特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『日経新年の岩井克人先生』と『穴子と九条ネギの土鍋ごはん』

 仕事が始まって1週間。あっという間に現実に戻りました(泣)。

 今週、東京では40日ぶりの雨が降りました。
 雨が止み、ちょうど夜が明けた頃、大きな虹がかかりました。

 こんな大きな、そしてきれいな虹を見たのは生まれて初めてです。空気の澄んだ冬の夜明けだから、かもしれません。15分くらいで消えてしまいましたが、きれいな光景を見ることができてラッキーでした。古代中国では虹は凶兆のようですが(笑)。


 今年はどうなるか、なかなか予想はつかないですよね。ガザのジェノサイドやウクライナの戦争は終わらないし、何よりもトランプが出てくる。


 日経の後半にあるAnalysis面、今週は新年らしく『荒波をこえて』と称して、今後の日本の方向性についての論考が載っていました。

 月曜が東大名誉教授の岩井克人氏が日本の存在意義、火曜はカリフォルニア大サンディエゴ校教授のシェーデ氏の日本産業、水曜が東大名誉教授の北岡氏の外交論、木曜が政策研究大学院教授の北尾早霧氏の政策論、金曜は東大教授の宇野重規氏の政治論でした。
 
 どれも頷ける内容でしたが、特に岩井克人先生の論考は本当に感動したので、内容をご紹介したいと思います。

 日頃 ボクは日本の悪口、悲観論ばかり書いています。確かに論理的には正しい(笑)と自分でも確信はしています。

 だけど物事には必ず両面がある。
 何も明るい方向を見いだせないのも我ながら無能じゃないか、と思っていた矢先でした。仕事でもそうですがこんな世の中でも年長者には若い人たちに何か明るいものを手渡す義務があります

 岩井先生の話はそれにぴったりでした。78歳の先生もきっと、そういう気持ちで書いたのだと思います。


www.nikkei.com

 岩井先生は『言論の自由がない社会主義は根源的な誤り』としながらも、『株主万能の新自由主義は本来の資本主義ではない』、『経済や企業は社会のためにある』と新自由主義や過度な市場主義を徹底的に批判してきた人です。

 毎年 年初に放送されるNHKスペシャル欲望の資本主義』でも数年前に『経済や貨幣はそれそのものが目的ではなく、人間の尊厳のためにある』と仰っておられました。

www.nhk-ondemand.jp

 スウェーデン型の『分かち合いの経済学』を主張する神野直彦東大名誉教授(民主党ブレーンの井出英策慶大教授の師匠)とともに、この人たちの言ってることにボクはずいぶん影響を受けました。良質なロックや映画と並んでこういう人たちは、ボクにとって生きていくための導灯みたいなものです(笑)。

 ただ、岩井先生は言ってることが時々極端に難しいことがある。名著と言われる『貨幣論』なんか経済学というより哲学みたいで、ボク程度の頭脳では良くわかんない(笑)。

 
 日経の論考は短くとも切れ味バッチリで素晴らしかった。要約します。

●『中華民族の偉大な復興』を掲げる中国や『偉大なロシアの復活』を掲げるプーチン、それにイラン、北朝鮮ベネズエラハンガリーなど強権国家のネットワーク化、そして議会制や法の支配や表現の自由はリベラル派エリートの価値に過ぎないと侮蔑するトランプ新大統領の登場など、現在近代民主主義が脆弱なものであることが白日の下にさらされ、大きな混乱が起きている。

●この混乱の中で見えてきたことが2つある。
1.民主主義は『歴史の目的』である
 個人の自由を確保してくれる政治体制である近代民主主義は実は脆弱な制度に過ぎなかった。
フランシス・フクヤマが言うように近代民主主義は必然的にたどり着く『歴史の終わり』ではなく、不断に目指し続けなければいけない『歴史の目的』である。

2.日本には世界史的使命がある
 非西欧である日本もかっては、大東亜戦争で近代的民主主義を西洋的価値として否定しようとした。今ロシアや中国が行っていることと同じである。
 その後80年、日本では思考の自由が当たり前の近代民主主義が『曲がりなり』にも機能していた。その事実は近代的民主主義は西洋的な理念でなく、洋の東西を問わない普遍的な理念であることの証である。
 現在の日本には世界史的使命がある。どれだけ凡庸に見えようとも、思考の自由を保障する民主主義社会であり続けること、そして『その事実を世界全体に向けて語り続けること』である。


 つまり、日本は近代民主主義が世界にとって普遍的な理念であることを示せ、というのです。
 西欧の近代民主主義が揺らいでいる今だからこそ、非西欧の日本が民主主義であることは世界史的に大きな意味がある。会社でこの論考を読んだのですが、感動して、ちょっと嗚咽しそうになった(笑)。

