特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『帝国』に関する読書ガイド:『企業が帝国化する』、『ルック・バック・イン・アンガー』

この週末は新しいパソコンのセッティング、データ移行をやっていた。7年も使っていたノートパソコンのCドライブが一杯になってしまい、切り替えざるを得なかったのだ。 新しいパソコンと言ってもウィンドウズ・ヴィスタWIN8に変わって特に便利な点も感じられない。ネットでは悪評サクサクだったWIN8は想像していたよりはマシだったが、とにかく新しい操作方法を覚えるのが面倒くさくてしょうがない。ボクがパソコンでやりたいことは今までと変わらないからだ。
ウィンドウズやエクセルがヴァージョンアップされることで便利になったと思っているユーザーがこの世の中にどれだけ居るだろうか。市場で圧倒的な地位を占めているマイクロソフトは『帝国』と呼ばれることもあるが、彼らのヴァージョンアップ商法は市場での地位を利用した究極の押し付け販売じゃないだろうか。

                                                                                                  

先週金曜の官邸前抗議にイタリアの政治哲学者アントニオ・ネグリ氏が来たそうだ。

抗議の列に並んでいるとき、後ろからでかい外人が歩いてきて、その姿をNHKが映していたのでスピーチに来た有名人だろうと思っていたが、顔も知らなかったしスピーチもしなかったので忘れていた。この人はマイケル・ハートとの共著『帝国』などで、「グローバリゼーション」の進展に伴い出現した世界秩序・主権の形態を新たな“帝国”と指摘したことで著名な学者だ。

“帝国”―グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性

“帝国”―グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性


確か前回来日しようとしたときは入国許可が下りなかったらしいから、今回はどういう風の吹き回しだろうか。この人が言ってる帝国と対抗する概念『マルチチュード』は頭の悪いボクには今一 ピンと来ないのだがペーパーバック・コピー・ライター(左翼の未来派ってなあに?) - 特別な1日(Una Giornata Particolare)、翌日には上野千鶴子などとシンポジウムをやったそうで、ぜひ話は聞いてみたかった。ネグリ氏初講演~マルチチュードと権力:3.11以降の世界 | OurPlanet-TV:特定非営利活動法人 アワープラネット・ティービー


                                                                                                                                            
さて ちょっと前 読んだ本で面白いものが2冊あった。
一つは『企業が帝国化する』。

良い本だなと思っているうちに感想を書くのが某有名ブログ2013-03-21に先を越されてしまったが、TPPにも絡むし、タイムリーだと思うので感想をちょっと。
一言で言うと、70年代後半からの新自由主義を告発するショック・ドクトリン』の後日談現代の帝国主義のサバイバルガイドみたいな感じの本だ

著者はアップルの元シニアマネージャー、iPODの品質管理責任者だったという人。今は退職してアメリカで保育園をやっている。本人曰く 激烈な社内政治に飽き飽きしたとのこと。ベンチャーから超巨大企業と化したアップルでの経験から、いまや国家以上の力を持っている巨大企業(彼は私設帝国と呼んでいる)の内情、政府への影響力、いわば巨大企業による『勝者総取り』社会の実態を描いている本だ。
取り上げられているのはアップル、マクドナルド、モンサント、グーグル、アマゾン、エクソン、BPなど。ここで描かれた私設帝国の実態には驚かされる。巨大企業による『勝者総取り』は社内の中でも貫かれている。

iPODビジネスに関わる人の年収差(本の中のグラフを年収にして1ドル85円で換算し直しました)

                                                                          
アップルの副社長は年収7億以上、製造ライン(鴻海の子会社フォックスコンの工員は年収27万円、そのようなアップルの内情のほかにも、元来 牛の腸の中にしかいなかったO157の感染が各地で広まったのは、糞尿のなかに数万頭の牛を半年間も立たせたまま飼育しているアメリカの大規模食肉工場が原因ではないか等、巨大企業の目からうろこの話がわかりやすく、書かれている。それらはちゃんと出典が明示されていて、一方的に決め付けるところがないのがこの本の特徴で、そこいら辺が一部の事象を普遍的なことのように言い立てる堤未果なんかの本とは違うところだ。

