特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『昭和レトロ家電』と読書『武器としての人口減社会』、それに映画『歌声にのった少年』

この3連休、東京は激しい雨もあったし、お天気は生憎でした。でも気温は涼しく、過ごしやすくなったし、楽しい時間を過ごせました。ボクはいつも通り映画の他に、こちらのブログツッコミどころ満載の 「昭和レトロ家電」展 - ベルギーの密かな愉しみで教えていただいた『昭和レトロ家電ー増田健一コレクションー』を見に、足立区立郷土博物館へ行ってきました。レトロものとかに取り立てて興味があるわけじゃないんですが、来月 勤務先の朝礼で話をしなければいけないのでネタ集めしようと思ったんです。もともとBABYMETALの話をするつもりだったんですが、そのテーマは社員全員の前だと結構 リスクもあります(笑)。

博物館は北綾瀬と言う駅が最寄りで、そこから徒歩20分くらい歩きます。ボクの家からはドアトゥドアで片道2時間近くかかります。3連休でもなければ、とても行けない(笑)。だいたい足立区の駅で下車するのも、ボクは生まれて初めてかもしれません。
まず駅を降りると、巨大なパチンコ屋にびっくりしました。駐車場とセットになった5,6階立ての巨大なビルです。入口のドアには『子供の車内放置禁止』というポスターが貼ってある。え、子供を置いたまま、パチンコに行っちゃうの??? ニュースではたまに聞いたことありますけど、実際に目にするのは初めてです。
道を歩いていると車高を低くした改造車とすれ違います。これもテレビの暴走族のニュースで見たことあるけど、実際に走っているのを見るのは初めて。あと窓に黒いフィルムを貼った軽のボックスカーがやたらと多い。地方では見かけますけど、これだけの頻度でみるのも初めてです。こういうのってヤンキー文化って言うんでしょうか。
●孤高のテクノアーティスト?兼アイドル評論家、『ロマンポルシェ。』の『神社建立3001』で、『文化が越えない江戸川は、改造車の流しコース』と歌われていたのを思いだしました。

10周年記念BEST ALBUM「もう少しまじめにやっておくべきだった」

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博物館に着くと、おっさんが玄関の外で『いらっしゃいませ』とやっている。中に入ると博物館の人もやたらとフレンドリーです。公務員とは思えない(笑)。チケットを買うだけでも、きちんと他人とコミュニケーションした感じがします。下町の食べ物屋ではそういうことを感じることがありますが、やはりこういうのはいい感じです。街の雰囲気も人も、同じ東京でもボクが生まれ育った東京の西側とはずいぶん違いますが、これはこれでいいなと思って、少しワクワクしました。こういう人間らしい世界って、結構憧れます。暴走族はカッコ悪いけど(笑)。

                                   
入ってすぐの昔のお茶の間の再現ジオラマで家族連れのお父さんが子どもに『これが昔のテレビだよ』と説明しています。その子は『リモコンどこ〜』と聞いています。周りの大人は皆 絶句。まあ、そうですよね(笑)。

●殺虫剤(噴霧器)


●洗濯機2題。桶にセットして回転させるタイプ、次がハンドルを回す手動タイプ。


●テレビ型ラジオにテレビ型ヒーター。意味わかんない!(笑)


●お銚子保温機。いったい何なんだよ!

●家電の景品は橋幸夫ショー!

●分割型炊飯器。ご飯と味噌汁、おかずが一度にできるそうです。次はトーストとホットミルクと目玉焼きが一緒にできるという機械。便利なのか不便なのか判んない!(笑)


展示物はボクが生まれる前のものが多かったんですが、時にはポカンと口を空けながら、時にはゲラゲラ笑いながら、かなり楽しい展示でした。今から見るとびっくりするような、とんでもないものが多いんですけど、その反面、あふれるばかりの創造性があるんですよね。テレビ型ヒーターなんてどうやって社内の企画を通したんだろうとか思うんですけど(笑)、日立だの東芝だのシャープだの松下だのが大真面目にこういうものを作っていたんです。
今や日立は家電撤退、東芝&シャープは他国の企業に買収、日本の家電産業の大手は松下だけになってしまいました。でも日本人に創造性やイノベーションがないわけじゃないんです。ボクは昔は良かったとか、レトロは懐かしいとか、まして日本スゴイ、みたいな、そういう発想は大嫌いです。●丁目の夕陽じゃありませんが、昭和30年代なんてゴミと公害だらけで犯罪率も高い、ロクでもなかったに決まっています。だけど、かっての日本人が、半分ヤケクソに見えるくらい(笑)、新しいことにチャレンジしていた、というのは学ぶべき、と思いました。
アールデコの流れを汲んだ流線形デザインなんか、今でもありですよね。これはヒーター。

