特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

善意のシャワー:映画『52Hzのラブソング』と『勝手にふるえてろ』

明けましておめでとうございます。
毎度のことですが、盆と正月は人が少なくて、東京は一番良い季節です。街を歩いていても家にいても人の気配がしない。音がしない。普段もこんなに静かだったら自分の生活、性格も変わるかなーと思ってしまいます。


TVも耐えがたいものばかりで、ゆく年くる年と紅白を録画してPerfumeの出演部分だけ見たくらいです。渋谷の東急ホテルの上のステージとCGとの合成はどれくらいカネかけてるんだと思いました。


他の部分は全く見ないままカットしてしまったので知らなかったんですが、紅白で『暴力、差別、圧力、忖度はNHKの敵』ってコントをやったんですって? くだらないニュースばかり放送しているNHKの現状に、制作現場も怒ってるんでしょうね。ま、民放はNHKより もっと酷いですから、皆がTVなんか見なければいいんです。

●こいつもウルトラバカ




ということで、渋谷で映画『52Hzのラブソング映画『52Hzのラヴソング』12月16日(土)よりユーロスペース他にて全国順次公開

台北のバレンタインデー。生花店を営むシャオシンは朝から大忙しだが、自分は恋人はおらず独りぼっち。パン屋に勤める職人のシャオアンは、ダメミュージシャンと同棲している市役所勤めのレイレイに片思いしている。大忙しのシャオシンとシャオアンは配達中に事故を起こしてしまう。一方 レイレイは同棲相手に愛想をつかし別れを決意するが- - -


本当は違う映画を取り上げる予定でしたが、30日にみたこの映画が素晴らしすぎて、急いで感想を書きました。お正月らしい、誰が見ても楽しめる作品です
●全編がミュージカル仕立ての作品です。



監督は傑作の誉れ高い『海角七号/君想う、国境の南』、『セデック・バレ』で台湾で大ヒットを飛ばしたウェイ・ダーション。ボクはどちらも未見です。特に日本軍が台湾の原住民を虐殺した霧社事件をテーマにした『セデック・バレ』は見たかったのですが、前後編5時間と言うヴォリュームにはさすがに怖れを為してしまいました。今作は予告編を見ていい感じだなと思ったのと上映時間が2時間弱と敷居が低いので(笑)、年末に出かけた次第。


この映画の90%が歌です。それも台湾ポップス。歌に載せてストーリーが展開していきます。ちなみに題名の52Hzというのは孤独なクジラが出す鳴き声の周波数だそうです。登場人物の一人、パン職人のシャオアンは自分を孤独なクジラになぞらえています。
●花屋のシャオシンは恋人たちに花を届けていますが、自分は33歳にもなって独りぼっち

●パン職人のシャオアンはレイレイに報われない片思いを続けています。この人、眼鏡をはずすと超ハンサム(笑)

●市役所勤めのレイレイ(左)は借金だらけのダメミュージシャンのダーハー(右)と同棲しています。


最初は登場人物も音楽もファッションもあか抜けないところを感じて違和感を覚えました。だけど、音楽シーンの巧みな脚色に感心しているうちに違和感は消え去り、お話に夢中になりました。



音楽も流行のアレンジとかではなく、あか抜けない感じがします。しかし、聞いているとキャロル・キングのようなエバーグリーンな感じもあるし、楽曲は結構複雑だし、レベルが高い。


主な登場人物は台湾のミュージシャンだそうです。これも実に微妙なんです(笑)。素人にしてはうまいけど、ミュージカルに出てくるようなうまさでもない。と思っていたら、後半お話が盛り上がるにつれ歌や演奏もぐんぐん良くなっていきます。歌も演奏もアレンジもいい味出しているんです。マジで2回も泣いてしまいました。感想書きながら、サントラを聞いているのですが、そこでも泣いてしまった。この監督は本当に音楽のことをよくわかっているのかも。 
●このバンドは素晴らしい。ツボを押さえた演奏をしてました。


他は監督の前々作『海角7号』の出演者たちだそうです。ボクは見てないので、そこは判らなかったんですけど、俳優さんたちを実に愛情あふれる使い方をしています。出演時間が短くても、それぞれの登場人物一人一人が人生のストーリーを背負っているのが良くわかる。劇中 驚くようなスピーチをする台北市長役は実際の台北市長だそうです。日本の政治家より仕事ができるなーと思いました。
●唯一の日本人出演者、田中千絵


お話は素朴と言えば素朴なんですが、細かいところの演出がばっちりだから違和感がありません。登場人物たち、恋に恋する花屋の女の子も、かなわぬ恋に横恋慕するパン職人も、別れを決意した公務員の女の子も、バカでだらしなくて歌ばかり歌っているミュージシャンも、レズビアンカップルも、10代のカップルも、中年カップルも、老夫婦も全ての人が救われる
お気楽なミュージカルのように見えるこの作品は実に成熟した視点で世界を捉えています。世代も性別も超えていると言っても良い。そう言えば台湾は2017年に同性婚が合法化されました。日本より遥かに文化的に進んでいます。
レズビアンカップルも、中年カップルも、実に良い味を出していました。


