特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

お盆前半のTV番組と映画『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』

楽しい楽しい夏休みがやってきました。と、言ってもすぐ終わりなんですよね。始まった矢先にそんなことは考えないようにしよーっと(笑)。
●言うまでもなく、この人はイラン・イラク戦争の際 爆撃で生き埋めになり、親を失っています。


今回はTV関連の話題です。
最近はなかなか良いTV番組がやっています。今月になって2週間続いたETV特集アメリカと被爆者』は見ごたえがありました。特に第2回の『赤い背中が残したもの』は皮膚が焼けただれた写真(凄い写真でした)で有名になった被爆者たちとそれでも強く生きようとする人生をノンフィクションにして伝えようとするアメリカ人女性の交流が描かれていて、凄惨ながらも勇気をくれる番組でした。
 
過去の放送 - ETV特集 - NHK


あと、毒蝮三太夫師匠が出ていた土曜日のTBS『報道特集はこの数年で如何にひどい時代になってしまったのか、つくづく考えさせられてしまいました。比較的自由だった大正デモクラシーの時代から戦争の時代まで、ほんの数年でした。戦前と同じような軍国主義がやってくるとは思いませんが、忖度と自己規制、それに他者への排除で息が詰まるような社会の雰囲気はこんな感じだったのかもしれません。権力者が国民に堂々と嘘をつくようになった、この数年の世の中の変わりようをどう考えたらよいのだろう。70年前とはまた違った形のファシズムの形成を今 我々は見ているのでしょうか。

戦争と記録 | 報道特集 : TBSテレビ

●既に我々の日常だって忖度と自己規制、それに他者への排除で変質してきています。


これだけ政治に希望が持てないのですから、せめて市井の我々が『忖度や自己規制、排除』の流れに抗しなければどうするんだ、という気がします。無知と憎悪の奔流に身を任せないのは他人の問題ではない、自分のプライドと知性の問題でしょう。
自民党の総裁選とか言ってますが、まったく興味ない。これが奴らの『手』かもしれません(笑)。





ということで、忖度や自己規制、他者への排除とは無縁な男の話です(笑)。恵比寿の写真美術館で映画『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す映画『返還交渉人 いつか、沖縄を』公式サイト

1972年に実現した沖縄返還交渉に携わった外務省の北米一課長、千葉一夫を描いた物語。沖縄返還に際し、千葉は沖縄からの核兵器撤去、沖縄の基地から米軍が自由に出撃することの禁止を求めて米国と執拗に交渉を重ねるが。昨年8月にNHKで放送されたドラマを再編集、映像を加えて映画化したもの。


昨年 元になったドラマを放送していたのは覚えているんですが、見逃してしまいました。アメリカとの沖縄返還交渉当時、外務省で「鬼の千葉なくして沖縄返還なし」とも称された主人公、北米一課長の千葉一夫氏のことは全然知りませんでしたが所詮は官僚だと思っていたので、わざわざ見る気は起きなかったのです(笑)。それに、所詮はTVドラマだし。

スペシャルドラマ「返還交渉人 -いつか、沖縄を取り戻す-」 | NHKドラマ


民主党政権時代、2010年の外務省の密約問題調査により、返還当時の外交資料がほぼ全て公開され、それにより対米交渉・対沖縄折衝の両面で千葉一夫という外交官が大きな役割を担ってきたことが初めて判ったそうです。ドラマはそれらの非公開資料や2005年に亡くなった千葉の遺族への取材から掘り起こしたものだそうです。
その千葉を井浦新が演じ、彼の妻は戸田菜穂、他に尾美としのり佐野史郎大杉漣石橋蓮司などが出演。音楽は『あまちゃん』の大友良英、ナレーションは『日本の盾のようになっている沖縄を早く解放する道はないのか』という言葉を寄せている仲代達矢、という布陣を見て、とりあえず見に行ってきました。それに今作とは監督は違いますが、NHKドラマの映画化、音楽が大友良英というとその街のこどもその違和感のなかで:その街のこども 劇場版 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)『Live! Love! Sing!生きて愛して歌うこと』神戸から三陸、そしてフクシマへ:映画『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)のような大傑作の前例もあります。
●この本が映画の原案だそうです。


