特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

子どもたち、そして自分はどうするか、という物語:映画『ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち』と『小さな園の大きな奇跡』

フィディル・カストロ氏が亡くなりました。大変残念です。勿論 彼については毀誉褒貶があるのは判っています。マイアミなどに亡命した、彼に財産や特権を没収されたキューバの元上流階級の人たちが彼を許せないのは判る。それに彼は政治犯への拷問もやったのも確かだと思います。彼に1時間以上インタビューしたオリバー・ストーンの映画『コマンダンテ』の中で自ら認めていました。

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フィディルはアメリカの経済封鎖の中ではかばかしく経済成長させることは出来なかった。だけど経済封鎖ばかりか、CIAによる暗殺やクーデターの危険に脅かされる厳しい環境の中で、彼は多くの人を救いました。アメリカと一部の上流階級が富を独占する貧しい国を変えました。国際的な孤立に追い込まれる中で、ソ連や中国、それに北朝鮮にまで妥協もしましたが、理想は最後まで捨てなかった。有機農業を進め、医療や教育を無料にし、革命前よりは遥かに人々の暮らしを改善した。独裁者にありがちな私利私欲にも走らなかった。自分が彼の立場だったら、どれだけの事ができるか。そう考えれば、彼の偉大さは誰の眼にも明らかだと思います。彼が居るうちにキューバへ行ってみたかったんですが、果たせませんでした。自分の実行力の無さを呪います。


一方 日本ではこれですよ(失笑)。どこもかしこもイルミネーションだらけ。節電とか言ってたのはどうなんでしょうか。何?今はLEDだから電気の使用量は前より少ないって? まあ、いいですけどね(笑)。
自由ヶ丘の駅前にて。まあ、綺麗ですけどね。こんなものに騙されてお祭り気分で散財すると思ったら大間違いだよ!(笑)


さて、今回は埋もれてしまっては勿体ない、面白くてためになる映画ばかりです。テーマは全く同じ。子供たちのお話、そして自分はどうやって生きていくのか、というお話です。
                                      
恵比寿で映画『ニコラス・ウィントンと669人のこどもたち』。映画『ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち』

ヒトラーが政権を握り、戦雲が濃くなってきたヨーロッパ。1938年12月、ロンドンの証券会社の腕利きディーラーだったニコラス・ウィントンにチェコユダヤ人難民支援をしていた友人が電話をかけてくる。プラハを訪れた彼はナチスに迫害されるユダヤ人難民たちの姿を見ると放っておけなくなり、せめて子供たちだけでも海外に脱出させるため奔走を始める。
イギリスのシンドラーと呼ばれ、ノーベル平和賞候補にもたびたび名を挙げられたニコラス・ウィントンの活動と彼に救われた人々の人生をたどったドキュメンタリーです。このことを扱ったBBCの番組のプロデュ―サーが映画化を担当しています。
●彼がニコラス・ウィントン。106歳で2015年に亡くなりました。

                                                   
今年の前半見た映画『パディントン』は子供向け作品にも拘わらず、社会の多様性のすばらしさを讃えた名作でした。異国からやってきた子クマがロンドンの親切な家族に迎え入れられるというお話は移民や難民をテーマにしたかのように描写されていました。原作を読んだこともないまま、ただ可愛いクマちゃんの姿に癒されようと映画を見に行ったボクはとても驚かされたんです。実は『パディントン』はニコラス・ウィントンの尽力でナチからロンドンに逃れてきた子供たちをモデルにした作品だそうです。

前半はナチスが政権を取り、ユダヤ人がじわりじわりと迫害されていく様子が描かれます。その影響は隣国のチェコにも飛び火します。元来は多民族国家キリスト教イスラム教、ユダヤ教など色々な宗教が共存していたチェコですが、ユダヤ人迫害を唱えるナチスが政権を取ると世論にもそういう傾向が出てくるんです。今の世の中、これは全く他人事ではありませんデマや差別を振りまき、問題を誰か他人のせいにしてうっぷんを晴らそうとする。この映画で描かれた世の中が険悪になっていく有様には非常な切迫感を感じたし、今の時代との共通点も感じました。

                                                    
やがてナチスチェコのズデ―デン地方を併合。と同時にユダヤ人たちは財産を奪われ難民として追われます。スキー旅行の代わりに、たまたまプラハを訪れたニコラスはその窮状を目にすると、子供たちだけでも海外へ疎開させる『キンダー・トランスポート』と呼ばれる活動を始めます。しかし大恐慌の際に大儲けして生活の不安はないとは言え、ただの証券ディーラーに過ぎない彼に公的な支援はありません。ユダヤ人たちに逢って、子供たちのリストを作り、イギリスの里親を探す。それを彼は自分の力だけで続けます。会社の圧力にもめげません。当時の英首相チェンバレン大日本帝国のアホ共以外、誰の眼にも直ぐ戦争が始まることは判っています。とにかく時間がない。
●ニコラスはこんな写真だけで、受け入れてくれる里親を必死になって探しました。

