特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

まるで叙事詩のような:映画『ウィンド・リバー』

真夏の終わりにやけくそのような猛烈な暑さが続いています。それでも空は高くなってきたし、夏の終わりの気配をひしひしと感じます。もうひと頑張り(嘆息)。
●キティちゃんの花輪を見かけたので思わず写真を撮ってしまいました。生花がキティちゃんの顔になっています。


アメリカの元大統領候補、共和党のマケイン議員が亡くなりましたhttps://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180826-45312697-bbc-int共和党の重鎮にも関わらず党利党略を嫌い、Marverick(一匹狼)という綽名の通り、自分の信念で生きた政治家です。日本を空襲した海軍大将の息子でゴリゴリのタカ派国防族、大統領選でもサラ・ペイリンを副大統領候補に選ぶなど致命的な判断ミスも犯しましたが、自分が捕虜になったベトナム戦争で拷問を受けたにもかかわらず戦後はベトナムとの友好に尽くしました。そして移民にも寛容で、メキシコ移民への規制にも反対してきました。度々軍備拡張を主張しましたが、それは負ける戦争はしない、という考え方だからで、無謀な戦争には反対しました。自分の選挙区に大富豪のコーク兄弟に操られる狂信的な保守派のティーパーティ対立候補を立てられたこともあります。

大統領選中 対立候補オバマイスラム教徒扱いするバカを『彼は立派な市民だ』とたしなめたのも有名ですが、何よりも昨年 悪性脳腫瘍を患っていたにもかかわらず、病を押して駆け付けた上院の投票で、彼がオバマケアを守ったのは忘れられません『オバマケアを守った男』と映画『歓びのトスカーナ』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)
彼の葬儀ではオバマとブッシュが弔辞を読むそうですが、遺言で、トランプは来るな、と言い残しました(笑)。党派や思想だけで物事を判断するというのが、実に愚かなことであるということを彼の存在は教えてくれています。立派な人が亡くなりました。
●まるで映画のような19秒。病院から上院に駆け付けて、まだ手術の傷跡が顔に残っているマケイン(画面中央3番)は、親指を下に下げてオバマケア廃止案に反対しました。結果、51対49。オバマ対立候補だった男が文字通り命がけでオバマケアを守ったのです。

●それに引き換え、この国は(笑)。国民も同罪ですが。


さて、今回は地味ですが名作の名にふさわしい作品です。有楽町で映画『ウィンド・リバー映画「ウインド・リバー」公式サイト 2018年7/27公開

アメリカ西部、ワイオミング州。雪に覆われたインディアンの居留地ウィンド・リバーで地元のハンター、コリー(ジェレミー・レナー)が若い女性の遺体を発見する。死因は零下数十度にも達する低温の空気を長時間吸い込んだことによる肺の出血。派遣されたFBIの捜査官、ジェーン(エリザベス・オルセン)は女性の死体に乱暴された形跡を発見する。厳しい自然環境と居住者の風習に戸惑うジェーンはコリーの力を借りて、謎を解決しようとする


アカデミー賞にノミネートされた『ボーダーライン』の脚本家、テイラー・シェリダンが初の監督と脚本を務めた作品。主役は『アベンジャーズ』や『ハート・ロッカー』のジェレミー・レナ―、同じく『アベンジャーズ』のエリザベス・オルセン。『ボーダーライン』は評判が高かったのですが、メキシコの麻薬マフィアの話で超怖そうだったので、断念したんです。メキシコの麻薬ギャングって、カネ持ってるから軍隊より強いだけでなく、市長や政治家も普通に殺しちゃうし、見せしめの首切りとか死体放置とかザラで、マジでやばいみたいじゃないですか。国境地帯の町なんて世界で一番殺人事件の発生率が高いっていうんでしょ。


