特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

ワンオペ主婦を巡る映画2題:『オン・ザ・ロック』と『82年生まれ、キム・ジヨン』

 この前 教育関連の会社をやっている人と話す機会がありました。そこで、びっくりするようなことを聞いたんです。
 最近の学校、中学、高校では子供の『ノートの提出』がある、っていうんです。私立はともかく、東京の公立学校では8割ぐらいがノートの提出があって内申点の参考にされる、とのこと。
resemom.jp


 そもそもノートの取り方なんかに客観的に点がつけられるのでしょうか。
 ボクは子供の時から、ノートなんかまともに取ったことはありません。自分の字が汚な過ぎて、読み返しても読めなかったからです(笑)。ノート自体はとりましたけど、それは単に内容を頭に入れるための肉体的なエクササイズでした。
 そもそも学校の授業なんか真剣に聞くものじゃないでしょう(笑)。子供心にそう思ってました。ボクの頃 ノート提出なんかあったら0点間違いなしです。

 そもそもノートなんか取ろうが取るまいが、奇麗に書こうが書くまいか、そんなの個人の自由です。それを強制的に提出させて点をつけるなんて、理解が出来ません。文科省が決めたんだかPTAの要望だか、何だか知りませんが、それをやってる教師も頭おかしい。これ、人権の問題です。
 都市部では公立が地盤沈下して、多くの学生が私立へ行きたがる理由がよくわかりました。

 これじゃあ、教育というより飼育、です。人を育てるはずの学校で、北朝鮮もびっくり人権無視の社畜育成をやってる。ノートを強制的に提出させるような学校では自分の頭で考える子供が育つわけがありません。
 そんなに、将来の日本人に中国や東南アジア諸国など新興国企業の下請けをやらせたいのか。ましてや、こんなことをさせられて、自分から政治参加をしよう、なんて市民が育つはずがない

 子供の時からこんなことをやってるようじゃ、マジで日本の将来はダメですね。一人一人の個を学校ぐるみで、しかも笑顔で圧殺してるんだもの。
 今の時代に育たなくてよかった、とつくづく思いました。同時に今の子供たちに申し訳ない、とも。やっぱり、日本の将来はお先真っ暗でしょう。




 と、いうことで、奇しくも今回はワンオペで子育てする主婦が主人公の映画2つです。対照的な作風ですが、どちらも面白かった。

 まず、新宿で映画『オン・ザ・ロック
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ontherocks-movie.com


 ニューヨークで暮らすローラ(ラシダ・ジョーンズ)は、ライターをしながら夫のディーン(マーロン・ウェイアンズ)や子供たちと忙しくも穏やかな日々を送っていた。しかし結婚生活が時を経るにつれ、夫の残業が増え、スキンシップが減ったことから彼女は夫の行動に疑いを持つようになる。ママ友たちに相談しても埒が明かず、ローラはプレイボーイとして名をはせた父親のフェリックス(ビル・マーレー)に相談する。フェリックスはローラに、ディーンの尾行を提案するが


 フランシス・コッポラの娘、ソフィア・コッポラの監督・脚本の作品。この人のデビュー作、新宿のホテル、パーク・ハイアットを舞台にした2003年の『ロスト・イン・トランスレーション』は個人的に本当に大好きな映画です。

ロスト・イン・トランスレーション [DVD]

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  • 発売日: 2004/12/03
  • メディア: DVD

 新婚旅行先で夫に放っぱらかしにされた若妻(スカーレット・ヨハンソン)と中年の危機を迎えている映画俳優(ビル・マーレイ)の物語はコミカルでありながらも、漂う喪失感が美しくて、なおかつお洒落で、非常に共感できる作品でした。たまにパーク・ハイアットへ行くたびにこの映画のことをいつも思い出します。あの映画の孤独な空気が今も残っているような気がする。
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 それから20年近く経ってもソフィア・コッポラは、アカデミー脚本賞のこの作品を超えるものは作っていない、というのが正直なところですが、この人の映画には何となく惹かれてしまいます。画面や音楽のセンスは明らかに良いので。


 NYを舞台とした今作は、その『ロスト・イン・トランスレーション』のビル・マーレイと組んでいます。制作は良質な映画ばかり作っているA24。アップルが配給ということで、日本では映画館での公開は3週間、その後 配信に移行します。地味な扱いですが、期待は結構高い。

