特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

Push It Yourself:プレシャス

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貧困、スラム、近親相姦、レイプ、シングルマザー、肥満、文盲、エイズ、自分に何の価値もないと感じる毎日。NYで暮らす黒人少女の物語。
見るのを躊躇するくらいの重い話だが、見た後の感触は悪くない。むしろ、さわやかさみたいなものすら感じた。
何故だろうか。
この映画を評して内田樹氏が『女性嫌悪ばかりだったハリウッド史上初めての男性嫌悪(ミサンドリー)映画』というようなことを言っていた。男性中心主義の終焉 - 内田樹の研究室そのような観点の映画が初めてとは思わないが、そういうことは言えなくもない。
この映画に出てくる男は主人公の父親を始め、正真正銘の人間のクズばかりであるのに対して、主人公をサポートするのは女性たちだ。それだけでなく主人公にとって重要な役割を果たす代替学校の教師はレズビアンだし、登場人物で唯一 人間としてまともな男性はレニー・クラヴィッツが演じる看護士だけだ。
かといって一部の女性、例えば母親(アカデミー助演賞をとったモニークは確かに大熱演)も人間のクズとして描かれているから、単純な女性賛美のような閉鎖的でバカみたいな感覚もない。
そういう意味でこの映画は、肉食系嫌い、権力とか暴力とか(いわゆる)男性原理大嫌いの男性マイノリティ(笑)であるボクには心地よかった。環境の深刻さは違うにしても、外の世界と触れ合うことに躊躇する主人公にシンパシーすら感じる。リー・ダニエルズ監督もアンチ男性原理の人なのだろうか。それが一つ。

だがもっと大事なのは、この映画を作る側、演じる側がこの、深刻な話の重さに負けていないことだ。
話の内容からして、もっとお涙頂戴、感動の物語にすることはいくらでも出来たはず。しかし、この映画では主人公を取り巻く過酷な環境も、彼女がそれを乗り越えていくのも、日々の営みとして淡々と描かれていく。そこに説得力がある。
それでも主人公が始めて絵本を読むシーンやHIVキャリアであることを告白するシーンは、淡々としていながらも鮮やかで忘れることができない。この素晴らしい瞬間をもたらした制作側のパワーをボクは感じずにはいられない。
問題点を強いてあげれば、主人公の夢想シーンはやや唐突で必ずしも全てが成功とは言えなかったのと、代替学校の教師役の女優さん(ポーラ・パットン)が美人すぎるのが少し違和感があったことくらいか。絶望する主人公に『それでも、書き続けなさい』と命じるレイン先生というキャラクターが成り立つにはそういう要素も必要なのかもしれないが。
ノーメイクでケースワーカーを演じたマライア・キャリーも好演。良い意味でスターのオーラがないところがリアリティがあった。


この映画の原作、ベストセラーになったという小説『Push』は寡聞にして知らなかった。このような話が成り立つのは80年代という時代だからかもしれない。それは今のほうがもっと希望がないかもしれない、という意味だ。
それでも主人公やレイン先生のように’’Push it yourself''と思えるかどうか、原作を読んでみようと思う。