特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

当事者能力がない国で:映画『主戦場』

 昨日の統一地方選は史上最低の投票率だったそうです。
 『59市長選は47・50%、283市議選45・57%、東京特別区の20区議選42・63%、66町村長選64・98%、282町村議選59・65%と相次いで過去最低を更新』、だそうです。
 www.kobe-np.co.jp

 区議選の情勢はまだ判りませんが、ボクの住む世田谷区では脱原発を進める現職の区長 保阪展人氏が無事当選しました。

 一方 国政選挙の方は沖縄は良かったけれども、大阪は残念でした。それでも野党の主だった党首が応援に結集した宮本氏のチャレンジは全くの無駄ではなかったのではないでしょうか。共産党では無党派に浸透できないことが実証されたという点でも、です。
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 ただ毎度のことですが、維新の何が良いのか不思議でなりません。それでも無党派の支持が宮本氏より維新や樽床に集まったのを見ても、既存の野党がいくら共闘しても無党派層の投票の受け皿にならない状況は変わっていません。もちろん共闘はしないよりした方がマシですけど、それだけではダメということです。
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 さて、週末の土曜日夜に放送していたNHKスペシャル平成史スクープドキュメント 第7回 自衛隊 変貌の30年 ~幹部たちの告白~』には考えさせられました。
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www6.nhk.or.jp

 自衛隊の元幹部や政治家への番組のインタビュアーの質問は鋭くて良かった反面、番組全体の制作の観点は甘いと感じました(後述)。それでも番組の意図とは別に、非常に考えさせられるものがありました。

 911当時 横須賀から米空母が緊急出航しました。その際、米軍は日本でハイジャックされた民間機が空母に体当たりしてくる可能性を想定して、自衛隊に空母の護衛を強硬に申し入れたそうです。そんなことはボクは夢にも想像しませんでした。
 民間機には日本人が大勢乗っています。その飛行機を撃墜すると、自衛隊は米軍を守るために日本人を殺すことになります。その現実に直面した指揮官の葛藤。

 それにイラク戦争当時 現地に派遣された自衛隊指揮官。小泉は戦闘行為がないと言い張っているのに、現実に戦死者が出たらどうしようという指揮官の悩み。なんとか人的犠牲だけは防がなければならない。どちらも現場の指揮官がさらされた重圧は並大抵のものではありません。
 でもボクが指揮官の立場だったら何の忖度もなく(笑)、ケツを捲ってしまいますけどね。デマで現実をごまかそうとする政治家が悪いんだから。

 そして憲法を守りながら、アメリカの要望にギリギリ応えようとする福田康夫などの政府幹部たち。賛否は別にして、この苦悩も並大抵のものではなかったことだけは伝わってきました。

 番組でも当時のニュースでも報じられませんでしたが、イラク自衛隊が派遣された際、自衛隊は常にアメリカの民間警備会社に護衛されていました。自衛隊の映像は日本のTVでも流れましたが、自衛隊を守る民間警備会社の姿はカメラに一切映さないよう細心の注意が払われた。 
 そのことをボクは実際に自衛隊に同行した民間会社の人から聞きました(民間会社もイラクへ行ったんです!)。写真も見せてもらったから事実です。民間警備会社に護衛される軍隊というのはあまり聞いたことがありませんが、自衛隊にとっては人的損害を出さないことはそれほどの至上命題だったのでしょう。

 これほど時間が経ったのだから、番組でそのことが取り上げられなかったのは不満ですし、イラク戦争の本質=チェイニーらの単なる金儲けに日本が命がけで協力したという観点がなかったのも問題がある。そこはいつものダメNHKです。でも重要な問題が示唆されている。

 この番組で描かれたのは当事者能力を欠いた日本です。時には戦争にもつながりかねないアメリカの要請・圧力を受け入れることが良いことかどうか。日本の外交・安全保障戦略はどこにあるのか。日本は海外とどうかかわっていくのか
 今は国民的な合意どころか、議論すらまともにありません。小泉や安倍など無責任な政治家によって、なし崩しに実質的な軍隊である自衛隊が海外派遣されている。その矛盾の中に自衛隊や担当者は立たされている。主権者たる国民の意志はどこにあるのか
 今後はますます、そういうことが問われていく。この矛盾が爆発するのは時間の問題でしょう。


