特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

ハンサムくんの映画2題:映画『さようなら、僕のマンハッタン』と『君の名前で僕を呼んで』

段々と湿っぽいお天気になってきました。昨晩なんか結構寝苦しかったです。
レストランをやっている人は『今年は2週間くらい季節が早い』と言ってましたけど、早くも梅雨の足音が聞こえてきたようです。
●梅雨の合間の六本木の公園


今朝 発表された日経の調査では内閣支持率は42%(前回は43%)と下げ止まっていますが、不支持率は53%(前回は51%)に上昇、第2次安倍内閣としては過去最高だそうです。

内閣支持率、不支持と逆転3カ月連続 :日本経済新聞
数値自体は新聞によって差があって、支持率は30%そこそこのものもあれば日経のように40%程度のものもあります。それでも不支持が支持を上回る状態が3か月続いているわけです。


記事によると自民支持層では安倍の支持率は77%と未だ固いそうです。ただし、自民支持層というのは今や世の中のマジョリティではないですから、これは相手にしなくても良い。言葉が通じない、極右化している人たちでしょう。
逆に無党派では不支持率が70%もある。今は受け皿に全くなっていない野党はモリカケだけでなく、この無党派に響く政策を打っていくべき、つまり真ん中からやや左くらいまでを包含しなければいけない。立憲民主党の人たちにそういう識見が持てるでしょうか?
安倍晋三は酷いけど代わりがいない、とは良く言われます。ボクも同感ですけど、冷静に考えれば代わりはいくらでもいます。どんな奴でも嘘をつかないだけ、安倍晋三の私利私欲政権よりはマシじゃないですか。民主党政権もひどいと思いましたが、安倍晋三よりはマシと断言できる。経済失敗、外交は蚊帳の外、云ってることは嘘と開き直りばかり。どんな奴が総理をしても、今よりは間違いなくマシだと思います。


●有楽町交通会館の大正軒でメンチカツとアナゴのフライ。大正時代からやってるから大正軒だそうです。




ということで、銀座で映画『さようなら、僕のマンハッタン映画『さよなら、僕のマンハッタン』公式サイト

コロンビア大学卒業と同時に裕福な両親から離れて、独り暮らしを始めたトーマス(カラム・ターナー)は、仕事も恋もうまく行かない。そんなある日アパートの隣人でジェラルドと名乗る酔っ払い(ジェフ・ブリッジス)と知り合い、アドバイスを受けるようになる。ある日、片思いしている女友達とクラブに出掛けたトーマスは、父イーサン(ピアース・ブロスナン)と見知らぬ女性ジョアンナ(ケイト・ベッキンセイル)のデート現場に出くわす……。



原題はThe Only Living Boy In New Yorkサイモンとガーファンクルの歌(邦題:NYの少年)から取られたそうです。と言っても、ボクはサイモンとガーファンクル、良く知りません(笑)。
お洒落で胸が痛くなる恋愛映画の名作『(500)日のサマー』のマーク・ウェブ監督の新作です。『サマー』で名を挙げ、大作スパイダーマンに起用された彼ですが、このところハートウォーミングな作品に戻ってきたのは嬉しい限り。



如何にも文科系らしい風貌の主人公、トーマス君(カラム・ターナー)がギャラリー?でデートをしているところから始まります。かってのニューヨークは商業主義的でなくて良かった とか それらしいことをぶつぶつ言っている彼ですが、目の前の現実にイマイチ適応できてないのかもしれない。
●トーマス君(右)と女友達。デートする場所も文科系らしい。


片思いしている文学部の女学生とデートしているんだけど、相手にされてない。1年前に1回だけ寝たことがある彼女には『あれはもののはずみ』(笑)と言われ、自分ひとりでねちねちと引き摺っている。こういう奴ってダメですよね(笑)。ついでにルックスもかっこ悪い(眼鏡を取ると、滅茶苦茶ハンサムなので、役柄上かっこ悪く見せてるだけですが)(笑)。


名門大学(コロンビア)を卒業したばかりのトーマス君はNYの下町で親と離れて一人暮らしをしています。親もNY住まいですが、出版社の社長で裕福な父親(ピアース・ブロスナン)には文学の道へ進むことを反対されたため冷戦状態。
●冷戦状態の父親(ピアース・ブロスナン)(左)とトーマス君。ちなみにボクもNYで、このレストラン行きました(笑)


双極性障害(躁鬱)を患っている母親(シンシア・ニクソン)とは仲良しですが、夫婦仲が悪いこともあって、トーマス君は家を出てしまったのです。
●母親役のシンシア・ニクソン。綺麗な人ですが『セックス・アンド・ザ・シティ』に出てたそうです。ボクは全く知りません。


親との関係も自分の将来も悩み満載のトーマス君に、アパートに越してきた酒浸りのオヤジ(ジェフ・ブリッジス)から『人生相談にのるよ』と声をかけられます。警戒したトーマス君ですが、薀蓄のある彼の言葉にだんだんと惹かれるようになります。
●さすがジェフ・ブリッジス。汚い酒浸りのオヤジ姿がかっこいい!現実で見かける汚いだけの酔っ払いとは何が違うんだろう(笑)


