特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『無知の知』

雨の週末は寒さが一層強く感じられた。朝の寒さの厳しさはもう、初冬のような感じだ。今年はみるみるうちに秋になって、あっと言う間に過ぎようとしている。そう感じるのはボクの歳のせいなんだろうか(笑)。
                                                               
さて以前にも書いたが、いきなり電話してきて自分の海外取材に同行してエスコートしろと抜かした傲慢無礼な記者と出会って以来 ボクは朝日新聞は大嫌いだが(笑)、昨今の朝日叩きは異常に思っていた。だが、面白いデータがあった。1年前と比べると読売は朝日以上に、実数でも率でも部数が減っているのだ。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141105-00010000-takaraj-soci
1年前と比べて朝日は約33万部減(前年比-4%)、読売は64万部減(前年比-6%)。読売は部数の減少数、減少率ともにすべての新聞で最悪だ。そんなに巨人ファンが減ったのか(笑)。いや、それだけではないだろう。今年4月のオバマ来日時の『アメリカとのTPP交渉妥結』という誤報ナベツネが官邸から直接リークされたそうだが、その御用新聞ぶりには呑気な日本人と言えども辟易してるんだろう。アメリカの例を見るまでもなく、新聞のようなマスメディアの将来はお先真っ暗だ。それでなくても上っ面や政府の言うことを垂れ流すだけのマスメディアなんか皆うんざりしているところだ。昨今の週刊誌の主読者層は六十代だそうで、あと十年もしたら消滅してしまうだろうけど、くだらないことばかり書いている割に偉そうな大新聞こそ、もっと記事の質を高めていかなければ消滅してしまうだろう。それでもボクは全然かまわないが。
          
                                                                                                                                                            
さて、官邸前のデモへ通っているボクが言うのもなんだが、実は原発反対派の人の意見ってそれほど積極的に聞きたいと思わない(笑)。原発推進の側の詭弁も酷いけど、反対派の側もヒステリックで事実認識すら怪しい、お猿さんなみの脳味噌の連中が多いのもあるし(もちろん、ちゃんとしている人も居る)何よりも自分と同じ意見を聞いてもあまり勉強にならないからだなるべくなら、ボクは自分と違う意見を聞いて自分の考えを検証したい。そうやっていると時々腹に据えかねる時もあるけれど(笑)。


原発反対・賛成という立場にかかわらず関係者にインタビューしたというドキュメンタリーが上映されたので早速見に行った。



東中野で映画『無知の知http://muchinochi.jp/



2011年に起きた福島第一原子力発電所の事故について、原発の知識を殆ど持たない映画監督が関係者に行ったインタビューを記録したドキュメンタリー。福島県に住む人々、菅直人内閣総理大臣ほか内閣関係者、原子力工学の第一人者などに会いに行き、さまざまな視点から原発放射能の問題に迫り、エネルギーの可能性と日本の未来にも触れていく。

普段はNHKなどでスペシャル番組などを作っているというフリーの石田監督が南相馬小高町の被災者、それに事故当時の政治家、学者に突撃インタビューを行ったもの。彼は敢えて原発に関する知識は調べずに関係者を尋ねたという。せいぜいWIKIのページを印刷しただけ、と監督本人が上映後のトークショーで話していた。監督もカメラマンも全くノーギャラ、制作資金は生協PALシステムが出したという。その割に豪華なインタビュー相手はこんな感じ。
●元総理大臣:菅直人、村山富一、鳩山由紀夫細川護煕
民主党政権枝野幸男官房長官福山哲郎官房副長官下村健一審議官、
●元政治家:渡辺恒三、与謝野馨(元日本原電)
●元外務省原子力課課長:金子熊夫
●学者:斑目春樹元原子力委員会委員長、日本エネルギー会議発起人の澤田哲生東工大助教、藤家洋一元原子力委員会委員長

石田監督はとりあえず思いつく限りの人に手紙を出してアポを取ったそうだ。それに答えたのがこの面々だという。逆にそれ以外は断られたと思ってくれ、と上映後のトークショーで語っていた。
                                                                   
