特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

88歳のヒーロー像:映画『運び屋』

 春の気配が色濃くなってきた今週末、ボクは風邪を惹いてしまったのか、寒気がして身体の節々が痛くてずっと寝てました。
 数か月に一回、そういうことがあります。このところ食べ過ぎ気味だったし、お酒を飲むことも多くて眠りが浅かった。疲れがたまって身体が警報を出しているんでしょうけど、48時間 水とヨーグルトしか採らない絶食もできて身体も軽くなりました。それにしても昔はクスリ飲んで一晩寝れば治ったんだけどな~。歳だ~。
●有楽町で。休憩していた着ぐるみ君がエレベータに乗れなくて悪戦苦闘しています。夢中になって見ている子供の背中が心配そうです(笑)


●やっと乗れた~


ということで、日比谷で映画『運び屋

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今年90歳を迎えたアール(クリント・イーストウッド)はかってユリの栽培で名声を博していたが、家族の事はほっぱらかし、現在はネット販売に追われ農園は差し押さえ、一人孤独に暮らす羽目になっている。ある日、彼はメキシコ人から『車で荷物を運ぶだけ』という仕事を持ちかけられる。金も仕事もないアールは仕事を引き受けるが、その中身は麻薬だった。


 今年88歳のクリント・イーストウッドが監督、10年ぶりに主演を務めた作品です。
90歳の麻薬運び屋が逮捕された、という実話を基にした脚本はベトナム少数民族の移民と頑固ジジイの友情を描いた名作『グラン・トリノ』と同じ、ニック・シェンクという人が書いています。

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●主人公のアールは家族を顧みず、ユリの栽培と名声を追い求めてきました。今は農園も潰れ、家族にも見捨てられています。因果応報。

 予告編を見ると、期待できそうだけど、ハードな重苦しい作品かと予想していました。ところが以外や以外、明るく楽しい?作品でした。前半はコメディと言っても良い。

 その理由はアールの快男児、いやクソじじいぶりです。もともとロクでもないオヤジでした。ユリの花の栽培に夢中で家族のことは気に掛けない。でも魅力的な人間ではあるのです。外では友達も多い。お洒落だし、女性を見かければ必ず声をかける。それもユーモアたっぷりでスマートに。これは正直、カッコいい。劇中、度々『ジェームズ・スチュワートみたい』という台詞が出てきますが、そんな感じです。誕生日も卒業式も娘の結婚式でさえ無視された家族にとっては許し難いですが、それでも魅力的な側面もないわけではない。
●こんなしゃっきりした88歳の爺さんっているんでしょうか、というか居るんだから仕方がない(笑)

 もちろん、こういう役は実生活もそのまんまのイーストウッドだから許されるわけです(笑)。現実には5人の女性との間に7人の子供がいて、愛人は数知れず。80過ぎても離婚して、新しい愛人を作っている人です。
この映画は自分の人生を反映させて作っていると当人も言っています。仕事に夢中で家族を大事にしなかったことを後悔している、と。ちなみに映画の中では家族を顧みないアールと12年間 口を利かない娘の役を最初の奥さんとの娘、アリソン・イーストウッドが演じています。実娘はインタビューで「実のイーストウッドはここまで酷くない。私は父と話すこともある。」とフォローにならないフォロー?はしています🤗
●自分勝手なアールは実娘(1枚目)、元妻(2枚目)、孫(3枚目)からも見捨てられています。

 メキシコからのアメリカへの麻薬流入は大きな社会問題になっています。しかしトランプが言うようにメキシコの問題というより、むしろアメリカの問題です。メキシコの麻薬カルテルがあんなに強大になったのはアメリカに責任があるし、麻薬を欲しがっているのはアメリカ人です。
アンディ・ガルシアカルテルの親分役

