特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

終活の季節:映画『アイリッシュマン』

 今年もあと2週間となりました。毎度言われることですが、早いですねえ。
 ボク自身はもう一回 宴会・会食があるし、年末ぎりぎりまで忙しいです。それでも定年まで指折り数えられるような年代になってきましたから、何とか我慢しています(笑)。
 ボクは20代の頃から『早く定年にならないかなあ』と言うのが口癖でした。今もそうです。『早く定年にならないかなあ。
●丸の内のイルミネーション


 NHKのドラマ『いだてん』が終わりました。
www.nhk.or.jp

 大河ドラマを1年間、ちゃんと見たのは生まれて初めてでした(笑)。毎週約40分のドラマ、しかも大嫌いなスポーツがテーマのドラマを見るというのは時間的にも辛かったけど、なんだかんだ言って、非常に面白かったです。
 低視聴率とかいうけど、わかんない奴は相手にする必要なし。見る側にそれなりに教養が要求されるドラマでしたし、それでなくとも日本人のレベルは落ちてるんだし。作品の質を下に合わせる必要はありません。
mantan-web.jp

 特に阿部サダヲが主役になって以降は、ほぼ2週に1回は号泣させられるシーンがありました。昨日の最終回もオリンピック入場式と学徒動員のシーンを被せたところなんか、もう泣くしかありません。
 国のためでもなく、郷土のためでもなく、自分のために目いっぱい生きた人たちのドラマ。『今の日本は世界に見せたい日本か?』というセリフが典型ですが、完全に今のオリンピックへのアンチテーゼじゃないですか。これを今のNHKで1年間やったのはすごいと思う。
●小松勝君とは劇中 学徒動員で満州に駆り出されて妻と子供を残して死んだ、元オリンピック候補選手の名前です。


 エンディングで1年間の登場人物の名前が流れましたが、それこそ誰もが愛おしく感じられました。そんなドラマってなかなかないでしょう。出演者も有名どころから、新進の俳優さんまで、ボクがいいなと思う人がそれこそ、オールスター状態でした。昨日は群衆役で蛭子さんまで出てたし(笑)。
 音楽もカッコよかったし、これからも井上剛監督の作品は追いかけていこうと思いました。今は見直す暇なんかないけど、定年後に備えてDVDが出たら買っておこう(笑)。


 もう一つ、女優のアンナ・カリーナさんが79歳で亡くなりました。
www.asahi.com

 世の中には色々な女優さんがいますけど、ボクはゴダールの『気狂いピエロ』に出演した時のこの人が最も美しい、と思っています。あどけない少女のようでもあるし、破滅に向けて突っ走る中で時には老成した表情も見せる。何よりも吸い込まれるような眼。

ジャン・ポール・ベルモンド

気狂いピエロ [Blu-ray]

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●これもサイコ―です。彼女たちがルーブル美術館の中を疾走します。
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 今夏もこの人の幻の作品と言われた『アンナ』↓を見に行ったくらい、この人のことは好きでした。時代もどんどん過ぎていく。
●映画自体はくだらなかった。セルジュ・ゲンズブールも感じ悪~い。


ということで、渋谷で映画『アイリッシュ・マン
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www.netflix.com
 元退役軍人で今はトラック運転手のフランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)は、ふとしたことからマフィアの大ボス、ラッセル・バファリーノ(ジョー・ペシ)と知り合う。ラッセルに気に入られたフランクは彼の依頼で殺しを請け負うようになる。やがて彼はラッセルから、マフィアとつながっている全米トラック運転手組合(チームスターズ)の委員長のジミー・ホッファ(アル・パチーノ)を紹介される。チームスターは大勢の組合員と莫大な年金資金で大統領の次に権力があると言われていた。フランクはジミーにも気に入られ、その右腕に上り詰める。一方 司法長官のケネディはジミーを陥れようと懸命に捜査を進めていくが。

 マーティン・スコセッシ監督の新作です。評判も高く、早くもアカデミー作品賞候補と言われています。ロバート・デ・ニーロアル・パチーノジョー・ペシらなど今までスコセッシ作品に出ていた豪華俳優陣が出演し、ネットフリックスが約150億円という莫大な資金を出資したという作品。音楽も元ザ・バンドのロビー・ロバートソンとこれまたすごい。

 しかしネットフリックスなので、ネット配信がメインです。ボクはネットフリックスなんか入っていないので、東京ではここだけで上映されている小劇場、アップリンクで見てきた次第。
●主演の殺し屋フランク役のデニーロ(右)とジミー・ホッファ役のアル・パチーノ(中央)

 まず、前提になるアメリカの現代史。
 この映画は全米最大の労組と言われた全米トラック運転手組合(チームスターズ)の委員長、ジミー・ホッファの死の謎を描いたものです。
 組合員の数と莫大な年金基金、それにマフィアとの繋がりから、ジミー・ホッファは大統領の次に権力がある男と称されていたそうです。ところが1975年に失踪、その後 死亡認定されたものの、その死は今もなお謎に包まれています。

