特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

75年前から手渡される勇気:最強・最狂の反戦コメディ『ジョジョ・ラビット』

 この週末は、丸の内へ出かけました。最近うんざりするようなことばかりなので、やけ食いをしに行ったんです(笑)。
 丸の内はまだLEDのデコレーションがあって、さすがに華やかだなーと感心したのですが、びっくりするようなことがありました。

 この日はそこいら中で結婚式を一杯やっているらしく、この寒いのに肩が出たウェディング・ドレスを着た女の子が何人も写真を撮っているんです。
f:id:SPYBOY:20200125181509j:plain

 さっと歩いただけでも二桁は居た。この辺りには東京会館にパレスホテル、日本工業倶楽部、それに、あまたのレストランやホテルが一杯あります。結婚式場だらけです。LEDはとてもきれいだから記念写真を撮るのはわかりますが、そりゃあ、寒すぎだろって。もちろん気持ちはわかりますが、その根性には感心しました。
 良く考えたらボクも工業倶楽部で結婚式をやったんですが、遥か遠い昔のことなので記憶にないし、興味もない(笑)。若い皆さんは頑張ってますな(笑)。
●アマン東京の生け花
f:id:SPYBOY:20200126185456j:plain


 今回はどうしても感想を書いておきたかった映画です。新宿で映画『ジョジョ・ラビット
f:id:SPYBOY:20200126110013p:plain
www.foxmovies-jp.com
 舞台は1944年のベルリン。敗色間近なドイツだが本土にはいまだ戦禍が及ばず、ベルリンに残った住民は平穏な日々を送っていた。
10歳のジョジョ(ローマン・グリフィン・デイヴィス)は軍国少年ヒトラー・ユーゲントに入団して立派な兵士になることを目指していたジョジョだが、身体もちっぽけな彼は周囲から浮いていしまう。そんな彼を慰めるのは時折夢想する空想上の友人アドルフ・ヒトラータイカ・ワイティティ=監督自身)の幻影。訓練中 ジョジョはウサギを殺すことができず、教官(サム・ロックウェル)に“ジョジョ・ラビット”というあだ名を付けられ、年上の少年たちから虐められるようになる。家にこもるようになったジョジョは母(スカーレット・ヨハンソン)の留守中、屋根裏部屋にユダヤ人の少女が潜んでいるのを発見するが。


 アカデミー賞の前哨戦と呼ばれるトロント映画祭で熱狂的な歓迎を受けて名を挙げ、今度の92回アカデミー賞で作品賞、脚色賞など6部門にノミネートされている作品です。

 監督のタイカ・ワイティティという人は以前マーベルで『マイティ・ソー バトルロイヤル』を撮ったそうです。もちろん、そんな映画全然知りません(笑)。

マイティ・ソー バトルロイヤル (字幕版)

マイティ・ソー バトルロイヤル (字幕版)

  • 発売日: 2018/01/10
  • メディア: Prime Video

 今後は『マイティ・ソー』の新作(なんとクリスチャン・ベイルナタリー・ポートマンが出るらしい)、実写版『アキラ』大友克洋の漫画です)の監督、更にスター・ウォーズの新作(終わりじゃなかったんだ)(笑)の監督という話も出ている注目の人です。今作では監督自らヒトラーを演じています。

 この映画を一言でいうと、ヒトラーオタクの10歳の少年が住んでいる家の隠し部屋にユダヤ女子が生活していた、というコメディです。それもかなりゆる~い、まったりとしているけれど辛辣なコメディ。

 ちなみに、ポスターは戦争中の宣伝映画のものをパロっているそうです。この映画の美術や衣装もアカデミー賞にノミネートされています。


 映画はベルリンの街並みで主人公のジョジョ君とおデブちゃんの親友、ヨーキーが『ハイル・ヒトラー』と挨拶するところから始まります。二人とも軍国少年ですが、どこかのんびりした雰囲気です。バックに流れるのはビートルズの『抱きしめたい』。珍しいドイツ語版です。

