特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『大学入試』と映画『フォードVSフェラーリ』

 今日は大寒、1年で一番寒い季節だそうですね。確かに今朝は寒かった~
 それでも陽も少しは長くなってきたし、ここを耐えれば、少しはマシな陽気、マシな毎日になる?

 今回がセンター入試の最後というニュース、それに新聞に延々と問題が載っているのを見て(興味ないんだから金返せ)、やっぱり二度と受験はしたくないし、学生時代なんかに戻りたくないと思いました。

 ボク自身は入試など遠い昔、それに高校は付属校だったので大学入試をやっておらず、制度自体が良くわかりません(笑)。少子化で入りやすくなったという話もあるけれど、それでも今の状況はきついと思う。
 そもそも全国共通でテストをすること自体が疑問です。大学なんだからその大学なりのポリシーで入試をすればいいんです。手間の問題はあるかもしれないけど、学生を選ぶのは大学にとって一番大事なことでしょう。その手間を惜しむような学校なんか要らないでしょ。

 その入試が政治家や企業に振り回されているのは問題外だし、更に大学に入れば直ぐ就職に振り回される。今は就職率は悪くないと言われていますが、大企業に就職しても良いことないにしても、大企業に就職できるのは大学生のうち、ほんの僅かだし、かといってブラック企業にでも入ってしまったら、やっぱり問題ある。

 新卒者が入社3年以内にやめる離職率が3割もあるそうです。人手不足で「次の就職先があるから」と言う向きもあるかもしれませんが、ITバブル崩壊リーマンショックのような時でも離職率は約3割あるのですから、これは構造的な問題と考えたほうが良い。
 おそらく日本では構造的に『人間の使い捨て』が行われているのではないですか。

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 勿論 今の時代にだって良い点はあるし、当事者になってみなければわかりません。新卒の一括採用みたいな窮屈な制度も変わっていく潮目ではあります。が、これから日本がどんどん落ち目になっていくことは間違いないし、申し訳ないけど今 自分が学生じゃなくて良かったと思います。

 単なる少子高齢化だけじゃない、日本で暮らしていると人生のいたるところで負のスパイラルが働いている。しかも国民は殆ど怒りの声も挙げない。こうやって日本は加速度的に衰退していくのでしょう。


 ということで、今回は60年代の実話のお話です。新宿で映画『フォードVSフェラーリ
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 1966年、経営危機に陥っていた伊フェラーリ社を買収しようとして失敗したフォード社は、意趣返しのためにフェラーリが連覇を重ねていたル・マン24時間耐久レースで優勝することを狙っていた。レースのことなど知らないフォード社はル・マンで優勝経験がある一匹オオカミのエンジニアのキャロル・シェルビー(マット・デイモン)と手を組む。シェルビーは型破りなイギリス人レーサー、ケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)を誘い、フェラーリへの挑戦を始める。

 1966年のル・マン24時間レースをめぐる実話を映画化したドラマです。監督は『LOGAN/ローガン』などのジェームズ・マンゴールド

 ボク自身は車の運転もしないし、そもそも自動車自体全く興味ないです。10年以上前 自家用車をやめて、せいせいしたくらい。車がなければ事故や駐車場を心配しなくて良いし、東京だったら公共交通機関で移動したほうが安くて速いですもん。ましてカーレースなんか1ミリも興味なし。
 ということで、この映画はスルー予定でしたが、評判が非常に良いし、アカデミー作品賞にもノミネートされているということで、とりあえず見に行ってきました。


 映画は当時のフォード社の描写から始まります。
 この工場の描写が面白いです。当時は創業者のヘンリー・フォードの子供、フォード二世が会長として後を継いでいました。彼は単に会長であるだけでなく、最大株主でもあります。実質的なオーナーですから絶対の独裁者です。

 そしてフォードの面々には『自社が世界を変えてきた』という絶対的なプライドがあります。大衆車を発明したこと、大勢の労働者に給料を払って中産階級を作り出したこと、ベルトコンベヤーによる流れ生産・大量生産という生産方式を作り出したこと。
 現在のGAFAマイクロソフトなどは『世界を変えよう』というのが社内の合言葉ですが、それはフォードからはじまったんですね。映画を見ていてアメリカのフロンディアスピリットを思い知らされました。

