特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『この国の中にある二つの国』と映画『さとにきたらええやん』

日常生活を綴った皆さんのブログを拝見していると、東京は以前にも増して自然の息吹という物が感じられないなあ、と思います。子供のころはうるさいくらいだったセミの声もめっきり聴かなくなりました。それでも最近は夜 窓を開けると、虫の音がにぎやかに聞こえてきます。あと2週間もすればクーラーともお別れできるでしょうか。東京にも夏の終わりがやってきています。

                                      
東北・北海道の次は九州と、まるで日本中が台風にもてあそばれているような感じです。被害を受けた地域の方々は大変でしょう。夕食の支度をしている時、TVのニュースが『避難準備情報は、避難しにくいお年寄に準備をして頂くために出しています』と言っていました。へーそうなんだ。至れり尽くせりですな。ボクの住む世田谷区でも、つい2週間前、多摩川沿いで避難準備情報が出たばかりです。
ふと思ったのは、日本のお上は普段はこれだけ親切なのに、原発事故の時はどうなんだろう、ということです。川内など多くの原発では事故が起きたら、病院に入院している人や老人ホームのお年寄は『室内待機』の予定です。避難の車両や人手にも限りがありますから、判らないでもない。でも『室内待機』したって放射性物質を避けられるわけじゃありません。それに室内は程度が低いにしたって、いつかは外に出なければいけなくなる。その時はどうするんでしょうか。お年寄だけではない。妊婦さんが入院していたらどうするの?世界で最も厳しい安全基準とか言うのなら原発事故でも『避難準備情報』くらい出してもらいたいものです(笑)。え、ムリだって?(笑)じゃあ、どうするんだよ(笑)。
我々の日常にも、ふとしたところに危うさや矛盾が隠れているものですね。



さて、この前 職場で営業の担当者から耳にしたことが気になっているんです。
東京と地方、まるで違う国にいるようだ
曰く、『地方と東京では物価は全然違う。地方では専門店や百貨店どころか総合スーパー(GMS)までダメで、大型ディスカウンターにだけお客さんが入っている。そういうディスカウンターは大げさに言えば発展途上国の値段で商品を売っている。まるで別の国にいるようだ。

確かに、それはボクもそう思います。チェーン店やナショナルブランドの商品はあまり価格の違いはないかもしれませんが、生鮮品など生活に密着した物価は随分違うのではと思うのです。その差を考えると、むしろ地方のほうが暮らしやすいという気もしますけど、雇用などの問題もあるから何とも言えない。
問題なのは、その差がどんどん広がっているということです。以前は地方でも県庁所在地などの中核都市だったら東京と繁栄の度合いはそれ程大きな差はなかったと思います。ですが、最近は地方の中核都市もドーナッツ現象化(中心市街地は店が潰れて空き店舗になり、郊外にロードサイド店が広がる)が進んだことも相まって、どんどん衰退が進んでいるように見えます。東北にしても九州にしても中国地方にしても、昼間なんか県庁所在地でも街にはお年寄りしか歩いてないもん。
この3年間、アベノミクスはそういう傾向を加速させたでしょう。一言で言えば『格差』かもしれませんがこれは安倍晋三だけの問題ではなく、民進党が政権をとっても共産党が政権を取っても(笑)、そういう傾向は止まらないと思います。北欧とかはどうか知りませんが、アメリカでも欧州でもアジアでも共通の傾向ですから。今やこの国の中に2つの違う国が出来つつあるのかもしれません。
                                   
                                   
東中野でドキュメンタリー『さとにきたらええやん
映画『さとにきたらええやん』公式サイト

大阪は西成区釜ヶ崎。ここには子供のための施設『こどもの里』がある。通常の保育に加えて時間外保育だけでなく、子供の宿泊も可能。親の育児相談、さらには人生相談まで受ける。利用料は無料。そんな施設とそこで過ごす子供たちを描いたドキュメンタリー

                        
7月に東京で上映されて大ヒット(東中野ポレポレ座という小劇場で、ですが)。約1か月のロングランを続けたあとのアンコール上映です。7月は忙しくて見ることが出来なかったのでアンコール上映してくれて良かった。映画のチラシでみた子供たちの表情がずっと気になっていました。どうしてこんな屈託のない笑顔をしているのか不思議だったんです。

                                         

映画の舞台となった『こどもの里』は釜ヶ崎NPO法人です。『こどもの最善の利益を守る』、『こどもの自尊心を守り育てる』ために学童保育子育て支援、児童の一時保護・宿泊、訪問サポートなどを行っています。
                                           
映画は新今宮の駅から『こどもの里』までの道のりを映すところから始まります。最近は少子高齢化のせいか、日本中、例え県庁所在地でも昼間は人通りが少ないと思いますが、ここでは人通りが驚くほど多い。猥雑だけど活気もある街の一角に『こどもの里』があります。