ボクは井浦新という人にはかなり、注目しています。元パリコレのモデルだけあって、ルックスがカッコいい、それも大正時代などに居たモダンな日本人のかっこよさがあるだけではありません。ちゃらいTVドラマなどにも出てますが、若松孝二監督の『連合赤軍』で過激派を演じて自分自身が変わった、と言っている人ですから、映画で三島由紀夫を演じたり、先日見た『菊とギロチン傾く時代の中で:映画『菊とギロチン』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)アナーキスト役を演じたり、そういうことを表現したいのだろう、ということは良くわかっています。好漢、という言葉がふさわしい。
●カッコ良すぎるとは思いましたが、それでも、かなり実際の千葉一夫に似せた役作りをしていました。


この作品も『沖縄のことを分かってほしい』と言う明確な狙いで作られた作品です。悲惨だった沖縄線が終わったあと、米軍基地のために民間の土地が強制的に収容されたこと、それによって沖縄の人たちの日常生活に基地が今も大きな影響を与えていることが、最初から最後まで執拗に描写されます。ボクも沖縄の基地周辺で軍用機の爆音が日常的に響いているのに驚いたことがありますが、この映画ではそれだけでなく、嘉手納のB52が核兵器があると言われていた弾薬庫から150メートルのところに墜落したこと、重油タンクが漏れ出して日常使う井戸水に入り込んでいたりしたことや、もちろん米兵の犯罪と住民の抗議、それらの出来事が当時の記録映像も含めてはっきり描写されます。
●千葉はアメリカだけでなく、基地の撤収を求める沖縄の人たちとも向き合わなくてはなりません。外務省の千葉はある意味 沖縄の人たちにとって敵なんです。


そのような中、北米一課長の千葉は、『核兵器なし』、『本土並みベトナム戦争の出撃拠点にならないよう、事前協議なしに米軍には自由出撃させない)』、という条件で米国に対して返還交渉を進めます。米国はもちろん拒否することは分かってます。外務省のなかでも、それを面白く思わない人間も多い。しかし千葉は全く意に介しません。自分の言ってることは独立国として当たり前だし、何よりも沖縄の人たちの暮らしのことを思うからです。千葉は戦時中 海軍の通信士官として沖縄戦の通信を傍受した経験があったそうです。当時は大勢の人たちが死んでいくのをただ聞いていることしかできませんでした。孤立無援の千葉を、同じ留学帰りの妻が支えます。
●悩み続ける千葉を叱咤し、支え続ける妻を戸田菜穂が演じています。


交渉に際し、アメリカは自由に基地が使えなくなることに対する安全保障上の懸念を主張します。駐米大使など外務省の上層部もそうです。それに対して千葉は、沖縄の世論を無視したら基地が機能しなくなる、アメリカのためにもならない、と主張します。しかし交渉相手の国務省だけでなく、米軍、それに予算を気にする米議会のこともあります。千葉は『諦めたら負けだ』という信念だけで、孤立無援の交渉を続けます。朝、晩、プライベートを問わずに談判を続ける千葉のあまりのしつこさにアメリカ公使がノイローゼになるほどです。


一方 千葉は沖縄へ頻繁に足を運びます。いくら占領下の返還交渉とはいえ、北米課長が沖縄へ何度も出向くというのは異例ではないでしょうか。千葉は沖縄の人と濃密な付き合いを続け、徐々に彼らの心を開いていきます。しかし、一部の人が言うように基地を全面的になくすことは流石の千葉でも主張できない。千葉は葛藤に苦しみます。
●沖縄のトップ、屋良主席(左)と千葉は次第に肝胆相照らす仲になります。石橋蓮司、渋い!カッコいい!