 また圧倒的な、それこそ世界を代表する大企業でもあります。フォードの副社長、マクナマラケネディ政権の国防長官に転じて(天下りならぬ天上り)、なんでも数値化して判断するフォード式のマネジメントを行ったことは有名ですが、まさに官僚が支配する絶対的な大企業です。
●フォードの副社長、天才の誉れ高いマクナマラケネディ政権の国防長官になっても何でも数値化してマネジメントしました。しかしベトナム戦争ではなんでも数値化できるわけじゃなかった(笑)。その間違いを告白したドキュメンタリーです。面白い。

 ただし、フォードには一つだけ弱点がありました。作っているのが大衆車ばかりで高級感、ブランドが弱い。
 そこでマーケティング担当の重役、リー・アイアコッカがレースへの参入を提案します。ちなみにアイアコッカはその後フォードの社長になりましたが、フォード二世とケンカしてクビになりました。80年代になってクライスラーの社長、会長として経営再建、アメリカで英雄視され、一時は大統領候補と目されたのも有名です。

 しかし、世界で自分たちが一番偉いと思っているフォード社のフォード会長をはじめ、面々は莫大な金額と時間がかかるレースへの参入には、うん、と言わない。
 そこで、アイアコッカは当時経営が傾いていた、レースカーの名門、フェラーリ社を買収することを提案します。フェラーリは世界でも名高いル・マン24時間耐久レースなど有名なレースで連覇を重ねていました。会社を買うのなら時間は買えます。

 イタリアへ赴き、フェラーリと交渉したアイアコッカですが(実際は違う重役だったらしい)、創業者のエンツォ・フェラーリフィアット社とフォードを両てんびんにかけていました。フォードが買いにきていることをフィアットに裏で知らせ、高値で買い取らせました。

 更にエンツォはアイアコッカに、フォードにこう伝えろと言い残します。
フォードは醜い工場で醜い車を作ってろ。それにフォード二世は創業者にはとても及ばない』。
 映画ではフォードだけでなくフェラーリの工場の描写もあります。そこにはフォードお得意のベルトコンベヤーなんてものはなく、自動車一台一台を手作りしています。芸術品のような車を作っているフェラーリが、大衆車を作っているフォードを『醜い工場、醜い車』と言うのは無理もありません(笑)。
フェラーリの創業者、エンツォ(右)

 アイアコッカから、この発言を知らされたフォード二世は超激怒(笑)、金に糸目は付けないからレーシングカーを作って、フェラーリをやっつけろ、と社内に厳命を下します。

 そこでアイアコッカが目を付けたのが、ル・マンで優勝経験があるレース・ドライバー、キャロル・シェルビー(マット・デイモン)です。彼はイギリスのアストン・マーチンに乗って優勝後、心臓病でレーサーをリタイヤ、改造車を開発する小さな工場を営んでいました。何しろフォード2世の厳命です。レースのノウハウが全くない大会社のフォードは全く毛色が違う一匹狼のシェルビーと手を組もうしたのです。
ル・マンで優勝経験がある元レ―サーで今はカーデザイナーのキャロル・シェルビー(マット・デイモン)と腕利きのはぐれレ―サー、ケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)(左)

 しかしフェラーリに勝つには車だけでは不足です。シェルビーが目を付けたのが当時40代と一般的には盛りを過ぎた見られていた、型破りなイギリス人レーサー、ケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)でした。二人の型破りな男たちの挑戦が始まります。

 前半部をやや詳しく書いたのは、この映画の内容は『フォードVSフェラーリ』ではないからです(笑)。この映画のテーマは二人のはぐれ者とフォードとの闘いです。

 当時、世界でもトップクラスの大企業だったフォードには様々なものがうごめいています。莫大な資本、オーナーの独裁、それを支える官僚主義、忖度、陰謀。
 シェルビーもマイルズもレースが好きだからやっています。
 しかしフォードの面々は違います。フォード二世はフェラーリの鼻を明かしてやる事が目的です。それに仕える副社長のレオ・ビーブ(一昨年の『ザ・シークレットマン』に出ていたジュシュ・ルーカス)やアイアコッカは自分が組織内で生き残るためにやっています。現実にはそれほどひどくなかったそうですが、映画では副社長が徹底的な悪役として描かれています。

