特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『ETV特集「あの夏を描く 高校生たちのヒロシマ」』と映画『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』

 いやあ、暑いですね。
 最近は酷いニュースには慣れっこになっているつもりだったんですけど、『あいちトレンナーレ展』の慰安婦像の展示中止は酷かったです。
www.asahi.com

mainichi.jp

 ボク自身 現代美術なんてただのパフォーマンス、くだらないまがい物だと思ってますけど、なんで政治家の妄言やテロ予告で作品の展示、言論&表現の自由が脅かされなくてはならないのでしょうか。

 警察は『FAXだと犯人が判らない』と寝ぼけたことを言っているそうですが、東京オリンピックもファックスでガソリンを持っていくという予告があったら中止、ということでいいんですよね!
f:id:SPYBOY:20190805131112j:plain

 こういうことがあると、どうしたって戦前の日本が蘇ってくるのを感じます。

 例えば『天皇機関説』は天皇自身も賛成だったのに(笑)バカな政治家が不敬と国民を煽って非難が殺到、美濃部達吉教授は公職を辞任、その後 暴漢に襲われ重傷を負いました。日独伊三国同盟に反対した軍人や政治家にもテロ予告や抗議が殺到、頑強に反対していた山本五十六は遺書まで用意していたのは有名です。515事件や226事件のテロリストの軍人たちには国民から同情の声が寄せられ、それが後の軍部の専横につながりました。
 


 名古屋市長のクズ、河村のように過激な意見を煽って自分の権力に利用する政治家も問題ですが、

最大の問題はそんな政治家に乗せられるほど日本人がバカなところです。

つまり、国民自らが言論・表現の自由を危うくしているんです。

 言論の自由を脅かす今回の事件を座視してはいけないと思う。これが新たな戦前を象徴する事件とならないことを心から望みます。
 chng.it
 f:id:SPYBOY:20190805131828j:plain


 8/3土曜にはNHKで名画『この世界の片隅に』が放送されましたが(何度見ても泣いちゃいます)、深夜に放送されたETV特集「あの夏を描く 高校生たちのヒロシマ』にはかなり衝撃を受けました。
f:id:SPYBOY:20190805082920j:plain
www4.nhk.or.jp

 爆心地のすぐ近く、広島の基町高校では毎年 学生が、被爆者の話を聞きながら絵でそれを再現する、と言うことが行われているそうです。

 観る前は『高校生の絵なんて』ってバカにしてたんです。録画しておいて後で早回しで見るつもりだったのですが、たまたまTVをつけたら、被爆者の記憶に基づいて描いた『黒焦げになった父親』の絵が映ってた。全身真っ黒こげで炭になっている。しかし唇は赤く膨れ上がり、目がぎょろっと見開いている。まだ生きているその人の身体をよく見ると蛆が湧いている。

 写真だったらとても正視できないし、何がどうなっているのかわかりません。絵だからこそ見ることができる、絵だからこそ心の中に入ってくる、と思いました。
 『絵』という写真とも文章とも違う鮮烈な表現があるということを改めて思い知りました。上手いとか下手とかの問題ではなく、この表現には力がある。

 しかし、こういう体験を話す側もそれを絵にする側も非常な葛藤があります。話す側だって、そんなことは思い出したくないわけです。でも、『昔は話したくなかったが、あと5年もすれば被爆者はいなくなってしまう。だから今 話さなくてはいけない』と81歳の被爆者が語ってました。
 そうか、あと5年もすれば被爆者の人はいなくなってしまうんだ。

 絵を書く高校生だって、かなり辛い。聴いた話を自分の心象風景にして、それを更に具象化しなくてはならないわけです。
 しかも感受性が一番豊かな年代にそれをやるというのはこれはキツイ。番組では落ち込んで絵が描けなくなる子が取り上げられていましたが、そういう子が出てくるのは当然です。笑顔を見せて明るく振る舞っている高校生の心理的負担を考えるとこちらも胸が痛くなりました。
  