里親が見つかった子供たちは番号札を首に掛け、プラハから専用列車に乗り込みます。親とは今生の別れです。親も子もどんな気持ちだったでしょうか。僅か3歳で汽車に乗った子供もいるんです!途中ではナチの嫌がらせにもあいます。なんて奴らだ、と思いましたね。救えなかった子もいます。希望者は2000人近くいて、彼が汽車に載せることができた子供は669人。 第2次大戦の開戦当日も250人もの子供を乗せた汽車を出発させる予定でしたが、開戦で汽車は出発できませんでした。子供たちの消息は今も判らないそうです。
●当時のニコラス。

生き残った子供たちへのインタビューは胸に詰まります。幼い子供たちは異国のロンドンに降り立って(映画『パディントン』で描かれた光景です)里親が迎えに来るのを待っている。里親に逢えないまま、一日中 駅に取り残された子供もいる。それを見かねたタクシーの運転手が、腹ペコの子どもをフィッシュ&チップスの店に連れて行って、そのまま家に引き取ってくれた、という話も紹介されます。イギリスの人たちは概して『貧しい人ほど子供たちにやさしかった』そうです。
●当時のニュース映像から。この子の表情には文字通り、胸が締め付けられました。

●子供たちの姿は映画『パディントン』で再現されています

   
活動の足を引っ張ったのはユダヤ教のラビたちだったそうです。ユダヤ教徒を異教徒の家に里親に出すなんて許せない、とニコラスのところへ猛抗議してきます。イデオロギーで頭が腐った連中のクズさ加減は今も昔も変わりません。
●狂信的な宗教原理主義者のラビどもは、こういう子供は死んでもいい、というわけです(怒)

         
戦争が始まるとニコラスは空軍に入って、ナチと闘います。チェコから逃げてきた子供たちにもナチと闘う者が出てきます。バトル・オブ・ブリテンチェコ人の撃墜王が何人も出た理由が、この映画を観て初めて判りました。      
                                                                                   
子供たちの戦中、戦後の苦労は想像を絶するものがあったでしょう。戦中はイギリスは激しい爆撃にさらされましたし、戦後も親や親せきは死に絶えて混乱期を文字通り一人で生きていかなければならない。イギリスだけでなくアメリカ、イスラエルと各国に子供たちは散らばります。
一方 戦後 ニコラスは自分の活動を全く公にしませんでした。子供たちの名簿や写真などを収めたスクラップブックを納屋にしまい込んで、仕事をしたり、ボランティアをしたり、普通の生活を続けます。たまたま戦後50年近く経って、奥さんが納屋でスクラップブックを発見、そこから、このことが知れ渡ったそうです。そして、ニコラスはBBCの番組で生き残った子供たちと対面します。
●番組で『隣席の女性はかって彼に救われた子供』と明かされた時のニコラスの表情。

●皆 ニコラスに救われた子供たちです。

                                            
感動的なのは生き残った子供たちの何人かが、ニコラスの存在を知ってから、自分の生き方を変えたことです。彼に救われた恩を誰かに『恩送り』しようと言うのです。学者になって弾道ミサイルの設計者になっていた者は職を辞してしまいますボランティアを始めた人もいます。ニコラスに救われた祖父から話を聞いて、自らカンボジアの救援活動を始めた孫もいます。
                                   
ニコラスに救われた669人の子供たちで身元が分かったのは300人弱ですが、子孫まで含めると6000人近くになります、それだけの人数を救ったニコラスはナイトに叙勲されますが、彼は終生 自分のペースでボランティア活動を続けたそうです。
                                                               
観ながら、ずっと泣いてました(笑)。『観客としてではなく、自分が主人公となる物語がある』というニコラスの言葉は心に刺さります。世の中が不寛容になっていく中で自分はどう生きていったらよいか、他人事ではない話でした。
●ニコラスの行動を描いたBBCの番組



                             
もうひとつ、新宿で『小さな園の大きな奇跡』little-big-movie.com

舞台は香港。学歴社会の波が幼稚園にまで及んで一部の有名幼稚園では子供たちにエリート教育が行われる一方、通常の幼稚園では環境整備も教育もなおざりにされていた。名門幼稚園の園長だったルイ(ミリアム・ヨン)はそんな現状に疑問を持ち、園を退職、博物館の学芸員の夫(ルイス・クー)と共に世界一周の旅に出るのを楽しみにしていた。そんなある日 資金不足が原因で先生が居なくなって園児5人だけが残された寒村の幼稚園が月4500香港ドル(約6万円)という僅かな金額で教師を募集している、というニュースを見た彼女は、旅行に出る前の4か月だけのつもりで応募するが

