特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

色んな立場の人の話に触れるのは面白い:読書『亡国の安保政策』と『日本兵を殺した父』

お盆を過ぎたあたりから夜は秋の虫の声が聞こえるようになってきた。異常気象とか言われているが、季節と言うものはうまくできていると思う。コンクリートだらけの都会にいても、季節の変化に僅かでも触れることが出来ると感動するから不思議なものだ。

                 
               
今年のボクのお盆休みは5日しかないので勿体なくて、一歩も家の外から出なかった(笑)。ずっとワインを飲みながらDVDを見て、ぼけーっとしていたんだけど、それでも本は読んだ。まず、少し勉強しようと思って読んだのが、『亡国の安保政策』。

亡国の安保政策――安倍政権と「積極的平和主義」の罠

亡国の安保政策――安倍政権と「積極的平和主義」の罠

                                  
著者は小泉、安倍(第1次)、福田、麻生の政権で内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)をしていた元防衛官僚。イラクへの自衛隊派遣も担当したと言う。
アマゾンで取り寄せたら130ページしかなくて少しがっかりしたが、中身は論理的だった。それを要約すると『安倍の集団的安全保障の話は百害あって一利なし』(笑)というもの。安倍が言っている集団的安全保障の発動条件は全て個別的自衛権の範囲内で処理できる、というのだ。
実務者の話だから面白い。秘密保護法も著者に言わせると『法律があろうがなかろうがアメリカとの情報交換は出来ている。アメリカは自分に得のある情報なら提供するけど、そうでなければ秘密保護法があろうがなかろうが日本に提供するはずがない、アメリカがそんなに甘いわけない』と言うのだ。同じことは尖閣でも言える。『集団的自衛権があろうがなかろうが、アメリカにとって得があればアメリカは尖閣防衛に協力する。逆に得がなければアメリカが介入することはあり得ない。現状では尖閣アメリカにとって戦争に巻き込まれるリスクがある単なる岩山でしかない。

防衛政策をずっと担当してきた著者には安倍の今の安全保障政策が論理的に理解できないようだ。ボクも安倍や石破が言ってることはさっぱり理解できないのだが、東大出の防衛官僚でも理解できないのを知って安心した(笑)。孫崎亨氏の話もそうだが、外交とか防衛の話は素人にはなかなか検証できない。だが、それでも彼の言っていることは大方、納得できる。彼は現実の利益というものを判断基準にしているからだ。著者によると、集団的安全保障は日本にとって利益はないし、何よりも今回のようないい加減な決定の仕方は国家の利益を損なう、という。
ボクはイラク自衛隊派遣は日本の恥だと思ってるが、実務者はイラクの人・自衛隊双方に被害が出ないよう細心の注意を払っていたのも判った。安倍のやってることは戦後 色んな立場の人が妥協しながらも積み重ねてきた努力をぶち壊している。著者の想いはそこにあるのだろう。
巻末にあった学者との対談は今いちだったが、総じて感情に走ることがない抑制された筆致だ。多くの人が読んで自分なりに考えてみることが出来る良い本だと思う。やっぱり色んな立場の人の話に触れるのは面白い。


                                               
こっちの本が本題(笑)。アメリカのピューリツァー賞作家、デール・マハリッジのノンフィクション、『日本兵を殺した父』。

日本兵を殺した父: ピュリツァー賞作家が見た沖縄戦と元兵士たち

日本兵を殺した父: ピュリツァー賞作家が見た沖縄戦と元兵士たち

年初に読んだ素晴らしい本、『繁栄から零れ落ちたもう一つのアメリ』の著者が書いたもの。『繁栄からこぼれ落ちたもうひとつのアメリカ』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)
                                                                        
この人の父は沖縄戦最大の激戦、シュガーローフの戦いに参加した元海兵隊員だった。普段は優しいが時折 病的に攻撃的になる父に、著者はずっとおびえながら育ったという。その父が亡くなったことを契機に、父がずっと飾っていた戦友との写真の謎を求めて、著者が当時の生存者を探し回ってインタビューしたもの。この人が沖縄を訪れた記録は2011年6月19日にNHKスペシャル『昔 父は日本人を殺した』で放映されたそうだ。そう言えば、アメリカ人が沖縄で戦中に手に入れた財布の持ち主を探し当てて返したというニュースは見た気がするが、スペシャル番組があったとは知らなかった、くっそ〜。
                                                                       
                            
本ではまず、亡くなった著者の父の人生が語られる。ロシア系移民の貧しい家庭に育った父は徴兵されてグァム、そして沖縄へ向かう。どちらも地獄のような大激戦で著者の父が属していた中隊は死傷率200%、入れ替わり参戦した400人中 生存者は約70人だったという。復員した父は戦後 人が変わったようになり、酒浸りになったり、仕事もうまく行かず苦難の人生を送る。著者によると、父は戦場で脳損傷を受けて性格に障害がでていたと言う。

                                                                                        
そのあと、父が属していた中隊の中で当時 生存していた約40人中の12人のインタビューが載せられている。戦場にいたころは10代後半だった彼らが語る話は文字通り壮絶な話だ。洞窟に手りゅう弾を投げ込み、火炎放射器で人を焼き尽くして灰にしたり、死体を積み上げて弾除けにする。火炎放射器の担当は中隊の中では嫌がられていたそうだ。真っ先に日本軍に狙撃されるので平均寿命!が短かったから。記録フィルムで見るとアメリカ軍が一方的だったのかと思ったが、こういうことは体験者の話を聞くまでわからない。ショッキングで内容はあんまり詳しくは書けない。
                                                                                    
