特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

これが芸術だ!:映画『シラノ』

 先週金曜日のBS-TBS『報道1930』で、『安全保障面から見ると、この1週間で過去20年分以上の変化があった』と言っていました。確かにその通りです。先進国の間では外交を行えば武力は使われない、という冷戦後の前提が崩れました。この事実は重いと思います。

 目を覆いたくなるような戦禍が伝わってきます。原発への攻撃には目を疑いました。例え、キエフが陥落してもゲリラ戦が行われるでしょうから、ウクライナの問題はまだまだ長引くでしょう。それだけでなく今後 バルト3国や北欧、ポーランドなど様々な国に問題が波及していく可能性が高い。
 

 独仏は軍備を増強するそうですし、非同盟・中立のスウェーデンフィンランド集団的自衛権に舵を切りつつある。
news.yahoo.co.jp

 アメリカに一方的に依存して、9条で平和を保ってきた日本がそのままでいられるかどうかも判りません。どこも侵略しなかったウクライナは一方的に武力で侵略を受けたわけです。日本も環境変化に応じた対策を真剣に考えなくてはいけないでしょう。

 抑止力の問題だけでなく、原発を国内に置いておくとどうなるか、再生エネをどうしてもっと拡大させていかないのか。根本的に考え直さねばならないことが山ほどある。

 経済面での変化(石油、天然ガス価格の上昇、円安によるスタグフレーション?)まで考えたら、これから世の中はちょっと想像できないレベルまで変わっていくかもしれません。

 ウクライナから逃れる人を迎えるベルリンの人たちを報じたBBCのニュース↓、多くの人が引用していますが、すごく良いニュースです(クリックすると字幕付きのビデオが見られます)。権力者の狂気に多くの人々が脅かされる中で、わずかに市井の人の善意が希望の灯をともしています。

 中東やアフリカなどからの難民受入れとは全然違う態度や人種差別や男性の出国を認めないウクライナ政府の問題点を指摘する人もいます。
 大事なことはまず、目の前の人を救うことだと思います。こういう時 よく湧いてくる『どっちもどっち』みたいな言い方でこういう行為をくさしたり、実際に人を殺しているロシアに抗議することもしない、橋下徹やれいわ新選組の連中のように自分を正当化することしか考えない連中がボクは一番 腹が立ちます。

 日本がウクライナに防弾チョッキを供給することに共産党の田村議員が一旦賛成した後(笑)、翌日 党として反対に転じましたけど、困っている人たちを助けるのに何の問題が有るのでしょうか。ウクライナの人たちにとって今欲しいのは防弾チョッキなのか、食料や医薬品なのかはボクには判りませんが、先方からは要望があったのでしょう。

 共産党は、平和を守るために非武装中立で行こう、とでも言いたいのでしょうか(笑)。共産党に限らず、リベラル寄りの中にそういう人たちがいることは否定はしないけれど、頭悪すぎる。それじゃあ、いつまで経っても自民党の天下が続くでしょう(笑)。

●その一方 枝野氏が言ってることは遥かにマトモです。



 と、いうことで、六本木で映画『シラノ

17世紀のフランス。軍の小隊長、シラノ(ピーター・ディンクレイジ)は小人症だが剣の腕が立つだけでなく、詩の才能にも恵まれていた。彼は従妹のロクサーヌ(ヘイリー・ベネット)に思いを寄せていたが、自分の容姿にコンプレックスを感じて告白できない。やがてロクサーヌはシラノの部下、クリスチャン(ケルヴィン・ハリソン・Jr)に惹かれるようになり、シラノに恋の仲立ちを頼むのだが。
cyrano-movie.jp


 17世紀フランスに実在した剣豪作家をテーマにした古典的な戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』をミュージカルにした舞台を映画化した作品です。監督は『ウィンストン・チャーチル』などのジョー・ライト

 何度も舞台化、映画化された有名作品ですが、お話自体は興味ないんです(笑)。現代最高のロックバンド、『ザ・ナショナル』が音楽を担当しているということで、これは見に行かなくてはいけないと思ったんです。

 ザ・ナショナルがブレイクしたのはオバマ大統領やブルース・スプリングスティーンが彼らの曲を年間フェイバリットに挙げたことが切っ掛けでした。
オバマ大統領が年間のフェイバリットに推した’’Fake Empire''。ミシェル夫人からは『映画も音楽も暗い物ばかり好んでいる』と呆れられているそうです。

www.youtube.com

 オバマ大統領が年間フェイバリットに推した’’フェイク・エンパイア’’は離婚寸前の夫婦の深夜の会話をテーマにしたものです。聞いていると自殺したくなります(笑)。他の曲も学生時代モテなかった話とか、俺を殺してくれとか、皮肉が利いた歌詞は一貫して内省的で暗い(笑)。ボクはとても共感出来ます(笑)。
●2011年の来日公演の写真はボクのスマホの待ち受けにしています。めちゃめちゃカッコよかった。衝撃でした。 
 