 ビートルズデヴィッド・ボウイなどイギリスの歌手が時折ドイツ語で歌っているのは知っているし、ドイツが舞台の物語だから、それはそうかもしれません。ですが、どこか引っかかるところがある。この、軽い違和感は最後に回収されます。

 ジョジョ君は母(スカーレット・ヨハンソン)と二人で暮らしています。父親はイタリア戦線に行っていると聞かされていますが真偽のほどは判りません。家はシングルマザー状態です。
ヒトラーおたくの少年、ジョジョと母(スカーレット・ヨハンソン

 父親がいない彼はヒトラーに憧れています。ジョジョはちっぽけな身体で周囲から虐められていますが、時折現れる空想上のヒトラーが勇気づけます。前述のとおり、ジョジョの空想上の友達“ヒトラー”はワイティティ監督が思い切りアホっぽく演じています。
 

 ジョジョは年上の少年たちに交じって「ヒトラー・ユーゲント」のキャンプに参加します。そこではドイツ軍の兵士になって国に命を捧げる教育が行われています。張り切るジョジョですが訓練でウサギを殺すことを強要されます。ヒトラー・オタクでも心優しい彼はそんなことは出来ません。
 そのことで教官や年上の少年たちにジョジョは『ジョジョ・ラビット』とバカにされるようになります。一癖も二癖もありそうなユーゲントの教官役は『スリー・ビルボード』のサム・ロックウェルです。
ヒトラーユーゲントの教官(サム・ロックウェル)(左)


 ナチを描いたコメディ描写はかなり辛口です。
 例えばジョジョを虐める軍国少年たちがジョジョより先に兵士になってトラックで前線へ向かすシーンがあります。年上の少年たちは残されたジョジョをバカにする。ところがしばらくして今度はボロボロになって戻ってきた彼らがジョジョの前を通り過ぎる。笑ってしまうけど、よく考えたら笑えない(笑)。そういうブラックなお笑いがいっぱい詰まっています。
 

 ジョジョは「ユダヤ人はモンスター」で憎むべき存在だと固く信じてきました。角が生え、ウロコが生えているとまで思っている(笑)。
 そんなジョジョを母親は否定もしないが、賛成もしない。母はナチスの面々ともうまくやっている。街角に反ナチ運動にかかわった人間の死体がつるされているのを見て、『やるべきことをやったのね』と言うけれど、それが何を意味するかは幼いジョジョには判りません。

 そんなある日 家に一人でいたジョジョは母が自宅の屋根裏に密かに匿っていたユダヤ人の7つ年上の少女、エルサを見つけてしまいます。実際にベルリンでも民家にかくまわれていたユダヤ人が何人もいたことは良く知られています。

 最初ジョジョは彼女のことを密告しようとしたり、あまつさえ殺そうとしたりします。しかし、できない。それに7つ年上の彼女は彼がどうにか出来るほどひ弱な存在ではありません。
 仕方なくジョジョはエルサにユダヤ人のことを教えてもらうことにします。本当に頭に角が生えているのか?体にうろこが生えているのか?魚と交尾するのか(笑)?ヒトラー・ユーゲントで習ったことは本当なのか。 


 笑っちゃいけないようなギャグで笑わせる、この映画は、少数者への差別・ヘイトを辛辣に批判したアンチ・ヘイトコメディです。

 ボクにはこの映画で描かれている事は、現代日本反韓、反中とそっくりに見えました。
 例えばWW2前にドイツで流行ったのが『ドイツが第一次大戦で負けたのは軍事作戦の失敗ではなくユダヤ人や左翼政党の陰謀という「背後からの一突き」(後ろからの匕首)』と言われるデマでした。そういうデマを元にナチスが反ユダヤ感情を煽った。関東大震災朝鮮人が井戸に毒を入れたというデマとそっくりですね。
 現代で言うなら『沖縄の基地反対派は中国の手先』とか『国会前のデモには日当が出る』みたいなものです(笑)。『消費税を全廃すれば景気がよくなる』もそうだし、トランプの『メキシコ人はレイプ犯』、『難民には麻薬カルテルのギャングが大勢いる』みたいな放言も一緒です。どれもバカげたデマや偏見ですけど、欲求不満な人間はそれを自ら信じたがるものです。
 
