特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

ホワイトデーは久遠で決まり!(笑):映画『チョコレートな人々』

 高橋幸宏氏が亡くなってしまいました。脳腫瘍の手術後リハビリをしていたとは聞いていましたが、70歳なんて、あまりにも早すぎるでしょう。

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 ボク自身はサディスティック・ミカバンドもYMOもそれほど興味ないし、彼のソロワークもCDを数枚持っているだけですが、高橋氏の独特な、機械のように叩いて尚且つ人間らしいグルーブ感を出すドラムは本当に大好きでした。NHKのドキュメンタリー番組で彼が『リズムマシンよりコンマ数秒だけタイミングを遅らせて叩いていた』と解説していたのを思い出します。
 ムーンライダーズの35周年記念ライブで彼を見たときは、飄々とした佇まいはどこか仙人のように見えた。

 ゴダールにしろ、デヴィッド・ボウイにしろ、自分が影響を受けた監督やミュージシャンが次々と亡くなっていきます。高橋幸弘氏のように同時代を過ごしてきた人まで亡くなると、人間はいつ死ぬか判らないもの、と改めて思いました。嘆息。


 と、言うことで東中野でドキュメンタリー『チョコレートな人々

愛知県豊橋市の商店街に本店を構える「久遠チョコレート」は2014年に開業、その後全国52店舗を展開するまでになっている。バリアフリー建築を学んでいた代表の夏目浩次氏は2003年、障害のある従業員3人を含む6人でパン屋をオープンさせたが、中々利益が上がらず高い給料を払えなかった。ある日 彼はショコラティエの野口和男氏から転機となる一言を得る。
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 『ヤクザと憲法』や『人生フルーツ』など数々の傑作ドキュメンタリーを生み出してきた東海テレビの劇場公開版ドキュメンタリー第14弾。

 心や体に障害のある人やシングルペアレント不登校経験者など、多様な人が働く愛知県豊橋市の企業「久遠チョコレート」を追った作品です。同社に勤務する人々や去った人、全国の福祉施設や企業と連携しながら各地に店舗を展開してきた代表の夏目浩次氏などを取材しています。

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 美味しいものが大好きなボクですが、寡聞にして『久遠チョコレート』は全く知りませんでした。一流百貨店、阪急梅田のチョコレートフェアに招かれるなど、それなりのネームバリューはあるにも関わらず、です。それもそのはず、撮影当時は全国52店舗というから調べてみたら、東京にはない。

 映画は豊橋の街場にある本店で代表の夏目氏と従業員たちが楽しそうに阪急のチョコレートフェア向きの宣伝用ビデオを撮っているところから始まります。

 久遠チョコレートは約600人の従業員のうち障碍者の人が100人以上います。通常 障碍者の人の給与は非常に安い。授産施設などでの給料は月6000円くらい、というのもザラだそうです。1日300円!です。

 ところが久遠チョコは障碍者にも通常の最低賃金以上を支払うことをモットーにしています。そうすれば障碍者の人も経済的に自立できる。映画の中では久遠で働くことで初めて経済的に自立できた、と嬉しそうに語る人が出てきました。

 代表の夏目氏は学生時代バリアフリー建築を研究していましたが、障碍者の人の給与があまりにも低いことを知って、2003年に豊橋障碍者の人を普通の給料で雇用するパン屋を開業します。

 ところがパン屋は利益率が低く、ちゃんとした給与を払うことがなかなか難しい。夏目氏はギフトチョコレートの分野が成長しているだけでなく、利益率が高いことに目を付け、2014年に久遠チョコを開業しました。

 障碍者向け事業ではなく、独自商品、お洒落な店舗や包装紙、ユニフォームなどブランド戦略も立てながら,価格も含めて高級チョコレート屋として勝負することで、きちんと利益を出し普通の給与を払う。開業して10年も経たないうちに、久遠チョコレートは各地の障碍者サポート団体とも手を組みながら全国展開をするまでになりました。

 夏目氏は『現在の久遠チョコレートの売上は年商16億円。日本国内のチョコレートギフトの市場は4000億円、そのうち1%の40億まで売上が行けば業界では大手になる。そうすれば障碍者を中心とする企業でも他の企業と対等にやっていけることを社会に示すことができる』と語ります。

 映画では店頭に軽度の障碍者が立つ姿が描かれます。障碍者と言っても身体的なものだけでなく、精神的なものを抱えている人も多い。現実には労働市場ではそういう人の方が多い、と聞きます。

 そういう人はお客さんへの笑顔を作ること自体が大変だったり、レジを担当しても確かにちょっとスピードが遅かったりする。でもお客さんも、周りの店員もそれが当たり前のようにふるまっている。

 代表の夏目氏は『レジで行列ができるからダメじゃなくて、行列ができるなら周りも含めてどうしたら問題を解決したらいいか考えるような企業にしたい』と言います。チョコレートは失敗しても溶かせばまた、やり直すことができる。そういう会社にしたいというのです。

●看板商品のチョコのテリーヌ(抹茶味)

