特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』と傑作『ラスト・ムービースター』

 毎度のことですが、愉しい3連休はあっという間に過ぎてしまいました。寂しいよー(笑)。
 旧敬老の日、9月15日あたりは昔からお天気がはっきりしません(少なくとも東京では)。でも、だいぶ涼しくなったし、凌ぎやすい陽気になりました。
気候も楽だし、食べ物は美味しい、これからが1年のうちで最も楽しい時期かもしれません。

●爽やかな朝の日比谷公園
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 ただ、ですね、一言は言っておきたい。政治家もマスコミも相変わらずクズばかり。
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 ということで、今回はどちらも、同一人物、一人のかってのスターをテーマにした作品です。日比谷で映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
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http:// www.onceinhollywood.jp
 舞台は1969年、ハリウッド。かってのTV西部劇の人気スター、リック・ダルトンレオナルド・ディカプリオ)は映画俳優への転身を図っているが、なかなかうまく行かない。付き人で専属スタントマンのクリフ・ブース(ブラッド・ピット)と飲んだくれながら、ハリウッド暮らしを続けている。ある日、売出し中の映画監督、ロマン・ポランスキーと妻で女優のシャロン・テートマーゴット・ロビー)がリックの家の隣に引っ越してくるが。


 タランティーノ監督の新作です。この人が脚本を書いて、世に出るきっかけとなった『トゥルー・ロマンス』は大好きなんですが、それ以降の作品はあまり好きではないんです。細部へのこだわりは理解できるし、良いなーと思うんですけど、お話がつまんないことが多くて。

 しかし最近の作品、ユダヤ人の特殊部隊がナチを文字通りブチ殺すブラッド・ピット出演の『イングロリアス・バスターズ』、黒人ガンマンが人種差別白人をブチ殺す『ジャンゴ』、黒人の賞金稼ぎ人が元南軍の差別白人をブチ殺すディカプリオ出演の『ヘイトフル・エイト』と続いた近作群は、歴史のifを叶えるという面白さもあって悪くなかった。

 
  今作もその系図にある作品です。
 かってのハリウッド黄金時代をを代表するような元大スターと専属のスタントマン、その隣に新時代のスターに上り詰めようとする若手女優、シャロン・テートが引っ越してくる。シャロン・テートと言えば、ヒッピーでカルト集団のマンソン・ファミリーに惨殺された事件が有名です。
 映画はその直前、1969年、ニューシネマがやってくる前、黄金期のスタジオシステムが残っていた最後の時期のハリウッドでの3日間を淡々と描いています。

 

 2時間くらいは延々と当時のハリウッドが描写されます。主人公リック・ダルトンとクリフ・ブースのコンビは見ていて何とも楽しいです。まったりしている(笑)。

●まったりと、のんびりした、いいコンビでした(笑)。

 リック・ダルトンのモデルは肉体派スターのバート・レイノルズだそうです。落ち目のリックはかっての栄光を取り戻そうと必死ですが、うまく行かず、酒浸りです。余計にうまく行かない。一方 クリフのほうは生きていければいい、と、今の境遇に満足しています。その対比がうまく出来ている。

●かってのスターダムを取り戻したいんですが、酒浸りです(笑)
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 ●こっちは野心もなく、淡々とした人生を過ごしている。
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 二人を取り巻く環境はブルース・リーだったり、当時の広告やTV番組だったり、細かいネタがいっぱい仕込んであります。ボクは詳しくありませんが、それでも見ていて楽しいです。判らないけど(笑)。

 かって隆盛を誇ったハリウッドは終わりつつあります。大ヒット映画も生まれず、街にはリックたちには理解できないヒッピーたちが闊歩するようになった。

●当時を再現したファッションも面白いです。
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 いっそのこと、金のためにイタリアでマカロニ・ウェスタン映画に出演しようかと悩むリック。これはイーストウッドを意識してますね。
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 ディカプリオ君もブラッド・ピットも少しだけマヌケで、少しだけカッコいい。スター映画として嫌味がありません。
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 あと、マーゴット・ロビー。文字通り輝くような美しさ。

