特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『蚕のケーキ』と、離婚あるある話:映画『マリッジ・ストーリー』

 この週末 蚕のケーキというものを食べてみました。
 蚕を食品の原料『シルク・フード』として売り出している昆虫食のベンチャー企業が青山にポップアップ・ショップを出した、というので映画の合間に行ってみたのです。
●これは宣伝用写真。青山のポップアップ・ショップと原材料の繭


 畜産が排出する温暖化ガスは地球上の総排出量の5分の1、特に牛肉は飼料の栽培などで温室効果ガスを大量に排出するなど、環境への負荷が大きいことで知られています。小泉のドラ息子がNYの環境関連の会議でわざわざ記者を引き連れてステーキ屋に行ったのは世界の物笑いの種もいいところです。

 地球温暖化に加えて世界的な人口増加や乱獲によって、牛など従来のタンパク質に代わる代替タンパク質、環境への負担が少ない「昆虫食」や「植物肉」、「代替肉」が注目を集めています。アメリカでは代用肉のメーカー、『ビヨンド・ミート』は昨年NASDAQに上場しましたし、スーパーやファーストフードでも代用肉や代用肉のハンバーガーが売られているそうです。
business.nikkei.com

●これなんかシチューに入れたら鶏肉みたいで美味しかったです。コクとかダシは出ないですが。ただ、まだ高い。

 ちなみに2013年、FAO(国際連合食料農業機関)が人口増に対応するためには人類は昆虫を食べなければならなくなるというレポートを出しているそうです。2050年にはたんぱく質の需要は現在の2倍になるからだそうです。
 そんな状況を踏まえて、蚕はたんぱく質の割合が高いだけでなく、従来からある養蚕業という日本のノウハウを上手く発揮することができる、というのが青山の店を運営しているベンチャー企業の言い分です。
www.ellieinc.co.jp

 ボクとしてはそんな大げさなものではなく、とりあえず、味見をしてみたかっただけですが(笑)。
 
 店には蚕のハンバーガーなどもありましたがバンズが普通のパンで太りそうなので、蚕のシフォンケーキにしました。全体の10%、パウダーにした蚕が使われているそうです。
●表参道からすぐ近くの根津美術館の庭で。2枚目は宣伝用写真


 味は普通のシフォンケーキよりしっとりしてるかな。まあ、美味しかったです。粉にした蚕はナッツのような香りがするという触れ込みでしたが、あまり癖は感じなかった。そこは物足りなくもあり、誰でも食べられるとも言えるし。米粉のケーキに近い。こういう食品はもっと広まっていくと良いと思います。

 ただし、日本の場合 環境負荷を心配したり、食べ物を大事にしようというなら、資源だけでなく労働力まで浪費しているコンビニとかファーストフードとかを規制するのが先だと思います。コンビニの1日3回納品とか、どう考えたっておかしいでしょ。
根津美術館


 今回は、アカデミー賞も発表ということで作品賞、主演男優賞、主演女優賞にもノミネートされた評価が超高い作品です。

 今日発表されたアカデミー賞自体はどうでも良いですが、絶対何も取れないと思っていたジョジョ・ラビット』が脚色賞を取ったのは嬉しかった。話題の『パラサイト』は良く出来ているし、間違いなく面白いけど、描写がどぎついので、あまり好きじゃないんですよ。ジョジョ・ラビットには登場人物へのもっと深い『愛』がありますもん。
●2月7日の『ジョジョ・ラビット』の新聞広告。Vサインをしている出演者たち。左上の監督曰く、『広めるべきはヘイトじゃない。愛と寛容だ』。この映画は世界に蔓延るヘイトやデマと戦っていると思う。
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 渋谷のアップリンクで『マリッジ・ストーリー
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www.netflix.com

 NYで劇団の主宰兼脚本家をやっているチャーリー(アダム・ドライヴァー)と女優のニコール(スカーレット・ヨハンソン)は一人息子と一緒に暮らしていた。しかし長年の暮らしの中で夫婦の関係は悪化していき、二人は離婚を決め、ニコールは息子を連れて生まれ故郷のLAに帰ってしまう。それでも円満な離婚を目指していた二人だが、協議するうちに次第に相手への怒りが募り、お互いが離婚専門の弁護士を雇って激しく争うようになっていく。

 『イカとクジラ』、『ヤング・アダルト・ニューヨーク』のノア・バームバック監督の新作です。

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 アダム・ドライヴァースカーレット・ヨハンソンと今を時めく大スター二人が夫婦の離婚を演じて、ゴールデン・グローブ賞では作品賞、女優賞、男優賞、助演女優賞脚本賞、作曲賞の最多6ノミネート助演女優賞は受賞)。前述の通り アカデミー賞でも作品賞、主演男優&女優賞など6部門にノミネートされています。
 しかし、これも『アイリッシュ・マン』同様 制作はネットフリックス、配信がメインで、東京でも小劇場のアップリンクでしか公開されませんでした。ネットフリックスなんか入ってないので、根性で見に行きましたよ。
アダム・ドライヴァースカーレット・ヨハンソンが演じる一組の夫婦の離婚劇です。