 と、言うことで、今盛り上がっている映画です(笑)。ドキュメンタリー『主戦場

www.shusenjo.jp

慰安婦問題は日本と韓国の間だけでなく、アメリカでも慰安婦像の建設を巡って延々と論争が続いている。不思議に感じた日系アメリカ人の監督、ミキ・テザキは慰安婦に関して日本側の責任を否定する側、日本側の責任を認める側、双方に取材を行ってみた。

 様々な新聞で取り上げられたり、ネットでも論争が起きるなど話題になっている映画です。
www.cyzo.com
mainichi.jp
www.nnn.co.jp


 この映画には様々な右派、歴史修正主義者、例えばテキサス親父ことトニー・マラーノ、ジャーナリストの櫻井よしこ、タレントのケント・ギルバート、政治家の杉田水脈、新しい教科書を作る会の藤岡信勝、現なでしこアクション(極右です)で元在特会山本優美子などが出演します。
●左から藤岡信勝杉田水脈ケント・ギルバート、テキサス親父のマネージャー、テキサス親父
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 ボクも予告編を見たときはネトウヨ映画かと思ってました。そんな映画を、今までバカウヨの抗議などが起きても意に介さず『ザ・コーブ』など数々の問題作を上映してきた映画館、青山のイメージ・フォーラムで上映するというので最初はがっかりしていたのですが、出演した杉田水脈などが『騙された』と怒っているという話も漏れ伝わってきたので、これはいいな、と(笑)。

 デモでもコンサートでも映画でも、盛り上がってるものは自分の眼で見る、というのがボクのモットーなので(笑)、監督の舞台挨拶がある初日に見てきました。映画館は満員札止めです。東京だけでなく、これから大阪、宮城、愛知など各地で上演されるそうです。

ミキ・デザキ「『主戦場』ってどんな映画」:主戦場

 と言っても、ボク自身は従軍慰安婦の問題は詳しくないし、あまり関心もありません。既に答えは出ているからです。
 強制連行の有無や20万人と言われている慰安婦の数などを歴史修正主義者が難癖付けてますが、強制であろうとなかろうと日本軍や役所が関与した時点でアウトです。日韓条約が結ばれた当時は明るみになっていなかったのだし、日本が悪いに決まっています
 当時 海軍にいた中曽根康弘に至っては俺だって慰安所を作った、と威張っているんだし(笑)。いや 笑ってる場合じゃなくて、マジで大馬鹿だわ。
editor.fem.jp

 確かに強制連行したことを示す朝鮮半島での公文書はないみたいですが、インドネシアでは軍がオランダ人女性を強制連行したこともはっきり分かっていますhttp://www.awf.or.jp/pdf/0205.pdf。公文書はどうせ終戦のどさくさで燃やしたんでしょ(笑)。今の統計問題と一緒です。
河野談話が出された後作られたこのデジタル・アーカイブは一見の価値があります。あか抜けないが、論理的で判り易い。
www.awf.or.jp

 だから、右派というか、歴史修正主義者が『従軍慰安婦は日本に責任がない』と言っているのが ボクは不思議でしょうがないんです。

 ただし、慰安婦問題を追及してきた韓国の中心的な団体 挺対協もまともではない。連中は生き残っている慰安婦の7~8割が日本からの見舞金を受け取りに同意したのを妨害したりしている。慰安婦の人たちが高齢になっている今、辛い思いをした人を救うことが大事に決まってます。

 他にも連中が慰安婦問題を冷静に取り上げているパク・ユハ教授を訴えて言論を弾圧しているのは許し難い。ちなみにパク・ユハ教授が名誉棄損で有罪になった この裁判は村山富市河野洋平上野千鶴子ノーム・チョムスキー先生などが言論弾圧として抗議声明を出しています。

和解のために?教科書・慰安婦・靖国・独島 (平凡社ライブラリー740)

和解のために?教科書・慰安婦・靖国・独島 (平凡社ライブラリー740)


 この映画の題名『主戦場』とは慰安婦問題は日本に責任はないと主張する歴史修正主義者たちが(右派というにはおこがましい)、それを主張するメインの場所はアメリカ、と考えていることに由来します。国際世論の問題ですね。

 映画は歴史修正主義者たちに加えて、慰安婦問題の責任を認める側の中野晃一上智大教授、吉見義明中央大名誉教授、小林節慶大名誉教授、挺対協の代表ユン・ミヒャン、パク・ユハ教授、『女たちの戦争と平和資料館』の渡辺美奈事務局長、元朝日新聞記者の植村隆など様々な人々のインタビューも取り上げ、『対論』という形で進んでいきます。
●中野晃一上智大教授は日本人出演者の中で唯一、英語でインタビューに答えていました(笑)

