特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『数十年ぶりの新宿御苑』と映画『おしえて!ドクター・ルース 』

 思いもよらぬ台風の上陸で今朝の東京は大変でした。真夜中から風が吹き始め、家はずっと地震のように揺れてました(笑)。ここまで強い風は初めてです。朝 眠たい目をこすりながら起きましたが、電車が動かないのでまたひと眠りしました(笑)。

 電車が動き始めてから最寄駅へ行ったら、ホームに登る行列↓が出来ていてびっくりしたんですが、大きな駅ではこんなものではないらしい。半日がかりで出社した人も多かったようです。なんとも日本人的な滅私奉公の光景です。
●台風明けの光景

津田沼三鷹駅の行列。


 この前 親戚の法事の帰り道 数十年ぶり(笑)に新宿御苑へ寄ってみました。小学校の時以来です(笑)。

 
 まだまだ歴史の風格は感じませんが、それでも園内の日本式庭園は広々としているし、立派な枝ぶりの木々もあって中々だと思いました。子供の時はこの有難味が判らなかったなあ(笑)。
●台湾式の建物と日本式庭園のマッチングは素晴らしいと思いました。やっぱり日本の文化はクロスオーバーなんですよ。殆どすべてのモノが海外の影響を受けて成立している。

 中にいるのは外国人だらけです。日本人はわざわざ行かないと言うのはあるかもしれませんが、彼らは徒歩で移動、緑が好き、という側面もあると思います。学ぶべき点は多いんじゃないでしょうか。
 入口はD・アトキンソン氏が官房長官の菅にアドバイスして設置したという?(笑)QRコード無人ゲートでした。

日本人の勝算: 人口減少×高齢化×資本主義

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 入場料500円は高くてびっくりしましたが、国際基準ならそうでもない(笑)。なによりも都心にこれだけの緑地があるのは素晴らしいと思いました。NYのセントラル・パークのことなんかを考えれば、東京には緑地がまだまだ足りません。
●まるで海のように広がる芝生(笑)。

●法事で使った明治記念館の食べものは作り置きばかりで驚くくらい不味かったですが、唯一まともだったのが豆腐のデザート。



と、いうことで、新宿で映画『おしえて!ドクター・ルース

longride.jp

 アメリカで80年代から現代にいたるまでずっと活躍し続けているセックス&人間関係セラピスト、ドクター・ルースことルース・K・ウエストハイマーの人生を振り返るドキュメンタリー。ホロコーストからの逃亡と別れ、従軍歴、アメリカへの移民、タブーを打ち破るということ、保守化するアメリカに抗して、歩み続けるドクター・ルースの生き方に迫ったドキュメンタリー。


 ドクター・ルースはアメリカではTVやラジオで歯に衣を着せぬ発言で大人気のセックス&人間関係セラピストです。80年代から現代に至るまで、視聴者のお悩みに答えるTVのレギュラー番組を持っているばかりか、90歳(撮影当時)になっても著書を執筆、毎日休みなしにTVや講演、ラジオ出演をこなしています。
●90歳になってもラジオに出演するドクター・ルース

 アメリカのTV番組なんて、めったに見たことがないボクでも、この人のことは何となく記憶がありますから、現地では本当に人気がある人なのでしょう。
●1枚目はオバマ大統領と。2枚目は80年代、歌手のシンディ・ローパー💛と。

 監督は涙なくしては見られない感動の超名作ドキュメンタリー『ジェンダー・マリアージュ ~全米を揺るがした同性婚裁判~』を監督したライアン・ホワイトという人。

spyboy.hatenablog.com


 映画はドクター・ルースがアマゾンの『AIスピーカー』に自分のことを尋ねるところから始まります。どんな職業なのか、AIが回答する。流れるような滑り出しです。
 彼女は80年代から最初はラジオで、それからTVでセックスや恋愛関係に関する悩み相談を始めます。
www.huffingtonpost.jp

 歯に衣をきせない、しかし温かな語り口は全米で大人気になり、今や彼女の事を知らぬ人はいないそうです。

 映画撮影当時の彼女は90歳(現在は91歳)ですが、TVのレギュラー番組に出演し、著書を出版し、講演で全米を駆け回り、1週間働きづめです。彼女はどういう人なんでしょうか。
●90歳になってもまだ、名門コロンビア大の大学院で教えています。


 彼女は第二次大戦前 ドイツに生まれたユダヤ人、本名はカローラという名前でした。中産階級の家庭で祖母と父母との4人家族で幸せに育っていました。が、ナチスが政権を取ると、まず父が強制収容所に送られます。

 危機感を募らせた母と祖母はカローラをスイスに疎開させます。10歳そこそこでの寄宿舎暮らしは周りのスイス人の偏見や差別、寄宿舎の管理人の横暴も相まって辛い物でした。それでも、いつか家族と再会できる日を楽しみにしていたカローラでしたが、戦争後、家族はアウシュビッツポーランドで殺され、天涯孤独の身になってしまったことを知ります。
●当時の収容施設を再訪するドクター・ルース。スイスでは、ユダヤ人差別と物資不足、それに女生徒は高校へ行くことも許されない辛い生活だったそうです。