 やがてシャロン・テートがマンソン・ファミリーに襲われる日がやってきます。深夜 武装したヒッピーたちが豪邸街にやってくる。隣の家で泥酔しているマヌケなリックとクリフ。さあ、どうなるでしょうか。


 クリフの飼い犬・ブランディ(ブル・テリア)が大活躍するのも嬉しい。この作品はカンヌ映画祭で上映されましたが、ブランディはこの映画で唯一、パルムドック賞を受賞しています。

 すごく感動するという訳でもありませんけど、のんびりした夏の終わりを描いたかのような印象的な、楽しい作品です。この監督お得意のブチ殺しシーンはありますが、スプラッター、残酷描写が少ないのも良かった。痛快です。タランティーノ作品で最も面白い作品という声があるのもうなずけます。

ダコタ・ファニングがマンソン・ファミリーのメンバーに!『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』


 

 そして、もうひとつ。こっちがメインです。
 『ワンス・アポン・ア・タイム・ハリウッド』の主役、ディカプリオ君が演じるリック・ダルトンのモデルでもあり、出演もする筈だったが、その前に亡くなってしまったバート・レイノルズの最後の主演作です。
 新宿で『ラスト・ムービースター
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lastmoviestar2019.net-broadway.com

 かってハリウッドの大スターとして一時代を築いたが、今は落ちぶれたヴィック・エドワーズ(バート・レイノルズ)のところに、ある映画祭から功労賞受賞の知らせが届く。歴代の受賞者がイーストウッドら、と聞いて、ヴィックははるばるナッシュビルまで出かけるが、行ってみると映画オタクの若者による自主上映会のような映画祭だった。腹をたてたヴィックは映画祭を抜け出し、近くにある故郷のノックスビルへ向かう
 

 バート・レイノルズはテレビの西部劇スターから転身、70年代ハリウッドのマネー・メイキングスター1位を何年も続けた売れっ子でした。ジェームズ・ボンド役やスター・ウォ―ズのハン・ソロ役を断ったのも有名です。マッチョイズムを前面に出した人で、雑誌でヌードも披露したこともあるそうです。


 でも彼のヒット作トランザム7000』とか、キャノンボールなどのアクション作、今は面影もありません。ボクも名前だけは聞いたことありますが、見たこともないし、興味もない。そう思うのはボクだけではないらしく、この映画の中でも貴重なモチーフになっている。

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 ただし彼が刑務所のアメフトチームを演じた、ロバート・アルドリッチ大監督の不朽の名作『ロンゲスト・ヤード』だけは見たんです。その作品で権力に立ち向かうバート・レイノルズはまさに好漢、漢の中の漢、最強にカッコ良かった。その幻影がありますから(笑)、遺作と聞いてスルーはできなかった。

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 映画が始まると、往時の大スター、バート・レイノルズの姿が映ります。肉体派スターの名をほしいままにした当時のTVインタビューです。
●全盛期のバート・レイノルズ

 ふんふん、と思って見ていると、画面が切り替わる。現在の彼、です。年老いて杖を突いた老人が老犬を抱いて、獣医の待合室に座っている。疲れ切った、その表情。これが今のバート・レイノルズ。これにはびっくりした。
●今はこんな爺さんになってます。

 主人公の元大スター、ヴィックは一人で大豪邸に住んでいます。かっては華やかな暮らしをしていましたが、家族とも別れ、訪ねてくる人もおらず、世の中からは忘れられた存在です。

●このボケ演技はまさに迫真です。マジかと思った(笑)

 そんな彼の元に『国際ナッシュビル映画祭』という団体から功労賞を授与するので、授賞式に出席してほしい、という手紙が来ます。今までの受賞者はデニーロに、イーストウッドと聞いて、喜ぶヴィック。彼ははるばるナッシュビルにまで出かけていきます。ナッシュビルと言うのは今、再開発が進んでアメリカの中でも勢いがある街の一つです。まさに老スターとは対照的です。
●大スターも、今はかっての芸能人仲間(左、チェビー・チェイス)と愚痴をこぼしあうくらいしか、やることがない。

