特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

心のドアを開くお話:映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』と『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』

そろそろ5月も終わりです。今年ももう、半分です。
う〜ん、時間が過ぎるのは早いですねー。楽しい週末が過ぎるのが早いのも困りものです。
今朝も北朝鮮のバカがミサイルを撃ってましたけど、昔の日本も世界からあんな風に見られてたんでしょうか(笑)。北朝鮮を厳しく非難する安倍晋三が、役所へのチェックが効かない秘密保護法や共謀罪などを作って、北朝鮮のような国づくりを目指しているというのも皮肉なものだと思います。近親憎悪ですかね(笑)。

●それでももう、紫陽花の季節



今回の映画はどちらも、閉じた心のドアを開けようとすることをテーマにしたお話です。しかも、どちらも傑作。今年のベスト10には必ず入るような名作です。


まず、銀座で映画『マンチェスター・バイ・ザ・シーマンチェスター・バイ・ザ・シー

ボストンでアパートの修理などの便利屋をしているリー(ケイシー・アフレック)は、誰とも打ち解けず、一人 心を閉ざして暮らしている。兄であるジョー(カイル・チャンドラー)の急死をきっかけに故郷マンチェスター・バイ・ザ・シーに戻ってきた彼は、遺言で16歳になる甥のパトリックの後見人を仕方なく引き受けることになる。甥の面倒を見るために故郷の町に留まるうちに、心を閉ざすことになった過去の悲劇と向き合うことになる……。
●主人公(ケイシ―・アフレック)はボストンの街で便利屋をしながら、孤独に暮らしています。いつも俯いて。

マット・デイモンがプロデューサー、主演はベン・アフレックの弟のケイシー・アフレック。監督は『ギャング・オブ・ニューヨーク』などの脚本を担当してきたケネス・ロナーガン。共演には『ブルーバレンタイン』などのミシェル・ウィリアムズ、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』などのカイル・チャンドラーなど。今年のアカデミー主演男優賞、脚本賞を取った作品です。
●兄(カイル・チャンドラー)だけが孤独な主人公を気にかけています。

●兄の遺言で主人公は甥の後見人を引き受けざるを得なくなります


心を閉ざした男の物語、というと、ボクには他人事とは思えません(笑)。人付き合いが嫌いだし、世間話も嫌い、かといって山の中に独りでこもって暮らすだけの財力も気力もないから、とりあえず心を閉ざして毎日をやり過ごしている(笑)。この映画の主人公のリーもそういう感じです。ただ、こっちはビールを飲んでスポーツ中継を見てるだけ、とか、酒場でやたらと喧嘩するというところは共感できませんでした。リーはやろうと思えば周りの人と世間話をすることもできるし。言わせてもらえば、彼の方がボクよりまだ、社会性がある(笑)。
というようなことを思わせるくらい、ケイシー・アフレックの演技は見事です。孤独でエキセントリックな人間を、演じるというより、リアルに作り出している
●凍るように寒いメイン州の冬の光景が印象に残ります。


元妻役にミシェル・ウィリアムズを持ってきたのも適役です。倦怠期の夫婦を演じたら、この人 日本一(嘘)じゃないでしょうか。今回の無神経妻ぶりも素晴らしい。甥っ子はいわゆるリア充の高校生、女の子とセックスすることしか考えてない、主人公とは真逆の存在ですが、彼だけが主人公とまともに会話できるというのも面白い。
●(男から見ると)神経を逆なでするような嫌な女役も天下一品のミシェル・ウィリアムス

               
俳優陣の演技だけでなく、この映画はとにかく脚本が素晴らしい。基本的にはダメなものはダメなんです(笑)。絆だのなんだの、いくら きれいごとを言ったって人間は所詮分かり合えないものだと思います(分かり合えないからこそ、話し合いとか政治とか文化などのツールでお互いを調整しようとする)。人生には安易な救済なんかありません。深い心の傷には必ず理由があります。結局 自分を救えるものは自分しかいません。だけど、人生はそれだけじゃない。わずか数センチだけ、心のドアが開くことがある。人生は○か×で決めてしまえるほど単純なものではない。


