特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

NHK『京都人の密かな愉しみ』と映画『人生タクシー』&『海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜』

5月13日の土曜日は毎回 楽しみにしているNHKのBS『京都人の密かな愉しみ』の最終回でした。2015年から放送されてきた2時間ドラマ+ドキュメンタリーの5回目です。

NHKドキュメンタリー - 京都人の密(ひそ)かな愉(たの)しみ「桜散る」

主人公は京都の老舗和菓子屋の若女将(常盤貴子)、24節季の季節感ごとの生活を描きながら、人々の愉しみや苦悩を描くドラマです。その中に京都の観光案内や料理案内、それに別のショートドラマが織り交ざっています。
その構成には面食らったし、お話自体はコミカルなのに隠し子とか愛人とかボクが敬遠するような人間関係の題材も含まれていて、最初は見るの止めようかと思ったんです。が、我慢して見ていると(笑)、ドラマ全体にお話を皆まで語らない奥ゆかしい演出で、観終った後 何とも言えない余韻を感じるようになりました。何度も鑑賞に耐える大人のドラマです。


3か月に1回 2年間見て、最後にやっと気が付いたのですが(笑)、登場人物は男も女も年齢や国籍に関わらず、皆、強情です。コトバは柔らかいが、決して自分の芯は曲げません。若い人も年配の人も自分の人生の中で出来たこと、出来なかったこと、があることを体験しています。だから、その中に人生に対する静かな諦観としなやかな強さ、それに優しさがあるんです。最終回は様々な事情を抱えた登場人物たちが全員そろってハッピーエンド(笑)というのも良かったし。出演者の演技も毎回 見せ場がある。今回は特に主人公の母親役の銀粉蝶に泣かされました。
ドラマの美しい映像や音楽も特筆ものです。やっぱりNHKは民放とは予算が違うんでしょう。花や緑、空の美しい瞬間を捉えるためにどれだけ時間を使ったんでしょうか。そんな映像にエリック・サティみたいなシンプルなピアノのオリジナル劇伴がかぶさっている。ハイヴィジョンで撮ったであろう夜の古寺、満開の桜の下、着物を着た常盤貴子が一人 歩いていたら、絵になるに決まっています。それだけでお腹一杯(笑)。卑怯ですよ(笑)。


ドラマの舞台となった和菓子屋のお菓子は子供の時から時々食べてました。『雲龍』というその店の看板菓子は子供の時は全然美味しいと思わなかったんですが、今は凄く美味しく感じるんです。最近は東京でも手に入らないわけじゃないけど、京都に行ったら必ず買っています。

ボクごときがいうのは口幅ったいけれど、齢を取ってくると判ってくるものってあります。平凡だけど丁寧に作られたものは外観や味がシンプルでも、素材の味が生きていて全然飽きない。ドラマもそれと同じ味わいがする。自分が過ごしてきた時間の中には出来たことも出来なかったこともある。当たり前だけど、当たり前のことが愛おしく感じるんです。お菓子もそうですが、その感覚を忘れないようにしたい。それを思いださせてくれるこのドラマ、非常に楽しかったです。


ついでに13日は『愛犬の日』だったそうです。日本ケンネルクラブの創立日だから、だそうです。それ自体はどうでもいいですが、ネットを見ていると可愛い犬の写真が一杯流れていて心が慰められました。


ということで、今回は世界3大映画祭の一つ、ベルリン映画祭でグランプリを獲った作品二つの感想です。
まず、2015年のグランプリ、新宿でイラン映画人生タクシーjinsei-taxi.jp - このウェブサイトは販売用です! - 映画 アニメ動画 ドラマ動画 映画動画 海外ドラマ リソースおよび情報

テヘラン乗合タクシー、運転手に扮したパナヒ監督の車にも色々な客が乗ってくる。死刑制度について議論する教師と路上強盗、映画監督志望の大学生、金魚鉢を抱えた2人の老婆、監督の姪っ子など、彼らと監督との対話から、情報統制されたテヘランに生きる人々の人生模様やイランの社会が浮かび上がってくる- - -

この映画を作ったジャファル・パナヒ監督はカンヌ、ベネチア、ベルリンの世界三大映画祭 すべてを制した名匠です。サッカーを見に行く女の子をテーマに映画を撮るなど保守派の目の敵にされていた彼は、2010年に逮捕され、裁判所から映画製作・脚本執筆・海外旅行・インタビューを20年間禁じられました。日本での前作『これは映画ではない』は文字通り『これは映画ではない』として自宅で撮影、フィルムを秘密裏に持ち出して海外で公開されました。今回はタクシー運転手に扮した彼が客との会話を撮ったという名目で作られました。
●政府の言論弾圧によって、世界3大映画祭を制覇した監督がタクシー運転手をやっています。


この映画をなんと言ったらいいのでしょうか。ドキュメンタリーなのか劇映画なのか、何とも分類がしにくい。おそらく一部の客は仕込みなんだと思います。フェイク・ドキュメンタリーといえばよいでしょうか。撮影はタクシーのダッシュボードにおかれているカメラで行われています。そこから見えるテヘランの人々の人生模様です。

タクシーは乗合です。いろんな人が車に乗ってくる。自称路上強盗の男と女性教師は、死刑制度の是非をめぐって言い争います。また海賊版のDVD業者を乗せて走っていると、交通事故で怪我(けが)をした夫を妻が泣きながら病院まで運んで欲しいと監督に頼み込んできます。また映画を学ぶ大学生は監督の顔を知っていて、彼と映画論議をしたりします。
●左は自称路上強盗、後ろは高校教師。二人は死刑をめぐって車内で激論を交わします。

●金魚を抱えたおばはんが強引に乗り込んできます。

イスラム政権の厳しい制限の中でも人々は我々と同じように暮らしているし、感じることや考えることも同じなんだなーと思いました。


面白かったのは監督が乗客を降ろして高校生の姪を迎えに行くところです。彼女は乗り込むや否や『遅い』、『かっこ悪いから迎えに来るな』といきなり罵詈雑言を浴びせかけます。監督は苦笑いしながらも、にこにこ笑っている。ひとしきり罵ったあと、姪っ子ちゃんは云います。『じゃあ、フラッペを買ってくれたら許してあげる。』。最初からそう言えよって(笑)。こういう女の子っていますよね。可愛いいなあ(笑)。
●姪っ子ちゃん。可愛い!