 それを乗り越えたのが、『起きたことを伝えなくてはならない』という被爆者、高校生たちの思いでした。番組の最後に紹介された絵はどれも、心を打ちます。事実を語り伝えたいという思いが籠っているからだと思いました。
 従軍慰安婦の少女像が芸術としてどうかは疑問ですが、事実を語り伝えなくてはならない、という点では同じです。この国の愚かな国民は今、大事なものを失いかけている。
f:id:SPYBOY:20190805130544j:plain

 この番組は8月8日午前0時~1時に再放送があります。来週のETV特集は幻の名画と言われる『ひろしま』の特集です。かねてから見たかったこの映画、そちらも楽しみです。
f:id:SPYBOY:20190805130427j:plain


 あと、日曜夜のNHKスペシャル『京都 百味会 ~知られざる“奥座敷”の世界~』、こちらも面白かった。
www6.nhk.or.jp

 京都には古い食べもの屋の集まり『百味会』というのがあるそうで、その会のメンバーである創業500年近い和食屋に嫁いできた奥さんの話や廃業してしまった老舗の話などが取り上げられていました。
 
 多くの企業がそうですけど、代替りって大変です。『屏風と店は広げすぎると倒れる』ってよく言いますけど、ああいう業界も大変だなーと他人事のように見てました(笑)。
 
 番組に出てきた和食屋の『祇園豆腐』、ボクも食べたことがあります。美味しいですけど、すごく美味しいってわけじゃない。有名な『瓢亭玉子』もそうですが、昔はこういうものしかなかったんですよ(笑)。そんなに有難がるような話でもないと思います。
f:id:SPYBOY:20170812131050j:plain

 それより祇園豆腐のあと、仲居さんが『遊んでみました』と言って、かちわり氷を抹茶に入れて出してくれたことの方が印象に残っています。ただの氷かと思いきや、お茶がきれいに見えるよう角度をつけて割ってある。その写真↓は以前にも載せましたが、暑い日だったので、氷に映った抹茶の緑が余計に美しかった。

 結局 大事なのはそのように臨機応変に物事を取り入れ、真・善・美を作り出す感性です。形あるものを残すことも大事ですが、それだけではいつか形骸化する
 番組では観光ブームの京都でも多くの老舗が苦戦していると言っていましたが、こういう感性や精神を如何に磨いていくかは老舗だけの問題ではない、受け取る側の問題でもあるかもしれません。
f:id:SPYBOY:20170812140939j:plain



 ということで、新宿で映画『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場
f:id:SPYBOY:20190804151606j:plain
unknown-soldier.ayapro.ne.jp
1939年、フィンランドソ連の侵略によって国土の10分の1を失った(冬戦争)。1941年の独ソ開戦によってフィンランドは失地を取り戻すため、ソ連に戦争を仕掛ける(継続戦争)。当初はドイツの援助もあり、失地を取り戻すことに成功したが、ドイツが劣勢になるとともに、兵力・装備共に優れたソ連軍が再び押し寄せてくる。妊娠中の妻を残してきた中年男、結婚式を挙げたばかりの若い将校など、最前線に向かった4人のフィンランド兵士の運命を描く。


 第2次大戦の敗戦国は日独伊だけではありません。ソ連に侵略され、戦わざるを得なかったフィンランドも敗戦国になりました。ソ連に侵略され孤立無援のまま徹底抗戦するも国土の10分の1を奪われた前半の戦いは『冬戦争』ソ連に宣戦布告したドイツと組んでソ連から国土を取り戻そうとした後半は『継続戦争』と呼ばれています。

 その戦いの後半『継続戦争』を描いたこの映画は昨年 フィンランドで興収1位となりました。1シーンあたりの火薬使用量でギネスブックに載ったそうですが、リアルな戦場描写で評判も高く、新宿でも1か月のロングラン上映が続いています。


 フィンランドという国は人口5百万、人口、GDPとも北海道なみの大きさですが、高福祉で教育費は大学まで無料、しかも学力も世界1であることが知られています。一人当たりGDPは世界15位で約50000ドル(日本は世界26位で39000ドル)、おまけにへビメタファンの比率も世界1(笑)、というユニークな国です。