 戦後の歴史とは、日本人が自分たちのアイデンティティはどこにあるのか、それなりに(笑)悩んできた時代です。
 特に日本の右翼や左翼はそうです。彼らは自分たちの存在理由がどこにあるのか、苦しんできました。表向きは日本的伝統だの、平和憲法だの言ってましたが、前者は明治期の捏造だし、後者は所詮 占領軍が与えてくれたものです。

 その結果、行きついたのが『反米』です。
 60年安保でも70年安保でも、例えば三島由紀夫全共闘も反米だったのは共通していました。右も左も反米がアイデンティティだったのです(笑)。ボクはなんてさもしい奴らだ、と思いますけど(笑)、連中の心情は共通していた。
 右翼は自分の権力のためにアメリカに媚びる岸信介福田赳夫安倍晋三に至る親米右翼と一水会など在野の反米右翼に分化、

 多くの左翼は現在に至るまで何でもかんでもアメリカのせいにする(笑)。TPP然り、日米安保然り。TPPが典型で、連中の言ってることはプロパガンダ陰謀論も多い。かって日本社会党や90年代の反核運動KGBの資金が入っていたのも有名な話です。

 極端な例ですが、ここまで堕ちるのも珍しい↓(笑)。バカは我々の想像を軽々と飛び越えます(笑)。

 立憲民主ですら危ない輩がいる。普段から真剣に勉強してないから、容易く陰謀論に取り込まれるのだと思う。

 ちなみに新年の東洋経済で元経済企画庁長官の田中秀征が『自民党の中には岸や福田の流れとは別に、石橋湛山吉田茂田中角栄大平正芳宮澤喜一に至るアメリカに対しても日本の立場を主張してきた流れがある』と言ってたのは面白かった。事実を丹念に追えば、宏池会は少なくとも親米右翼よりはアメリカに抵抗していた。岸田も石破も一応はその流れなんだけどな(笑)。

 岩井先生の論考はこれからの日本が拠って立つべきアイデンティティ、理念を提示している、と思いました。
 戦後は終わり、新たな戦前になるかもしれない今、日本には新たな存在価値がある。トランプの再登場など世界的に大変な時代だからこそ、日本には果たすべき役割があるのかもしれません。

 あとは『具体的にはどうするんだよ』ということになります。それについては、木曜日の北尾教授がかなり良いことを仰っていたので、また触れたいと思います。『舞の海戦略』で最近 各所でちょっと話題になっている火曜日のシェーデ氏(この人もNHK『欲望の資本主義』に出演しました)の話も面白いんですけどね。


 年末の食べ納めに、いつも行く近所の和食へ行ってきました。六本木も青山も良いですが、やっぱり歩いて行ける範囲がボクには心地よいです。

 まず、シャンパン。ボクは一杯飲めば酔っぱらってしまいます。いい気持ちです。

 かぶら蒸し。上にはからすみをすりおろしたものと山椒を炊いたもの。かぶら蒸しは大好きです。

 八寸。東京では12月の頭が紅葉の最盛期でした。

 塩を控えめにして作っているという自家製のからすみと鯵の鮨が異様に美味しかった。

 次のお刺身に合わせて日本酒。この銘柄は入手困難という説もありますが、ボクには判りません。アルコールはこれでおしまい。お酒もほんと、飲めなくなった。

 お刺身です。
 時計回りにからすみ粉と塩辛を乗せたアオリイカ、メジマグロにビーツのゼリー、のどぐろと千枚漬けのペースト、炙ったメジマグロに黄身の醤油漬け、フグと煎り酒のゼリー。今回はいつもにもまして美味しかったです。東京湾で大量に揚がっているというフグも良かったですが、生ののどぐろ、サイコー。これも太平洋岸で揚がったそうです。

 松葉ガニのお椀。月初に松江で死ぬほど松葉ガニを食べてきたばかりですが、この一杯の方が正直言って美味しかった(笑)。

 でかい黒豆。若い衆が4日かけて作るそうです。

 寒ブリ酒粕に漬けて炭火焼にしています。脂が適度に抜けて、普段食べるブリとは全然違います。
 昨年も年末にこの店で『今年は能登寒ブリ宣言が遅かった』という話を聞いたばかりです。そうしたら能登であんなことがあった。今年は寒ブリ宣言は早かったそうです。付け合わせは砂糖で煮たクルミと春菊。

 雲子白味噌に軽く漬け込んでバーナーで炙ったもの。下には春菊のソース。前のものとは味が変えてあります。

 穴子と九条ネギの土鍋ごはん穴子の煮汁で炊いたそうです。

 小田原で揚がったそうですが、めちゃめちゃ脂がのっている穴子でした。味が濃くて、本当に美味しかった。合わせるのが、やはり味が濃い九条ネギというのがポイント(笑)。

 最後はいつもどおり蕨餅

 ということで、今回はいつもにも増して美味しかった。良い食べ納めになりました(笑)。