特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

「スローニュース」と映画『メットガラ ドレスをまとった美術館』

楽しかったゴールデンウィークも終わってしまいましたが(泣)、心配していたフランスの大統領選は中道のマクロン氏が当選してホッとしました。EUで何かあれば、日本経済にも大きく影響します。それでもルペンが35%近くも得票したのですから驚きではあります。それだけフランス人の不満は大きいということなんでしょう。


しかし、誰が当選しても今の先進国の状況を立て直すことは容易ではありません。フランスに限らず、多くの先進国は格差の問題だけでなく雇用、財政赤字、経済成長、技術革新、グローバリゼーションと絡まりあった問題を抱えています。ルペンの言っているように保護主義を唱えても解決策にはなりません。困っている人を救おうにもフランスも巨大な財政赤字を抱えています。また格差の是正は経済を立て直すためにも重要ですが、そのためには源資が必要だし、そのためには社会的なルールを変えて富裕層や金融に課税するだけではなく、強い産業を育てていかなければ根本的な解決にはなりません。格差が開いているというのは生産性の低い産業=賃金の低い産業についている人が大勢いるということでもありますが、賃金の分配のやり方を変えるだけでは長続きしません。そのような産業をどう立て直すのか、もしくは他の産業に移ってもらうのか、が必要になります。極論すれば、今まで石炭を掘ってた人に明日からIT技術者になれ、今まで特徴のない安いワインを作ってた人に今年からロマネ・コンティのようなワインを作れという話ですから、口で言うほど簡単な話ではない。


この問題は日本もアメリカも共通です。解決策を描いたとしても10年、20年がかりの話になるでしょう。マクロン氏は39歳、ジャック・アタリ先生のお眼鏡にかなった優秀な人だそうですが、議員にもなったことがない政治的手腕は未知数だし、議会選挙だって差し迫っている。前途は多難でしょう。でも長期的な問題を解決しなくてはならないのですから、若いリーダーが出てくるだけ、政治の面ではフランスは日本よりマシに見えます。

●神田のやぶにはもう二度と行きません。「まつや」の方がうまいし:やぶそば店主 自民都議内田の後援会長に就任



さて 先週の火曜 日経でこんな記事が目に留まりました。BBCの報道方針の変更「スローニュース」についてです。



英BBC編集トップ、「スローニュース」に軸足 :日本経済新聞

トランプの当選以降 BBCに限らずNYタイムス、CNNなど欧米のメディアでは『スローニュース』という方向が強まっているそうです。24時間 事実を早く伝えることを主眼に置いた『ブレイキングニュース』ではなく、『事実の深堀りやデマの真偽を検証するスローなニュースを目指している。』そうです。


実際 NYタイムスなどはトランプの当選以降ファクトチェックのチームを作ってデマの真偽検証に注力しており、それに伴い売り上げは絶好調だそうですhttp://www.yomiuri.co.jp/world/20170504-OYT1T50016.html?from=yartcl_outbrain2。最近は日本の朝日新聞などもたまにファクトチェックの特集を組むことがありますけど、単発的だし、体制も検証対象の広さもくらべものになりません。
意図的なものにしろ、悪意はないものにしろ、ネットに流れている情報はフェイク、事実と異なるものが非常に多い。ましてトランプや日本の政府のように公的立場の者が自らフェイクニュースを流すのが昨今の傾向です。校閲という機能を持っている大手メディアが果たすべき役割は重要だと思います。


だから「スローニュース」は正しい方向性です。記事を伝えるスピードでは大手メディアはネットにはかなわないから自分たちの強みを生かそうということでもあります。ですが、スローニュースにはもっと重要な意味があります。『偽情報は民主主義の根本を揺るがす』からです。民主主義は事実をベースに議論することから始まります。ところがデマが広がってしまったら、議論すらまともにできなくなります。『偽情報は民主主義の敵』だし、スローニュースは民主主義をはぐくんでいく取り組みなんですね。

今の世の中 情報が溢れかえっています。我々は情報を『消費する』だけではいけないと思います。一昔前 『消費者主権』という言葉を良く聞きましたが、神野直彦先生(井出栄作慶大教授の先生)は『消費者であるということはカネで物事を判断すること』と仰っていました。我々は『消費者であることを止めなくてはいおけない』んですね。奇しくも『スローニュース』の語源である『スロー・フード』の精神は『我々は単なる消費者であることを止めよう』ということです。

