特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

RBGの逝去と映画『シチリアーノ 裏切りの美学』

 楽しい楽しい4連休です。流石に4日休みがあるといろんなことができる。気持ちもゆったりします。4連休が1年中続けばいいのにって、それじゃあ、4連休じゃありませんね(笑)。

 町にはだいぶ人が戻りましたし、映画館もフルで客席を埋めるようになりました。経営上は仕方ないでしょうけど、今までの間隔をあけた快適さに馴れてしまったので、気持ち的には勘弁してほしい。人ごみは本当に嫌いです。
●休日の散歩道。人が大勢いるところになんか行きたくない。



 個人的に大ショックだったのは、先週末の米最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグさん(RBG)の逝去です。87歳。いくつものガンを抱えていたのは判っていたけれど、残念でなりません。
www.huffingtonpost.jp

 1昨年 この人をテーマにした映画2本が公開されて、詳しく事績を知りましたが、50年代から今までずっと男女平等の理念のために戦い続けた実に偉い人です。
 女性の社会進出だけでなく、基本的な人権、例えば60年代は女性名義でクレジットカードが作れなかったなんて全く知らなかった。ギンズバーグさんは生涯をかけて、世の中の不条理に対して頭を使いながら戦い続け、ひっくり返してきた。

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 くだらないですが、映画でこの人が80を超えてもプランク体幹を鍛える体操)を続けているのを見て、ボクも毎朝始めたくらい影響を受けました(笑)。おかげで腹筋割れましたよ。

www.businessinsider.jp

 先月みた傑作コメディ映画『ブックスマート』でも主人公の高校3年生の女の子はRBGを崇拝しているという設定でしたが、若い人にまで慕われている彼女の死は影響が大きい。それに亡くなった時期も厳しい。トランプとかペンスとかああいうカス連中がどうして●なないんだよ。
 アメリカの最高裁判事って日本の我々の生活にも影響がありますからね。台湾での同性婚の合法化が良い例で、世界中の物事の考え方、常識はアメリカの最高裁判決にずいぶん左右されているからです。RBGのような人のお陰で今の我々がある。

 それでも我々は戦い続けるしかありません。絶望的な状況でも諦めなかったRBGの100万分の1でも見習って。RIP


 ということで、新宿で映画『シチリアーノ 裏切りの美学
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siciliano-movie.com

 舞台は1980年代初頭のイタリア、シチリア島。麻薬取引を巡ってコーザ・ノストラ(名誉ある男たち)と呼ばれるマフィア間の争いが激しさを増していた。パレルモ派の大物であるブシェッタは対立するコルレオーネ派との仲裁を試みたが失敗、ブラジルに逃走した。
 パレルモ派の面々や祖国に残されたブシェッタの前妻の子供などは新興のコルレオーネ派に殺されていき、ブシェッタもブラジル当局に逮捕されてイタリアに強制送還される。帰国したブシェッタにマフィアの撲滅を目指すファルコーネ判事が協力を依頼する。
 自分の命の危険すら顧みないファルコ―ネ判事の取り調べを受けるうちに、組織のことは一切喋らないという鉄の掟を破り、ブシェッタは重い口を開いていく。


 監督はイタリア最後の巨匠とも呼ばれる81歳のマルコ・ベロッキオ。本作では2019年カンヌ国際映画祭コンペティション部門や米アカデミー賞国際長編映画賞のイタリア代表に選出、イタリアのアカデミー賞と呼ばれるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で監督賞、作品賞、主演男優賞など6部門を受賞しています。

 このダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞を獲った作品は、世界12か国でリメイクされ、日本でも東山紀之鈴木保奈美常盤貴子などが出演して来年1月に公開される『おとなの事情』や昨年の『愛と銃弾』、それに『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』など名作ぞろい。この映画は日経の映画評でも5つ星でした。

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 原題はIl traditore。伝統を守る男、という感じでしょうか。80年代からシチリアコーザ・ノストラの猛威と壊滅に至るまでの実話を描いた作品です。

 ブシェッタは今まで秘密に包まれていたコーザ・ノストラの内情を始めて証言した男。
 彼の証言によって、地元社会どころか、政界トップにまで結びついた治外法権のマフィア、コーザ・ノストラの壊滅に至るまでの物語はイタリアでは誰でも知っている超有名な話で、日本でも経緯は時折報道されました。

