特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『ホロホロ鳥のクリーム煮』と映画『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』

 どこにも出かけるところがないこの週末、近所のイタリアンがテイクアウトを始めたというので、夕飯のおかずを買いに行ってきました。こんな時期ですから、少しでも応援しようと思ったのです。

 そこはシェフがNHKでパスタの作り方を教えたり、何年か前に雑誌でイタリアンのNO1になるなど、一部では名が知れたところではあるんですが、普段はマスコミにも殆ど露出しない。看板もまともにない、判る人にしか判らない小さいレストランです。そういう店でもやっぱり、営業がストップしてます。
●入口には看板もなく、庭を下っていくと小さな店が現れます。知らない人は絶対たどり着けない(笑)

 迎えてくれたマスク姿のシェフ氏に『大変な時期ですけど、頑張りましょう。落ち着いたら、また食べに来ます』と言って品物を受け取りました。そして料理の温め方や時間を聞いて店を後にする際、店の外にまで響く『ありがとうございました』という彼の大きな声が聞こえてきました。
 単なる店と客、お互い大した言葉は交わしませんが、少しだけ気持ちが通じればいいそれが連帯というものだと思います。

 買ってきたのは『ホロホロ鳥のクリーム煮』。普段店で出すものとは違って、湯煎にすれば家庭でも美味しく食べられるようなものを工夫している。
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 といっても、ただのクリームではありません。鮎の熟れ寿司のお米の部分をクリームにしてタケノコやマッシュルーム、刻んだニンジンを入れたもの。濃厚な熟れ寿司の味が元々コクがあるホロホロ鳥の肉とピッタリ。しかも糠漬けにしたタケノコと粗く刻んだニンジンが良いアクセントになっている。こんな料理は食べたことがない。ちょっと驚きです。
 
 レストランと言えども、こうやって創意工夫を凝らして真摯にやっている店はもう、文化だと思うんです。こういう創意工夫は大資本ではとてもできない。
 音楽も映画も演劇も本もそうですが、文化は我々自身の手で守らなければいけない。
キャンペーン · #SaveTheCinema 「ミニシアターを救え!」プロジェクト · Change.org
 単に我々を慰めたり、楽しませてくれるだけでなく、文化こそが我々の思考を解き放ち、我々を自由にするのですから。



 土曜深夜のNHKETV特集緊急対談 パンデミックが変える世界 〜海外の知性が語る展望〜」、先週に引き続いて、これも実に面白かったです。

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www.nhk.jp

 外交シンクタンクの代表イアン・ブレマー、『サピエンス全史』の歴史家ユヴァル・ノア・ハラリ、経済学者・歴史家のジャック・アタリ先生が現在の危機について約20分ずつ語ったものです。
 普段は職業も立場も意見も異なる3人ですが、内容は
『現在の危機は1920年代の世界大恐慌以来のものであること』、
『強権的な政府か市民へのエンパワーメントか、格差拡大かグルーバルな連帯か、我々はある種の岐路に立たされていること』、
『現在の危機をチャンスとして新しい世の中を作っていかなければならない』

というところが一致していたのが面白かったです。



 普通に考えると、今回のコロナ危機を切っ掛けにして、強権的な政権が誕生したり、雇用形態や先進国/発展途上国間の格差が一層拡大することなどが予想されます。だからこそ、現代の経済システムや雇用のありかたを変えていかなければならない という指摘です。


 危機に乗じて政権や大資本が自分たちが都合の良いように世の中を変えてしまうこともありますけど(ショック・ドクトリン)、逆にジャック・アタリ先生が『恐怖を感じるからこそ人間は良いほうにも変わることはできる』、そして『強い政権と民主主義は両立しうるチャーチル時代のイギリス)』と言っていたのも鋭い指摘だと思いました。


 今回のコロナ危機ではただでさえ陰謀論も広まるでしょう。人々の間に不安も広まる。

 経済はGDPが二桁以上落ちるような多大な打撃を受けることは間違いないし、打撃は一般庶民や途上国ほど大きくなる。
 一歩間違えれば、恐慌で治安が悪化したり戦争に結び付くことだってあるし、デジタル技術を利用した強権的な国家や排外的なポピュリズム政権が誕生、人類に中世のような暗黒時代が訪れることもあり得ます。

 だから個人や心ある企業は、このピンチをチャンスにできるか選択が迫られている。
 医療や福祉、文化など人間が本当に生きるために必要な産業を中心にした『ポジティブ経済』へ移行しよう、というアタリ先生の発言はそのヒントになると思いました。一見 夢物語に聞こえますが、アタリ先生らが唱えていたEUの構想だって、最初は誰も信じなかったはずですからね。

