特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

アルツハイマーの国と映画『アルツハイマーと僕』

 いよいよ9月もおしまいです。今年も4分の3が過ぎてしまいました。
 ボクは1ミリも興味ありませんがラグビーだの、天皇即位式?だの、目白押しのイベントに誤魔化されてしまいそうですが、政治家の問題発言や金銭スキャンダル、日本を代表するような大企業の日産や関電の不祥事にしろ、次から次へとひどいことばかり起きています。
連中のやることは汚職に、贈賄、それに言論弾圧
 後ろめたいことがあるからこそ、連中は嘘やごまかしを強弁したり、言論や表現を潰そうとする。さらにマスコミや国民はまるで他人事のようにそれを許してしまう。
●日立を立て直した実績がある経団連会長の中西ですら、こんなにバカなんです。

経団連の中西宏明会長、"関西電力のマネー還流事件"に「お友達だから悪口も言えない」|ニフティニュース

 国や自治体、大企業などリーダー層の堕落、無能ぶりは日本という国、社会システムの底が抜けているというだけでなく、日本人そのものの劣化が目に見えて感じられます。今までの常識が常識ではなくなってきた。
 まして、アメリカに一方的に有利な通商交渉をWINWINと戯言を言い張る安倍晋三も関電の八木や岩根、経団連の中西のような大企業の社長・会長まで、この国のリーダー層の多くは既にアルツハイマー状態のように思えてくるのです。 


 と、いうことで、同じアルツハイマ―でも、こちらはユニークで感動的な傑作ドキュメンタリーです。新宿で映画『アルツハイマーと僕
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wowowent.jp

グラミー賞など数々の賞を受賞し、今迄5000万枚以上のレコードを売ったカントリー/ポップ歌手の大スター、グレン・キャンベルは2011年にアルツハイマー病を発症。医者からは演奏を断念するよう忠告される。しかし彼は自ら病を公表、そして全国を回る『さよならツアー』を敢行する。

 
 『恋はフェニックス』や『ガルベストン』などのヒット曲があるカントリー・ポップ歌手、グレン・キャンベルグラミー賞を6回も受賞しただけでなく、ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』やフランク・シナトラの『夜のストレンジャー』などでのセッション・ギタリストとしても有名です。
 ちなみにボクはカラオケ大嫌いですけど、どうしても歌わなければいけないときの秘密兵器は『夜のストレンジャー』です(笑)。

 日本での知名度はどうだか判りませんが、累計のレコード販売数が5000万枚というのですから、大スターです。カントリーだけでなく、ポップスとジャンルをまたがって活躍したのが特徴です。特にファンでもないし、年代的には全く異なる世代のボクですら、彼の名前は知っている。
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 認知症の6割を占めるアルツハイマー病の名を聞くと、どうしても暗いイメージが付きまといます。
 世界中で多くの人がかかっている病気であるにも関わらず、今のところ治療法もないし、家族には大きな負担もかかる。原因もわからないから、発症を防ぐことも難しい。
 ボクの親や近親者にも認知症になった人はいますけど、ある意味、救いがない。ご本人の気持ちはわかりませんが。人類にとってガン以上の業病かもしれません。


 映画は8ミリフィルムを見ながらグレン・キャンベル夫妻が会話をしているところから始まります。家族での団欒、遊ぶ子供たち、スターだった自分の姿。驚いたことにグレン・キャンベル本人は子供の顔や名前、かっての自分の姿さえ覚えていないのです。
 フィルムを見ながら『わからない』と告白する男の顔はしょぼくれて自信がなさげです。疲れ切っているようにも見える顔はとても大スターとは思えません。映画の原題は''I'll Be Me''。この時、本人が漏らした台詞からです。

