特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『絶望への共鳴』(週刊東洋経済)と『クマとアニョー』(新緑の軽井沢2)

 今週はまず、酷いもの尽くし(笑)で行きましょう。こちらは言うまでもありません。殆どが時効になる10年先の領収書を公開してどうするんだって。


 これも驚いた。昨日 良く知らない日本のバンドが炎上してたのでチラッと見たら、3秒で『こりゃあ、ダメだ』と思うような酷いものでした。

 バンドもレコード会社も広告代理店も差別コンテンツをタレ流すYouTubeも正直言って頭おかしい。小学校すら卒業してないんじゃないか。

 最初はマスコミも持ち上げてた訳です。こいつらも同罪。今の日本人の知的レベルがここまで低いとは衝撃でした。人類失格。

 ポピュラーミュージックや映画など文化や芸術が政治と無関係でいられるなんてありえない頭も悪ければ、文化もない、それが今の日本人です。

 ついでに今に始まったことじゃありませんが、山本太郎一派の頭の悪さも酷い。今この瞬間にも亡くなっているガザの子供たちに顔向けができるのか。
 マジで支持者もろとも早く●ねばいいのに。


 さて、2,3週間前の『週刊東洋経済』に有名哲学者、スラヴォイ・ジジェクが面白いことを書いていました。

toyokeizai.net

 日本以外(笑)の世界中で広がっているイスラエルの虐殺に抗議するデモとかってのベトナム反戦デモとは根本的に違う。現代のデモは思想や理屈ではなく、パレスチナの人が抱える『絶望に共鳴している』、と言うのです。

 68年のデモ参加者は少なくとも言葉の上ではベトコンの反帝国主義的立場や、より広範で前向きな社会主義的取り組みにはっきりと共鳴していたのに対し、現在のデモ参加者がパレスチナ武装勢力ハマスに共鳴することは極めてまれだ。現代のデモ参加者はハマスではなく、「絶望に共鳴している」のである。

 確かにイスラエルに抗議しながらハマスに共感している人なんか、よほどのバカでなければ、殆どいないでしょう。イスラエルの残虐行為に怒っている多くの人、特に若者は、自分たちの世の中も悪くなる一方、と思っている。

 シジェクの言葉を借りれば『若者たちは自覚しているかどうかは別にして、生活環境は悪化の一途を辿ると考えている。気候変動は元に戻せず、戦争は長引き、核の雨の危険が迫っている

 その感覚こそが、何十年経っても状況が良くならないというパレスチナの人々が抱えている『絶望』に共鳴、共感するということです。

 バイデンが武器の供給を止めたり、日本を含む先進国がイスラエルとの貿易を停止すれば、虐殺は止められたかもしれない。けれど、そんなことにはならない。

 元来はアメリカが海からガザに侵攻して治安を立て直し、人道支援を行えばよいのだが、そのような展開は期待できない。
 
 これをシジェクは『アメリカの覇権喪失の負の側面』と言っています。

 それだけではありません。イスラエルが2万人近くも子供を殺すようなことは民主主義社会の理想や国際法がマトモに機能していれば防げたはずです。むしろ民主主義国のダブルスタンダード専制国のプーチン習近平の格好の宣伝材料になっている。
 我々は、目の前で民主主義の自己崩壊を見せつけられているという訳です。

 日本にしても30年間長期低落が続き、投票率は5割そこそこ。あと50年くらいは衰退が続くことが既に決まっています。言葉に出さなくても『この国はあと50年くらいはダメ』ということは誰もが良く判っている。そんな現実を与野党ともに直視しないところが日本の絶望をより深くしている。


 
 冷静に歴史を振り返れば、誰もが平和で自由に暮らせるような社会は実現したことはありません。そう考えれば、今ことさらに絶望する必要もない。やれることを地道にやっていくしかない。
 大昔の社会主義非武装中立、今でいえば山本太郎の『消費税撤廃』、ロートル左翼の『絶対平和主義』、維新や小池の(訳の判らない)『改革』みたいなポピュリズムが煽り立てる偽の希望を持つより、絶望を傍らに生きていく方が健全です。

 ただ、将来の希望がないことは苦痛でもある。人間はこの苦痛を抱えてどこまで生きて行けるのか、それで社会が成り立つのか、ボクには良く判りません。
 ま、政府も国民も手を携えて北朝鮮みたいな社会を目指している、と言われるとそうかもしれませんが(笑)。