そうやって油断していると、ドキッとさせるシーンもあります。
彼女は学校の授業で映画製作を学んでいて、監督がタクシーを離れた間にビデオで路上のゴミ箱を漁る少年を撮り始るんです。一筋縄ではいかないテヘランの生活の厳しさを実感させます。その間 監督は友人と話しこんでいますが、どうも政府からの弾圧を話題にしているようです。どちらも表だって表現すると監督は捕まってしまう。でも表現せずにはいられない。観客も彼の共犯になったような気持ちにさせられます。
ユーモアに富んだエンディングも面白いです。
●話の内容は映画では出てきません。某国でも検討が進んでいる共謀罪みたいなもので捕まるからでしょう(笑)


人々の会話がやや冗長に感じられるところもありますけど、大変ユニークな映画です。誰が見ても面白いです政府の弾圧という厳しい環境の中で命がけで作られているといっても過言ではないと思いますが、それでも人生賛歌になっているところが素晴らしい。秘密保護法や共謀罪に代表されるように、日本も言論の自由を弾圧する方向へ進みかねない状況になっていると思いますが、今に日本でもこういう映画が作られるようになるのでしょうか



次は 2016年のベルリン映画祭でグランプリを獲った作品です。
渋谷で映画『海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜映画『海は燃えている』公式サイト

イタリア最南端の島、ランペドゥーサ島はシチリアから200キロ、チュニジアから約100キロの場所にあります。アフリカや中近東から難民が押し寄せてくることで有名です。面積20平方キロ、人口約5000人の小さな島に今まで20万人がたどり着き、1万5000人が周辺で溺死したそうです。
この作品は、難民たちと島の人々、特に少年の暮らしとを対比させて描いたドキュメンタリーです。イタリア首相がG7で各国首脳にこの映画のDVDを配ったことでも有名になりました。
●人々はこんな船で地中海を横断してくるんです。戦争やテロリストに追われて。

この映画を撮ったジャンフランコ・ロージ監督の前作『ローマ環状線 めぐりゆく人生たち』はベネチア映画祭で満場一致で最高賞に選ばれた、非常に高い評価を受けた作品ですが、ボクにはあまり理解できませんでした(笑)。ローマの郊外、環状になった高速道路の周りで暮らす人々、売春婦、ヤク中、救急隊員、零落した貴族などを描いたドキュメンタリーでしたが、何が言いたいのか良くわからなかった。ローマ郊外に関する知識がボクにはなかったと言うのもあるんですが、そりゃ、そこまでは判らないですよ(笑)。

この映画では12歳になる少年の生活と難民、それに沿岸警備隊の様子が交互に描かれます。少年と暮らすおばさんはキッチンで料理しながらローカルラジオ局にリクエストする。少年は漁師のおじさんに船酔いになれる方法を聞き、友達と遊ぶ。少年が船で遊んでいる沖合では難民たちの船がやってきます。沿岸警備隊のレーダーに発見された船は慣れない英語で懸命に助けを求めています。
船と言っても、びっくりするくらいボロい。ゴムボートみたいな船もあるし、手漕ぎボートが大きくなったみたいなものもあります。それで地中海を渡ってくる。北朝鮮の漁船?スパイ船?が時々日本に漂着しますけど、あれを20倍くらいみすぼらしくした感じです。そのなかに大勢の人々がすし詰めになっている。男も女も子供も妊娠している人も怪我をしている人もいます。既に死んでいる人や半死半生で死にかけた人もいます。感染症のリスクがあるのでしょう、マスクと防護服を着た沿岸警備隊の隊員は船に近づくと、まず、死にかけた人を大急ぎで運ぶことから始めなくてはなりません。眼で見るとやっぱり衝撃的です。
●12歳の少年と難民の姿が交互に描かれます。


島民と難民たちは交わることがありません。難民たちは夜、上陸し難民センターに送られる。仕方ないことだとは思いますが、この島の難民センターは常に定員超過状態です。難民たちはマリ、ナイジェリア、リビアチュニジア、シリア、ソマリア、幅広い地域からやってきています。彼らの国には女性を奴隷として売り払うような連中がうじょうじょしています。そりゃ、逃げるのは当然だと思います。この島にたどり着くまで大勢の人が途中で亡くなっています。

島で唯一の医師だけが島民と難民との暮らしの接点です。この世の中にはまるで2つの別の世界があるかのようです。生と死の間をただ、時間だけが過ぎていきます。
●マリアおばさんは毎日ラジオを聞きながら、料理を作ります。


超淡々とした描写はこの現実を見据えると言う点では非常に優れていると思います。前作よりテーマが明確な分だけ、抑えた描写が効果的です。ちょっと辛い部分はありますけどね。ちなみに『海は燃えている』というタイトルはマリアおばさんがラジオにリクエストする曲名です。