあと思った。
リンカーン役をやるなんて度胸がいると思う

だが印象に残ったのはダニエル・デイ・ルイスだけではない。一刻も早く人種平等を実現させろと主張する議会の急進派を率いるトミー・リー・ジョーンズだ。今の感覚だと彼が言っていることが何で急進派なのかわからないのだけど(笑)、奴隷制を一刻も早く廃止しろ、将来は黒人にも参政権を、と主張する彼が北部の議会ですら異端視されたというのは時代背景を雄弁に物語っている。
そんな彼が、自分の理想を実現するために、挑発にもめげず年来の過激な(笑)主張を引っ込めて議会で演説をするところ、は本当に名シーンで、独善的な日本共産党の幹部は百回くらい見たほうが良いんじゃないかと思った。
かつらを被り、杖を突いて、抑制した演技を熱演(笑)したトミー・リー・ジョーンズはこの映画の影の主役だったかも。
この映画のなかの『奴隷制がないと農園主体の南部の経済が壊滅する』という奴隷制廃止反対派の意見は、どうも『原発がないと地方の振興がはかれない』と言ってる奴と重なってしまった(笑)。

トミー・リー・ジョーンズの名演説

●ジョゼフ・ゴードン・レヴィット君(左)もリンカーンの息子役で出演

                                                                                                  
直接的な戦争シーンは殆どないんだけど、その悲惨さを表現するスピルバーグお得意のリアルな残酷描写もこの映画には効果的だった。登場人物たちの辛苦をより重く感じさせられる。他にもこの映画の細かな時代描写はいちいち効果的でよく出来ていたと思う。現代ではアメリカのロビイストって金の亡者の極悪人という印象だが、あの時代はあんなに牧歌的だったのかと意外に思った。
●少ししかない戦争シーンは効果的だった。大理石のように重厚で、グロくて。
 
  
                                                                                                    
肝心のリンカーンの議会説得が若干 説得力に欠けていたのは残念だったけど、重厚感溢れる良い映画であることは間違いない。
憲法を改正しやすくするために、3分の2という規定を変える、なんて、どこかのバカ総理大臣のような寝ぼけたことはリンカーンは夢にも言わない。自分の信じることを実現するために、寝技も使うけれど、真摯に突き進んでいく。結論として、安倍晋三日本共産党もこの映画を百回くらい見て反省しろ(するわけないか、バカだから)、そう思いたくなる映画だった。