 本当のディストピアとは『絶望すらできない社会』かもしれません。


 5月末の 軽井沢、先週の続き、です。いよいよ、お楽しみの夕食です。

 アミューズは泡で桜の香りをつけたさより
 ピンクのお皿の上に載っています。

 泡に合わせるのは泡(笑)。ロゼのシャンパンです。
 今回 個別のお皿に合わせたペアリングだと飲み切れないので半分の量にしてもらっています。その代わり良いワインにしてもらった。

 地元でとれた熊とモツァレラ
 上にはハチミツがかかっています。今年も熊が人間を襲う事件が各地で起きていますが、人間も怖い。やっぱり熊は美味しいです(笑)。

 合わせるのも地元のロゼ。

 ホテルに近いワイナリー、作家の玉村豊雄がやっている’’ヴィラデスト’’のソーヴィニヨンと合わせて。

 ハマグリと小松菜
 千葉のものだそうですが、でかいハマグリでした。

 さらに松本の一本ネギという品種のマリネ
 下には蕗の薹のソース、上にはマスカルポーネかな。これは美味しかった。

 ホタルイカとヴァン・ジョーヌのムース
 スイスとの国境地域で作られる独特の黄色いワインですが、濃厚な味がホタルイカにぴったりです。その上にこの前 自由が丘でも食べたイタリアのグリーンピース、ピゼッリと菜の花が載って爽やかさを出しています。

 勿論ワインもヴァン・ジョーヌ。

 ロワールの白アスパラ
 皮を剥いてこれですから、太い!茹で加減も完璧。ちゃんと身に皮の味が戻っていた。肉厚のポルチーニが添えられています。ポルチーニは長野でも何とか茸(忘れた)と呼ばれていて、地元で取れるんだと思います。

 じゃーん。シャトー・マルゴーの白(笑)。ボルドーの白らしく、ミネラルがはっきりしていて美味しかったです。

 
 新玉ねぎのソースをまとっています。添えられているのはこごみと甘夏のジャム。

 合わせるのはじゃん!シャサーニュ・モンラッシュ。

 メインはアニョー、この季節ならではの乳飲みの仔羊です。
 最初に焼いた塊を見せてくれました。

 切り分けたもの。子羊特有の柔らかさ!ソースは肉汁を煮詰めたもの。付け合わせは青梗菜。

 羊にはピッタリのポイヤックのグランヴァン。香りが徐々に開いていく感じが最高です。こんなもの、普段は飲めません。もう泥酔してるんですが意地でも飲んだ。

 デザート一発目は蕗の薹のゼリーと日本酒のシャーベット
 蕗の薹の苦味が素晴らしかった。

 イチゴのデザート
 手が込んでいます。泡の下はマスカルポーネ

 食後のお茶菓子は巣箱に入れられて持ってこられました。

 それぞれの棚にお茶菓子が入っています。

 部屋に帰ってベランダへ出てみました。

 遠くに小諸の夜景が広がっています。

 普段は見られない、奇麗な景色を見ると出かけて来てよかった、と思います。

 山だと普段より早起きになります。

 朝食は牛乳から。日本で一番古い洋式牧場という群馬の神津牧場のジャージー牛の牛乳です。牛乳もバターもすげえ、うまい(笑)。特にバターはチーズみたいな濃厚さでした。東京でも買えるところがないか、今探しているところです。

 ミネストローネもちゃんと作れば美味しいということがわかりました(笑)。

 焼き立てパン。自家製のものと軽井沢の有名店、浅野屋のものだそうですが、自由が丘でも買える浅野屋のものは残した(笑)。

 夜に続いてロワールの白アスパラ。自家製のオランデーズソース和え。ロースハムも自家製。オムレツなんかより満足感ある(笑)。

 具だくさんのサラダ。

 チェックアウトは11時。軽井沢見物も興味ないので、寄り道もせず東京へ直行で帰りました。
 時期も完璧だったし、楽しい一泊旅行でした。食事も美味しかった。
 この時期の軽井沢は湿度が低いし、寒くもなく、訪れるには絶好なのかもしれません。また行ってみたいです(笑)。