 お話はローラと夫の結婚パーティーから始まります。大勢集まった華やかなパーティーを抜け出し、二人は地下道を降りていき、地下の重厚な石造りの部屋にあるプールに全裸で飛び込む。
 なんと、カッコいいんだ。こんなところ何処にあるんだ、と正直度肝を抜かれました。
●ローラと夫。お洒落なレストランです。
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 ここから、幻滅する日常、結婚生活が始まります(笑)。在宅のライター仕事と子育て・家事に分刻みで追われるローラ。
 夫は会社を立ち上げたばかりで中々家に帰ってきません。出張もしょっちゅう。会社へ行けば、秘書をはじめとして夫の周りには奇麗どころが揃っていて、会社のパーティーどころか出張まで一緒です。
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 ローラの心中はどうしたって複雑です。ママ友たちに相談しても埒が明かないローラは、超プレイボーイとして浮名を流している父親(ビル・マーレイ)に相談します。
 画商として仕事をしつつ、女性というライフワークを追求する生活を過ごしている父親は運転手付きのベンツで娘の元へ駆けつけます。自分と同じように、夫は浮気しているんじゃないか、というのです。父親は娘に夫を尾行することを提案します。
ビル・マーレイの水玉のスカーフは多分 ベルルスコーニと同じもの。ボクも買おうと思ってます(笑)。
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 NYを舞台にしたお洒落な物語ということで、ウディ・アレンの作品が連想されます。お話としては大したことないんですが、見ていて結構楽しい。
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 ウディ・アレンにまねできないのはビル・マーレ―のカッコよさ(笑)。行きつけの超お洒落なレストランでもホテルでも、常に女性を口説いています。
●孫娘と一緒でも女性を口説いているように見える(笑)
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 それが嫌みじゃないし、軽くもない。苦み走った陰影の深い顔。だけど奥底には人の好さが漂っている。ビル・マーレイ、歳をとって一段とカッコ良くなりました。
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 ローラの夫を尾行するのでも、変装ということでベンツをクラシックなオープンカーに乗り換え、キャビアシャンパン(クリュッグ!)持参でやってきます。変装になってない(笑)。交通違反で捕まっても、口八丁で警官を煙に巻いてしまう。
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 ばかばかしくも、堂に入ってるんです。嘘っぽくない。まさに芸の力です。
●実際の撮影風景。左がソフィア・コッポラ
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 傑作でもないし、感動するとか思い入れを持つような作品ではありません。苦い皮肉をかみしめながら、非日常のお洒落でセンスある光景を見ているだけでも楽しい小品。そこもウディ・アレンの作品とそっくりです。洒脱だけどありがちなオチも含めて、ボクは結構楽しかったです。

 これから配信が始まるようですが、配信で軽く見るのには超おすすめ。面白いです。

名コンビ再び!ソフィア・コッポラ監督×ビル・マーレー『オン・ザ・ロック』予告編


 もう一つは、銀座で映画『82年生まれ、キム・ジヨン
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klockworx-asia.com

 結婚を機に仕事を辞めたジヨン(チョン・ユミ)は女児を設けたが、育児と家事、夫の実家からの男の子を産めというプレッシャーに悩まされていた。ある日、ジヨンは他人が乗り移ったような、まるで憑依されたような言動をするようになるが、当人には記憶も自覚もない。夫のデヒョン(コン・ユ)は心配するが、ジヨンにそのことを中々告げることができなかったのだが

 日本と並ぶジェンダー平等後進国、男尊女卑大国として悪名高い韓国で130万部を超えたベストセラー小説を映画化、こちらも公開時1位を記録した作品です。ボク自身は未読ですが、日本でもこの小説は話題になりました。

82年生まれ、キム・ジヨン

82年生まれ、キム・ジヨン

 ちなみに日本は最新のジェンダーギャップ指数は世界121位。先進国ではもちろん最低サイアク。108位の韓国どころではありません。
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 ちなみに日本は政治・経済面での女性進出が著しく遅れていることが低順位の原因になっています。
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www.gender.go.jp


 ボクは韓国社会のことは全くの無知なのですが、キムもジヨンも韓国ではごくありふれた名前だそうです。1982年という民主化直前に生まれた年代、過去の因習と現代の価値観のはざまの年代の平凡な一人の女性を描いています。

 映画はソウルのマンションで、ジヨンが家事や育児に追われているところから始まります。大学の文学部を出て広告会社に勤めていたジヨンですが、結婚して現在は専業主婦。優しい夫は大企業に勤めているようです。
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 ジヨンは子供を預けて働きたいという希望はあるのですが、夫はあまり良い顔をしない。家に閉じ込められたジヨンは毎日が孤独です。
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 ソウルに住むジヨン夫婦は正月に釜山にある夫の実家に里帰りすることになります。
 田舎ということもあるのでしょう、親族一同が集まって、御馳走を食べる。しかし御馳走などの用意は女たち、とくに嫁の仕事です。ジヨンは義母の顔色をうかがいながら忙しく働いているのに、役立たずの男どもは座っているだけ~。
 で、席に座れば、『男の子はまだか』とプレッシャーをかけられる。『嫁は男の子を4人は産め』というセリフがあったのには流石にびっくりしました。
 それだけでなく、食卓での話の端々からジヨンはソウルにいるときも電話で義母からプレッシャーをかけられまくっていることがうかがえます。
 