●こどもの里のホームページより。 特定非営利活動法人(NPO法人)こどもの里


映画の中で施設長がインタビューに答えています。設立当初からかかわっているデメキンさん(あだ名、本名忘れた。60代くらいの女性)によると、当初は日雇い労働者の人の家庭をサポートするために生まれたそうですが、現在はそれだけでなくシングルマザー家庭の支援なども増えてきたそうです。

ここにいる子どもは乳幼児から高校生まで。男の子も女の子も、小っちゃい子も大きい子も1Fの遊び場で遊んでいます。いや、文字通り暴れています。超楽しそうです。どの子も表情が豊かで眼が輝いています。これは今時 珍しい。リアル・じゃりん子チエの世界です。そういう子供たちは見ているだけでとても楽しい。

じゃりン子チエ (1) (双葉文庫―名作シリーズ)

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●子供たち。もう、可愛くて。



                                       
だけど映画を観ていると、子供たちを取り巻く複雑な事情が分かってきます。数字的なことは映画では触れられませんので、ちょっとググってみました。
『「こどもの里」には100人ほどの子どもが登録しているが、その内訳は、留守家庭が40〜50%。生活保護世帯が30%超、大半は重なるが、ひとり親家庭の子どもも50%を超える』 。
大阪市「子どもの家」廃止 子どもの貧困は家族の貧困 WEDGE Infinity(ウェッジ)


夜 子供を迎えに来たオヤジが何やら大声を上げています。最初 誰かが暴れているのかと思ったんですが、施設の職員も子供たちも全然気にしません。ボクには普通の喋り方には聞こえませんが、このオヤジはそういう喋り方なんですね。顔を見るとチンピラか、ヤクザか、そういう感じです。そのオヤジに小さな子供が手をひかれて嬉しそうに帰っていく。
こどもの里から家に子供を連れて帰った母親が、もう一度子供を連れてきたのがカメラに写っていました。お母さんは家に帰ったら子供に手をあげる衝動が抑えられそうになくて、DVを防ぐためにもう一度こどもの里に連れてきた、と言うのです。何も知らない子供は友達が大勢いる遊び場に戻ってきて、とてもうれしそうです。その脇で職員はお母さんを落ち着かせるためか、彼女に寄り添って話を聞いています。お母さんも懸命に自分の感情を抑えようとしています。映画の中盤で、そのお母さん自身もDVを受けて育ってきたことが判ります。誰にでも事情があるんです
●子供が路上に落書きする、こんな風景は今では滅多に見かけません。ボクも昔は路上にチョークで落書きしてた覚えがあります。

                             
印象的な子供が二人いました。
1人は高校3年生の女の子。
●彼女はこどもの里で、楽しそうに料理を手伝っています。その幼い表情は高校3年生には見えません。

                                               
年齢の割には表情が非常に幼い彼女は毎日『こどもの里』で寝泊まりしています。生活保護を受けている母親は育児を放棄、ずっとここで暮らしているんです。その母親はこの子が『こどもの里』でもらっている僅かなお小遣いにも手を付けるようなクズです。子供にはいつも優しいデメキンさんですら怒って『あなたも、もっとしっかりしなさい』と言うと、この子の眼からは思わず涙がこぼれてしまう。この子は優し過ぎて、たとえクズでも母親を切り捨てることなんか出来ないんです。子供のお金に手を付けるような親はカスってわかってはいるんだけど、人が良すぎてどうしたら良いかわからない。そういう子なんです。クモ膜下出血で入院したデメキンさんの病床に自分で一生懸命手作りしたケーキを持ってくるような、とにかく優しい、超良い子

                         
もう一人は中学3年生の男の子。
●施設では無邪気に遊んでいます。

                                            
外からでは判りませんが、彼は知的障害を抱えています。普段は問題ないんですが、何かあるとつい、周りに暴力を振るってしまう。乱暴とかそういうことではなく、障害なんです。とにかく、こらえ性がない。施設の職員はなんども彼の家へ行って、彼の母親や兄弟たちと家族の一員として家族会議をします。普通ここまで親身になれないですよね。
●職員の人が家に来て家族会議。どうして暴力を振るってしまうのか、皆に叱られて、むくれています(笑)。

                                           
でも彼だって学校でいじめられて登校拒否になり、職員たちの励ましでやっと学校へ通えるようになったばかりです。計算とかは苦手ですが、将来は自分の兄のように板前になって自立しようと彼なりに考えています。
●とにかく勉強は苦手です。施設の職員の人が懸命に教えます。


                                             
映画では釜ヶ崎の過酷な環境も描かれます。軟弱なボクなんかには想像も出来ない、まるで別の国の話のようです。
釜ヶ崎では年末には越冬闘争というものが行われるそうです。