 

 ところが、空港に迎えに来たのは錆だらけのボロ車にのったパンクねーちゃん(アリエル・ウィンター)。
●ダメ男に引っかかりっぱなしのパンクねーちゃん役のアリエル・ウィンター(左)も名演だと思います。この人はアメリカのTVドラマ『モダン・ファミリー』でエミー賞をとった人ですが、実際に母親から虐待を受けていました。彼女も映画の役柄とそのまま重なっています。これも凄い

 あてがわれたホテルはハイウェイ沿いのオンボロ・モーテル、授賞式の会場は場末のバーでした。名称こそ国際映画祭でですが、映画オタクの若者たちによる自主上映会に毛が生えたようなものだったのです。
●映画オタクたち

 うんざりしてバーで泥酔したヴィックは『お前らは人生の負け犬たちが映画をみているだけの集まりだ』と啖呵を切ります。翌日 ヴィックは迎えに来たパンクねーちゃんに車を運転させ、生まれ故郷に向かいます。

 自分の生まれた家、学生時代活躍したフットボール場(本物のバート・レイノルズフットボール選手でした)、スターになる前 最初の妻にプロポーズした川辺、そして彼女が入っている老人ホーム。

 かっては大スターだったヴィックですが、今は自分こそが人生の負け犬であることを理解しています。世の中からは忘れ去られ、金銭面でも不如意をかこっています。度々の女遊びで家族もいない、唯一の友だった老犬すら旅立ってしまった。

 作品だって後世に残るものはありません。彼は言うのです。『自分が出演した作品は始まって30秒で結末が想像できるようなものばかりだった』
●後半は老若の負け犬同士のロード・ムービーになります。

 この映画はまさにバート・レイノルズのセルフ・パロディ、彼の人生そのものを描いたような作品です。主人公は度々 かって彼が出演した作品の中に入り込みます。もちろん合成ですが、観ている側も良い意味でフィクションなのか、ドキュメンタリーなのか判らなくなってくる。

 老境を迎えた、かっての大スターを苦渋の表情で演じるバート・レイノルズ、ドラマ前半のボケ演技も含め、まさに魂の演技としか言いようがない。そして、それを生かした演出も脚本も見事です。

 身体も精神も衰え、既に終わりかけている、後悔だらけの自分の人生をどうやって落とし前をつけるか。どうやって取り戻すか。前半で見せた苦渋の表情が最後にどう変わるか。80歳の主人公が本当の希望を見せてくれます。映画でも一幕目、二幕目は凡作でも、最後が良ければ感動できます。人生のあらすじは途中で変えられる! 

 かっこいいまま、爽やかに引退した同じ年のレッドフォード、今も超現役でベッドシーンまで演じる(笑)イーストウッドと異なり、バート・レイノルズが演じる不器用で誠実な主人公像は実に味わい深い。彼は正直、この3人の中では一番評価は低いと思いますけど、この作品でぶっちぎりの大逆転を見せる。

 

 超名作ロンゲスト・ヤード』の主人公が帰ってきたんです。絶望的な状況に追い込まれて、本人も観客ももうダメだと思っても、知恵と勇気とユーモアで運命に立ち向かう。まさに『漢の中の漢』。最後はもう、うれし泣きです。涙が止まりませんでした。
 

 バート・レイノルズはこの作品が公開されて半年後に亡くなりました。小品だし、公開館数は少ないけれど、人生の最後を飾るにふさわしい、本当に素晴らしい大傑作!。
 これだけ爽やかな後味がある映画は珍しいだけでなく、人生の終盤を描いた様々な映画の中でも正にベスト級に素晴らしい。こんな映画、中々ないです。機会がありましたら是非是非。


「ラスト・ムービースター」予告編