特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

消えていく記憶、消えない希望:映画『フラッシュバックメモリーズ3D』

20日夜に放送されたNHKスペシャル『終(つい)の住処(すみか)はどこに 老人漂流社会NHKスペシャルはお茶の間では結構 衝撃的だったのではないだろうか。 億万長者でもない限り、誰だって他人事ではないのだから。
国の医療費削減のあおりで、入院した老人は1ヶ月程度で病院から追い出される。だが独居老人の受け皿となる施設は不足しており、施設をたらいまわしにされる。そういう現状は知っていたから、ボク自身は驚きはないけれど、画面で見るとインパクトはある。これを見た多くの人は、国から『お金のない独居老人は死ね』と言われているような気がしたと思う。
意図しているかどうかは別にして、現実にこの国はそういう方向に向かっていると思う。実際 麻生太郎という副総理は今日、政府の社会保障制度改革国民会議で、高齢者医療について『さっさと死ねるようにしてもらう』と発言している。お前がな!(怒)。 http://sankei.jp.msn.com/life/news/130121/trd13012113100011-n1.htm
*そのあと発言の撤回を申し入れた(やっぱり、救いようがないバカ!)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130121/trd13012116300014-n1.htm

安倍などの一派がボクらに押し付けようとする価値観は『自助努力』、『家族の価値』の名の名の下に、『税金は取るけど、公に頼るな。介護や子育てなど面倒なことは自分たちだけでやれ(多くの場合、負担は女性に押し付けられる)』ということだろう。
だが安心して歳をとることができないような世の中では日本なんて国には未来はない不安を抱えた人々は金を使わないし、子供を産もうとする人が増える筈もない。世の中にお金は回らず景気は低迷、人口は減っていく。そうやって世の中に溢れた閉塞感や不安感は立場が弱い人や集団からはぐれた人へのバッシングを氾濫させる。マスコミや政治家が金儲けや人気取りのためにそれを助長する。嫌気がさした独創的な人、企業はどんどん海外へ出て行くから、社会の活気は益々失われる。
結局 そうやって日本は自滅していく(笑)。自業自得。そう思えてならない。ほんとだったら高齢化社会への対応にしろ、脱原発にしろ、課題先進国として世界のモデルケースを目指す道もあるはずなんだけど。

                                                                                                                                                                                                                                                                          
日本が自滅していくのは勝手だが(笑)、できることなら巻き添えはごめんだ。だから、違う話もしてみよう。
新宿で映画『フラッシュバックメモリーズ 3D』 
マイナー映画だと思って行ったら、広い客席は満席。年末の東京MXテレビ『ニッポン・ダンディ(金曜)』(ゴールデンタイムに園子温監督が出てきて原発批判をするわ、クマの着ぐるみを着て酔っ払っている町山智浩氏が石原慎太郎の悪口言うわ、いまどき珍しい番組です)で、司会の水道橋博士が『希望の国』とこの映画を絶賛していたので行くことにしたんだけど、見る前は半信半疑だった。
見てみたら、びっくりするような、素晴らしい作品だった。 SPACE SHOWER BOOKS(スペースシャワーブックス) (全国上映中)


松江哲明監督が交通事故で脳に障害を負ったディジュリドゥー奏者GOMAを描いたドキュメンタリー。。
ディジュリドゥーとはオーストラリアの原住民アボリジニ金管楽器で世界最古の管楽器とも言われているそうだ。
大阪出身の奏者GOMAは2009年に交通事故に逢い、脳に高次の障害を負ってしまう。過去の記憶の多くを失い、今 体験していることも忘れていってしまう。喜怒哀楽など感情のコントロール機能も低下しているそうだ

この3D映画は全編に渡って、前面にGOMAのバンドの演奏が客席に浮き出るように映し出され、バックの画面では彼のこれまでの軌跡、そして事故後の苦闘を描くという形式になっている。
世界中で演奏活動を続けてきたGOMAがフジロックなど大舞台にも立つようになり、結婚して可愛い娘さんを授かった矢先の事故。多くのことを忘れてしまっただけでなく、今現在の記憶も抜け落ちていく、文字通りの恐怖。幼い娘さんがクリスマスプレゼントに喜ぶ姿を見ながら、『神様、どうか、この記憶だけは消さないでください』とGOMAは日記に綴る。
●バックには彼の記憶、正面ではバンドの演奏が繰り広げられる。

だが驚くことに、試しに楽器を手に取ってみると、演奏はできた。記憶は失っていても体は覚えていたのだ。1年半のブランクを経て、彼は演奏活動を再開する。

彼のバンドはパーカッション2名とドラム、それにディジュリドゥーという編成。疾走するリズムに、鳥や虫の鳴き声を表現したらしい何ともいえない低音を奏でるディジュリドゥー、精神性と躍動感が両立したすばらしいダンスミュージックだ。この映画に説得力があるのは音楽がすばらしいから、でもある。かって映画で見た、障害者なのに跳ねる様な躍動感に溢れた演奏を披露するコンゴのバンド、スタッフ・ベンダ・ビリリを思い出した。

●バックには彼が事故後に描いた絵。映画を見る前に、このスチール写真を見たときは胡散臭いと思ったのだが(笑)- - -

                                   
1時間10分というコンパクトに纏められた、この映画は障害者が自立する物語であり、それを支える家族の愛情の物語であり、躍動するライブ映像を捉えた音楽映画であり、過去を無くした一人の男が恐怖を乗り越え、希望を見つけるまでの物語でもある。
                                               
彼に出来るなら、きっと我々にも出来るかもしれない。この映画にはそう思わせるだけの説得力が溢れている。ここで描かれている、弾けるような音楽と3Dの映像、それに彼が歩んだ軌跡が、ボクのようなひねくれた観客にも未来への希望を信じさせる。今の日本みたいな状況で、ピュアな希望を説得力を持って提示する、こういう表現が存在しえること自体がボクには信じられない。見ながら呆然として、気が付いたら自然と涙がこぼれてきた。元気が出ました。この映画、素晴らしい! 絶対、この人のライブ行くぞ!

●GOMAの事故後の復帰作は『I Believed The Future』。このジャケット写真は映画でも紹介された、実際のライブでの出来事
I Believed The Future.

I Believed The Future.