                                         
施設の外では路上のホームレスの人たちが凍死したり、襲撃を受けています。こどもの里の子供たちは手分けして夜回りにでかけます。路上のホームレスの人に温かい飲み物を配ったり、バカどもの襲撃に注意するよう声をかけたりするんです。さっきの中3の男の子、普段は頼りなさそうなんですが、ホームレスの人と話すときはきちんとしているんです。自分の数倍くらい年上の人にいたわりの言葉をかけ、自分から飲み物を差し出す。さっきまでしょうがない子だなあ、と思っていた彼が、ここでは頼もしく見える。驚きの場面でした。こういうことをやることで子供たちも成長するんですね。まさに彼らから学ばせてもらいました。普段のボクの日常生活では、公共の場所で喫煙している奴とか、食事時に携帯で大声で話している奴とか、年寄に電車の席を譲らない奴とか、ネットでデマやヘイトを飛ばしている奴とかを見かけると、こいつらは生きてる価値はない、と正直思うんですが(笑)、この世に存在価値がない人間なんか元来はいないことを実感させてもらいました。相模原でヘイト殺人を起こしたクズにこのシーンを見せてやりたいですよ。
●ホームレスの人たちに暖かい飲み物を届ける子供たち。こういうときの子供たちは超しっかりしています。


育児とか保育とか行政が決めた枠を取っ払って、困っている子供たちのニーズにひたすら応える『こどもの里』のような施設の存在は文字で読むのと目で見るのとでは大違いでした。生活保護の不正受給もあるし、住民の不正登録もある、ヤクザもいれば、子どものピンハネをするような親もいる。酷いもんです。でも、そんなことは子供たちの顔を見ていると些細なことに見えます。現実の問題はそう簡単に解決できない。でも、大事なのは、とにかく目の前にいる子どもに応えることです。子供たちのニーズは物理的なことだけではありません。愛情も信頼も必要です。厳しい環境のなかで、子供たちのことを第一に考えて対応する『こどもの里』で働く人たちは実に尊いと思いました。その結果がこの子供たちです。この生き生きとした表情はボクには羨ましいくらい素敵に見えます。

                                      
映画は前述の高3の女の子が介護施設に就職するため施設を出るところで幕を閉じます。映画の中でデメキンさんも言ってましたが、こういう子にはとにかく何とか幸せになってほしい。野心のためにがつがつ努力するような子じゃないし、正直 ちょっとボーっとしている(笑)。でも、この子は気持ちがとても優しい。それだけで充分です。この殺伐とした世の中をボ〜っとした光で(笑)照らすような、素晴らしい子です。
            
誰にとっても厳しい世の中です。悪い奴もいるし、冷たい奴もいる。弱者を切り捨てたり、搾り取ろうとする奴もいる。なによりも社会のシステム自体があまり優しくない。新自由主義だか資本の論理だか行政改革だが、なんだか知らないけど、こういう優しい子供がそのまま普通に生きていけないようなシステムはおかしいです。間違ってます。こんな女の子が要らぬ苦労をしなくて済むように ボクも含めた大人たちにはもう少し優しい世の中にしていく義務があると思います。そのためには連中に騙されないように理論武装しなければならない。新自由主義だの資本の論理だの、連中のクソ理屈を乗り越えなくてはいけない。現実には徒手空拳じゃ戦えませんから。
                                      
                                                
帰宅してググってみたら、数年前 橋下のクズが施設への補助金を削って、潰れそうになったことがあったそうです。全国から抗議が殺到し集まった募金でNPO化することで存続は出来たそうですが。橋下、ふざけんな。絶対に許さん。補助金なんて大した金額でもないのにこどもの居場所を奪うようなゴミ政治屋は子供のカネに手を付ける親と同じくらい下等、でしょ。
大阪市「子どもの家」廃止 子どもの貧困は家族の貧困 WEDGE Infinity(ウェッジ)
稲葉剛公式サイト » 映画を見て、子どもの権利を守る取り組みを知ってほしい!


上映後は重江監督と音楽を担当したSHINGO★西成氏のトークショー
●左が監督。

                                  
重江監督は2008年に「こどもの里」にボランティアとして入ったことがきっかけで2013年より2年かけて撮影したそうです。本作が初監督作品。お見事です。

                                          
とても面白いだけでなく、押し付けがましいところは全くない傑作ドキュメンタリーです。子供たちを見ていて楽しいだけでなく、子供たちの姿からボク自身学ぶところが大だった、というだけではありません。普段は偉そうなことを言ってる大人でも、ときには心が疲れてしまうときがあります。そういうとき、『こどもの里』のように『いつでもおいで』と言ってくれる場所を持っている人がどれだけいるでしょうか。まるで別の国の話のように過酷な世界を描いているように見えて、実はあの高校生の女の子とボクたちは実は同じ世界に生きていることを思い出させてくれる。それが、この映画の優れたところです。
                             
見ることができて良かった、そう思わせてくれる映画です。この子たちのことをこうやってブログに書けるだけで嬉しいです。これから各地で上映されるそうです。機会がありましたら是非。
●映画紹介記事。カタログハウス、ハフィントンポスト
https://www.cataloghouse.co.jp/yomimono/160531/
日雇い労働者の街の児童館、ありのままの子どもの姿を映画に | HuffPost Japan

●劇中歌:『心とふところが寒いときこそ胸を張れ』