 フェラーリに勝つためにシェルビーとマイルズは実走行の結果を反映しながら、車を改良していきます。前哨戦のレースで徐々に成果も上がっていく。

 しかしフォードの重役たちは型破りで言うことを聞かないマイルズを車から降ろそうとしたり、邪魔ばかりします。はぐれ者のマイルズは大企業のフォードのカラーに合わない、というのです(笑)。その盾になってマイルズを守ろうとするシェルビーは苦悩します。
●総帥のフォード二世(右)に直談判するシェルビー
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だけど走っていれば満足な車バカのマイルズにはそんな苦労は理解できない。

 マイルズの奥さん、モリ―役のカトリーナ・バルフという人が実に良いです。アイルランド生まれの元モデルさんだそうですが、夫のレースに理解を示しつつ、その危険を心配する、夫の帰りを待つ妻であるだけでなく夫の同志でもある、という複雑な役柄を見事に演じています。あと、この人のルックス、好き(笑)。特に透明な目が実に美しい。


 

 フォードやフェラーリの面々が勢ぞろいするル・マングランプリの描写が面白いです。レーシングピットの上にはフォード二世を始め、重役連中が勢ぞろい、レースには関係なさそうな連中ばかりです。フェラーリは総帥のエンゾと重役1名、それに女性秘書くらい、それ以外はレースに直接関係するエンジニアみたいな人ばかりです。

 24時間のレース、途中でフォード二世は女性秘書を連れてヘリコプターで食事に行ったまま帰ってきません。それを副社長が自分でヘリのドアを閉めて『良いお食事を』とお見送りする。それがいかにも自然な演技なんです。これを見て、やっぱり出世するサラリーマンはこれくらいやるんだろうなーと思いました(笑)。

 ちなみに時代を経るにつれ、フォードは段々と社業は傾いていきます。日本車に押されアメリカの3大自動車メーカー、GMクライスラーも一度は倒産しましたから、それよりはマシにしろ、フォードの経営は悪化、傘下に収めていたボルボジャガーなどの子会社を中国やカタール、インドの会社に売却するなど苦境が続いています。

 それはともかく、安倍晋三に忖度する官僚も裁判官もこんな感じなんだろうなーと連想するくらい、映画の中のフォードの大会社の弊害の描写は面白い。映画を見終わって出口に向かうとき、観客が『フォードっていう会社が最悪のクソだってことが良くわかった』って言ってましたけど、まさにその通りです。

 それとは対照的に、レースが終わったあとのエンゾとシェルビーのさりげないシーンも心に残ります。
 シェルビー、マイルス、それにエンゾはレースが大好き、という強い個人の意識を持っています。フォード二世は独裁者という個人はあるけれど、フォードの他の重役連中は程度の差こそあれ、保身以外は個人の意思がないようにすら見える。
 個人の意識の有無も昨今の日本の官僚や政治家、マスコミ、大企業と同じですね。

 レースのシーン自体もすごいという評判でしたが、ボクは全く興味なかったです(笑)。当時の光景を再現した周りの景色はCGだそうですが、車は実際に走らせ、事故なんかも再現しているらしい。確かに迫力はすごいです。けど、別に車がいくら速く走っても何がなんだか理解できないし、全然興味もない。

 それ以上に二人の男のフォードとの闘いが面白いです。もちろん、マット・デイモンクリスチャン・ベイルの演技も良いです。特にマット・デイモンは今までのベストじゃないかと思ったくらいです。

 見る前はただのレース映画、下手すればフォードを持ち上げるエセ愛国映画じゃないか、という危惧すらあったのですが、全然違いました。
 一昔前のアメリカ映画には、例えば『ロンゲスト・ヤード』のロバート・アルドリッチ監督の作品など、『組織・権力と個人との闘い』というテーマが色濃くありました。ちなみにボクはそういう映画を見て『左右を問わず、組織は大嫌い』という価値観が育てられました(笑)。

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 ほろ苦いエンディングも含めて、映画『フォードVSフェラーリ』は見事にその伝統を蘇らせています。ボクのように車やレースに全く興味なくても面白い、良い映画でした。

映画『フォードvsフェラーリ』予告編