特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

贈りものを残す人:映画『ハーブとドロシー ふたりからの贈りもの』


イギリスで映画「オズの魔法使い」の挿入歌「鐘を鳴らせ!悪い魔女は死んだ」が突如アマゾンやiTunesでダウンロードが激増して、今やヒットチャートのベスト10に入る勢いだそうです(*結果はチャートの2位という大ヒット!)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130413/k10013894281000.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2013041102000224.html
悪い魔女とはもちろん、先日死んだサッチャーのこと。 今回のチャートインはサッチャーへの抗議の意思を表明する人たちがネットで呼びかけた成果だそうです。
知性とユーモアに溢れた素晴らしい抗議のやり方ですよね!
確かに非効率的な産業を温存してきた英国病を解決したかもしれませんが、民営化と消費増税と福祉切捨てで、失業者を増大させ、地方経済を不振に追いやったサッチャーの政治は今だにイギリスに傷を残しています。昨今のイギリスの不況だって、元を質せばサッチャー時代の金融業シフト、基幹産業切捨てが原因です。さらにサッチャーアパルトヘイトを続けていた南アフリカへの経済制裁に反対した人種差別主義者でもあります。
こんな奴を女性の社会進出とか強いリーダーとか寝ぼけた賛辞を言っている奴の気が知れません。往々にしてそういうことを言っている奴こそ、そいつ自身もロクなもんじゃない。現代のイギリスを描いた様々な映画、ケン・ローチのような社会派じゃなくても、『ブラス!』や『フルモンティ』、『アタック・ザ・ブロック』などのお気軽映画を見ていたってサッチャーがイギリスの一般庶民に対してやってきたことは政治と言うより、社会的な暴力に近いことが判ります。

サッチャーが死んで喜ぶ人たち。各地で祝賀パーティが開かれているそうです。

●悪い魔女が死んだ!

                                                                                         
そうやって亡くなってからも腐臭を漂わす政治家も居れば、そういう生き方とは無縁の人も居ます。今日亡くなってしまった三國連太郎氏もそうだったと思いますが、大勢の人に無償で贈りものを残す人が居ます。

                                                                                                       
新宿で『ハーブとドロシー ふたりからの贈りもの
映画『ハーブアンドドロシー ふたりからの贈りもの』公式サイト

定年退職した郵便局員と図書館司書、ごく普通の公務員だったハーブとドロシー、ヴォーゲル夫妻の趣味は現代アートを集めること。集める基準は自分たちの給料で買えるもの、自分たちの1LDKのアパートに収まるもの、という二つ。長年 好きで集めていたアートの数はいつの間にか4000点以上に増え、価値も上がり、二人は世界的なコレクターになってしまう。だが数億円もの価値になったコレクションを二人は無償でナショナルギャラリーへ寄贈してしまう(ここまでが前作『ハーブとドロシー アートの森の小さな巨人』)。金持ちのドラ息子VS映画『ハーブとドロシー』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)
続編である今作は彼らが寄贈した莫大な数のコレクションがナショナルギャラリーですら展示しきれないことを聞いたハーブとドロシーが全米50州の美術館に50ずつコレクションを寄贈していくプロジェクトを行っていく姿を描いたもの


2010年に公開された前作は素晴らしすぎる作品でした。現代アートに、市井の老夫婦。ドラマティックなところは何一つないが、自分が好きという基準だけでコレクションを続け、それが数億円の価値になっても、まったくカネに頓着しない夫婦の姿を見ていると実にすがすがしい気持ちになれたからです彼らこそが最良のアートって感じ。アメリカ人にもこんな人が居るんだなあと(笑)東京では青山のイメージフォーラムっていう100人も入らないミニシアターでの公開だったけど、大ヒットしたらしい。
                                                                                                                
今作は全国ロードショー、東京は新宿ピカデリーと言う大劇場での上映でした。混むのがイヤなので、ボクは映画の初日は行かないことにしているのだが、今回は応援のために初日に見に行きました。
前作に引き続いて監督は日本人、佐々木芽生。映画人というより、ただのアート好きなお姉さんらしい。そういう人がアメリカに行って傑作ドキュメンタリーを撮ってしまう。これもまたすごいことです。今作はクラウドファウンディングと言う手法、ネットで小口の資金を集めて作られたそうです。そのことはこの作品が公開時の朝のNHKニュースで知りました。知っていたらボクも出資したのに、くっそ〜。悔しくてならない。


映画では高齢をおしてハーブとドロシー夫妻がコレクションを寄贈した美術館を訪れる過程が描かれます。無料で寄贈する代わりに二人は条件をつける。50作纏めて展示する、誰でも見られるようにホームページでも画像を表示する、売却不可、などの条件が守られているか実際に確認をしにいく旅が描写されます。
●二人の美術館巡りの旅。赤いコートがドロシー、車いすがハーブ。

                                     
その中にも美術館関係者、美術館のお客、作家、ヴォーゲル夫妻、様々な人間模様があります。現代美術など全く縁がなかったド田舎の美術館では初めての現代美術の展示ということで美術館員は感激しています。多くの地元の人はこんな美術もあったのかということでびっくりする。近年注目度が薄れていた作家は作品が新たに美術館に展示されることに元気を出して、また作品を作り始めます。
派手な事件もセレモニーもない、ただ老夫婦が旅をしていくだけなんだけど、色々な人がいろいろなことを感じています。二人が訪れたところには色々なものが残っていく。映画はそれを丁寧にすくい取っています。

●二人の1LDKのアパート。文字通りアートが溢れている。

                                   
仲むつまじく質素に暮らしていた二人にも、やがて別れのときが訪れます。途中でハーブ氏が死去してしまうのです。アートで溢れていたアパートも寄贈が進むにつれて空っぽになっていく。がらんとしたアパートの壁にたった一つだけ、ドロシーが残したものは- - - -

これだけ地味な素材なのに全く退屈しません。テンポもスピーディーだし、ユーモラスな音楽も素晴らしい。めちゃめちゃ面白いし、心がほんわか暖かくなる。そして最後は感涙必至(笑)。

                                     
終わったあとは監督とドロシーさんが自ら出てきてミニ・トークショー。ドロシーさんは(NYで買った)ユニクロを愛用し、日本の食べ物は牛丼が一番美味しかったという質素な、だけど意志が強そうな聡明な老婦人でした。

数億円の金にもまったく動じないで自分の好きなことだけをやり続ける人が居る、またそういう人を描いた傑作ドキュメンタリーが作られてしまう(それも日本人が)。どちらもボクには奇跡のように思えます。これこそが観客への『贈りもの』です。見てためになるし、絶対に面白い、必見の作品です。
●ドロシーさんと監督(マイクを持っている人)