 2011年6月、グレン・キャンベルアルツハイマー病と診断されます。医者からは『もう、演奏はムリ』と忠告されますが、彼は自ら病を公表、家族と一緒に全米を回る『さよならツアー』に出ることにします。
●脳が縮んでいることを説明する医者
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●医者の説明を聞くグレン・キャンベルと妻(左)
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 家族としては不安が募ります。しかし、グレン・キャンベル自ら病を公表することで、アルツハイマーという病に対して注目を集め、治療の研究を促進すること、そして同じ病を抱えている人や家族を勇気づけたい、と言うのです。
 でも、子供の名前さえ覚えていない状態で演奏、しかも長期のツアーなんて大丈夫でしょうか。かっての名声さえ破壊しかねません。周囲の心配と共にツアーが始まります。
●バックバンドを務める2人の息子と娘、それにマネージャーの妻(右)
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 まず、ツアーに出る前のTVショー、歌う際 カメラに映る位置を指定されますが、リハーサルの際から動き回ってカメラに映らない場所へ行ってしまう。そして迎えた本番。観ている側もハラハラしますが。見事に彼はやってのけます。
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 それからツアーが始まります。
 驚くべきなのはステージに立つと彼はしっかりするんです。しかもギターを弾くと滅茶苦茶うまい。身体で覚えているからなんでしょうけど、これは驚きでした。恥ずかしながら、ボクの100倍上手い(笑)。
 彼の言葉を借りると『客の歓声を浴びると鳥肌が立つ』そうで、彼自身が観客からも力をもらっていることが、映画の画面からもはっきりわかる。感動的な場面でした。
バンジョーを弾く娘と速弾き合戦までやってのけるグレン・キャンベル
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 その足元にはタブレット端末が置かれて、でかい文字の歌詞や『ここから長いギターソロ』と言った演奏指示も表示されます。歌詞は怪しいけれどメロディは忘れない、というのも面白いです。ツアーには妻が同行し、バックバンドも息子や娘たち、家族が中心なのも幸いです。

 ツアーは当初5週間の予定でしたが、当人の意思もあって更に続いて行きます。その過程で病は進行していく。認知機能もどんどん衰えていく。泊まったホテル内を徘徊し、エレベーターと間違えて他の部屋の呼び鈴を片端から鳴らしたりする。

 しかし、ステージはこなせる。医者がびっくりするほどです。脳の音楽を司る部分が活性化していることで、他の部分にも好影響を与えているのだろう、と言っていました。
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 病にめげず演奏を続ける彼の姿は感動を呼び、下院に呼ばれて演奏したり、アルツハイマーに対する研究を促進するよう、彼と娘が議会で証言するまでになります。そして2012年2月のグラミー賞では特別功労賞が与えられ、ヒット曲を演奏して3000万人の視聴者に別れを告げます。
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 結局 ツアーは2012年10月までの約1年半、151回も続きます。その頃には病も進み、家の中でも迷子になる状態になっていました。トイレに行っても迷子になる。ベッドと便器を間違えたりもする。
 アルツハイマー病の人は記憶力は怪しくとも、感情はあります。日常生活がうまく言ってないことは当人も自覚していますから、怒りっぽくなる。当人も周りも大変です。

 そして、最後のよりどころだったステージも怪しくなってくる。最終的には同じ曲を2回やったり、ステージ上でボケ始めたりする状態になってました。それでもバックバンドやスタッフ、それに大スターに最後の別れを告げに来た観客は彼を支え続けます。
 はらはらするけれど、ここも感動的でした。

 それでも彼はツアー終了後の2013年1月、デビューした頃の腕利きスタジオミュージシャン仲間を集めて最後のレコーディングとして、''I'm Not Gonna Miss You’’という新曲を録音します。その後14年4月には施設に入所、17年に亡くなりました。
●最後のレコーディング
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 映画ではアルツハイマー病や本人にゆかりがある様々な有名人がコメントを寄せています。音楽仲間ではスプリングスティーンU2のエッジ、レッチリのチャド、自身もガンを克服したシェリル・クロウ、政治家ではビル・クリントンや下院議長のナンシー・ペロシ

 ペロシ議長によると、アメリカでもアルツハイマーの対策費用は年々膨れ上がっており、現在約1000億ドルかかっている費用は将来的には国防予算に匹敵する6000億ドルにまで拡大する恐れがあるそうです。一国を滅ぼしかねないような金額です。まさにアルツハイマーは巨大な脅威です。
●演奏に感激したポール・マッカートニーが楽屋を訪れるなんてこともありました。
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 驚きと感動のドキュメンタリーです。アルツハイマーにかかっても演奏を続け、ユーモアと強い意志を見せつづけるグレン・キャンベルの姿には度肝を抜かれました。
 グレン・キャンベルは自分のイメージを崩壊させるリスクを顧みず、病と戦う姿を公にしながら、音楽と言う武器で最後まで他の人たちを励まし続けた。また家族やバンドメンバー、スタッフも時には困惑し、時には怒りながらも、彼を支え続けた。

 見る前はどことなく暗いイメージの映画ではないかと思っていましたが、笑って泣かせて、勉強になる、感動的な作品でした。グレン・キャンベル自身の強い意志とサポートする家族・スタッフたちの相互作用がそれを作り出したのだと思います。
 公開館数が少ないので見る機会は少ないかもしれませんが、機会があったら是非。感動・必見の傑作です。

『アルツハイマーと僕 ~グレン・キャンベル 音楽の奇跡~』予告編