                                         
香港では年間興収1位を取ったという大ヒット作。実話だそうです。
ボクは香港には行ったことないですが、赴任していた人の話しを聞くと物価も生活水準も日本と変わらないと言います。実際 日本の1人当たりGDPは香港に抜かれていますし日本の1人当たりGDP、香港・イスラエルに抜かれる 14年 :日本経済新聞、かっての買い物天国はどこへやら、今や立派な先進国なのでしょう。民主化を要求してデモが起きるわけです。
●主人公と園児たち


この映画を観ていると、香港の格差はすさまじいことが判ります。主人公のルイ先生は綺麗なマンションに住んで自分用の自家用車を運転して、スポーツクラブに通っています。我々の生活と全く変わりません。
●主人公夫婦。主人公は教師、夫は博物館の学芸員。絵にかいたような中産階級DINKSです。

                         
しかし、市街を離れた村では、まともな仕事もなく、昼間から大人たちが博打をやっているような有様です。建設業者によって、土地の強制立ち退きが行われ、生活すら脅かされています。そんな村の幼稚園ですから、建物や設備はボロボロ、教師すら雇うのは大変なんです。お金がある家の子供は市内の幼稚園へ通うから、残ったのは貧困家庭の子供たち、たった5人。村では生徒が5人を割ったら廃園にすることを決議しています。


その園児たちの生活には文字通り、度肝を抜かれました。老人が押す手押し車で幼稚園にやってくる子が居ます。バス代が払えなくて幼稚園に通わすことができないと言い出す母親もいます。心配したルイ先生が家庭を訪問すると、家の壁がトタン板です。きちんとしたガスも水道もない。こういうと差し障りがあるかもしれませんが、難民キャンプのような家です。父親が義足だったり、両親を亡くした子供もいます。繁栄の陰に取り残され、社会から見捨てられた子供たちがいるんです。

村人たちも幼稚園とその子供たちを冷ややかに見ています。貧困家庭の子供たちは自分たちとは関係ない、という発想です。これ、日本でもこういうバカが大勢いますよね。挙句の果てには村人たちは幼稚園が何か月で潰れるか、賭けまでしている始末。ルイ先生が子供たちに初めて会ったとき、子どもたちは全員マスクをしています。貧困家庭の子供たち、と周囲から顔を覚えられるのを恐れているんです。ちょっと、驚きでした。

                            
夫との世界1周旅行までの腰掛のつもりで幼稚園に勤めたルイ先生でしたが、子どもたちの姿を捨て置けずに孤軍奮闘を始めます。でも子供たちを取り囲む環境は余りにも厳しくて、先生一人でどうにかなるような話ではありません。村人どころか親たちまで子供を見放しているんですから。見ている観客だって、どうしていいか判らない(笑)。ルイ先生も何もできません。彼女はただ 子供たちに優しい声をかけ、抱きしめ続ける。すると次第に子供たちが変わっていきます。それを見ていた親たちも変わっていく。村人たちも変わっていく。

                                  
ルイ先生役のミリアム・ヨンという人は凄い美人ではありませんが、とても素敵です。個人的な好みもあるんですが(笑)、抑え気味だけどリーダーシップを感じさせる、ちょっとしたカリスマ性まで感じさせる良い演技だったと思います。それでも綺麗すぎるだろ、と思っていたのですが、エンドロールで映る実際のルイ先生と似ていて、驚きました。映画に出てくる子供たちもかなり実際の子供たちと似ていた。安っぽいドラマっぽく見えそうで、全くそうではない。映画はかなり気を使って作られている。
●先生、好きっ(笑)。

                                
見ていて、よその国の映画とは思えなかったです。日本で起きていることとあまりにも近しく感じます。お金を持つ者は最初から良い環境で育ち、お金がない者はスタートラインに立つこともできない。自己責任という名のもとに周囲から蔑みを受け、人々は子どもたちを救おうともしない。救おうとする者をバッシングする奴までいる。そして我々一人一人がそういう世界に加担し、そういう世界を作り上げている。
●勿論 夫婦の葛藤はありますが、旦那がまともな人間なのもこの映画の清涼剤です。

                                       
この映画はそういう風潮と明確に闘っています。抵抗しています。釜ヶ崎で38年間続く子どもたちの集い場「こどもの里」を描いたドキュメンタリー『さとにきたらええやん』とも同じ地平に立っている、といったらよいでしょうか。
大変良い映画であるばかりでなく、ボクは大好きな作品です。見に行く方はハンカチ・タオルを忘れずに(笑)。