傷ついた人の気持ちに寄り添うような見事な脚本と俳優さんの演技、それにクールな音楽が作り出す静謐な空間。肌を突き刺すかのように寒く、閑散としたアメリ東海岸の光景。今年のベスト10には間違いなく入る、何年かに1回の映画であることは間違いありません。アカデミー作品賞のラ・ラ・ランド』が子供向けに見えてくるような作品です。心に訴えるものが遥かに違いました。





もうひとつは、新宿で映画『皆はこう呼んだ 鋼鉄ジーグ映画『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』公式サイト

経済が低迷し、テロが頻発するローマ郊外。荒廃した街でコソ泥をしながら孤独な暮らしを続けるエンツォ(クラウディオ・サンタマリア)は、コソ泥をして逃げる途中 汚染物資を吸入したことで人知を超えた力を手に入れる。ある日、エンツォが慕っていたオヤジ的存在、セルジョが麻薬取引のトラブルで殺害されてしまう。セルジョの娘のアレッシアは心を病んでいて、エンツォを自分が大好きな日本製アニメ「鋼鉄ジーグ」の主人公と思い込む。やがてローマのギャングたちとナポリのカモッラとの抗争が始まり、二人にサイコな殺人鬼ジンガロ(ルカ・マリネッリ)の脅威が迫ってくる……。


風変わりな邦題は原題そのままです。タイトルロールにも日本語でそのまま表示されますから文句のつけようがありません。この鋼鉄ジーグというのは70年代の日本のアニメだそうです。ボクは全く見たことがありません。全然知らない。この永井豪原作の作品が、イタリアではかって大ヒットしたそうです。フランスでは永井豪の『UFOロボ グレンダイザー』というアニメが国民的な作品だそうですが、日本のアニメって凄いんですね。

鋼鉄ジーグ VOL.1 [DVD]

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といっても、この映画、際物じゃありません。2016年 イタリアのアカデミー賞と呼ばれるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で史上最多の16部門ノミネート、主演男優賞、主演女優賞、助演男優賞助演女優賞、新人監督賞、プロデューサー賞、編集賞とこれまた最多の7部門を受賞したという作品、イタリア映画の年間興収5位と言う大ヒット作です。
●左から主人公、ヒロインのアレッシア、殺し屋のジンガロ


マニアックな受け狙いの作品じゃありません。斜に構えたり、冷笑したりするような態度はみじんもない。一言でいうとガチな作品、驚くくらい本気な作品、ハードボイルドというか、ごつごつしたダークな肌触りがこの作品の感触です。


荒廃したローマ郊外には容赦ない暴力と貧困があふれています。その中で暮らす主人公は、汚い中年オヤジです。たるんだ身体、無精ひげ、コソ泥などで小銭を稼ぐ他は、小汚い部屋で一人、ビールを飲むか、ヨーグルトを食べながら、エロDVDを見るしか能がない。見ていて、すごーく嫌な感じです。イタリア映画でボクが楽しみにしている、おしゃれさとかセンスの良さの欠片もない。途中で見るのやめようかと思った(笑)。いや、そうじゃなくて(笑)、ベネチア映画祭でグランプリを獲ったローマ環状線 めぐりゆく人生たち』で描かれたローマ郊外の荒廃した街の光景が描かれています。我々がイタリアと聞いてイメージするものとはまた違う、もう一つのイタリアがここにあります。さっぱり判らなかったあのドキュメンタリーで描かれていたことが、この作品を見て初めて理解できた。

●主人公と心を病んだアレッシア。彼女は昔のアニメ『鋼鉄ジーグ』に夢中です

     