 他人事ながら、当時のボクは裁判官や警察を殺すこともいとわないマフィアを潰すのはムリだと思っていました。だが、勝ったのは市民の力だった。
 これは驚きでした。もちろん今でもマフィアとの関係が噂される元首相のベルルスコーニみたいな奴もいるし、現実にナポリのカモッラなど、世の中を牛耳るイタリアの裏社会の力は歴然としてあるのでしょうけど、マフィアの味方をしていたシチリアの市民までが立ち上がり、組織を壊滅に追い込んだ。


 日本人には馴染みにくいところはあるけれど、ボクは薄れかけた記憶をたどりながら楽しみました。でも語り口がうまいから大丈夫です。実に面白い。
 

 映画はコーザ・ノストラの面々が集まった各派の手打ちのためのパーティーのシーンから始まります。これが何とも印象的なシーンです。
●白いジャケットを着ているひげ男がブシェッタ(ピエルフランチェスコ・ファビーノ)。右が奥さん(マリア・フェルナンダ・カンディド)

 イスラムの雰囲気が混じったシチリアの豪奢な建物の中で、お洒落だけど怖そうな面々と超美しい女たちがパーティをやっている。豪華さと優雅さ、それに緊張感が入り混じった光景です。殆どヴィスコンティみたいです。これだけで、この映画に惹かれてしまいました。
●パーティーの出席者が集まって記念写真。映画が進むにつれ、どんどん死んでいきます。

 
 主人公のブシェッタを巡る様々な人間関係が活写されたパーティがどうなったか、多くは語られません。

 しかしパーティーのあと、ブシェッタはブラジルに逃亡、シチリアではギャングの抗争が始まります。マジでこの人たち、怖い。映画では人数をカウントされているのですが、連中は眉毛一つ動かさずに、バンバン、人を殺していきます。
●3人目の奥さんと家族でブラジルで幸せに暮らすブシェッタでしたが

 ブシェッタもその一員だったシチリア派と新興のコルレオーネ派の抗争です。妻の実家があるブラジルに逃れているブシェッタの近辺にも抗争の知らせが舞い込んでくる。戻ってきて、お前も戦えと言うのです。そのブシェッタをブラジル当局が逮捕します。

 コーザ・ノストラの暴力もきっついけど、ブラジル当局の拷問もマジですごいです。組織の内情を話させるためには手段を択ばない。

 ブシェッタ本人に対する拷問、暴力は勿論、海の上を飛ぶヘリコプターの搭乗口から、堅気であるブシェッタの奥さんの足首を掴んで逆さづりにする(笑)。ビックリしました。
 それでもブシェッタは口を割りません。この世の中にはマフィアは存在しない。彼らには組織のことは死ぬまで喋らない、という鉄の掟があるからです。
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 やがてブシェッタはイタリアへ強制送還される。
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 イタリアでブシェッタを取り調べることになったのはマフィア壊滅作戦を指揮するファルコ―ニ判事です。

 イタリアの現代史を象徴する、この人は超有名です。
●ファルコ―二判事(左)の取り調べを受けるブシェッタ

 マフィア(コーザ・ノストラ)の猛威には、警察ですら取り締まりを躊躇していました。警官どころか、裁判官まで平気で殺されるからです。しかもコーザ・ノストラは中央政界とつながっている。
 それでもファルコ―二判事は妥協せず、マフィアと戦うことを心に誓っています。勿論 死は覚悟している。そんなファルコ―二判事に、ブシェッタは次第に口を開いていきます。人間の力に人間が応えた。


 そもそも、シチリアコーザ・ノストラはWW2で米軍が上陸の際 彼らを利用したことから力を得ました。
 それでも当初は麻薬は扱わない、堅気には手を掛けない、などの仁義があった。ところがヘロインが流入し、扱う金の金額が大きくなるにつれ仁義は失われ、単なる犯罪組織に成り下がった。
シチリアに残してきた前妻との間に出来たブシェッタの息子もマフィアに殺されます。