 前半は従軍慰安婦の強制の有無、違法性の有無、慰安婦の人数、性奴隷という言葉の意味、論争になっている点について双方の主張が紹介されます。
比較的公平に双方の主張が取り上げられていると思います。時間的には歴史修正主義者の言い分の方が長い。ボクとしては彼らがなぜそんなことを言い続けているのか不思議で仕方がないので、すごくよかった。彼らの言い分を聞きたいんです。
●この人たちは単なる商売で歴史修正主義をやっている。テキサス親父(2枚目)にはカメラの前で女性差別を公言する日本人マネージャーまでついてます。


 まず印象に残ったのは、杉田水脈のひどさです。映画の中ではこいつが一番多く発言しています。普段は杉田水脈の主張などまともに聞いたことはありません。時間がもったいないからです(笑)。

 杉田によると『従軍慰安婦問題の陰には中国が居る。中国や韓国は日本のような優れた技術を持つことができないので、バッシングすることで日本製品アメリカから追い出そうとしている』そうです(笑)。主張の内容も根拠も??ですが、杉田はまず、日本より優れたデジタル製品を作っているサムスンやLG,ファーウェイのことを全く知らないらしい(笑)。この場面ではさすがに場内で失笑が起こります。
 また杉田は、慰安婦の人たちが騙されて連れてこられた人が多かったことに対して、『騙される方が悪い』と主張します。その杉田がこの映画について『騙された』と主張しているわけです(笑)。とことんクズ としか言いようがない。
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 あと『新しい教科書を作る会』の藤岡信勝もひどい。『国家はどんなことがあっても謝罪してはならないんです』とカメラの前で繰り返し断言します。意味が良くわからない(笑)。映画では藤岡の発言のあと、第2次大戦中 日系人が強制連行されたことを国家として謝罪するレーガン大統領の画像がインサートされます(笑)。


 映画は、慰安婦の責任を認める側についても、パク・ユハ教授の『挺対協は嘘も大量にまき散らしている』、『慰安婦問題は日本だけの責任ではなく、韓国に根強くはびこっていた、女性を家族のために犠牲にする家父長制度にも問題がある。』との発言を取り上げています。
また『20万人と言われている慰安婦の数は、実は正確には分からない』と指摘する『女たちの戦争と平和資料館』の渡辺氏の発言を紹介しているのも公平だと思いました。

 原発反対の人たちでもペテン師や頭がおかしい連中も多いですが、従軍慰安婦問題の責任を認める側の中でもいい加減な発言をしている連中は居て、それが歴史修正主義者に付け入るスキを作ってしまっているのも事実です。
慰安婦問題を追及していた吉見義明の被害者数推定は脇が甘い。問題あると思います。

●それとは対照的に、渡辺氏のあくまでも冷静な発言は印象的でした。
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 後半は歴史修正主義者たちが『なぜ慰安婦問題はなかったと言い続けるのか』、また、『歴史修正主義者たちがなぜ力を持つようになってしまったのか』、『その黒幕は誰か』といった問題に迫っていきます。

 ボクとしては、連中がなんで慰安婦問題にこだわるのか不思議で仕方ないので、非常に興味がある展開でした。
 映画は彼らの発言を基に、彼らの多くがセクシスト(性差別主義者)、レイシスト(人種差別主義者)であることを理由にしています。彼らは、韓国や中国の人、それに慰安婦問題を取り上げる女性たちを自分たちより劣った存在として認識しています。そんな自分と国家を同一視しているから、国家の欠点を認めると自分のアイデンティティが脅かされると感じられるのではないか、と言うのです。

 こういう心境はボクにはあまり判りません(笑)。連中は日常生活でうまく言ってない恨みつらみを他人に押し付けているだけです。そんなバカは放っておくしかない。説得はムリですから。
 でも今回の選挙でも『日本第一党』や『NHKから国民を守る党』などの名称で在特会などのレイシストが大勢 立候補して、少数ですが当選したバカもいるようです。そういう連中がゴキブリのように増殖しているのですから、笑ってばかりもいられません。
●映画の中で櫻井よしこは6万ドルもの大金を払って米人ライターに提灯記事を書かせていたことを問われると『言いたくありません』と述べていました。ある意味 正直です。