監督は事故直後ではなく、事後が起きて2年後の2013年から南相馬小高町に行き、インタビューを始めたそうだ。被災者の人たちは殆ど全員、マスコミの報道に不信感を募らせていたという。せっかく自分たちが心の丈を語っても、ほとんどのマスコミが反原発のストーリーに当てはめて発言を切り取ってしまうので、自分たちの真意が全く伝わっていないというのだ。
●一時帰宅した小高町のおばちゃんとマイクを抱えた監督(左)

                                   
最初は被災者住宅に暮らす小高町の被災者に文字通り罵倒されながら監督は聞くことに徹し、時間をかけて心を開いていく。そうやって聞いていった話がこの映画の前半部を占めている。多くの被災者は原発事故で酷い目にあったが、それまで東電にお世話になったことも事実なので原発を一概に否定する気にならない』、というのだ。ボクが被災したら、そんなことは露ほども思わないだろうが、そういう感情を持つ人が居ることは充分理解できる。
                                                                            
被害者たちから話を聞いた監督は今度は更に事故当時の政治家や学者にインタビューをしていく。事故当時の総理大臣の菅直人を始め、官房長官枝野幸男官房副長官福山哲郎下村健一広報担当審議官、それに原子力委員会斑目春樹。政治家からは、東電からは全然情報が入ってこないため、菅直人が現地へ赴いたこと、東電に乗り込んだことなどが語られる。菅直人が現地へ押し掛けたことや東電に乗り込んで叱りつけていたことがマスコミに散々叩かれていたが、ボクはある程度やむを得ないと思っていた。東電の連中も官僚も機能せず情報が殆ど入ってこなかったんだもの。インタビューを聞いていて、それが裏付けられた。そもそも、緊急時にはアホは直接どなりつけなきゃいけないことだってある(笑)。
菅直人

●元TBSの下村審議官

                               
驚かされるのは斑目驚くほどの無能ぶりだ。水素爆発のリスクも判っていたのに自分からは進言しなかった、とシャーシャーと答える。政治家からの質問に答えるので精一杯だったから、だそうだ。カメラのまえで率直に話す斑目は正直だとは思うけれど、このシーンではさすがにスクリーンに向かって、ボクも含めて観客席からは失笑と怒りの声が上がった。
●この人、本当にボケているのかも。せめて公職にはつけるなよ。 

                                                                            
相手に突撃して率直に質問を浴びせる監督のインタビューのスタイルは小太りの体型も含めてマイケル・ムーアに似ている。本人もそれを意識しており、最初は原発事故を告発する作品にしようとしたそうだ。だが、インタビューを重ねるうちに告発するような気持ちは無くなっていったと言う。突撃はするけれども言葉は柔らかで、その分だけ相手の本音や人格を引き出させることに成功している。これは、この作品の非常に優れたところ。告発するだけが能ではないのだ。ちなみに上映後のトークショーで監督は、枝野元官房長官はAKB48の大ファンで、議員会館の部屋にAKBのでかいポスター(そのポスターはカメラNGだそうだ)を貼っている、と言っていた。監督もAKBファンでお互い盛り上がったそうだ。

あと細川、村山、鳩山の元総理3人は言ってることが良くわかんなかった。村山も細川も総理大臣が決断すれば原発は止められる、とは言ってたが。
●村山トンちゃん。粗末な事務所でのインタビューはいかにも彼らしい。

●細川の自宅にて。きらびやかさを排した、実に趣味が良い家だった。

                                         
監督は下村健一の『カネとか利権でなく、世の中のために原発を推進したいと本気で考えている人もいるんです。』という言葉に惹かれて、原発を推進しようとする学者、政治家たちに会っていく。元外務省原子力課の金子(外務省に原子力課があるなんて初めて知った!)、被災地へ通いながらも原発推進を主張する東工大の澤田助教授、原子力村の中心人物と言われている元原子力委員会の委員長の藤家洋一、日本原電に勤務していた元財政担当大臣の与謝野馨、それに地元政界の大立者、渡辺恒三。

                                        
監督は、被災者たちの『なぜ事故が収束してもいないのに、まだ原発を動かそうとするのだ』という素朴な疑問をぶつけていく。ボクはここが一番興味があったので、発言を抜き書きする。記憶違いがあったらごめんなさい。

金子:『以前の石油ショックで輸入が不安定になったときにエネルギーの安全保障上 原発を推進していかなくてはならないことを思い知った』
澤田:『事故は不幸だったが、それをもとに技術はより安全なものになっていく。自動車もそうだった。技術とはそういうものだ。』