 会社には障碍者の人がいることで皆が助け合う社風が出来ました。いつの間にか久遠チョコはシングルマザーやLGBTQの人などが増え、『全従業員550人中450人が子育て中のママさんや悩みを抱える若者、LGBTQ、障碍者』だそうです。そのうち障碍者は350人。
●商品に同梱されている会社紹介


 ただし、会社は順風満帆というわけではありません。
 映画では企業から1万個の別注を受けて、夏目氏含め久遠の社員たちが右往左往する様も描かれます。決められた期日までに1万個のギフトセットを作らなければならないのに、誰も数すら数えていない。工場のリーダーは久遠の理念に共感して転職してきた元新聞記者(健常者)ですが、あまり役に立たない(笑)。

 工場の製造工程は恐ろしく非効率です。手作業が非常に多いというだけでなく、ド素人のボクが見ても工程設計どころか、流れ作業すらできていない。今回の注文も夏目氏も含めて徹夜で取り組んでも間に合わず、梱包を外部業者に依頼してやっと間に合わせる始末です。当然、その分利益は削られる。

 夏目氏は映画の中で『生産管理のプロを雇用すれば改善されるんだろうけど、理念に共感してくれる人しか雇いたくない』と言っています。判らないでもないけれど、会社の先行きは不安になります(笑)。

 
 映画を見ていて最初は、久遠のようなことが出来るのは雇っているのが軽度の障碍者だけだから、と思って見ていました。
 障碍者雇用の現場には身体的なものだけでなく、精神的、知的な障碍を抱えている人も多い。色々な人がいますけど、突発的な行動を伴う発作を起こしたり、極端な話、周囲に暴力をふるうような人も普通にいます。そのような人を専門にお世話する人も必要で、はっきり言って障碍者の人より、お世話する健常者の方こそ負担はきつい。
 理想は理想としてあるけれど、重度の障碍者の人の就労環境を整えるのは労力的にもコスト的にも口で言うほど簡単な話ではありません。

 映画もそちらへシフトしていきます。
 かって夏目氏が経営していたパン屋さんで働いていた女性のことが描かれます。知的障碍者の彼女はどうしても仕事で失敗をしてしまうことがある。夏目氏も彼女も努力はしたけれど、うまくいかないと彼女は発作を起こして自傷行為に走ってしまう。結局彼女は仕事を続けられなかった。
 今 彼女は授産施設に通いながら自宅で過ごしています。社会で働くことはもう、諦めている。
 夏目氏にとって彼女のことは大きなトラウマになっています。それでも普段は社会と離れている彼女がチョコ屋になった久遠を訪れ夏目氏と再会するシーンはこの映画で最も感動的なところでした。

 夏目氏は重度の障碍者も働けるよう、パウダーラボという形態の作業所を開設します。今まで外注に出していた、お茶などをパウダー化する作業を内製化して取り込もう、というのです。工程は徹底的に分業化して作業を単純化する。そうすれば重度の障碍者でも何とかなる、というのです。

 道具や人員配置を工夫するなどして、パウダー事業はなんとか軌道に乗ります。働く障碍者の親も含めて皆に集まってもらい、初めてお給料を支払うところは感動的でした。
 それだけでなく、夏目氏は2つ目のパウダーラボも開設します。時々発作を起こして苦情が出るくらい床を踏み鳴らす障碍者の人がいるので、その人も働けるように、です。労働環境を働く人に合わせる、と言う訳です。

 夏目氏を見ていて、非常にバイタリティがある人だなあ、とは思いました。久遠チョコを見ていても前述の生産体制だったり、フランチャイズによる広域展開だったり、正直 危うさも感じます。もっと足元を固めた方がよいのではないか、とボクなんかは思ってしまう。
 それでも夏目氏が理想を実現するために様々なチャレンジを繰り返す姿勢は、いかにも起業家らしい。ボクなんかにはこのバイタリティはとても真似できません。


 と、いうことで応援がてら、久遠チョコの商品を通販で取り寄せてみました。映画で言っていたことは実際はどうなんだろうか。
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 こちらは代表的な商品がセットになったギフトセット。

 こちらは映画に出てきた重度障碍者の人が石臼で弾いたお茶パウダーで作ったチョコレートのテリーヌ。

 過度に熱が加わらない石臼で挽いているからか、本当に香ばしいお茶の香りがします。チョコの中に入っているパフは個人的に嫌いですが、お茶とチョコの組み合わせ自体はかなり美味しい。このお茶の香りは特筆もの、です。

 最近はお店が原料から積極的に関わるビーントゥバーや産地にこだわったものなど色々なチョコが市場に出回っています。特にボクが住む自由が丘近辺にはそういう店が山ほどある(だから太る)(笑)。
 そういう店と比べて久遠のチョコはすごく美味しいという訳ではありませんが、普通に美味しい。全て手作りで作っているからでしょうか。特に看板商品のテリーヌは全然美味しいです。これからも時々買ってみようと思っています。今年のホワイトデーは久遠で決まり(笑)。


 映画としては非常に面白い、です。感動的なシーンだけでなく、奇麗ごとではすまないところもきちんと描いているから説得力がある。こうやって実際にチョコを取り寄せてしまうくらい面白い(笑)。東海テレビの傑作ドキュメンタリーにまた、新たな一作が加わったようです。

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