 
 映画の中では転向した歴史修正主義者の女性の意見がフィーチャーされます。アメリカで慰安婦像建設反対運動にかかわっていた日系人の彼女は南京大虐殺の事実関係を知ったことで、歴史修正主義者たちの意見に疑問を持つようになります。今は活動に参加したことを非常に後悔しているそうです。
 いくら訳の分からない歴史修正主義者でも事実関係を冷静かつ丁寧に解きほぐすことで、コトバが通じることはあるかもしれません。
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 映画は、歴史修正主義者が力をもってしまった原因として『日本会議』とバックに控える神社本庁を挙げています。日本会議に加わっている安倍晋三などの政治家が力を持つことで連中も影響力を増している。ちなみに日本会議はこの映画について、『これは日本会議事務局の公式見解を基にした映画ではない』と言っています(笑)。
www.nipponkaigi.org

 日本会議にうごめいている歴史修正主義者たち、櫻井よしこ藤岡信勝などメンバーの中心には外交評論家の加瀬英明がいます。元国連大使、内閣顧問で日本会議の前身を作った加瀬俊一の息子で、オノ・ヨーコとはいとこになる、名門の出身です。そのこと自体は有名ですが、カメラの前で加瀬英明を見るのは初めてです。
インタビューに応じた加瀬は『自分は単なる歴史家だが、左派の主張など全く読んだことがないから分からない』としらを切ります。監督は彼を『自称歴史家』と皮肉っています。


 映画は日本人がどんな方向へ進もうと自由だが、このまま行くと日本はアメリカが行う戦争に参加することになる。それでいいのか?と問いかけて終わります。
 ただし、物事はそう単純ではない。映画でも日韓条約や2015年の慰安婦合意はアメリカの圧力で結ばれたことが指摘されています。頭のおかしい挺対協や歴史修正主義者に引きずられる韓国政府や日本政府、双方とも当事者能力がありません

 いや、当事者能力がないのは政府だけでしょうか。映画では韓国の慰安婦像の前で『慰安婦って知ってますか』と問われて、にこやかに『知りません』と答える日本の若い人たちの姿が映し出されます。繁華街で同じ質問をされて、堂々と『学校で習ってません』と答える若い人も居る。自分で学ぼうともしない。年齢に関係なく、そういう人も多いと思う。我々日本人に当事者能力はあるのでしょうか?


 上映後は監督の舞台挨拶がありました。日系2世ですが日常会話は英語です。若い時は沖縄で英語の教師をやっていたそうです。
●ミキ・テザキ監督
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 その際 『従軍慰安婦はなかった』という歴史修正主義者そっくりの主張を述べる生徒が居たそうです。ところが、その子は事実関係は殆ど何も知らなかった。そのことがこの映画を作るきっかけの一つになったそうです。
 映画では、河野談話が発表された当時は全ての歴史教科書に慰安婦問題が取り上げられていましたが現在は慰安婦問題が載っている教科書はない、ということも描かれています。
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 あと、もう一つ、『歴史修正主義者の発言を両論併記で紹介することで、連中のデマを広げることに加担することにならないか』という論点について述べていました。これはホロコーストなどでも言われることですが、重要な問題だと思います。嘘や人に危害を与えるような言論の自由があって良い訳がありません。

 しかし 監督は『法律で禁止されているナチスの主張やホロコーストと異なり、今の日本は歴史修正主義者の意見の方がメジャーなので、むしろ両論併記で議論をしていった方がよいのではないか』と言っていました。ボク自身は歴史修正主義者なんか殆ど相手にしてなかったので、そういう感覚はなかった。日本の外から客観的に見たらそうなのかもしれません。
●舞台挨拶終了後、監督は路上に机を置いてプログラムにサインを描いていました(笑)。
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●この記事 当日の舞台挨拶の内容がうまく要約されています。
www.cinematoday.jp


 ドキュメンタリーとして、とても良くできています。260万円という低予算で作られたと思えないほどクオリティが高い。それに独り善がりだったり、一方的な立場を押し付けたりするような映画じゃありません。
インタビューは鋭いけれど、歴史修正主義者の面々も監督が日系とは言え英語しか話せないアメリカ人だったから、つい本音が出たのでしょう。率直に語っています。ただ強いて言えば、慰安婦像を作っている側の人たちがどんなことを考えているかももっと知りたかった。

 情報量は凄く多いですけど、かなり面白かったです。従軍慰安婦で起きたことは福島の廃炉作業など現代にもつながっている。監督が言っていたように、日本人はもっと事実を知って議論をすることが必要なんだと思います。
www.youtube.com