金子と澤田はしゃべり方が偉そうな感じ。嫌な奴だなと思った(笑)。だが金子の言ってることは一理ある。東工大の澤田の話は『自動車と原発を同列に考えること自体、最初からおかしいだろ』、と思ったので納得できなかった。

藤家:『被災者の方にはなんとお慰めしてよいかわからないが、原子力を活用することでより良い未来が開けていくと信じている。』
●元原子力委員会委員長の藤家。班目とは頭の出来がだいぶ違う。

同じ原子力委員長でも斑目とはだいぶ違う。この人は賢いし、本気で言ってることは伝わってきた。ただ言ってることはボクは納得できない。それだけ入れ込んでるから科学者をやってるんだろうけど、技術に関係ない第3者からみたら屁理屈に過ぎない。

与謝野:『犠牲はあったが日本は原子力を続けていくしかないんじゃないの。』
この人は咽頭がんで声帯を失っている。にも関わらずカメラの前に出てきてインタビューを受けること自体 誠実だと思った。大臣在任中のこの人をウォール街を鋭く糾弾する映画『インサイド・ジョブ』の客席で見かけて以来、(意見は全く賛同できないが)誠実ではあるだろうと思っていたが、その印象は裏付けられた。だが言ってることは良くわからない(笑)。
●この人は指で喉を押さえなければ声が出せないようだ。

               
更に渡部恒三。言うまでもなく福島政界の大立者だ。アポなしで自宅に押し掛けたにも関わらず、インタビューを承諾した渡辺が『今も避難されている方には大変申し訳ない。私には責任がある。』とカメラの前で言い切ったのはこの老政治家の器量の大きさだと思った。監督はそれを聞いて何も質問できなくなったと言っていた。
●監督が押しかけたときはパジャマ姿だったそうだ。いかにも慌ててジャケットを羽織った感じ。


                                                                      
映画は監督が安倍晋三事務所にインタビューを申し込む電話をして、たらいまわしにされるところで終わる(笑)。
                     
撮り終わって監督は『原発を推進すべきなのか、反対すべきなのか正直わからなくなった』という。確かにカネや利権のためでなく純粋に原発を推進すべきだと信じている人がいることは実感できたからだ。技術を磨くことに未来があるという澤田や藤家のある意味シンプルな発想は、技術に幻想を全く持たない文系のボクには全く理解できない。だが、エネルギーの安全保障は一理あると思ったし、原発立地の雇用にしろ、原子炉の廃炉費用にしろ、今すぐ全廃、というのはそれなりに困難がありそう、というのは多くの観客が持つ感想ではないだろうか。まあ、ボクは原発立地への補助金は期限付きで続ければよいし廃炉は5兆円あればできるし、そうすれば逆に2兆円という安全対策の費用はなくなるし、できない話では全くない、とは思うけれど。反対派も賛成派もきちんと議論して、そこいら辺のコスト試算を行い、損得をはっきりさせればよいのだ

                               
この映画の良いところは、『自分の思っていることを論理的に話そうよ、相手の思っていることをきちんと聞こうよ。そしてできれば共通項を見つけだそうよ』、という民主主義の基本的な価値を雄弁に物語っているところだと思う。根拠を提示しながら論理的に話す、という最低限のルールさえ守れば、たいていの人(全員ではない)の話には耳を傾ける価値があるものだ。議論もせずに再稼働をごり押しするのも愚かだけど、相手の話を聞こうともせずヒステリックに反対だけしているのも同じ様に愚かだ、とボクは思う。多くの人、特に原発に反対している人が全員(笑)この映画を見れば、原発をなくしていくことにより一歩近づけるのではないか。
                                                          
この映画で監督は、ニコニコしながら相手の話を聞きまくることで、言葉だけでなくその人の人格までカメラの前で浮き彫りにしてしまった。ドキュメンタリーとしては大成功だよ!
                                                                            
『この作品では官僚と東電のインタビューはできなかったが、次の作品ではそれにチャレンジしてみる』と上映後のトークショーで監督は言っていた。凄く面白くてためになる作品だった。今まで見た原発のドキュメンタリーで一番面白かったかもしれない。次の作品が楽しみだ。

トークショーでの監督。彼は人のよさそうなルックスで得をしていると思う。