特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

ゲラゲラ笑って、やがて笑えなくなる:映画『バリー・シール アメリカをはめた男』

昨日までの1週間、缶詰のビジネススクールは想像以上に疲れました。以前もっと長い期間 行った時より、はるかに疲れた。それだけ自分が歳をとったのでしょう。朝早くから夜遅くまで寝る時間はないし、食い物はまずい(笑)。とにかく肉体的に参りました。
●ホテルに軟禁されている間は特徴的な新宿パーク・ハイアットのビルを見て、最上階のニューヨーク・グリル(写真2枚目)に行きたいなーとか 授業そっちのけで夢想してました(笑)。


そういう研修には色々な企業、特にボクなんかと違ってホントの巨大企業からも派遣されてくる人も多いわけですが、中には軍需企業や原発関連企業勤務の人も結構います。ボクは元々他人と話をするのは苦手だし、特に普段はそういう人たちとは全く話すこともないし、話すと喧嘩になりますから(笑)近寄らないようにしています。
しかし缶詰の研修ではディスカッションをしたり、パーティーや飲みに行くのもセットになっていて、無理やりにでも話をしなければなりません。その挙句 喧嘩になることもないわけでもないんですが(笑)、今回は相手が直接の軍需や原子力関連の担当じゃなかったこともあり、大丈夫でした(笑)。

ボクの見る限り、そういう会社の人は全員が極悪人、というわけではない。むしろ真面目で優秀な人が多い。だけど、上が決めた経営戦略なり、自分のやってることの意味を疑ってみたりすることはあまりしないんですね。例えば電力会社に勤務してたら、自分の勤め先は原発を推進してる、それが社会的にどういう意味を持ってるか、あんまり考えたりしない。そこで反対したり、社内で方向転換を主張することなんか考えたこともない。本当は原発なしでも電力会社が生きる道はあるし、正面から方向転換を主張してダメでも、ゲリラ戦と言うやり方だってあるんですけど、想像力(笑)が及ばないのかもしれない。


たぶん、サラリーマンも役人も多くの人はそうじゃないか、と思うんです。ハンナ・アーレントの言うところの『平凡な人間の凡庸な悪』ということでもあるし、立場が変われば誰でもそうなる可能性があるわけです。基本的には東京電力三菱重工東芝経産省も潰れてしまえ、とボクは思ってますけど(笑)、現実には排除しても何ももたらさないと思うんです。それより、何か共通項、糸口を見つけて会話をしていく、しかないんじゃないでしょうか。他人と話すのが嫌なボクが言うような話しじゃないですけど(笑)。


護憲でも、平和を守れでもなんでもいいですが、日本のいわゆるリベラルの人たちは中々 外へ出ていかない。リベラルの人たちが現実に力を持たないのはそういうところが原因の一つじゃないかと思ったりもします。



ということで、外へ出ていく男の物語です(笑)。六本木で映画『バリー・シール アメリカをはめた男映画『バリー・シール/アメリカをはめた男』公式サイト

舞台は70年代 民間航空会社の腕利きパイロットのバリー・シール(トム・クルーズ)は、CIAにスカウトされ、南米の共産ゲリラの写真を撮る偵察機パイロットとなる 彼は極秘作戦の過程で麻薬組織にもスカウトされ、レーダーをかいくぐって麻薬の運び屋も始める。CIAと密輸ビジネスで荒稼ぎするバリーはどんどん商売を広げていくが


普段だったらパスする映画ですが、監督がブッシュ政権イラク核兵器疑惑でっち上げを告発した『フェア・ゲーム』を撮ったダグ・リーマンなので、見に行ってみました。『フェア・ゲーム』は実に良かったんですよ。ボクらは『標的』じゃない:映画『フェア・ゲーム』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare) 

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『バリー・シール』も全くの実話だそうです。と、言っても、お話しは告発モノというより、お気楽なアクションもののように展開します。トム・クルーズ演じる腕利きパイロットがCIAの手先になって南米の反共ゲリラを支援して大儲け、帰り道は麻薬組織の密輸を手伝ってさらに大儲け。1回で2つのフライトをこなすわけですから効率的です(笑)。
●バリー・シールは腕利きの民間航空パイロットでした。お小遣い稼ぎにCIAの仕事を始めます。


稼いだ金が多すぎて田舎町では使い道もなければ、隠し場所もない始末。このドタバタ加減は、詐欺同然の取引で大儲けして麻薬やコールガールを会社にまで連れ込んでいるウォール街を描いたディカプリオの『ウルフ・オブ・ウォールストリート』に似ています。こちらも実話ですよね。
●CIAの局員(右)はバリーに高速セスナを提供。領空侵犯の偵察飛行を依頼します。

CIAと麻薬密輸、そんな話が全然暗くならずに陽性に展開するのはトム・クルーズならではでしょう。何にも考えてない。道徳心もなく、陰湿なところもなく、スリルとカネと奥さんが大好きというキャラクターはトム・クルーズにぴったり。彼が出てくるだけで画面が明るくなります。
●バリーは愛妻家でもあります

当時はニカラグアに反米的な左派政権『サンディニスタ』が成立した時代です。CIAがチリでアジェンデ政権をぶっ潰して以来の反米的な政権です。CIAはサンディニスタを倒すためにコントラと呼ばれる右派民兵を養成、バリーはコントラに武器を輸送する仕事を始めます。ところがバリーは武器をコロンビアの麻薬カルテル横流し、帰り道は麻薬を密輸するようになる。
●行きは武器(1枚目)、帰りは麻薬を密輸します(2枚目)


バリー・シールの商売はどんどん拡大、広大な敷地に自分用の空港を建設、部下まで抱えて密輸をするようになります。
●CIAには自分用の空港で反共ゲリラの訓練までやらされます。


が、さすがに目立ちすぎるようになりました。さすがにCIAは彼を見捨て、バリーは地元警察、DIA(麻薬取締局)、FBIなどに捕えられます。すぐ釈放。彼はホワイトハウスへ連れて行かれます。
●バリーは捕まりますが、政府の圧力を受けたビル・クリントン知事(当時)の命令ですぐ釈放


イラン・コントラ事件という言葉が記憶に残っておられる方もいるかもしれません。レーガンの密命で武器輸出が禁止されていたイランへ武器ブローカーを通して武器を密輸出し、そこで得られた資金でニカラグアでサンディニスタと戦っていた右派民兵コントラへ資金援助を行っていたという事件です。CIAも実にバカな策略を考えたもんです。バリーは釈放と引き換えに、サンディニスタ相手の秘密作戦を命じられます。


この監督らしく、CIA、レーガン、さまざまな権力者のいい加減なところを笑い飛ばす演出が非常に面白いです。特にブッシュ(ドラ息子のほう)のぼんくら加減、それにCIAがやっきになって育てているのにサッカーばかりやっているコントラのバカぶりもサイコーでした。この映画ではトム・クルーズだけでなく、関係者一同バカぞろいなんです。世の中の一面は確かにそうやってまわっている。皮肉の利いた、乾いたユーモアがこの映画の持ち味です。最初から最後までげらげら笑わせられますが、最後は笑えなくなる。それがこの映画でした。