 奇しくも70年代末にかけて従来の産業資本主義が限界を迎え、金融資本主義へ向かった頃です。マフィア業界も同じだったのかもしれません。そんな現状に嫌気がさしていた昔気質のブシェッタは鉄の掟を破り、組織の内情を証言していきます。



 ギャングの面々の裁判がすごいです。特設の法廷に鉄格子を設けマフィアの面々はそこから証言します。裁判官の前でもタバコは吸うし、バクチはやってるし、罵声を浴びせる。超お洒落な伊達者もいるし、乞食みたいな恰好をしている奴もいる。殆どコメディみたいです。

 その前でブシェッタは証言していく。罵声や脅迫に耐え、反対の証言を論破していく。並大抵の神経・頭脳・精神では耐えられません。
●ブシェッタは法廷の分厚い防弾ガラスに囲まれた証言台の中で証言を続けます。
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 焦るコーザ・ノストラは強硬手段に出ます。92年、厳重に護衛されたファルコ―二判事一家の乗る車を500キロのTNT火薬で高速道路ごと吹き飛ばします。いやあ。
●実際の暗殺現場。要するに護衛も周囲の車も全部まとめて吹き飛ばした。
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 判事の死で喜ぶコーザ・ノストラの面々の描写も不謹慎ですが、すっごくおもしろかった。シャンパンを空けて、皆で乾杯!(笑)。彼らの無邪気な笑顔は正直楽しかった(笑)。ギャグでもなんでもなく、本気でお祝いしてるんですから。

 しかし、流石にこれはイタリア国民の怒りを買います。
●当時の映像。
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 マフィアの脅しにも屈せず、人々は判事の死に抗議します。シチリアの空港には判事の名前が付けられた程です。

 世論に後押しされて、裁判は進んでいく。ギャングたちにも次々と有罪の判決が下っていく。
www.afpbb.com


 ここで、ブシェッタは重大な証言をします。ベルルスコーニが登場するまでイタリアで最長期間 7回も首相を務めたアンドレオッティも政敵を暗殺するのにコーザ・ノストラと結びついていた、というのです。日本でいえば佐藤栄作と比較されるような人物がマフィアとグルだった。
●政界の大立者、イタリアの暗部を代表するアンドレオッティのあだ名は『魔王』

 ファルコ―二判事の暗殺もアンドレオッティ元首相が糸を引いていたということで訴追されますが、なぜか時効扱いされ、アンドレオッティだけは有罪には持ち込めませんでした。
●イタリア映画の常で、洋服も見ていて楽しかった。高級洋服店でオーダーしたスーツで出廷するのです。

 一方 証言をしたブシェッタはもう、イタリアにはいられません。証人保護プログラムでアメリカの片田舎に隠れ住むことになります。
 しかし、彼はシチリア人。アメリカに多いイタリア人コミュニティとも隔絶され、故郷のジェラートを食べたいと願いながら家族とともに余生を送り、病で2000年に亡くなります。
●ブラジル人の奥さんは超美しかった。動く彫刻みたい。


 近現代史を描いたお話ですが、まるで重厚且つ豪華絢爛な歴史絵巻のようです。
●マフィアの証言を再現するだけだって、当時はできなかった筈。

 シチリアって、お洒落だったり知的だったりするイタリアとは、ずいぶん違うと思いました。映画の中でコーザ・ノストラのメンバーが証言する際、裁判官が彼らの方言は全く判らない、と嘆くシーンがありますが、言葉からして全然違う。
 それに主人公のブシェッタだけでなく、その家族、更にコーザ・ノストラの面々も、判事も、とにかく人間が濃い。それが胸焼けしないような、適度な描写で描かれています。暴力シーンも元来はすごいはずなんですが、直視できる程度に描かれている。

 超豪華なセットだったり、超美人だったり、美しいシチリアの光景だったり、画面も美しい。後半に描かれるアメリカの光景が実に薄っぺらく見える。
 愛しいシチリアを離れた後、ブラジルで、イタリアの法廷で、そしてアメリカで、ブシェッタは何を考え、何を思ったのか。観客は一人の人間の人生を共にたどっていきます。
 正統派ですが、人間の存在そのものを考えさせられる、非常に面白い映画でした。

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