スローフードな人生! ?イタリアの食卓から始まる? (新潮文庫)

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ルペンもトランプも、日本のネトウヨも左翼も異口同音に、『メディアは本当のことを伝えていない』と言います(笑)。確かに大手メディアが大事なことを伝えていない、ということはあります。リベラル系も含めて日本のマスコミは事実の深堀も多様な意見の反映と言う点でも不十分です。かといって、その替わりがデマばかりのネット情報じゃバカ丸出しでしょ(笑)。

●最近のデマの例。自称「ロシアの情報通信社」が先週起きた福島の山火事をカナダの山火事の写真を使って根拠のない放射能の危険まで煽っています。民主主義を危うくするデマは、デマを流す奴と無自覚にそれを拡散する人間との共同作品です。


*詳報 福島県・浪江町の山火事とデマ 「放射性物質が飛散」と報じた地方紙が謝罪


今 溢れる情報の中で一歩立ち止まって真偽をチェックしてみる、そして自分なりに考えてみる、ということは非常に重要です。それをやらない限り、我々は権力者やマスコミに踊らされる存在から脱することはできないと思います。結局我々が愚かだから、連中がのさばるんです。
●こんな答弁で怒らないのは国民の方が悪い。



ということで、渋谷で映画「メットガラ ドレスをまとった美術館http://metgala-movie.com/

                        
たまに海外に行くことがあると、時間を見つけて一人で美術館に立ち寄ることにしています。ルーブル、オルセー、テート、ウフッツィ、どこも展示が充実しているだけでなく、押し合いへし合いの日本の美術館と違ってゆったり見ることができて、とても楽しかったです。
特にNYのメトロポリタン美術館(MET)は断トツでした。教科書でしか見たことがない絵などが本当に目の前に並んでいて感激しましたし、尚且つ 空いている。建物もカッコいいし、ロケーションもセントラルパークの脇で素晴らしい。特に展示物の凄さには世界の1流と言うのはこういうものだ、と実感させられました。10年くらい前、一人で朝から夕方まで見て回りましたけど、退屈どころか、もう1日居ても全然飽きないと思いました。


そのメトロポリタン美術館にはファッション部門があります。その活動資金集めのために年1回 セレブを集めた展覧会のオープニング・パーティー=メットガラ(METのお祭り)が開かれます。呼ばれるのは映画&ロックスターに政治家、デザイナーなどのセレブ600人。ちなみにガラの参加費用は一人2万5000ドル!(300万円)(笑)。2016年は値上がりしてパーティーの席料が3万ドル(約345万円)で、テーブル席が27万5,000ドル(約3,162万5,000円)!(笑)。それでも600席あるパーティーチケットは即時完売となるらしいです。まあ、実際の費用はファッションメーカーが出すらしいですけど。


この映画は2015年のガラとファッション部門の展示会『鏡の中の中国』の舞台裏を描いたものです。ちなみに今年のガラも5月1日に行われたばかりで、テーマは『川久保玲特集』だそうです【ほぼ全員】METガラ2017でセレブのレッドカーペットスタイルを速報!
映画の主人公は二人です。一人はMETのファッション部門のキュレーター、アンドリュー・ボルトン、もう一人は展示とガラを取り仕切るヴォーグ誌の編集長でMETの理事も務めるアナ・ウィンター。大ヒット映画『プラダを着た悪魔』でメリル・ストリープが演じた編集長のモデルです。あの映画はこの人の部下が書いた原作がベースになっています。
●アンドリューとアナ(左)


展示はただ美しいファッションを並べるだけではありません。中国の美とファッションを組み合わせた展示ですが、ただのエキゾチックなノスタルジーにならないようにしなくてはなりません。尚且つ政治的にもかっての植民地主義や人種差別を排除しなくてはならない。アンドリューとアナは美と商業主義、それに政治のバランスを取らなくてはなりません。それだけでも半端じゃない。


二人のキャラが面白いです。
キュレーターのアンドリューはハンサムで知性に溢れ、心優しい。性別に拘らないイギリスのポップ音楽、デュラン・デュランボーイ・ジョージに惹かれてファッションに興味を持ちました。彼がイブ・サンローランの遺品を見に行くシーンは洋服に対する愛情に溢れていました。サン・ローランとアンドリューはルックスが似ていますが、二人ともゲイであるところも共通しています。