 ソ連・ロシアの隣に位置して非常に苦労してきた国でもありますが、日本と同様、第2次大戦の敗戦国でありながら、ワルシャワ条約機構にも加盟せず、共産主義にもならず、政治的にも中立・独立・自由を守り抜きました。
 昔 中曾根のバカが首相だった時に、フィンランドは「ソ連の言いなり」と揶揄されて、フィンランド政府が抗議したことがあります。同じ敗戦国でありながらアメリカの言いなりになっている日本より遥かに自主的な外交を展開している国です。大勲位だか何だか知りませんが、実に見識、教養のない男です。恥ずかしい。

 同じ敗戦国でありながら、なんでフィンランドは日本より自由で、豊かで、民主的で、高福祉の国を作ることができたのか。国力から言って絶対に勝てるはずがない戦争に巻き込まれた小国が生き残るためには何をしなければならなかったか。戦後もなぜ、隣の大国の圧力に対抗できたのか。
 この国からは学ぶべき点が多々ある、とボクは思っています。リアルな戦争映画っていうのは気が進まないんですが、そういうこともあって、フィンランドの映画はなるべく見るようにしているんです。


 原作はフィンランドでは知らぬ人が居ない同名の小説、今作も1955年、85年に続いて、これで3度目の映画化だそうです。
 お話しは機関銃中隊に配属された熟練兵ロッカ(エーロ・アホ)を中心に描かれていきます。彼は農場を営んでいましたが、冬戦争でソ連に侵略されてそれを失い、自分の土地を取り戻すために軍に参加しました。家に妻と子供を残してきています。
●主人公のベテラン兵士、ロッカ。農園をソ連軍に奪われ、戦いに身を投じました。
f:id:SPYBOY:20190804170744j:plain

 映画ではロッカの他にも、婚約者をヘルシンキに残して最前線で戦い、ヘルシンキで式を挙げてすぐに戦場へとんぼ返りする若い将校カリルオト(ヨハンネス・ホロパイネン)、戦場でも純粋な心を失わないヒエタネン(アク・ヒルヴィニエミ)、壊滅しつつある部隊を最後まで指揮する将校コスケラ(ジュシ・ヴァタネン)の4人の運命が描かれます。
●小隊長の一人、カリルオト。結婚した妻と一晩過ごしただけで戦場に戻りました。
f:id:SPYBOY:20190804170904j:plain

 ロッカたちの部隊は原作者の従軍経験通り、当初は冬戦争で失われた旧フィンランド領土の奪還を行い、東カレリアに侵攻、ソ連領のペトロザボーツクの都市を占領しています。その後はソ連の侵攻を食い止めながら、大損害を受けつつ後退、最終的には首都を守る防衛戦に投入されます。
f:id:SPYBOY:20190804172300j:plain

 ボクは国家なんかどうでもいい、戦争に成ったら直ぐ降伏!と思ってますが、このフィンランドの冬戦争、継続戦争だけは仕方がない戦争ではないか、と思っています。勝手にソ連が攻めてきて、連合国も隣国も助けてくれない。そういう時 どうします?

 フィンランド軍は兵力も装備もソ連とは比べ物になりません。それでもソ連をなんどもたたき出します。
 自分たちの土地を守る兵士たちの士気の高さだけでなく、地理を知り尽くしていること、猟師の経験がある人が多くて射撃に優れていたこと、ソ連軍より冬や寒さに強い(笑)などが理由として挙げられていますが、この映画でも機関銃とライフル、対戦車爆雷くらいの武器で飛行機や戦車を山ほど持っているソ連と互角に戦っているのが描かれています。
●雪の中ではフィンランド軍は強かったそうです。
f:id:SPYBOY:20190804171316j:plain

 映画を見ていてまず思ったのは、フィンランド軍は日本軍より遥かにまとも、ということです。太平洋戦争当時 日本軍で主力になっていた銃は明治時代の単発式で、自動小銃もまともにいきわたっていなかったそうです。また軍隊内のイジメが横行していたのも有名です。