そんなある日 彼女とデートしている(つもり)だったトーマス君はナイトクラブで、父親が超美人の若い女性、ジョアンナ(ケイト・べッキンセイル)とデート(本物)しているところを目撃します。愛する母親のことを思って、怒りに震えるトーマス君、『オヤジと別れろ』と抗議するつもりで、ジョアンナの後を尾行するようになります。
●父親と超美人のデートを目撃します。これはセクハラじゃありません(笑)。


ところが、ジョアンナはトーマス君の手に負えるような代物ではありません。経済的にも精神的にも自立した大人の女性です。逆にいつしか、彼女に惹かれてしまいます。
ケイト・ベッキンセイルという人は初めてスクリーンで見たんですが、確かに現実離れしたきれいな人でした。



お洒落で繊細で、人を見る目が温かい。背景にはパーティーや晩さん会などNYの上流階級の暮らしや古本屋や中古レコード屋など渋いお洒落名所?(笑)が描かれるなど、スノッブでいやらしさも感じる向きもあるかもしれないけど、ボクの生活とはあまりにもかけ離れているので、逆にいやらしさは感じませんでした(笑)。むしろ、登場人物たちのキャラを浮き立たせたり、その中でジタバタする登場人物との落差を笑わせる効果の方が大きい。


映画では原題にも使われた、サイモン&ガーファンクルの美しい曲を始め、ルー・リードの『パーフェクト・デイ』やハービー・ハンコックの『処女航海』(名盤!)など いかにもNYという感じのお洒落で知的な選曲です。しかし、最も印象に残るのはディランの『ジョアンナの幻影』です。役名自体もそれを意識していることが明らかで、ケイト・ヴィッキンセイルはそれにふさわしい圧倒的な美しさと存在感です。流れたときは成程、そういう仕掛けだったのか〜と思いました。

●『ジョアンナの幻影』が入っているのはこの名作です。


また、ジェフ・ブリッジスはやっぱり渋い!ピアース・ブロスナンもいい感じに太って、渋さを増しました。007をやっていた頃のインチキ臭さが残ってるところもリアルです。



軟弱なモラトリアム文系青年が女の子と知り合うことで自分の人生に向き合うお話は、『(500)日のサマー』の続編みたいです。ティーンエージャーの瑞々しい恋愛をしていた頃より、もっと大人になって、もっと傷つくことも覚えた。しかし、もっと大事なことが判るようになった。


雰囲気はスノッブでお洒落ですが、あっと驚くプロットが仕掛けられている脚本は懲りすぎかもしれないし、ついていけない人はいるかもしれません。けれど、繊細で知的なこの映画、ボクは素晴らしいと思いました。一見 良くある青春もの、大人になりかけの青年の胸の痛みと成長を描いた作品ですが、底流に流れるものは豊かで温かな、大人の包容力です。だから大人が見ても面白い
今年のベスト10に入るような傑作だと思います。『(500)日のサマー』を大根仁監督が『モテキ』でパクったのは有名ですが、この映画のネタもこれから日本映画が山ほどパクるんじゃないでしょうか(笑)。



もう一本は渋谷で『君の名前で僕を呼んで映画『君の名前で僕を呼んで』 | 映画『君の名前で僕を呼んで』公式サイト。Blu-ray&DVD絶賛発売・レンタル中!

舞台は1983年夏、イタリアの避暑地で家族と過ごす17歳のエリオ(ティモシー・シャラメんじゃないでしょ)たちのところへ、大学教授の父が招待した博士課程の青年オリヴァー(アーミー・ハマー)がやってくる。最初は距離を置いていた二人だが、田園で夏休みを過ごすうちにエリオはオリヴァーに恋心を抱くようになっていく。


主演のティモシー・シャラメ君が史上最年少(17歳)で今年のアカデミー主演男優賞、主題歌曲賞など4部門にノミネート、脚色賞を受賞するなど、話題の作品です。
脚本は『モーリス』や『日の名残り』などイギリス人のジェイムス・アイボリー。ある意味耽美的な美しいお話を書く人です。もちろん同性愛者。監督はイタリア人のルカ・グァダニーノ。前作『胸騒ぎのシチリア』、美しい光景をバックにした愛憎物語は今作とテイストは非常に近かった。
●声を痛めた女性ロック歌手がシチリアで恋人とヴァカンスを過ごすという作品。話はいまいちですが、シチリアの夕景が美しい。

今作も美しいイタリアの田園風景をバックに、美少年と美青年の恋物語。美少年と博士課程の美青年とそれに教授である少年の父親、この3人は3人とも作者のジェイムス・アイボリーの分身である等、謎解きのネタは色々あるようですが、お話し自体はまあ、いいかな と(笑)。
●エリオ君(1枚目)(ティモシー・シャラメ)一家が暮らす夏の別荘にアメリカから大学院生のオリヴァー(2枚目)(アーミー・ハマー)がやってきます。