 顔色が悪くなったジヨンは突然 彼女の実母が憑依したかの口調で、ジヨンの立場の弁護を始める。訳が分からず、静まりかえる食卓。夫のデヒョンは体調が悪いことにして、慌てて彼女を連れ帰ります。 
 実は普段の生活でもジヨンは心を病んでいるのか、度々 誰かが憑依したような行動をするようになっているのです。
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 そこから物語は回想シーンを混ぜながら、ジヨンたち韓国の女性が直面する現実を語っていきます。
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 子供の時から、教育も普段の生活もなんでも男が優先。ジヨンの母は男兄弟の学費を稼ぐため、学校に行かせてもらえず工場で働かされ続けました。子供だったジヨンは不思議でしょうがなかった。
 思春期になりバスで性犯罪の被害に遭いかけると、父親から『男に対して微笑んだり、スカートを履いているような女性が悪い』と言われる始末。ここいら辺は日本でも一緒ですね。

 やっとの思いで就職しても昇進は男が先。育休や時短をとれば職場では邪険にされる。
 親に育児を任せることで仕事に専念するバリキャリの道を歩んでも、上司や周囲には女性の役割を期待されるし、どこかでガラスの天井が待っている。

 専業主婦になっても、外出先で子供が愚図れば周囲から邪魔者扱いされる。儒教の影響で高齢者の権力が強い韓国社会ですが、義実家を始め、高齢者は訳の判らない男尊女卑思想・習慣を押し付けてくる。
 ジヨンや周囲の女性たちにとって、右を見ても左を見ても息が詰まるような世界です。

 ジヨンの夫のデヨンは性格も優しいエリートサラリーマンです。が、辛そうなジヨンを見て『家事を手伝おうか』と言うなど根本的にわかってない。家事は自分のことでもあるのに他人事なんです。だから心の病を抱えたジヨンを心配することはできても、正面から向き合うことができない。

●夫のデヨン。高圧的なところもなく、やさしい夫です。良心的な部類でしょう。だから始末が悪い。
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 女性が直面する『あるある話』が延々と語られます。執拗、と言ってもよい。これが全然嫌味に感じないのは日本でも共通していることが多いからです。『形式的に差別はない』と言い張る医学部入試が典型で、日本の方が表面には出てこない分だけ、陰湿です。

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 話としてはそれだけではあるんですが、語り口・設定は非常に巧みです。説得力あります。これを見て共感する女性は多いのではないでしょうか。実際 客席は女性ばかりでしたが、本当は男が見ろって。

 映画に出てくるのは殆どが善人です。そして無知だったり幼稚だったりする男だけでなく、主人公の周囲の女性も古い価値観を他人に押し付けてくる。共犯です。さらに子供の時から、いわば洗脳教育が続いている状態ですから、大人になった本人の意識の中にも男女の役割意識が内面化されている。本当に始末が悪いのですが、それが現実でもあります。
●長年苦労していた実母(右)だけはジヨンのことを判ってくれているかのようです。
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 唯一 ジヨンの実家、母親と姉、弟はそれほど男女のジェンダー意識が硬直的ではありません。元公務員で通貨危機で失業した父親の代わりに母親が家の大黒柱になっていたからです(ここいら辺の設定は本当に巧みです)。姉は独身を貫く教師、弟は男として贔屓されて育ったにしろ、そこで図に乗るようなことはしない。そして父親は存在感がない(笑)。
 実家はジヨンの唯一の逃げ場になります。ただ、この点だけは差別主義者ばかりのお話の中で、話がうまく行きすぎだろう、という違和感も感じないではなかった。

 原作とは違って、映画では主人公に希望を提示して終わります。それはそれで悪くない。エンタメとして成り立ってます。単に男女差別を告発するだけでなく、主人公のジヨンの成長物語にもなっているからです。
 唯一 主人公のジヨンを演じる女優さんは若く見えて、とても82年生まれには見えんぞ、とは思ったのですが、実際にご本人は83年生まれだそうですから、ボクの方が間違ってました(笑)。

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 映画としての後味は悪くありません。それが違和感なく、ちゃんと着地する。ただ、めでたし、めでたし、という気には全くなれません。それは韓国以下の男尊女卑大国ニッポンに住む我々が抱えている問題があまりにも根深いからです。逆説的ですが、そう思うのはこの映画の『あるある描写』が巧み、ということなんでしょう。

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 もしボクが女性だったら、もし韓国や日本で生まれていたら、絶対に結婚なんかしない(笑)。こんなバカ連中に付き合ってられるか
 韓国や日本で女性に明示的にでも、暗黙的にでも、押し付けられるているであろう規範、良い妻、良い母、更に良い労働者、まさにムリゲーでしょう。男だってそんなことが出来る奴がどれだけいるんだって(笑)。ふざけんな、バカ。

 日本も韓国も、どちらの国も社会が『個』の存在をあまり認めない。これがこの映画を見ての個人的な感想です。
 映画としては全然 悪くないです。こうやって言いたいことがバーッと出てくるのですから(笑)、良い映画でしょう。それに音楽は環境音楽っぽくて非常におしゃれだし、ファッションやインテリア、街並みなど現代韓国の描写も興味深かった。面白いです。韓国映画でこんなに洗練されたものも出てくるんだな、とも思いました。

『82年生まれ、キム・ジヨン』予告 10月9日(金)より 新宿ピカデリー他 全国ロードショー


#オンザロック #82年生まれキムジヨン