 ダイナミックなリズム隊をバックにした強力なロックバンドではあるのですが、同時にバックでは残響音や音階を無視した効果音が使われています。音響系とかアート・ロックとも称されますが、ロック+現代音楽という感じでしょうか。
●シンプルなようで皮肉に溢れたこのジャケットがバンドの性格をよく表しています。

 初めて聞いた時 こういうバンドが出てくるのはアメリカという社会が病んでいる証拠でもある、と思いました。ただしアメリカはザ・ナショナルのように社会の状況を意識的に表現している音楽が出てくるだけ、ひたすら無自覚な商業音楽ばかりの日本よりは遥かにマシです。

 20年に反トランプを明確に打ち出したばかりのカントリー界の大スター、テイラー・スイフトが新作のプロデュ―サーに迎えたのがザ・ナショナルの面々だった、と言えばバンドの性格がよく判ります。世界各国で1位になったアルバムの中からのシングル、ザ・ナショナルの面々が音作りをした’’カーディガン’’は日本のワイドショーなどでも度々流れていました。


 もとい、映画『シラノ』は美しい貴族の娘、ロクサーヌが絶大な権力を持つ公爵から言い寄られるところから始まります。

 公爵はカネの力でロクサーヌを演劇に連れ出します。

 しかしロクサーヌは若い兵士、クリスチャンに恋している。

 彼女は自分の幼馴染であり、兵士の上官で勇敢な騎士でもある詩歌の達人、シラノに恋の仲介を頼みます。

 しかしシラノも彼女に恋していたのです。

 今までのシラノ・ド・ベルジュラックは鼻が大きい異形の人という設定でした。役者は作り物の大きな鼻をつけて演技をしていた。
 ドパルデューも 

 吉田剛太郎も(笑)

 今回のシラノは小人症という設定です。もちろんシラノを演じる俳優、ピーター・ディンクレイジ本人が小人症(身長132センチ)であることを生かしているのです。

 大ヒットしたテレビシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』で名を挙げ、最近も『パーフェクト・ケア』での好演が記憶に新しいピーター・ディンクレイジはとても演技力がある人ですが、彼を生かした物語は説得力がまるで異なる。切実さが全然違います。

 死をも恐れない勇敢な騎士のシラノですが、小人症の自分はロクサーヌには釣り合わないと、本当の自分の気持ちを出すことを怖れ続けています。

 ミュージカルですから、お話は音楽と共に進んでいきます。

 事前にサントラは聞いていたのですが、それだけでは実はピンと来てなかった。

 しかし映像を見ながら音楽を聴いていると実に素晴らしい。物語と音楽が見事にシンクロしている。それだけでなく、斬新な音楽の使い方と革新的な脚色で古典的なお話が新たな生命を得ているかのようです。

 音楽と脚色、映像が文字通り三位一体となっている。面白いというより、こういう音楽や演出があったのかという新鮮な驚きで興奮しながら画面を見ていました。


 
 主演のピーター・ディンクレイジは素晴らしいです。小人症を主人公にした恋愛ものはご本人の宿願だったそうですが、演技も歌も真に迫っている。
 唯一 ケチをつけるとしたら、ピーター・ディンクレイジ以外のキャストがやや弱いかな、とは思いました。特に歌。ピーター・ディンクレイジバリトンは全く文句はないんだけど、他の人はそれほど驚くような点がなかった。それでも水準以上ではあります。最近は『アレサ・フランクリンの伝記映画』や『イン・ザ・ハイツ』などで文字通り、超人的な歌唱力やダンスを見せつけられているので、それと比べると負ける、というだけです。


 小人症というシラノの設定だけでなく、クリスチャンが黒人だったり、登場人物たちの間に明確な階級意識が感じられるなど現代的な視点が所々に盛り込まれています。
 貴族たちが華やかな暮らしを楽しむ反面、兵士は戦場で使い捨ての道具のように死んでいき、庶民は貧困に苦しむ王政時代の描写に救いの無さを感じてしまうのですが、これもまた現代を象徴しているかのように思えます。その中でとうとう、シラノは安息にたどり着く。

 映画を見るというより、『体験』でした。創造的な音楽と脚色、映像美が、観客を驚かせ、感情を揺さぶります。最後は思わず嗚咽の声が出てしまいました。素晴らしいです。まさにこれが芸術だ(笑)。今年のベスト5には入るであろう傑作です。


www.youtube.com