 
 アメリカには大量に麻薬が流入しているわけですが、その輸送は大変です。カルテルトム・クルーズの映画でやってたみたいに飛行機や潜水艦まで使っているし、アメリカも専門機関(DEA)がヘリコプターや装甲車まで繰り出して取締りをやっている。しかし90歳の爺さんがピックアップトラックをのんびり運転していれば、誰も麻薬を積んでいるとは思いません。
●右側は本物の90歳の運び屋、アール。イーストウッドと結構、似ています。

 しかしアールはクソじじいです。麻薬カルテルに対しても遠慮はありません。ぜんぜん言うことを聞かない。麻薬の輸送中も寄り道したり、モーテルに宿泊すればコールガールを呼んだり!、パンクして困っている女性が入れば麻薬を満載した車を道端に止めて助けたりします。だからこそ、当局の取締にも引っかからない。怒った麻薬カルテルの連中に銃で脅されても、『俺は朝鮮戦争に行ったから銃なんかこわくない』。確かに老い先短いと思っている人間には銃で脅しても仕方がありません。
●アールはカルテルに脅されても正面切って反抗はしません。でも言うことも聞かない(笑)

 カルテルの連中は怒り、呆れますが、段々とアールの人間的な魅力にひかれていきます。と、言うか羨ましくなってくる(笑)。アールは組織に縛られず、自由に生きている。止まりたい時に泊まり、休みたい時に休み、遊びたい時に遊ぶ。言いにくいことでも、思ったことを言う。誰も彼に命令できません。
 現実のイーストウッドも右でも左でもない、一匹狼のリバタリアンとして知られています。ここも映画と本人が重なります。まさに真骨頂です。『右も左も組織は敵』と思っているボクは非常に共感できます(笑)。
●麻薬取締局の敏腕捜査官をブラッドリー・クーパーが演じます(左)。ある意味アールの鏡像のようなキャラクターを演じる彼も、いい味を出しています。

 それにアールは口は悪いが差別のような卑怯な真似はしません。アールは黒人女性を二グロと呼んで怒られたりするけれど彼女を平等且つ親切に扱うし、メキシコのカルテルの連中が白人に絡まれているのを助けたりします。『心臓の医者を呼んでおいてくれ』と言いながらの、イーストウッド88歳のベッドシーンには度肝を抜かされます。なんというジジイでしょうか(笑)。
 ロクでもないクソじじいなんだけど、ここでクリントウッドが演じる老人ならでは智恵と勇気、ユーモア、それに呆け。ボクはヒーローとか嫌いなんですが、これはホントのヒーローだわ。感服せざるを得ません。


 後半、お話はだんだんとシリアスな色彩を帯びていきます。アールが今まで家族を蔑ろにしてきたツケが回ってくる。時間を巻き戻すことはできません。判っていたことではあるけれど、アールは自分の人生は無駄だったという思いから逃れることができない。麻薬カルテルの男たちやブラッドリー・クーパー演じる麻薬捜査官とのほのかな友情も救いにはならない。

 画面の美しさだけでなく、特徴ある構図は登場人物の鼻の高さまで計算されているのではないでしょうか。後半はまるで一枚の絵画を見ているような印象的なシーンが連発されます。そして薀蓄のある台詞、感情を表に出さないアールの複雑な表情。アールは自分の運命の苦さを飲み込むしかない。


 これは傑作としか言いようがありません。まるで壮麗な悲劇のようだった、傑作の誉れ高い『グラン・トリノ』にも負けずとも劣りません。『運び屋』は悲劇でないだけ余計に味がある、表面的なことだけでは描きつくせない人生の余白と薀蓄があります。ユーモアにくるんだ人生に対する絶望と諦念がある。それは観客にとっての赦しでもある
 それでいて映画としてのエンターテイメント性、かっこよさもある。88歳でこんな映画を創れてしまうこと自体、考えられません。彼にしてみれば60歳も70歳も若造でしょう(笑)。今のところ、今年見た映画の中では一番面白かったです。

映画『運び屋』本編予告用映像|Rolling Stone Japan