 バカげたデマや陰謀論が憎悪を呼びこと、そして憎悪が戦争を呼ぶことを、この映画は現代の我々に改めて思い起こさせます。偏見・デマが引き起こすヘイトを子供の眼を通したコメディという形で風刺している。主張の押し付けではなく、お笑いの中に批判を紛れ込ませている。日本の凡百の『社会派』や『反戦』ドラマには逆立ちしても追いつけない知性です。


 自身もユダヤ人の監督はこう語っています。
ヒトラーが権力を手にした1933年というのは、毎日少しずつ、ちょっとしたことが変わっていったと思う。間違っているけど、重大だとは思えないようなこと。それが大変なことだとわかったのは、手遅れになってからだった。僕は今、それと同じことが起きていると感じている。』

毎日、毎週、何気ない小さな間違いを、大したことではないと思って見過ごしていると、気がついた時には手遅れになり、恐ろしい結果を招きます。“些細なことだ、少数派の言っていることだ”と放置していると、過去の世界大戦のような大惨事が、取り返しのつかない過ちがまた起こってしまう。無知をそのままにして、忘れてしまう傲慢さこそが、人間の罪であり過ちなんです。』

『無視し、傲慢にも忘れることは、人間の欠点。だから忘れないように、こうした物語を何度も何度も、語り続けるのが重要だと思う。僕たちは覚えていないといけないし、同じ物語を語る独創的な方法を見つけ続けないといけない。自分たち、そして子供たちに、愛を持って前進していくにはどうすればいいか教えるために

 その通りです。映画にはただ、メッセージを込めれば良いというわけじゃないんです(笑)。同じ話を効果的に伝えられるように、独創的な方法を見つけなくちゃなりません。

 それを支えているのが出演者たちの名演です。
 ジョジョを演じる新人のローマン・グリフィン・デイヴィスはこの複雑な劇を見事に演じきってゴールデン・グローブ賞の主演男優賞にノミネートされました。

 主人公のおデブちゃんの親友を演じるアーチー・イェーツ君(可愛い)は今後『ホーム・アローン』のリブート版の主役が決定しているそうです。


 シングルマザーを演じるスカーレット・ヨハンソン。不安を抱える中に優雅さと強さが入り混じったキャラクターを演じています。この映画の中で唯一、確固たる信念が感じられる人間です。

 ユダヤ人の彼女にハイル・ヒトラーの敬礼をやらせるからなあ(笑)。シングルマザーの母に育てられたという監督は『この映画はシングルマザーへのラブレターでもある』と言っています。

 傷病軍人でヒトラー・ユーゲントの教官役のサム・ロックウェルも複雑かつコミカル、カッコいい。今作の彼を見ているとカッコよすぎて絶対 泣いてしまいます。
 単にユダヤ人差別の問題だけではなく、スカーレット・ヨハンソンの役もサム・ロックウェルの役も、人間は見かけで判断してはいけないことを象徴しています。

 あと17歳のユダヤ人少女、エルサ役のトーマシン・マッケンジー。親は強制収容所に送られ、婚約者は行方不明、一人で屋根裏に隠れている少女です。

 勇敢さともろさ、賢さを表現する人物像。ニュージーランドの新進の女優さんだそうですが、どこから見つけてきたのかと思うくらい可愛い(笑)。それだけでなく、カリスマがある。

 ジェニファー・ローレンスをスターダムに押し上げた映画『ウィンターズ・ボーン』のデブラ・グラニック監督やエドガー・ライト監督などの新作に出演が決まっているようですが、この子は将来 スターになると思う。
 