ふとしたことから人間離れした怪力と回復力を手に入れた主人公ですが、ATM泥棒や現金輸送車強奪などロクなことをしません。貧困地域に生まれ、食うや食わずで生きてきた主人公は、自分の私利私欲を満たすことしか考えたことがないんです。
アパートの階下に住む、主人公が慕っていたコソ泥の先輩、セルジョには精神を病んだ娘、アレッシアが居ます。麻薬取引のトラブルでセルジョが殺されたあと 施設を脱走して主人公の家に押しかけてきた彼女はいつも『鋼鉄ジーグ』のDVDを見ています。過酷な暮らしの中で心を病んでしまった彼女には現実とアニメの区別がつきません。ギャングにさらわれそうになったアレッシアを救ってくれた主人公を、彼女はアニメの主人公と思い込みます。彼女のセリフには鋼鉄ジーグの登場人物の名前がやたらと出てきます。映画を見る前にwikiで見ておいてよかった(笑)。


この、彼女が心を病んでいるというのがポイントです。確かに彼女はおかしいかもしれないが、純粋なんです。そんな純粋な心に触れた主人公は徐々に感化されていきます。フェリーニの大名作「」のようです。

道 Blu-ray

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物語が進むにつれて、汚いオヤジだと思っていた主人公の表情がどんどん変わっていきます。アレッシアと触れ合うことで、孤独な心はだんだんと開かれていきます。最後の方は主人公はまるで別人のように見える。人間って表情だけで、これだけ変わるんですね。マジでカッコいい!名演です。

心を病んだアレッシアが時々見せる美しい表情には驚かされます。最初の彼女の姿は怖いくらい往っちゃってた。これで話が成り立つわけはないと思ってたくらいです。ところが全然そんなことはない。主演の二人は驚くべき演技をしています。思い出すだけで泣いちゃうような演技。暴力と苦さと孤独の中で生まれたのが、心と心が触れ合う超美しいラブ・ストーリーです。主演男優賞、主演女優賞は当然。俳優さんの演技で心を動かされた度合は今まで見た映画の中でもトップクラスかも。
●主人公もアレッシア役、どちらも名演です。


サイコな敵役のジンガロを演じる俳優(ルカ・マリネッリ)はアカデミー賞を獲った『グレート・ビューティ』に出てたそうですが、全然わかんないよ!(笑)。カラオケ好きで狡猾で残虐。YouTuberで自己顕示欲の塊というキャラクターもこれは忘れがたい。これまた名演です。この映画は助演男優賞助演女優賞(カモッラ=マフィアの女幹部)までとってるんです。この映画での俳優さんたちがどれだけ迫真の演技なのか、判りますでしょう。
●カラオケマイクを放さない殺人鬼。キャラが立ちまくりの快演です。


アニメをモチーフにした冗談のようなお話ですが、俳優さんたちの名演、それに背景に描かれるカモッラ(マフィア)の凄さとか現代のイタリアを取りまく環境(貧困やテロリスト、ファシストの跋扈)も映画を説得力あるものにしています。アンビエントっぽい音楽の使われ方もセンス良くて、クールで緊張感ある環境を作り出しています。


これが長編初作品だという監督はインタビューで、この映画を『魂の物語だ』と答えています。その通りです。テロ、不景気、嘘ばかりの政治家にインチキな役人たち、ポピュリズムに走るバカ国民。こんな世の中で、魂なんてどこにあるのでしょう。だからこそ人間の魂を描かなくてはならないという使命感がこの映画にはあるように見えます。溢れるようなエネルギーに満ちたこの作品は陳腐になりかねないテーマに真正面からぶつかって、説得力あるものとして描くことに成功しています。それでいて押しつけがましくない。大したもんです。


大仰な言い方は好きじゃないですが、この風変わりな作品は魂の物語でもあり、真実の愛を描いた物語でもあります。それ以上に、ボクはこの映画の真っ直ぐな思いが好きです。コロシアムの上で演じられるエンディングもカッコいい。笑えるけど笑えないかっこよさ。さらにエンドロールでは主役のクラウディオ・サンタマリアが歌うイタリア語の『鋼鉄ジーグ』の主題歌が流れます(笑)。勿論アレンジは今風になっていて、ちゃんとしたポップスになっていますが、歌詞はそのまんまです。どこまでもどこまでもガチな、本気の作品です。映画でも人生でも突き抜けているからこそ見えてくるものってある。これまた今年のベストには必ず入るであろう、恐るべき傑作です。