志と愛情に溢れた見事な作品です。画面を見ていると善意のシャワーを浴びている気がしました。この映画を観た人は救われるような気がするかもしれません。


同じミュージカルものでも予算も音楽テクもだいぶ違いますが、『ラ・ラ・ランド』の100倍素晴らしいです。深くて寛容な人生観、音楽に対する愛情、要するにハートが違います。ボクは台湾のことは良く知りませんが、こんな映画を作る人たち、こんな映画を観るような人たちが大勢居るのなら、落ち目の経済だけでなく文化の面でも、日本は完全に抜かれてしまっています。
この作品のDVDが出たら何度でも見たい。辛いときや疲れたとき、この映画の善意のシャワーを画面から浴びたいです。


その次に見たのが 映画『勝手にふるえてろ映画『勝手にふるえてろ』公式サイト

中学時代から同級生に延々と片思いしてきたOL、ヨシカは妄想のあまり、同級生を現実の彼氏だと思いこんでいた。ところがある日 職場の同期(渡辺大知)が突然告白してきた。喜びと混乱の中で彼女は暴走を始める---



芥川賞作家の綿矢りさの恋愛小説を大九明子監督が実写映画化。予告編を見てウンザリしてスルー予定でしたが、東京国際映画祭で観客賞を受賞。公開されてからも評価が高いので見に行ってみました。客席は満員でした。

主演は松岡茉優。『あまちゃん』で初めて知ったこの人、庶民的なルックスですが演技力もあるし、可愛いらしいですよね。二十歳を過ぎても同級生を王子様のように延々思い続け、他人に触れれば毒のある本音を吐き出す不器用なヒロイン役はぴったりです。意外にも初主演作だそうです。
●主人公は中学時代の同級生を王子様のような恋人と思いこんで、安定の妄想生活を続けています。

経理課で事務を担当している主人公は現実にウンザリ。庶民的なルックスの松岡は事務服が凄く似合います。友人役のの石橋杏奈(右)も友人役を好演してました。


そもそも10代や20代前半なんてイタいもんです。ボクなんか恥ずかしいことだらけで思いだすどころか、考えたくもない。その年代はボクの人生にはなかったことになってます(笑)。
この映画では延々、そのイタい描写が続きます。主人公はわざとひねくれて、バカで自分勝手。おまけにヒロインに告白する職場の同期の男(ロックバンド、黒猫チェルシー渡辺大和)もウルトラバカ。見ていて堪忍袋の緒が何度も切れます(笑)。見ていて今の時代 男って女性より遥かに意識が遅れてるなあ と改めて思いました。女性はそんなものに合わせることなんかないんです。
●ある日 主人公に同期のバカ男(渡辺大地)が告白してきます。突然 現実に直面した主人公は戸惑うばかり。


それなりに面白いんだけど、見ていて、多少イライラもする。前野朋哉古舘寛治片桐はいりなど、わざと芸達者な俳優とぶつけるところもイライラする。コメディではあるんですけど、満員の客席からはあまり笑いが出ません。ボクはゲラゲラ笑ってたので不思議でした。自分で自分を笑えないと、この映画、笑えないところはあるかも。



イライラしつつも、途中で席を立たないでいられたのは松岡茉優が演じているからです。当人も実際の自分に近いと言ってましたけど、この映画での松岡の熱演はイタさをイタ可愛いに変えています。毒を中和しています。アップも長台詞もちゃんとしてる。
●こういう役は似合ってます。この人、コメディエンヌとしては先が楽しみじゃないでしょうか。



暴走を始めた主人公は止まりません。自分で自分を追いつめ続けて、どんどん自滅の方向へ走っていく。妄想の中から現実に触れ、愕然として、また妄想に戻る(笑)。挙句の果てに、未だまともに男と付き合ったこともないのに、妊娠したと偽ってアパートに籠城を始めます(笑)。
●妄想が講じた主人公は偽名を使って、中学時代の同級生、妄想の中の王子さま(北村匠海、左)を呼び出します。そこにバカ同期(渡辺大地 右)がへばりついてくる(笑)。


しかし、ラストシーンが素晴らしい。ぎりぎりのところで現実と初めて向き合った彼女は、とうとう自分を乗り越えて見せます。あくまでもかっこ悪く、ジタバタと自分で築いたバリアを乗り越えて見せる。だからこそ、観客は自分も『勝手に震えている』ことが判るんです。


表現は戯画的なところもありますけど、泣き、喚き、罵る松岡の熱演が作品を説得力のあるものにしています。面白いです。