 笑えないギャグにげらげら笑いながらも(笑)、短気なボクは主人公のジョジョ君のヒトラーオタクぶり、エルサに対するイジイジした態度は若干イライラした(笑)。
が、終盤になるとお話は段々性質が変わっていきます。


 ゆる~くてブラックなギャグの世界は終戦直前 ベルリンの市街戦が始まると一変します。ゆるいコメディという枠は崩れないけど、描写は結構すごい。
 ベルリンの市街戦では男女問わず一般市民や老人、子供も銃を取らされたそうですが、この映画では女性を含む市民が殺されていく様が描かれるだけでなく、ナチが子供に自爆テロをやらせるシーンまで描かれます。
 現実にナチはそういうことをやったわけですが、実際に画面で見ると衝撃です。コメディとはいえ、市民の眼からベルリンの市街戦をここまで正面から描いた映画ってあったでしょうか。

 ついでに、そんな世界でも監督はブラックなギャグからも逃げません(笑)。人々が砲弾から逃げ惑うこの期に及んでも『ドイツには日本人しか味方がいなくなってしまったけど、日本人はアーリア人と見かけが違いすぎるからなあ』と子供に言わせます。


 廃墟と化したベルリン。ナチの面々は連合軍に捕まり、時には裁判なしで殺されていきます。がれきの下に隠れていたジョジョはやっとの思いで家にたどり着き、屋根裏に隠れていたエルサにドイツが勝ったと伝えます。そう言えばエルサはジョジョの家に残らざるを得ないからです。
 しかし、そんなウソは誰にでもわかる。何年振りかで家から外へ出るエルサ。これから、二人はどうするのか。



 廃墟となったベルリンを見て、戸惑っていたかのように見える少女がやがて、微笑みます。この娘はどうしてこんな笑顔ができるんだろう。そして、彼女は何故か身体を揺らし始めます。ん?
 それを見たジョジョ君も微笑みます。何か答えを見つけたかのような顔をする。そして彼も少しずつ身体を揺らし始める。そういえば、ジョジョ君の髪型は何となく誰かに似ています。
 これから何が起きるんだろう。
 ??????

 次の瞬間、感動の嗚咽がこみ上げてきました。びっくりした。75年前のお話が、一瞬にして現代の我々にも通じる普遍的な話に昇華される。
 参りました。全く考えられないようなアイデア、こんな素晴らしいラストは久方ぶりでした。冒頭の伏線はこういうことだったのか。そして、このシーンがどういう意味があるのか。いろいろなことが心に浮かんできて、号泣するしかありませんでした。

 ラストシーンだけだったら年間ベスト、いや生涯忘れがたい映画の何本かに入るかもしれません。75年前のベルリンから現代の我々に勇気が手渡される。こんなことってあり得るでしょうか?正直、映画を見て、これだけ勇気をもらったのは初めてかも。


 ちょうど先週金曜日 朝日の朝刊に『ジョジョ・ラビット』と『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の合同広告が出ていました。この広告の企画を考えた人は非常に良くわかっている。ドイツと日本、舞台は異なっても、作品に込められた志、質、それに危機感は同じです。そういうレベルの映画です。
f:id:SPYBOY:20200127083312j:plain

 この映画の語り口は辛辣です。ボクが辛辣と思うくらいだから、かなり辛辣です(笑)。徹底的にヘイトをコケにしている。最強・最狂の反戦映画と言ってもいいかもしれない。
 この映画はまさに『笑いは憎悪に勝つ』を体現しています。更にスイートでロマンティックで、見る人間を勇気づける。こんな映画、ちょっとあり得ない。

 万人向けではないからアカデミー賞は取れないと思いますが(笑)、わかる人にはわかる本当に素晴らしい大傑作です。思い出すたびに泣けてきちゃって困る。できれば、もう1回見に行こうと思っています。

タイカ・ワイティティ監督がヒトラーに!映画『ジョジョ・ラビット』日本版予告編