 2004年にジミー・ホッファの側近だったフランク・シーランが自分が殺したと証言していたことがシーランの告白本で伝えられました。それを元に作られたのがこの映画です。と、同時にケネディの死の謎など現代のアメリカ裏面史をなぞるものにもなっています。
アル・パチーノ演じるホッファ(右)は政府にも企業にも狙われています。度重なる法廷闘争にも全く臆しません。

 一言で言って非常に濃~い映画。当然のことながら登場人物はイタリア系のこわーい顔をした人間ばかり。義理と人情と暴力と権力闘争が3時間30分に渡って描かれます。
●失業したトラック運転手だったフランク(ロバート・デニーロ)(右)は、マフィアの親分、ラッセル(ジョー・ペシ)(左)に気に入られ、殺し屋家業を始めます。

 しかし語り口はコメディタッチになっていて、全然飽きないし、面白い。結構笑えます。それに出てくる人物がデニーロに、アル・パチーノに、ジョー・ペシですから、芸達者な彼らの表情を見ているうちに見ている側も感情移入させられます。敵には全く容赦ないし、裏切り者には残酷な粛清をしますが、仲間内に対しては義理と人情に非常に厚いんです。
●マフィアの面々は子供や女性には優しい。表面上は。

 個人的にはボクが尊敬してやまないEストリートバンドのギタリスト、スティーブ・ヴァン・ザントがマフィアの幹部役で出演していて、結構出番が多かったのはうれしかったです。

 彼は以前も大ヒットしたTVドラマ『ソプラノ』でもマフィア役をやってたんですが、今回もまるっきりそのまんま(笑)。


 荷物をちょろまかしたことで会社から訴えられたフランクはマフィアの大ボスに気に入られ、ヒットマン稼業に転向します。ヒットマンと言っても、まるでサラリーマンのように朝 家を出ていき、ターゲットを平然と殺し、銃と死体を始末し、また平然と帰ってくる。その繰り返しです。フランクは生涯25人以上を殺したと言います。
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 しかし、フランクも殺し屋家業に物足りなくなってきます。そこでマフィアのボスは懇意の組合委員長、ジミー・ホッファを紹介します。労働者にとっては待遇を改善してくれる不屈の活動家であり、裏でマフィアともつながっていたジミー・ホッファには身辺を警護する者が必要だったのです。
●フランクとホッファには深い心理的な絆がはぐくまれていきますが。
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 日本も同様だったと思いますが、昔はアメリカの経営者はギャングを使ったスト破りや暴行などを行って組合活動を弾圧していました。当然のことながら組合側も武力、暴力で対抗せざるを得ない。段々と組合の側もマフィアとつながりが出来てくる。組合と言ってもきれいごとではありません。
●スコセッシはじめ、出演者の面々。本物のマフィアにしか見えません(笑)

 当時はマフィアが運営するカジノやホテルに金を貸す銀行はなかったそうです。そこでホッファは莫大な組合の資金をマフィアに貸し付け、繋がりが出来ていく。そのことでホッファは絶大な権力をふるうようになります。やがてホッファはマフィアの言うことも聞かなくなる。


 それに目を付けたのはケネディ司法長官です(大統領の弟)。なんとかホッファの不正の証拠を見つけようとする。
 その一方 ケネディはマフィアともつながっていました。マフィアは激戦州で票を回すことでケネディを大統領にする。CIAのキューバ侵攻もハバナのカジノの利権を取り戻すためにマフィアがケネディを動かしたものでした。しかしキューバ侵攻は失敗、その後のケネディは必ずしもマフィアの言うことを聞きません。ケネディ、マフィア、ジミー・ホッファ、三つ巴の戦いが始まります。

 キューバ危機、ケネディ暗殺、ジミー・ホッファ暗殺、アメリカの大きな事件にはマフィアが関わっていた、というのがこの映画の視点です。それをフランクの眼から描いていく。
ケネディ暗殺ニュースに呆然とする面々

 今のCG技術はすごいです。デニーロも、アル・パチーノも、ジョー・ペシも中年期から老年期までずっと本人が演じている。


 本筋のお話自体も面白いのですが、終盤はがらっとタッチが変わるのも面白いです。
 結果としてフランクも、マフィアの面々も抗争で殺されるか、刑務所に収監されます。フランクのやってきたことは家族にも秘密でしたが、家族は薄々気が付いています。刑務所から出獄してもフランクは孤独のまま。一人年老いていき、身体も弱り、やがて老人ホームに入るフランク。自分の人生はこれでよかったのか、複雑な感慨に襲われます。

 非常にリアルな老衰描写が続きます。今までのマフィア映画の集大成のようなこの映画を通じて80にならんとするデニーロ、そしてスコセッシがまるで終活をやっているのを見ているかのような気がして、やるせない気持ちになってきます。


 間違いなく面白い映画、3時間半の上映時間、全く飽きません。でも、お尻がいたくなるから(笑)長いことも否めません。観るのに体力が必要ですが、機会があったら是非。確かに来年のアカデミー賞では引っかかるであろう、絶対見て損はない映画です。

映画「アイリッシュマン」本編映像