 ノア・バームバック監督は『ヤング・アダルト・ニューヨーク』もほろ苦くもお洒落で良かったのですが、アカデミー脚本賞にノミネートされた『イカとクジラ』が非常に印象に残っています。両親の離婚に翻弄される12歳と16歳の兄弟を描いたもので、実にリアルな作品でした。監督の実体験だそうですが、ボク自身もその年代で親が離婚したので、主人公たちの気持ちには痛いほど共感できました。

 成人したバームバック監督は女優のジェニファー・ジェイソン・リーと結婚、自分自身も離婚しました。今回の『マリッジ・ストーリー』はその時の体験をもとに描いた作品だそうです(笑)。


 映画は精神科医の勧めで夫婦それぞれがお互いの良いところをノートに書きだすところから始まります。恋の始まり、楽しかったこと、お互いの長所、子供を授かったこと、まさに幸せな記憶です。

 しかし精神科医が、自分がノートに書いたことを相手に向かって朗読しあうよう勧めると、妻が爆発します。もう夫への想いはないのに、今更なんでそんなことをしなければいけないのか。こういう時 切り替えが早いのは往々にして女性だと思いますが、この映画は男女のいかにも『あるある』が満ちています。笑える。

 チャーリーはNYの新進気鋭の脚本家として、ブロードウェイに進出しようとしています。ニコールはLAでTV女優をしていましたが、チャーリーと結婚するため、NYに移ってきました。子供を授かり、当初は幸せでしたが、ニコールは段々と不満がたまってきます。キャリアを捨てた自分ばかり我慢しているのではないか。ニコールは家族の生活が離れ離れになることを厭わず、LAでのTV出演の仕事を受けますが、そうなるとチャーリーの方も不満を感じるようになる。

 それでも当初はお互い理性的に、円満に別れようとする。二人の間にはかわいい長男がいますから。しかし、ニコールが離婚専門の腕利き弁護士(ローラ・ダーン)に手続きを依頼したことから、お互いが抱えていた不満に火がついて、争いはエスカレートしていく。この、戦闘的な腕利き弁護士は監督が離婚する際の妻側の弁護士がモデルだそうです(笑)
ローラ・ダーン(左)がちゃらくて戦闘的な、LAの離婚専門弁護士を演じています。この役でゴールデングローブ&アカデミーで助演女優賞をW受賞。

 この映画の一番の見どころはアダム・ドライヴァースカーレット・ヨハンソンの演技合戦です。ここで見せる二人の演技、特に表情の変化は繊細で、すごい。セリフ以上に物事を語っている。
●お互いの心の距離を表す名シーンです。

 最初は抑え気味だったアダム・ドライヴァーが後半 どんどん気持ちを出していくところは文字通りゾクゾクしました。

 映画で俳優の表情だけで泣かされたのは初めてかも。歌唱シーンも素晴らしい。アダム・ドライヴァーは独特な顔立ちでスター・ウオーズの悪役の印象が強いかもしれないけど、スコセッシの『沈黙』やらジム・ジャーミッシュの『パターソン』、スパイク・リーの『ブラック・クランズマン』などを見ても、この人は若いけどすごい俳優、演技派だと思います。

 スカーレット・ヨハンソン国際法に違反してヨルダン川西岸の入植地に進出しているイスラエル企業『ソーダ・ストリーム』(この犯罪企業は日本でもソーダ水製造機を売ってます。)の広告に出ていたのが許せないので、自然と彼女の出演作は避けるようになっているのですが、この『マリッジ・ストーリー』と言い、先日の『ジョジョ・ラビット』と言い、こんなに演技ができる人だとは思わなかった。今年のアカデミー賞では主演女優賞(マリッジ・ストーリー)と助演女優賞ジョジョ・ラビット)とWでノミネートです。

 NYを本拠にしているチャーリー、家族一同がLA生まれの芸能一家のニコール、あまりも違いが大きすぎます。

 そのギャップに観客は笑わされながら、男女の心の距離が絶望的に広がっているのを思い知らされる。

 そして男女としてはもう愛し合っていなくても、家族としての気持ちが残っているところがお話に優しさを添えています。こういう映画を見ると、いつも思うのですが、男と女って一緒になるのが良いのか悪いのかわからない気がします(男と女に限りませんが)。それでも時にはくっついてしまうのが人間なんでしょうけど。

 現代版『クレイマー・クレイマー』という声もありますが、もっと繊細で完成度も高い。ほろ苦い話でありつつも、人間の心の奥底を優しくのぞき込んでくる。大スター二人の演技合戦を堪能しながら、映画ならではの体験を味わえる。心に残る、精神的な大人にふさわしい作品です。
 ボクは『パラサイト』なんかより、はるかに高級な(笑)映画だと思います。高評価も頷ける良質な作品でした。

『マリッジ・ストーリー』予告編 - Netflix