 しかしロッカは度々命令不服従をするなどフィンランド軍は軍隊内の上下関係も緩やかだし、皆 自動小銃も持っているし、激戦の最中でも兵士には休暇がある。全然まともなんです。日本軍が如何に酷かったのか、改めて思いました。
f:id:SPYBOY:20190804172331j:plain
●当時の自動小銃が映画館に展示されていました。フィンランドの人はこれで戦車や大砲、飛行機を揃えたソ連と戦った。

 しかし、圧倒的に優勢なソ連軍を相手にしているのですから、兵士たちにはどんどん犠牲が出る。この映画はそれを真っ向から描いています。それでもフィンランド領内からソ連軍を追っ払ったときには高揚感が溢れますが、ソ連領に入ると今度は自分たちが侵略者になってしまう。ここで描かれる住民たちとフィンランドの兵士たちとの関係も非常に興味深い。

 更に銃後の女性たちの苦難の姿も描かれる。成人男子の殆どが戦争に動員される中、女性は子供を抱えたまま鍛冶仕事までこなさなくてはならない。フィンランド国民の間でも厭戦気分は広がっている。そういうことまできちんと描いているこの映画、非常に感心します。

 やがて44年 ドイツ軍がスターリングラードで敗れると、それと共にソ連軍も再びフィンランドへ攻め込んできます。飛行機、戦車、大砲を揃えて押し寄せてくるソ連軍との戦いで兵士たちにはどんどん犠牲が出ていく。
 日本軍兵士もそうだったと思いますが、戦車っていうのは実に恐ろしい物です。歩兵の銃弾が当たってもびくともしない。この映画を見ているとそういうことまで良く判ります。
 満足な対戦車兵器がない日本軍もフィンランド軍も戦車に対しては歩兵が爆弾を抱えて肉薄攻撃をしかけていたのですが、日本軍は『特攻』だったのに、フィンランド軍は生還を前提にしていたのにも驚きました。それでもフィンランド軍にも状況に関係なく、部下に絶対死守を命じるアホな高級将校がいたことも、この映画はきちんと描いています。
●この映画を見て、戦車というものの恐ろしさもよくわかりました。
f:id:SPYBOY:20190804171444j:plain


 映画は44年7月 首都ヘルシンキを巡る絶望的な戦いが始まる直前、フィンランドソ連との間で休戦協定が結ばれるところで終わります。フィンランドは頑強に抵抗しつつも早期講和を働きかけていました(これも日本とは違って賢い)。抵抗に手を焼いたソ連は戦略的な価値が薄いフィンランドに兵力を置くことを嫌い、フィンランドが独力で国内のドイツ軍と闘うことを条件に休戦協定に応じたのです。

 しかし、今度はフィンランドは昨日まで味方だった自国内のドイツ軍と闘わなくてはなりません。撤退していくドイツ軍はヒトラーの命令でラップランド地方を丸ごと焦土にしたことが知られています。そのことはこの映画ではエンドロールで述べられるだけで具体的には描かれませんが、これまた筆舌に尽くし難い苦しみがあったことが暗示されています。


 この映画が素晴らしいのはフィンランドの戦いを英雄的に描いているわけでも、勧善懲悪で描いているわけでも、お涙ちょうだいで描いているわけでもないところです。感傷を排し、淡々と戦争の残酷さと人々の苦難を描いています。

 このリアルな描写は、第2次大戦フィンランド国民にとって自国をぎりぎり守ったという誇りでもあるけれど、あまりにも犠牲が大きすぎる、苦い歴史でもあることが実感させられます。やっぱり、戦争はしない方がいいし、戦争につながるようなことはしちゃダメなんです。今の日本の政治家は果たして理解しているでしょうか?

 ハードな描写が続く戦争映画ではありますが、後味は全然悪くないんです。確実に物事を考えさせられる、見てよかった、と思う映画でした。
www.youtube.com