 孤児になったユダヤ人の子供たちは建国間もないイスラエルに送られます。しかしカローラと言う名前はドイツの名前だそうで、恨み骨髄のユダヤ人の間ではその名前で暮らすことは難しかったそうです。ミドルネームのルースを名乗るようになった彼女はイスラエル軍の狙撃兵になります。

 砲弾で負傷した彼女は最初の結婚をしますが、『彼は良い人だったが知性がないので退屈だった』と、1年で離婚。勉強が大好きだった彼女は、戦争で学校へ行けなかった学生向けに講座を開いていたパリのソルボンヌ大学に渡ります。パリで2度目の結婚をした彼女は娘を授かりますが、医学の勉強を諦めてしまった夫に失望して離婚。ルースは娘を抱えたまま、アメリカへ渡ります。

 50年代のアメリカはまだまだシングルマザーに対する理解がなかった時代。奇しくも以前 映画の感想を書いたRBG、ルース・ベイダー・ギンズバーグと同じ時代、境遇です。

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●ドクター・ルースは学問の傍ら、二人の子供を育て上げました。右の娘は2番目の夫と、左の息子は3番目の夫と設けました。

 NYで時給1ドルでメイドをしながら子育てしたルースは3度目の結婚。

 さらに世の中の役に立ちたいと家族計画を推進していた全米家族協会に就職、社会環境が劣悪だったハーレム地区でカウンセラーとして働きます。と、同時に名門コロンビア大で専門知識を学び、同じく名門コーネル大でカウンセリング技術を学びます。
 そうやって彼女が世に出たのは40代。弱肉強食社会のアメリカですけど、チャンスがあるところは日本とは違います。

 1981年、ニューヨーク。市の当局からの要請で何か公共的な番組を放送する必要に迫られた音楽専門のラジオ局が、仕方なく日曜深夜に相談番組を始めます。カウンセラーたちは出演を嫌がり、彼女だけが手を挙げた。そもそも日曜深夜なんて誰も聞かない時間帯です。
 しかし、誰も教えてくれない性の悩みをズバリと解決する彼女の歯に衣を着せぬ語り口が大人気になります。放送時間は15分が30分、30分が1時間、最後には2時間ものラジオ局の看板番組になります。

 やがて彼女はTVにも進出、映画出演や関連商品も発売され、全米で誰もが知っている有名人になります。

●90歳の誕生パーティ

 なんという波乱万丈の人生でしょうか。生放送で難しい相談を持ちかけられても、ユーモアを交えつつ的確に応えられる理由がここにあるのでしょう。
アウシュビッツの記念館で。犠牲者の写真が天井に飾られています。ドクター・ルースの父もこの中に居るのかもしれません。

 
 とにかく印象に残ったのが彼女の笑顔。なんとも優しい、深い笑顔なんです。性に関する言葉をそのまま使って、率直な回答をする彼女ですが、同時にこの笑顔で微笑みかけられると説得力がでてしまう。
●『どうしたら恋人ができるのでしょう』といった相談には、彼女は70年代から常に『自分が自然のままにふるまうのが良い』と答えます。

 性に関する悩みというのは確かに人には言いにくい。彼女は70年代から『ノーマルなものなんかない。全ては人それぞれ』という信念を貫いてきました。早くからLGBTQの人たちに味方し、特にエイズの患者に対する偏見を解こうと努力してきた。
 相手の意志を尊重する限りにおいては、彼女はどんな性の形でも肯定する。『彼女の存在に救われた』と言う人たちが映画の中でも大勢出てきます。
●右側のラジオDJはゲイ。彼女の人生相談を聞いて『自分は一人ではない』と感じることが出来たそうです。彼女は大勢の人を救っていたのです。

 そういう彼女ですが、政治の事だけは話さなかったそうです。妊娠中絶を肯定し、LGBTQの見方をする彼女ですから政治的立場は超明確にも関わらず、予断を持って聞かれたくないという思いで政治的なことは話さなかったそうです。
 ただ、映画には出てきませんが、今年トランプが移民の親子を引き離す政策を始めた時、彼女は堪忍袋の緒が切れて、トランプ批判を始めたそうです。そりゃあ、そうです。彼女はヒトラーに家族と同じ目に遭わされたのです。それから70年も経って、また同じ過ちが起きるとは彼女でも思わなかったはず。
●この、穏やかな笑顔の奥には深い哀しみが隠されています。

 映画の中では今でも家族と離別したことを引きずる彼女の事が描かれています。アウシュビッツを訪れ、ユダヤ人犠牲者の消息を探す彼女の姿には何とも言えません。90歳になってもワーカホリックのように働く彼女は、哀しい思い出を振り切るように働いているように見える、と娘さんが語っていました。
●成長した子供たちと。


 見る前はなんとなく、胡散臭い人を想像していたんですが、想像以上に深く、温かい、そして哀しみを乗り越えた人ならではの強さを持っている人でした。どんなに悲しいことがあっても、人生は生きるに値する。人を救うことで自分も救われる彼女の生き様がそのことを体現しています。

 RBGもそうですが、こういう人たちのおかげで今、ボクたちは生かされている。彼女の笑顔を見ているだけで、涙が出てきて困りました。実に面白い、ユニークな傑作ドキュメンタリーです!

『おしえて!ドクター・ルース』予告編