                              
                                              
北綾瀬へ行く途中 車中で読んでいた、元国連&元ゴールドマン・サックス、今はOECDの東京センター長が書いた『武器としての人口減社会』は『日本は市場を世界に対して門戸を開き、女性活用を進め、労働力の流動化を進めれば、人口減社会に充分対応できる』というのが主旨でした。日本にはイノベーションの種は一杯埋まっているが、それを規制や雇用の流動性の低さが妨げている、というのです。日本にイノベーションの種が埋まっているのは、半分お笑いの、このレトロ家電を見れば良くわかりますよね。

                                                                                   
本の内容は間違ってはいないと思います。ベトナム共産党が『日本の60年代が自分たちの目標』と言うくらい、日本の社会はある意味 非常に社会主義です。ちょっと前まで金融業は金利まで国が決める横並び体制でしたし、電力、製薬、医療や農業など国が実質的に生殺与奪を握っている業界は多い。貧富の差は広がってきたとは言え、日本の企業経営者や管理職の給与は欧米やアジア諸国に比べれば社員との差は小さいし、大抵の経営者は雇用を守ることに対してもある程度は敏感です。ですが、電力のように競争がなくて腐った業界を見ていると、日本もある意味 資本主義的な要素は取り入れるべき だと思います。でなければ理屈に合わないことがまかり通ってしまうからです普通の資本主義だったら、コストが合わない原発なんか続けられませんよ。
しかし、何もかも資本主義、何もかもがカネ、というのは人間を不幸にしますどの部分は競争を取り入れて、どの部分は市場とは別のものとして扱うか。TPPにしたって、規制緩和にしたって、そういう議論が推進派、反対派双方にはあまり見受けられません。規制緩和・自由化・民営化万歳〜という改革バカか、TPP反対・日本の農業を守れ〜という既得権バリバリの守旧派か、どちらも極端な話ばっかりこの本も、今の世の中も、そういう議論が欠けている。現実社会では何事も極論は良くないです。悪口雑言ばかり並べたてているボクですが(笑)、世の中の極端な風潮には危うさを感じます。頭って使うためにあるものだと思うんですけどね(笑)。
                      
●お昼は銀座のキッチン大正軒のスコッチエッグとエビフライ。時々こういう野蛮な?ものを食べたくなります。こういうものは食べた後の満足度は高いです、カロリーも高いけど(笑)。




と、いうことで新宿で映画『歌声にのった少年

2004年 パレスチナのガザ。男勝りの姉、ネール(ヒバ・アッタラー)と美声の弟、ムハンマド(カイス・アッタラー)は友達とバンドを組んでスターになることを夢見ていた。『スターになれば世界が変わる』と思っていたから。彼らはなんとか中古の楽器を手に入れて、結婚式などで歌い始めるが、ネールは思い病に倒れ、満足な治療ができないまま亡くなってしまう。それから9年後、2013年、イスラエルに破壊されたガザ。ムハンマド(タウフィーク・バルホーム)はタクシー運転手になっていた。廃墟が広がり、満足な職もない、大勢の人が死んだり傷ついたガザ。姉の友人と出会ったことで、姉との約束『スターになって世界を変える』を思い出したムハンマドは素人スターを発掘するTV番組『アラブ・アイドル』の予選に参加するため、封鎖を突破してエジプトへ向かおうとするのだが。

                                            
監督は、自爆犯がテロを実行するまでの数日間を描いた『パラダイス・ナウ』、ガザを封鎖する壁を乗り越えて恋人のところへ通う若者を描いた『オマールの壁』を取ったハニ・アブ・アサドという人。もちろんパレスチナ出身。どちらも過酷な現実の中で懸命に生きていく若者を描いた、非常に完成度が高い、素晴らしい作品でした。実際 どちらもアカデミー外国映画賞候補になり、『パラダイス・ナウ』はゴールデン・グローブ外国語映画賞を獲得しました。