 今回の発言が普段彼らが言ってることと大きな違いがないのも面白かったです。日頃から彼らは普遍的なことを言ってたんだな、と感じた次第。

 詳しい内容はyonnbabaさんがまとめて下さっていたのでそちらをどうぞ。
hikikomoriobaba.hatenadiary.com

 4月16日(木)午前0:00~午前1:00に再放送があります。

 

 

 
 ということで、映画『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方
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synca.jp

 TV・映画制作者のジョンと料理研究家モリー夫妻は犬のトッドとロサンゼルスのアパートで暮らしていたが、トッドの鳴き声が原因でアパートを追い出されてしまう。それを機に夫妻は、本当に体に良い食べ物を育てるために自然農法の農場を郊外に立ち上げることにするが。

 アメリカ西海岸に住む夫婦が荒れ地に自然有機農法の農場を立ち上げ、軌道に乗せるまでのドキュメンタリーです。
 LAに住むジョンとモリ―の夫妻は犬の鳴き声に関する苦情を受けて、かねてから夢見ていた自然有機農法の農場を立ち上げることを決意します。妻は有機野菜の料理研究家です。窮屈な都会暮らしを捨てて自分たちで安全でおいしい野菜を作ろうというのです。
●夫のジョン。愛犬のトッドと暮らすため、TVの仕事を辞め農園で暮らしを立てることを決意します。この映画の監督でもあります。
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 最初は資金集めから。プレゼン資料を作って説明会を実施、投資家に資金を募ります。日本だと何年もかけて自己資金を貯めるか、頭の固い銀行や公的機関などに資金を借りに行くのが普通でしょうけど、アメリカはこうやって資金が集まるんですね。
 農場を作るというより企業のスタートアップです。面白いなあ。
●妻のモリ―。料理研究家です。食卓には毎日、自然農法で作った野菜が並びます。
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 二人は出資を受けた金で郊外にある広大な荒れ地に農場を作ることにします。東京ドーム数個分です。そこには近年の干ばつで乾いた真っ赤な土が一面に広がっています。重機を借りてきて土を均し、穴を掘る。家を建てる。

 そして有機農法の先生(農家)を招いて指導を受けながら、灌漑して、牛や豚などの動物を飼って、たい肥を作り、広大な荒れ地をコツコツ耕していく。
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 もちろん順風満帆というわけにはいきません。二人は農業の素人、しかも農薬などを使わない自然農法ですから虫害、雑草、動物害など様々なトラブルが襲い掛かってきます。

 カタツムリは作物を食べてしまうし、果物を植えれば鳥に食べられてしまうし、イノシシなど近隣の動物も食べにくる。夜になると飼っている鶏をコヨーテが襲ってくる。しかも近年のカリフォルニアは水不足も多い。
 自然農法で収穫した作物を直販して現金収入を手早く得るつもりだった目論見は中々うまくいきません。集めた資金はどんどん減っていきます。
●最初に現金収入になったのは地卵でした
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 鍵になったのは自然の循環でした。野鳥や鶏は虫を食べ、野鳥はコンドルが食べる。土壌を耕してもくれるネズミが増えすぎるとフクロウが食べる。農薬などを使うのではなく、何年もかけて様々な動物や植物を共存させることで循環を作り出していくことで様々な害を防いでいくのです。
●豚と鶏の共生
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 あと、単なる理想主義ではなく、ネットで自然農法のインターンを募って彼らの労働力を利用したり(悪い意味でなく)、観光客(アグリ・ツアー)を積極的に受け入れて現金収入を確保するなど、商業主義、資本主義をうまく利用することで効果を出している。

 作物だって自分たちで直販する。自然農法の価値が分かるお客さんに適正な価格で販売する。日本のように、せっかくの作物を農協を通して十把一絡げで販売する社会主義のようなやり方や、まるで宗教のように商売を悪いことかのように扱うストイックな自然農法とはだいぶ違います。
 現実主義というか、作るだけじゃない、お客さんのところに届けることまで考えている。
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 撮影のうまさもあるんですが(笑)、画面にはまるで、桃源郷のような光景が広がります。これは素晴らしい。しかし近年発生した大規模な山火事で、農園が避難寸前の危機になり間一髪、というところで映画は終わります。

 近年の山火事の多発は地球温暖化の影響が大きい、と言われています。自然農法を取り入れても、単体の農園だけでは生きられないのです。
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 農業の素人から見ると、ちょっと話がうますぎるかな、という気もしないでもないのですが、美しい映像で調和がとれた環境が徐々に出来上がっていくのを見るのは正直言って楽しいです。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』予告編