特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

今度、パンケーキを焼いてあげる:映画『50/50』

今や節電騒ぎなど遠い昔のように、東京の街はどこもかしこもイルミネーションを飾っている気がします。さすがにLEDだけど。
先週 東京電力の西澤という社長が『電気代値上げは電力会社の義務であり権利だ』と発言したのには本当にびっくりしました。加害者である東京電力の義務はまず、被害者への補償と除染、それに放射性物質のこれ以上の流出を防ぐことに決まってるだろ(勿論まだ、何一つマトモに実現していない)。やはり地域独占で電力会社が存在するという仕組みを解体しない限り、日本には民主主義は存在し得ないんでしょう。



人ごみを掻き分けながら、渋谷で映画『50/50』(フィフティ・フィフティ)。50/50 フィフティ・フィフティ | アスミック・エース
難病をテーマにしたような映画なんか、あんまり見たいとは思いません。見ていて楽しいものではないし、お涙頂戴ものはごめんだし。 それでも見に行ったのはキャストに惹かれたからです。主人公は『(500)日のサマー』のジョゼフ・ゴードン=レヴィットくん、彼を担当する新米セラピストは『マイレージ・マイライフ』でアカデミー賞候補になったアナ・ケンドリックちゃん。
シアトルのラジオ局に勤める27歳の男性がある日 特殊な癌にかかっていることを宣告される。 生存率は50%。そこから彼はどうやって生きていくのか、そんなお話。



レヴィットくんの演じる主人公の造形がとても面白いです。同棲する恋人に『あなたって主婦みたい〜』と言われる、清潔好きな彼。健康にも気を使っていて酒、タバコはやらないし、危険だからと車の運転すらしない。アメリカ西海岸で車の運転をしないというのは相当珍しいキャラクターではじゃないですか。性格は温和で、恋人が浮気しても声を荒げたりしない。仕事でも自分が関心があることはやりたいが特に大きなことをやりたいわけでもない。若いにも関わらず老成しているといっても良い。ケンドリックちゃんにセラピーの一環として手を触れられても他人に触られるのは気持ちが悪い、と告白するような文字通りのミスター草食系です。今夏公開された『メタルヘッド』では4文字熟語連発のヘビメタ男を演じていたけれど、この人にはこういう役が良く似合ってます。あまり口数が多い役ではないせいもあって、表情の演技もすごく楽しめます。やっぱり男前だし(笑)。

●この映画では、苦しいはずの抗がん剤治療まで笑いのネタにする。

友人が難病にかかって生死の境をさまよう話は親友役を演じるセス・ローゲン(グリーン・ホーネット)の実体験だそうです。友人の病気をネタにしてナンパしまくる彼が出てくると、陰鬱な闘病生活が楽しげにすら見えてきます。一見 トンでもない奴だが実は、ってところが泣けるんです。
今回のケンドリックちゃんの役柄はマイレージ・マイライフで演じていた新米コンサルタントと重なるところがあります。自分に自信が持てず、不器用で、体当たりしていくしかない。前回はダークスーツ姿がまぶしかったけど、今回はもうちょっと垢抜けない感じです。そこがまた、かわいらしい。
主人公の母ちゃん役のアンジェリカ・ヒューストン、30歳近い息子の世話を断固として焼き続けようとするド迫力はマジ怖い。けれど、こういう人って居ますよね〜。


登場人物それぞれの描写が細やかで説得力に溢れているだけでなくその存在自体が肯定されています。病気の主人公を捨てて浮気する恋人ですら、そうです。だから重病という辛い現実を描いていても、観客には映画の中の世界が魅力的にすら見えてしまいます。


飄々としたレヴィットくんだけど、病の進行に連れて周囲の人間関係は変わっていくし、本人の苦悩も次第に深まっていく。そのなかで彼はさりげなく成長していく。ナンパもしてみるし、マリファナも覚えるし、他人に触られても嫌悪しなくなる。車の運転すらしない草食系が、手術の前日には無免許で車を暴走させたり、女の子に告白までするようになる。そうやって彼が成長していく過程が全然押し付けがましくないんです。それでいて人生を肯定する姿勢は一貫しているから、お話は上質な笑いと穏やかさを保ったまま。4文字熟語が連発されたり、下ネタが出てきても、語り口はさりげなく、上品なんです。クライマックスの台詞が泣かせます。


今度 パンケーキを焼いてあげる
なんて素敵な口説き文句じゃないですか。


こんなに後味がさわやかな映画は珍しいです。マイナー映画のつもりで見に行ったんだけど、案外お客さんが多く入っていたのは良くわかります。ボクはこの映画、大好きです。今年見た映画で5本指に入ります。 せわしない年末に、穏やかで良い映画を見ることが出来て本当に良かったです。