日本兵東条英機のバカ命令(戦陣訓)で降伏を禁じられていたが、アメリカ軍も殆ど捕虜を取ろうとしなかった。中隊では降参してきた日本兵は射殺しろという口頭の命令が出ていたと言う。日本軍は降参したふりをして自爆攻撃をしかけてきたし、そこいらじゅうに死体や体の一部が転がっている戦場で双方とも正気を失いつつあったからだ。
生き残った兵士たちの多くはPTSDで苦しんでいる。そのころはそんな言葉なんかなかったから、復員兵たちの多くは国からの大したサポートもなく、ただ人生を転落していくだけだった。兵士たちの戦争は死ぬまで続いていたのだ。同じことはヴェトナムでもアフガンでもイラクでも繰り返されている。
意外だったのは著者のインタビューを受けた兵士たちの中に『戦争の体験をきちんと話したのは初めてだ』という者が多かったこと。辛い体験を話すことは苦しいが『話すことで救われた気がする』という感想を述べた兵士が多かったのだ。アメリカの兵士たちも戦後50年以上苦しみ続けたのが良くわかった。
                                            
                                 
                                          
著者は中隊の中で、沖縄の民間人の少女を強姦し赤ん坊を二人射殺した者にもインタビューをしている。その男はその後 自分で自分の足を撃って沖縄の激戦から逃げてしまった。中隊のメンバーの証言から、そういう人物がいたことが浮かび上がってきたのだ。今も人里離れた森の中に一人で住むその男は、著者のインタビューの際 毛布の下に銃を隠していた。80歳を超えても怯え続けて暮らしているのだ。ウソだらけのインタビューを終えた後、怒りを覚えた著者はその男が一番怯える言葉を口にする。『これから沖縄へ行って、被害者を探す。被害者はあんたより若いだろうから、まだ生きているかもしれない。』と。その時初めて、そいつは狼狽して露わな感情を示したそうだ。

            

       
そして著者は沖縄へ向かう。探せば激戦の後は今でも残っているのには驚いた。著者は色々な人を探し求めて、父が持っていた日本人の写真が入っていた財布を写真の当人に返すことにも成功する。著者がインタビューした日本人はほぼ全員、『アメリカ兵も酷かったが日本兵のほうがもっと酷かった』と言っている。日本軍は沖縄の民間人に自分たちの弾除けになることを強要し、捨て駒にしたことは現地の人には骨身に残っているようだ。ちなみに民間人の犠牲を増やすことを恐れて海軍の太田司令官と島田県知事は南部での継続抗戦を主張する陸軍に反対し、那覇に残って死んだという。結局 沖縄の民間人の死者の殆どが陸軍が南部に移動した最後の1か月で生じたものだそうだ。
そんな悲惨な時に日本の中央部は何をやっていたか。
著者はこう言っている。『日本の軍部はもう終わりだとわかっていた。それなのになぜ戦争を続行したのだろう?戦争を長引かせて降伏条件を交渉すれば、戦争犯罪人として裁かれずにすむと思ったのだ。』

                            
                                                                          
著者の冷静な眼はアメリカ軍にも注がれる。なぜ、こんな美しい島で戦争をしたのだろう。沖縄戦は全く無意味だったのではないかマッカーサーニューギニアに対してやったように10万人以上の日本軍が籠る島を素通りして海上封鎖していれば、日本軍は継戦能力を失っただろう。そうすれば、こんなに兵士が大勢が死ぬことはなかった。自分の父を始め、何故 多くのものが戦後も後遺症に苦しめられなければなかったのか?
                       
著者はこう結論づけている。
アメリカは日本の狂信的な軍部指導者を制御できなかったが、彼らと同じ土俵に立つ必要はなかった』。
ニミッツ(*沖縄戦を主導したアメリカの海軍司令官)の愚劣さは沖縄戦における民間人15万人、日本兵11万人、アメリカ兵1万2千人の犠牲を引き起こした。私がニミッツを嫌うのはあくまでも私情だが、それは無理からぬ面があると思う。なぜなら私は第二次大戦におけるニミッツの判断が最後まで尾を引く家で生まれ育ったのだから


奇しくも同じことは先日のNHKスペシャルでも報じられていた。太平洋戦争屈指の激戦と呼ばれたペリリュー島の新資料が見つかったという話だったが、既に戦略的な意味を失っていた同島をただ攻略するためだけにアメリカは力攻めを繰り返し、日米併せて数万人の兵士が死んだという。



                                                                      
多くの兵士とその家族は戦争で身体的、精神的にも一生癒せないような傷を負った。死ぬ間際まで、戦場でのトラウマに苦しめられるものもいる。取り残された兵士を囲む妻や子供も、傷つきながら生きていかなければならない。アメリカにとって『良い戦争』と言われた太平洋戦争ですらそうだったのだ。この本でアメリカ側の視点、特に一般の人の視点を知ることは新鮮だったし、とても良い勉強になった。

                                
結局 勝った方も負けた方も戦争で犠牲になるのは一般人だ。政治家じゃない。TVで描いている戦争の英雄や国家の栄光なんか一般人には関係ない。市井の人の立場にたった著者のインタビューを読んでいると、政治家が言う『国家』は一般人の『国家』とは別のものなのが良くわかる。ある兵士はこういうことを言っている。
どんな戦争も人間の命を粗末にする。誰か勝った奴が居るのか?勝ったのか負けたのか俺にはわからんよ
  
                                   
戦争の本質とはそういうものなのだろう。冷静さに裏打ちされつつも著者の思いが込もった文章は心を打つ。一人一人が過ごしてきた人生を掬い上げるかのような丁寧なインタビューは、普遍的なことを導き出している。心が揺り動かされる、素晴らしい本だった。