パラダイス・ナウ [DVD]

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この映画の主人公、ガザから一躍アラブ圏のスターになったムハンマド君の話は実話で、9月24日には彼のインタビューが朝日新聞にもでていました。撮影はパレスチナが主、一部は実際のガザで撮影されています。
http://www.asahi.com/articles/DA3S12574310.html


物語はイスラエルが侵攻する前のガザで始まります。当時はイスラエルによって封鎖されてはいるものの、店も開いているし、人々は何とか暮らしています。そのガザで、賢くて男勝りの姉、ネールと幼いころから美声で評判の弟、ムハンマドは『スターになれば世界が変わる』と信じてバンドを始めます。イスラエルの封鎖で物資も職も満足にないガザでは希望はそこにしかなかったんです。
●主人公のムハンマド君。このカイス・アッタラー君はネールちゃん役の女の子とは本当の兄弟

このネールちゃん(ヒバ・アッタラー)が超可愛い!眼が大きくて、いかにも利発そうです。勉強はできるけどお転婆な彼女に両親は女の子らしくしなさいと、説教をしますが、彼女はまったくどこ吹く風です。イスラムでは女性が人前に出ることはあまり良しとはしません。子供とは言え女性が人前でギターを弾くなんて、とんでもないと思う人もいるようです(実際にはアラブ圏でもセクシーな恰好をして歌う女性歌手だっているのですが)。
●もともと可愛いネールちゃんですが、女の子がギターを持っていると10倍増しに可愛く見えます。でも舞台では彼女の前にだけ幕が下げられています。

                                 
前半部、子どもたちが苦心惨憺して楽器を手に入れ、バンドを始めるまでのくだりは、弟も可愛いですが、とにかく彼女が可愛いので、完全に感情移入してみていました。

                              
子どもたちは様々な手段で楽器を買うためのお金を稼ごうとします。クズ鉄を集めたり、結婚式で歌を歌ったり、なかにはびっくりするようなものがあります。国境の地下トンネルを通ってエジプトへ行き、大金持ちに温かいままのマクドナルドを買ってくるんです。もちろんイスラエル軍に見つかったら、子供でも命はありません。
可愛い子供たちのお話ですが、そのような背景を考えると愕然とするものがあります。やっと楽器が揃い、バンドを始めた矢先、ネールちゃんは病魔に倒れます。ガザでは満足な治療も出来ず、彼女は夢半ばで命を落としてしまいます。
●実際にガザで暮らす子供たちが出演しています。

                                                                             
2013年、大人になったムハンマドはタクシー運転手をしながら、暮らしています。ガザはイスラエルの侵攻で一面の廃墟が広がっています。前半とは全く違う光景です。ビルは破壊され、手や足を亡くした人が大勢います。生活物資の供給ばかりか電力も不安定です。勿論 仕事なんか中々ありません。ガザの荒涼とした光景は姉を無くして歌を諦めてしまった彼の気持ちを表しているかのようです。その廃墟のなかを駆け回るスポーツ?『パルクール』をする若者たちが居ます。仕事がなくても物資がなくても、彼らは生を表現しようとしている。この監督の作風ですが、パレスチナやガザで実際に何が起きているか、控えめですが執拗に表現します。実際にガザでロケをした光景です。監督は『ロケの際、何千人もの人が死んだガザの光景に立ったら、自分は泣くことしかできなかった』とインタビューで答えています。

●ガザでパルクールをする若者たち。YouTubeでも話題になっています。



姉の友人と再会して、もう一度歌を歌おうという気持ちになったムハンマドですが、オーディション番組『アラブ・アイドル』の予選はエジプトで行われます。ガザの住民はそう簡単にエジプトへ行くことはできません。
一緒にバンドをやっていた友人はハマスに入って、強硬なイスラム原理主義者になっています。検問所に勤務する彼に相談すると『歌なんか神の教えに反するとんでもないものだ。俺が絶対行かせない』という返事が帰ってきます。
監督の視点はパレスチナの人の土地や財産を奪い暴力を振るうイスラエルに対して厳しいのは勿論ですが、ガザを実効支配するハマスパレスチナの政府であるファタハに対しても厳しい目を向けています。いつまでたっても仲間割れをしているし、人々になかなか平和をもたらすことができないのですから。
●大人になったムハンマド君。今度は俳優が演じています。

