特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

民主主義を取り戻すには:映画『みんなのための資本論』

大阪の選挙の結果は残念でした。今回の投票者の多くが都構想に賛成だった、前回の住民投票では都構想に反対だった高齢者の票が今回は維新に回った、などの分析が新聞に載っていましたが、詳しい事情は分かりません。どうしてそうなのか、という思いはありますが、また始めるだけです。世の中は嫌なことや辛いことで一杯ですけど、どうせ生きていかなければならないのなら、前を向いているほうがマシですから。

                                                       
今日、政府が継続的に最低賃金を引き上げていくことを検討する、というニュースが目に留まりました。政府、最低賃金「毎年3%増」 GDP600兆円へ目標 :日本経済新聞

今まで安倍や菅が民間に賃上げしろ、なんて言ってたのは『バカじゃねえの、このファシスト共産主義者!』としか思いませんでしたが、これだったら話が違います。これは大事なことです。最低賃金の引き上げは経済全体に波及する。本当に毎年3%上げたら実質賃金だって上がるかもしれない労働分配率も変わるでしょう。本田悦郎や山本幸三などアベノミクスの中心人物が『これからは再配分』と言ってたのが反映されてきたんでしょうか。ったく、野党がどうしてこういうことを言えないのかなあ。国民の生活が良くなれば、安倍晋三の支持率は盤石になるでしょう。それこそがファシズムだと思います。ヒトラーが国民に支持されたのは、強制賃上げ(笑)などの再配分政策で国民の生活が改善したからです。で、最後は焼野原になったわけですが(笑)。
国民の最大の関心事は経済です良い悪いは別にして多くの人は目先のカネ、ですよね。それをとやかく言っても始まりません。そうだとしたら、戦争を止めるためには経済を何とかしなくてはなりません。決まってるじゃないですか。ホント、野党はバカばかりです
    
                                                                                              
そんな世の中を考えるにあたって、ボクの理論的支柱(笑)になっているのはアメリカの経済学者、ロバート・ライシュ先生の言説ですRobert Reich。この人のことはブログの中でも度々触れていますが、世の中を良くするにはどうしたら良いか という視点で深い議論をしてくれる人です。そういう経済学者って少ないと思いません?(笑)。最近になってピケティの本がベストセラーになるなどして、格差の問題が世の中で注目されてきましたが、その遥か前からライシュ先生は、格差拡大は社会に不利益をもたらす(皆が不幸になる)、ということを理論的に説き続けてきた人です。クリントン政権当時の労働長官を務め、現在はカリフォルニア大バークレー校の教授。2008年にはタイム誌の『20世紀に最も業績を挙げた10人の閣僚』の一人に選ばれたそうです。
●2011年NYタイムスでの先生の主張の日本語訳 ニューヨークタイムズの話題論文を全文翻訳ーーロバート・ライシュ「没落した中流階級の再生なしにアメリカ経済は復活しない」() | 現代ビジネス | 講談社(1/5)
●近著『格差と民主主義』の要約記事ロバート・ライシュ 格差と民主主義 | 本の要約サイト flier(フライヤー) 

ロバート・ライシュ 格差と民主主義

ロバート・ライシュ 格差と民主主義

●名著です。 
 何かが始まったのかも:ロバート・ライシュの『余震(アフター・ショック)』と映画『ザ・カンパニーメン』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)
余震(アフターショック) そして中間層がいなくなる

余震(アフターショック) そして中間層がいなくなる

                                                                
                                                
この人のことを取り上げたドキュメンタリーが作られているという話は前々から聞いていたのですが、日本でも封切られたということで公開初日に駆け付けました。

渋谷で映画『みんなのための資本論』。原題は『Inequality for All(万人の不平等)』(ジェイコブ・コンブラース監督)。サンダンス映画祭ドキュメンタリー部門にて審査員特別賞を受賞しています。映画『みんなのための資本論』公式サイト