エリオ君はアメリカ人。考古学の大学教授の息子で夏の間は一家でイタリアの田舎で過ごしています。趣味は音楽。バッハをリスト風に編曲してピアノを弾くとどうなるか(笑)、とかそんなことをしながら日々を過ごしています。家族も異常。母親は一切家事をせず、身の周りは全てイタリア人家政婦がやっています。甘えん坊のエリオ君は時々 母親に膝枕で本を読んでもらうんですが、読む本はドイツ語とかフランス語の小説。それを嬉しそうに父親が脇で聞いてやがる。なんという一家団欒の光景でしょう(笑)。超インテリというか、上流階級というか、マネしたくてもまねできない。まるで貴族のような生活です。
●エリオ君一家とオリヴァー。美しい庭で食卓を囲みます。


画面に広がる光景は美しい。自然も人間も暮らしも美しい。もちろん人間の悪意なんて醜いものは出てきません。美しい映像と流麗な音楽を鑑賞する映画です。


エリオ君は女性に興味がないわけじゃありません。美青年のオリヴァ―も好きだけど、女の子も好き。音楽でも美術品でもセックスでも食べ物でも自分の欲望に対してためらいがない。舞台が80年代という時代性もありますが、このためらいの無さもまた、エリオ君が貴族的な生まれだからだと思います。日々の生活の不安におびえる?(笑)我々のような庶民にはとても真似できない。余談ですが、階級というものが顕著に出るのはお金とか服のような物質的なものだけでなく、こういう心性だと思うんです。ボクなんかには、絶対乗り越えられない階級の壁です(笑)。
●エリオ君はガールフレンドと寝るのも平気です。


この映画を語るには音楽を欠かすことができません。バッハ、坂本龍一、現代音楽のジョン・アダムスなどの流麗なピアノソロは文字通り画面を洗い流すような美しさ。時折 下世話な昔のイタリアンポップスが流れるのが対照的です。アカデミー主題歌賞にもノミネートされたスフィアン・スティーブンスの主題歌『ミステリー・オブ・ラブ』がこれまた実に美しい。21世紀の『明日にかける橋』という評価もうなずける(ワザとらしくなくて、もっといいです)。

アカデミー賞授賞式でのスフィアン・スティーブンスのパフォーマンス。この人、フォークシンガーではなく、電子音を多用する音楽をやってる人です。そう言う人が弾き語りをするのが21世紀風。ここで彼が弾いているマーチンM-38というマイナーなアコギ、ボクもこれを持ってるんでびっくりしました。プロが使ってるのは初めて見た。


で、監督、80年代に流行ったサイケデリック・ファーズというイギリスのバンドが大好きなんですね。劇中 ファーズの『Love My Way』が2回も流れるだけでなく、オリヴァーに『(ヴォーカルの)リチャード・バトラー最高!』なんて台詞まで言わせている。独特の退廃的な雰囲気を持ったバンドですが、確かにこの映画の雰囲気に合っている。日本では人気がいまいちにでしたが、ボクは結構好きなんで嬉しかった(笑)。ちなみに『愛国心は愚か者の最後の隠れ家』というボクの大好きな格言は英作家のサミュエル・ジョンソンのものですが、ボクは中学か高校の時 ファーズのリチャード・バトラーが引用していたことで知ったんです。
欲望が剥き出しになるエリオ君とオリヴァーの二人の世界もファーズの音楽の雰囲気と一致してます。この映画はそれを否定的でなく肯定的にとらえている。最後のプロットとも絡むのですが、そこが良いです。
●この曲が映画の中で2回も流れます。


お話しの方はああそう?(興味なし)(笑)という感じで淡々と進んでいくんですが、エリオ君の親がやたらとオリバーとの関係を後押ししているところに違和感を持ちました。ところが、最後にそれがぴたっとはまる。劇中感じていた、微かな違和感が見事に収束します。父が抱える過去の痛みもエリオ君が抱える現在の痛み、それにこれはボクの想像ですが母の抱える痛みが重なりあう。最後のシーンでのシャラメ君のロングショットは素晴らしいです。思春期の終わりを数十秒で見事に表現している。確かにアカデミー主演男優賞にノミネートされるだけのことはある。
●母と父はエリオ君を優しく導いていきます。


ということで、脚本もばっちり、画面は美しい、音楽も素晴らしい、大変優れた作品です。劇場で見て以来、サントラは愛聴しているし、サントラに入っていたアメリカの前衛音楽家ジョン・アダムズの作品集も買ってしまった。来年 ジョン・アダムズの作品を演奏するコンサートにも行っちゃう。この映画の雰囲気にはそれくらい人を夢中にさせるものがあります。お話しには感情移入出来ませんでしたけど、この作品のように質が高い映画に触れることができる2時間は幸せな時間ではありました。