千葉の熱心な交渉の結果、核抜き・本土並み(自由出撃の禁止)の沖縄復帰協定が調印されます(ただし、有事の際は核を持ち込む密約と費用負担の密約は存在)。更に千葉は基地の3割縮小、特に那覇港など中心市街地の返還を求めて交渉を続けます。しかし、そこで千葉は北米一課から外され、畑違いのモスクワ大使館へ異動させられてしまいます。
アメリカとの関係を優先させる駐米大使役(左)の故大杉連と北米局長役の尾身としのり売国大使は映画では仮名が使われていますが、実際は最高裁判事プロ野球コミッショナーを務めた下田武三ですね。


沖縄返還の陰でこんな人物がいたというのは驚きです。見ながらずっと、今だったら千葉一夫のような存在はあっさり抹殺されるだろう、とは思ってしまいました。千葉はモスクワ大使館に左遷させられますが、最終的には駐英大使にまでなります。こういう人物を完全にクビにせずに残しておいたのは、当時は官僚機構にもある程度の度量があったのかもしれません。
大事なのはそれだけでなく、昔はこういう人が居た、で終わらせずに、今 自分だったらどうするか、だと思います。この日本に彼のような存在が居たことは皆がもっと知っておいて良いことだし、この映画は『じゃあ、自分はどうする?』という課題を我々に突き付けています。
●組織の中で自分が何をできたのか、出来なかったのか、フェンスの前で千葉は悩みます。


実話を基にしている映画ですから仕方ないかもしれませんが、演出はやや平板だと思います。押しつけがましさはないんですが、沖縄のことを伝えようとする意図が先走っているからかもしれません。でも俳優陣の熱演は見る価値があります。悩み続ける千葉一夫を演じる井浦新はもちろんの事ながら、屋良主席役の石橋蓮司や北米局長を演じる佐野史郎なども皆 良かったと思います。千葉が屋良首席に離任の挨拶をする際に、『屋良首席が始めて笑った』というセリフがあったのですが、まさに彼らの立場を象徴しています。自分たちにできることは限界があるけれど、後の人につなげていけばいい。今回の大友良英の音楽は本業?のノイズ・ギターが炸裂していました(笑)。
●映画の最後にこの数字を突き付けられます。日本の米軍基地の沖縄の比率は復帰前の約6割から、現在は全体の7割にまで高まっています。



ボクが見に行った回は監督、出演者の舞台挨拶がありました。客席は9割がたが女性(笑)、開演1時間前に券を買ったときにはもう札止めになりかかっていた。
近くで見ると井浦新はスクリーンより遥かに綺麗な顔をしているのでびっくり、ちょっとD・ボウイに似ているとすら思いました。男とか女とか関係なく、きれいな顔の人間っているんだなー(笑)。
でも、それ以上に石橋蓮司のかっこよさが凄かった。ボクの席のすぐ近くを通って登壇したのですが、オーラがびんびん漂ってくるんですよ。迫力っていうんじゃなくて、ただ者じゃないという感じです。こんな人は初めて見ました。

●この日の舞台挨拶の様子を伝える記事 井浦新も黙礼、沖縄返還の裏側を描いた主演作の舞台挨拶で翁長知事を悼む - シネマトゥデイ

亡くなった翁長知事への黙礼から始まった舞台挨拶では、佐野史郎原発の話をしたり、沖縄が日本に帰ってきたことが良かったのかどうか悩みながら演じていたとか、石橋蓮司が『自分も沖縄返還の運動をやっていたが、「体制内」に千葉氏のような人が居たのは知らなかった』など興味深い話が満載でした。井浦氏以外もそういう人たちだったのね。「体制内」なんて言葉は何十年ぶりに聞きました(笑)。


ただ監督も出演者も共通して言っていたのは「結論はそれぞれだが、まず沖縄のことを知って、一人一人が考えて見てほしい。」ということ。客席には『友達を3人連れてきた』、『学校では沖縄返還なんて全く習わない』、『本当の敵はアメリカ人じゃなくて、同じ日本人だったんですね』という感想を述べる女子高生など、若い子も多かったです。
石橋蓮司が感想を述べた高校生に、こう言ってました。『ボクらはボクらなりに一生懸命やったけど、大したことはできなかった。だから、君たちのような若い子がこれから世の中を変えていくのが見たい。
この映画はそのきっかけになるような作品の一つであることは間違いありません。