                                            
この映画は現代の経済の問題点、仕組みを、ライシュ教授が判り易く解説したものです。その中に大金持ちからスーパーの店員まで様々な人々の声やライシュ教授の過去や大学での最終講義(泣)の光景などが織り交ぜられています。
                                                                               
映画は身長147センチのライシュ教授が愛車のミニ・クーパーに乗り込むところから始まります。全然知らなかったのですが、この人は遺伝子の病で身長が伸びなかったそうです。教授は『この小さい車はボクにはぴったりだろう。』と自分をネタにした冗談をかまします。更に彼は車を降りると、自分用の木箱(足台)を持って授業に向かうのです(笑)。
●ライシュ教授の授業風景

                                      
ライシュ教授は格差があることが問題なのではなく、格差が社会的に許容できないレベルにまで拡大していること、貧困が固定化するなど社会に悪影響を与えていることが問題なのだと言いはなちます。頭が悪い奴だと『格差』を道徳的な観点だけで論じがちですが、それでは問題は解決しません。道徳というものは個人や社会によって違います。格差を考えるにはそれが何をもたらしているか、また、どうして起きたのか、構造を考えることが必要です。物事の本質を追求するライシュ教授らしい発言です。
                                 
コストコの店員、年収10億円の投資家、中流階級モルモン教徒など様々な人々のインタビューが続きます。現状はお金持ちほど税金が低い。年収10億の投資家ですら、普通の人の税率は約40%台なのに俺の実効税率が10%台なんておかしいだろ、と疑問を呈します。日本でもそうですが株などの金融への課税は緩いからです。日本の最高税率は約40%ですが、株など金融への課税は20%です。株に投資できるお金持ちには有利になるに決まっています。そういうお金持ちに減税しても消費は増えません。そのお金は実体経済には回らず、金融商品へ廻ってしまうのです。
                                     
過去100年で最も経済格差が大きいのは1928年と2007年だそうです。70年代以降 富はごく限られた富裕層に集中していったからです。アメリカでは中流層は所得が殆ど増えてないのに対して、富裕層の所得は拡大していきました。ちなみに日本では、富裕層の所得が増えたのではなく、下位層の所得が低下することで格差が拡大しています。ライシュ氏は現代の社会は『中間層の所得減』⇒『消費減』⇒『企業経営の悪化』⇒『政府の税収減』⇒『公共投資の減』⇒『景気悪化』⇒『中間層の所得減』という悪循環に陥っていると言います。彼は中産階級の収入を増やすことで経済の好循環を作り出すべきだと主張します。『中間層の所得増』⇒『消費増』⇒『企業が儲かる』⇒『政府の税収拡大』⇒『景気回復』⇒『中間層の所得増』のサイクルを回すべきだというのです。
                                         
実際にそういうサイクルが回ったのがクリントン政権時代です。ライシュ氏はオックスフォード大で経済と哲学、そのあとエール大で法律を学びました(経済しか知らない日本の経済学者とは違います)。オックスフォード、エールとずっとクリントンの同級生で仲良しだったそうです。レーガン、ブッシュのあとに政権に就いたクリントンは『中産階級を復活させることで経済を立て直す』ことを主張していたライシュ氏を閣僚に迎えます。クリントン政権はスキャンダルもありましたが、経済面では成功しました。不十分とは言え、金持ちへの累進課税を強化し中産階級向けの施策をすすめることで高い経済成長を実現したのです。同時にレーガン時代の金持ち減税による財政赤字も解消させました。その後 再び大赤字を作ったのがドラ息子の方のブッシュです(笑)。
●労働長官就任時のライシュ氏(中央)。大男のクリントン(右)と並ぶと身長差が際立ちます。