彼は超有名デザイナーのトム・ブラウンの私生活のパートナーでもあります。当然の事ながらトム・ブラウンも展示に協力します。ちなみにトム・ブラウンの服って日本でも新宿の伊勢丹で売っています。かねがねボクもカッコいいと思ってたんですが、改めて値段を確認したらカーディガンが22万円、スウェットが7万円だって(笑)。舐めてんのか(笑)。
●キュレーターのアンドリューとパートナーのトム・ブラウン(右)。パーティで二人は熱いキスを交わしていました。


ヴォーグ誌の編集長、アナ・ウィンターは『プラダを着た悪魔』で描かれた悪魔の様な鬼編集長そのまんま、いや、それ以上かもしれません。圧倒的な毒舌、仕事の厳しさ、映画では彼女の毒舌で会議が静まり返るところを何度も写しています。例えばMETは年中無休が原則だそうですが、彼女はごり押しで展示準備のために一部を休館させてしまいます。
『私はあなたたちの活動資金を集めてるのよ!』 
そう一喝されたら、METのお偉方も誰も言い返せない(笑)。でもそういう彼女ですから、中国の記者などに『この展示は植民地主義に影響されてないか?』と意地悪な質問をされても、バシッと切り返すことができます。美に対するセンス、歴史に対する知性と政治性、商業と美とのバランスをとる現実主義を兼ね備えている。ちなみに彼女は高校を中退してデパート(ハロッズ)の店員から、ここまで上り詰めました。ただの悪魔じゃありません(笑)。
●この人は今年70歳。ノースリーブの花柄ワンピースを着ても様になってます。


実務を取り仕切る展示のディレクターは有名映画監督のウォン・カーウァイ(『花様年華』など)、ガラの演出はこれまた有名映画監督のバズ・ラーマン(『ムーラン・ルージュ』など)です。超有名映画監督を当たり前のようにディレクターに起用するのにはびっくりです。一流ってこういうことなんですね。約1年の期間をかけて、展示とガラの準備が進んで行きます。



ガラはアナ・ウィンターが取り仕切ります。誰を呼ぶか、誰を呼ばないか、600人の席順をどうするか。席の序列、マスコミ受け、様々な要素を考えながら、彼女が決めていきます。やったことがある人は良くわかると思いますが、パーティの席順を決めるのは超大変です。あちらを立てればこちらが立たずの連続です。600人のパーティだったら300次の連立方程式を解くようなものでしょう(笑)。さらにファッションメーカー同士の関係もある。
ちなみに映画に出てきた出席者はトム・ブラウン、ジョン・ガリアーノカール・ラガーフェルド、ジャン=ポール・ゴルチエ(以上はデザイナー)、レディ・ガガアン・ハサウェイ、マドンナ、ジャスティン・ビーバーサラ・ジェシカ・パーカービヨンセケイト・ハドソンジェシカ・チャスティン、ジュリアン・ムーア、シェール、ブラッドリー・クーパーユマ・サーマンベン・スティラーアリシア・キーズジェニファー・ローレンスジェニファー・ロペスカニエ・ウェストオーウェン・ウィルソン

こんな人たちの席を決めるんですよ。下手すれば、後でどれだけ恨まれるか(笑)。それに加えて、彼女が出席させないと決めたセレブも居ます(笑)。怖い―。


勿論 セレブが勢ぞろいのガラの光景は楽しいです。誰が態度悪い、とかも判ります。ボクはまさか!と思いました。それは見てのお楽しみです(笑)。また展示『鏡の中の中国』の美しさ、素晴らしさは充分に伝わってきました。革新性と美が組み合わさった素晴らしい展示だったのが画面を通じてでも良くわかりました。
●会場に敷かれたレッドカーペットの上をセレブが歩いていきます。それをマスコミが取材する

●レッドカーペットと言ってもただのカーペットじゃない。

●当日はガラだけでなく、セレブが展示を内覧します。それをマスコミが取材する。宣伝効果抜群。


METの展示だけでなく、映画としても1流のドキュメンタリーです。1年間かけた膨大な準備の人間ドラマは良く写したなあと思います。それに展示が素晴らしいだけでなく画面も美しい。様々なセレブの姿や舞台裏を見るのも楽しい。滅茶苦茶面白いです。ファッションのことなんかわからないボクでも、面白かった。お奨めです。