正直 後半 大人になったムハンマド君にボクは思い入れが持てない部分がありました。どうも彼のルックスとキャラクターが納得できなかったんです。ルックスはともかく(笑)、身勝手なところがあるキャラクターはアラブ系だから、なんでしょうか。実在のムハンマド君はハンサムで『映画も彼を使えば良いのに』と思ったのですが、監督曰く、演技が全くダメだったので断念した、そうです。
●これが実在のムハンマド君。難民キャンプで生まれ育ちました。


ガザの歌手、オーディション番組で優勝 パレスチナに歓喜の声 写真4枚 国際ニュース:AFPBB News
                                                 
でもお話自体は感動的で、検問所を彼がどうやって通りぬけるか、や、廃墟のガザと西側そのもののエジプトとのあまりの違いに白黒したり、彼がオーディションに参加し、勝ち抜いていくくだりなど、素晴らしいエピソードが続きます。実際のムハンマド君によると実話が8割くらい、フィクション2割くらいだそうです。
●タクシーの運転手として無聊をかこっていたムハンマド君ですが、今も闘病を続ける姉の友人と出会って歌への情熱を取り戻します。



そしてクライマックス、オーディション決勝のシーン。アラブ音楽って、コブシもあるし短調が多い、ちょっと演歌みたいです。でも『故郷よ〜』と歌っている重みが日本のものとは1億倍違う。そりゃあ、そうですよね。彼はイスラエルに破壊されたガザのことを歌っているんです。世界で最も人口が密集して、世界で最も貧しいと言われる地域のことを歌っているんです。日本のインチキ・フォークやゴミ演歌とは説得力が3兆倍違います。

最後は実際の『アラブ・アイドル』の記録フィルムが使われます。ガザのストリートで、広場で、難民キャンプで、男も女も大人も子供も年寄りも鈴なりの人が集まってテレビを見ながらムハンマド君を応援しているんです。
この60年間 パレスチナは負け続けてきた。でも彼が初めてパレスチナに勝利をもたらしたんだ
この光景を見たら泣くしかありません。
●実際に番組に出演した時のムハンマド君。後半の盛り上がりはマジでカッコいいです。ここでは音楽が音楽として機能しています。

ムハンマド君の優勝を伝えるCNNニュース。優勝を告げられた瞬間、彼は倒れ込んでしまいます。一方 ガザでは花火はバンバン上がり、町中の人たちは男も女も子供も大騒ぎ。人々が他人であるムハンマド君のために本気で歓喜している姿が映っています。


スターになったムハンマド君は今 国連パレスチナ難民救済事業機関青年大使になって世界中で歌っているそうです。そして、ネールちゃんを演じた女の子はこの映画をきっかけに家族でオランダに亡命しました(良かった!)http://www.tvlife.jp/2016/09/21/72814
               
                    
映画の完成度としては『パラダイス・ナウ』や『オマールの壁』の方が上だと思いますが、お話としては良い話だし、圧倒的に見やすいです。過酷な現実から目をそらさず、でも暗くならずに描いています。間違いなく良い映画です。
映画の中で『ガザでは人々が苦しんでいるのに歌なんか歌っていいのか』という質問をする記者に、ムハンマド君が『歌うことでガザの人々の声を世界に届けているんだ』と答えるシーンが有ります。この映画がより多くの人に広まって、イスラエルの弾圧に苦しむガザやパレスチナの人たちの声が世界にもっと届けば良いと心から思います。


●監督インタビュー
ムハンマド・アッサーフの成功はパレスチナ人の勝利の物語──『歌声にのった少年』ハニ・アブ・アサド監督インタビュー シネマトリビューン
「パレスチナ人を一つにした」 ガザのスター実話を映画化『歌声にのった少年』アサド監督に聞く | HuffPost Japan
「これまでの作品で一番自分に近い映画」と語る『歌声にのった少年』ハニ・アブ=アサド監督インタビュー|「撮影で最初にガザに入った時は、瓦礫の山を見て泣くしかできませんでした」 - 骰子の眼 - webDICE
http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2016092202000201.html