                                  
政権時代のことを振り返る話はとても面白かったです。今 アメリカではストックオプションを利用した経営者の高額収入が問題となっています。最も年収が高いバイアコムの社長は年収100億(笑)。政権に居たときライシュ氏はそのような高額所得者の税額控除を全廃するよう主張したそうです。それは実現されたのですが、業績連動の収入は除くという抜け道が作られてしまい、株価に連動するストックオプションが広まってしまいました。*映画とは関係ありませんが、ストックオプションの仕組みを考えたハーバード大の教授(名前忘れた)は今 非常に後悔しているという話をその人の友人から聞いたことがあります
格差解消を強硬に主張するライシュ氏は政権内でも孤立気味だったそうです。まあ、そうでしょう(笑)。『政権の中で理論を現実に生かすことは素晴らしい経験だった』としながらも、『(妥協をしない自分の強硬な姿勢は)今 考えると恥ずかしい』と今の彼は述懐します。率直な人です。彼は政権内での居づらさと家庭の事情(子供が生まれた)で政権から1期で去りました。


ライシュ氏はそれ以降 大学に勤めながら著書やTVショーなどで積極的な発言を続けています。彼が大学という職場を選んだのは、いつか教え子の中から世の中を変えてくれる若い人が出てくることを信じているから、だそうです。あと自分は左翼ではない、と言っています。彼が最初に職に就いたのは共和党フォード政権だそうです。もちろん邦題の『資本論』は映画とは何の関係もありません。後半 そんなライシュ氏がなぜ弱者の立場に立とうとするのか、が明かされます。病で背が低いライシュ氏は学生時代 苛められっ子でした。それをかばってくれていた友人が公民権運動に加わり、リンチにあって殺されたからだそうです。
●ライシュ教授の等身大パネル。背が低いことが判ります。彼がTVのジョン・スチュワートショーで共和党の支持者から『大きな政府』と非難された時、突然立ち上がって『どこが大きいんだ!』とやって大爆笑をとっていました。


                                                 
彼は現代の問題としてグローバリゼーションテクノロジーを挙げています。グローバリゼーションは市場を拡大させますが、中間層の人件費を低下させますテクノロジーは多くの便益をもたらしますが、中間層から多くの職業を奪っています。それに対してライシュ氏は『一人一人が政治に対して行動する』、『教育の強化』と処方箋を述べています。アメリカは2010年に最高裁が政治献金の制限を撤廃してから、大企業や大金持ちの献金が政治を左右するようになっています。自由競争なんか存在していません。お金持ちがルールを作っているのです。映画はライシュ氏が、一人一人が政治に対して行動するよう、呼びかけて終わります。周りの人と議論をし、政治家に圧力をかけよう、デモをしよう、そして民主主義を取り戻そう、というのです。どこかで聞いたセリフですね(笑)。


                                           
ボクがライシュ氏の言ってることに注目するのは彼が言ってることは日本にも当てはまるか、将来起きることでもあるからです。経済面ではアメリカで起きたことは大抵、日本で数年後に起きています。流通の大規模化・ネット化、製造業の海外移転、派遣などの働き方の変化など枚挙にいとまがありません。それらの問題を理解するには、企業や政府の立場ではなく、民主主義を守る立場から問題を分析してくれる人の話を聞きたいんです。日本ではそういう人は殆どいないんじゃないでしょうか(居たとしても金子勝のように頭が悪かったり、堤未果のようにバカで嘘つきばかりです)
              
この映画は現在起きている経済問題の中核、『格差』が生まれる構造を明確にしています。ライシュ氏の論理は明快だし、誰にでも判り易い話です。そして経済がおかしくなれば民主主義は成り立ちません。この映画はこれから全国で公開されるそうですが、民主主義を取り戻すために、この稀有なドキュメンタリーが少しでも多くの人に見られることを期待します。

●終わった後 映画の監修をやった山形浩生氏(右)のトークショーがありました。彼は野村総研の社員ですが、バイトでやっているクルーグマンやピケティ、それに海外SFの訳者としての方が有名です。左耳にだけイヤリングをしてました。