今作も怖そうなので気が進まなかったのですが、昨年のカンヌ映画祭の『ある視点』部門で監督賞を受賞する等、評判が高いので見に行きました。ちなみにこの映画、公開当初は規模も小さく地味〜な扱いでしたが、評判の高さで公開館はどんどん広がっているようです。
FBIの新人捜査官ジェーン(エリザベス・オルセン)は地元のベテランハンター(ジェレミー・レナー)の力を借りて、酷寒のインディアン居留地で殺人事件の捜査を進めます。


舞台はアメリカ西部、ワイオミング州。と言っても どういうところだか判りません(笑)。アメリカでもっとも人口が少なく、ロッキー山脈と大平原が広がる超ド田舎です。
その中にインディアン居留地 ウィンド・リバーがあります。冬季の極寒には外気をまともに吸い続けると肺が凍りつき死に至るような土地です。元々インディアン居留地とは白人が先住民であるインディアンの土地を奪うのと引き換えに、住むのを保証した土地。多くは険しい自然環境でまともな産業も公的インフラも少ない、その中のインディアンたちは失業と貧困、麻薬やアルコール中毒が蔓延していることで知られています。しかし居留地の中にいればわずかながらは年金が出るので、居留地から抜け出せない人も多い。わずかばかりの金で先住の人々の生活を買うやり方は基地や原発周辺の住民への日本国の態度と同じです。
居留地にはインディアンの風習を頑なに守り続けている住民もいます。


そんな地域でドラマが展開されます。
主な登場人物は地元のハンター、コリー(ジェレミー・レナ―)とFBIの新米捜査官ジェーン(エリザベス・オルセン)だけです。しかしお話しはいくつも複雑に折り重なっています。
謎の殺人事件土地を取り上げられたインディアンたちの居留区の悲惨な実態娘を失った寡黙なハンターの復讐因習に満ちた男社会で戦う女性捜査官そしてより本質的な問題=人間の誇りとはどうあるべきか、これらが巧みに絡まりあっています。見事な脚本です。
●極限の酷寒の中で、二人は謎を追います。


厳しい自然の中 失業と貧困、麻薬と暴力がはびこるインディアン居留地。2万平方キロもある広い土地に捜査官は数人しかいない状況が放置されているそうです。そこでは女性の犯罪被害の統計すらないのです。現代にこんなところが残っているとは驚きです。
インディアンたちのコミュニティも厳しい。居留地には仕事がなく、若者は麻薬やギャングまがいなことにも手を出しています。更に近年は石油やシェールガス採掘で石油会社が入ってくる。石油会社が現場作業に雇うのは肉体労働者、よその地域から流れてきた荒くれ者たちです。治安が悪くなるばかりか、お金がインディアンたちに落ちることもない。地域はますます荒んでいきます。
そんなところで新米の女性捜査官はどうやって捜査をしていくか。女性に対する犯罪の闇を暴いていくか。


女性捜査官を演じるエリザベス・オルセンは綺麗過ぎて、場違いな印象を受けます。でも場違いな捜査官がやってきたという設定だから、それでいいんです(笑)。インディアン社会と男社会の因習と戦う捜査官役の厳しさを見事に表現しています。男社会の中で戦う女性映画の色彩は濃いです。
ハンサムなジェレミー・レナーの苦み走ったハンター役はなんと言ったらよいんでしょう。悲しみと向き合うことを諦めない男の像は素晴らしいです。全編にわたってニコリともしない彼は犯人を追い続けるだけでなく、過去の悲しみとも戦い続けている
●インディアンの女性と離婚した彼には一人息子がいます。いや 一人になってしまった息子がいます。


理不尽な世の中です。政府の仕打ち、自然や社会の環境、時には人間は耐え難いような悲しみにも見舞われます。その中で生きることを諦めてしまうか、石にかじりついても生きようとするか。この現実を見てしまうとどちらが良いなんてことは言えません。厳しく苦い物語です。それでも、二人は生きることを選んだ。


見終ったあとは何とも言えない、澄み切ったような感覚と何かしらの勇気が観客に残ります。ただのクライム・サスペンスなんかじゃない、まるで何かの文芸作品、叙事詩のような格調高い圧倒的な傑作。素晴らしいです。