『西園寺公望』の評伝を2種類。
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特に太平洋戦争前は、中国へ侵略したり、ナチと同盟したり、英米に勝ち目のない戦争を吹っかけたり、日本中が集団ヒステリー、アホになってた時代だ。この人はその大波のなかで理性を保っていた数少ない一人として、興味があるのだ。
満州事変や日中戦争、太平洋戦争では、少なくとも緒戦は国民の大勢は喜んでいた、と僕は理解している。何十万人も集まって提灯行列やらやってたんだから。そして、マスコミは『人心を刺激するような言葉で』(日中戦争中の西園寺の言)それを煽った。日本にとっては戦争に向かって引き返せないポイントとなった日独伊三国同盟もマスコミ・国民の大多数は『革新』とか『新体制』、『バスに乗り遅れるな』といった歓迎ムードだったようだ。
程度の差はありこそすれ、細川や小沢の『政治改革』も、小泉の『構造改革』も、笛に踊らされて国民が集団ヒステリー状態、という点では昔も今も同じだ。この国では、郵政民営化にしてもイラクの自衛隊派遣にしても、何故そうなのか、何を目指すのか、が明確になった試しがない。だから たまにTVで北朝鮮のマスゲームや集会の映像とか見ると、日本も昔はこうだったんだろうな、としか思えないし、他人事とはとても思えない。時々自称保守派の言論人で『戦後教育が悪い』とかいう奴がいるが、心配することはない。戦前もアホだったんだから。
そのような中で、どうやって理性を保ちえたのか、また、どうやって集団ヒステリーに抗したのか、というのは西園寺だけのことでなく、現代的な問題だと思うのだ。
よくあることだが西園寺の中にも、エリート階層故の体制維持的な面と中江兆民と一緒に新聞を発行したりするようなリベラルさが同居している。また、公家育ちのせいなのか、リアリストとしてなのか、両方だろうが、移り気な一般大衆は全く信用しない(要するに、ゲバラと違う)。それでいて自身は藩閥側ではなく政党側にたち、伊藤博文の後を継いで政党の党首もやっている。
近衛と一緒に外遊した際、案内された植物園で枝を折り取った近衛文麿を『お前のように野蛮な人間は今すぐ日本に帰れ』と一喝した話などは、人間の格の違いというものをよくわからせてくれて、面白い。かといって頑固一徹とは程遠く、自宅に談判に来た右翼政治家の言い分を理解する振りをして感激させたりしている。自分は元老として周囲からは公平に見えなければならない。政治的手腕としては柔軟なのだ。
しかし、この人の価値観は、世界の中の日本という視点からぶれない。世界の中で自分の国はどう生きていったらよいかを最も重視して考えた。だから軍部の恨みを買ってテロの標的になってまでも軍縮に賛成したし、中国への侵略にも反対した。空理空論やイデオロギーではなく、そのようなことは日本を世界の中で孤立させるし、孤立は日本の利益にならない、と考えるからだ。曰く『中国人だって日本人より利口な人間はおり、中国人だけでなく外国人も日本の肝を見透かしている者もおり、それを中国人にも通じているだろうから、日本も余程しっかりやらないと皆からバカにされることになる』。こんな、ごく当たり前のことが今でもまだ、わからない奴も多いようだ(笑)。
西園寺のファシズムへの抵抗は満州事変など様々な事件への昭和天皇の対応ミスや西園寺が望みを託した人材の能力不足、何よりも多くの人間が正気を失っていくなかでは、結果として実を結ばなかった。西園寺はドイツ・イタリアと同盟が締結された際 女中たちに『これでお前たちも畳の上で死ぬことはできないだろう(国中が焼け野原になるということ)』と言ったそうだ。それくらい先が読める人をもってしても世の中は変わらなかった。晩年はこう述懐している。『政治家なんて所詮 民のレベル以上のものにはならない』。
確かにそうだ。こんな非常時に、泥酔記者会見で世界に大恥をさらすような奴が財務大臣だったのは、そういう奴に国民が投票したからだ。まあ、あれ以来、さすがに世界があきれ返って円安傾向になったから、あの記者会見は成功だったのかもしれないが。
でも、フランス語の原書も漢籍もOKの教養、老練な政治的手腕、強固な意思を兼ね備えた西園寺にはとても及ばなくても、後世の人間としては西園寺のこの台詞くらいは理解しておく必要はあるんじゃないか。『新体制運動』で国民的人気が高かった近衛文麿が2回目の総理大臣になる際(就任後 『大連立』じゃなかった、『大政翼賛会』を作る)、西園寺はこういったそうだ。
『いまごろ人気で政治をやろうなんて、そんな時代遅れの考えじゃだめだね』