これら『私設帝国』企業はその圧倒的な力で現代の専制君主のようにさえ見える。しかしアップルですらスティーブ・ジョブスが復帰する前は経営が傾いていたし、つい最近も株価が急落したばかりだ。私設帝国ですら、激しい環境変化の中では絶対の存在ではない。それが現代の世の中の怖ろしいところだ。
                                                            
凡百の本と異なり、この本の最後に著者は『では、どうすればよいのか』を書いている。従来 まったく存在しなかった変化が津波のように押し寄せてくる現在、年長者の意見も国家もあてにならない。誰かの行動様式を模倣するという発想そのものを捨て、自分の頭で考え、判断を下し、自分なりに開拓していく、しかない、と著者は言う。具体的には、機械に代替されないような創造性や専門的な技能を身につける、就職後もずっと勉強を続ける、起業する、仲間を見つける、そんなことを著者は挙げている。
                                                      
ボクはファーストフードは殆ど食べないし、コンビニも年1,2回しか行かない。東芝など原発推進企業やイスラエルなどの製品はボイコットしている。それでもパソコンは使うし、iPODがなければ生きていけない。
いわゆる先進国に住んでいたら、これら私設帝国の製品とまったく付き合わずに生きていくことは残念ながら出来ないだろう。けれど、そこで諦めてしまっては彼らの奴隷になってしまう。事実を認めた上でどうやってサバイバルしていくか、著者の体験に基づいたことが客観的に書かれた、とても良い本だった。勇気付けられます。
                                                                                                                                                

もう一つ面白かったのが小説『ルック・バック・イン・アンガー

ルック・バック・イン・アンガー

ルック・バック・イン・アンガー


一部で熱狂的なファンを持つ小説家、樋口毅宏の新作。表題はデヴィッド・ボウイ(66歳の新作『The Next Day』、良かった)の昔の名曲か、と思ったら関係なかった。著者がかって勤めていたという90年代から2000年代初頭にかけてのアダルト本出版社を舞台にした編集者たちの物語。
                                            
読み始めたら止まらなくて1日で一気に読んでしまった。相変わらずのえげつない暴力描写はすさまじいし、ボクには全然理解できない世界のことも多い。だが嫌悪感はない。物語の中で起きる凄まじい事柄をひたすら淡々と描いているからだけでなく、この小説は最初から最後まで既成の権威や概念と闘う姿勢が貫かれているからだと思う。
帯には著者の『この本を石原慎太郎に捧ぐ』という献辞が書かれている。直接的な理由を書くとネタバレになるので書きませんが、まさにそれにふさわしい作品だ。あとがきで著者はインスパイアされた小説、音楽、映画などを挙げている。その中に石原慎太郎の『沈黙の教室』がある。牢獄のような高校生活とそれへの嫌悪を描いた、ボクも好きな作品だ。この作品は『沈黙の教室』に代表されるかっての石原へのリスペクトと、都庁と言うケチな帝国の小君主に成り下がった現在の石原への嫌悪に満ち溢れている。
                                                 
『ルック・バック・イン・アンガー』は乾ききった文体で自分の内面を容赦なく掘り下げていく。そして最後には、文字通り白く明ける朝とセンチメンタルだけが残る。まるでヤケクソ気味だが美しい、まるでバラードのようだ。著者がインスパイアされた作品の中には佐野元春の『情けない週末』も挙げられている。80年代初頭のセンチメンタルすぎる、目くるめくように美しいロック・バラードは、この作品と大変良く似ている。
普段は鎧の奥にしまっている、自分の心の一段深いところで感銘を受けた作品だった。